【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
『ゴォォォン……ッ、ゴォォォォォン……ッ!』
「うわぁっ!?」
気持ちよく眠りについていた俺の鼓膜を、腹の底まで響くような大きな不協和音が容赦なくふるわせた。
驚きのあまり勢いよく跳ね起きた俺は、どうやらベッドの端の方に寝ていたらしく、そのままバランスを崩してふかふかのベッドからずり落ちる。
「……ってぇ」
頭をさすりながら、這々の体で立ち上がる。
今の音は――千年間、俺も実験で何度もやったので聞き馴染みのある音だった。
「――魔法生物を生成した際の、駆動音……かい?」
それにしても、いくらなんでも大きすぎる。
俺が前世、あまりに大きすぎて一度使ったきり、使用することのなかった俺が勝手に怪獣時計と呼んでいた目覚まし時計が数十個あっても太刀打ちできない大きさじゃないか……いやほんと。
この不快な不協和音は、マナを強制的に編み上げて魔法生物を構築する際、どうしても発生しがちな副産物だ。この音をどれだけ小さく抑え込めるかが術者の腕の見せ所であり、音を抑えられるということは、メインの魔法生物生成だけではなく、駆動音の最小化というサブの工程にまで気を配る余裕があるという技量の表れなのだ。
だが……今回の音は、都市全体を震わせるほどの爆音だった。
そう考えた時、ふと、森で遭遇したゴーレムの件を思い出す。
あの時、そういえば俺はその音を聞いていない。俺が転移魔法の反動で気を失っていたからか、あるいはゴーレムの作り自体は甘かったが、術者が隠密性を高めるために駆動音を抑える方へリソースを割いたかのどちらかだろう。
話を戻すが、今回ここまで巨大な音が響き渡ったのは何故か。
ただ単に術者が未熟でマナの制御に失敗した結果なのか。それとも――音を抑える余裕など全くないほど、桁外れの強力な個体、あるいは膨大な数の魔法生物を一気に生成したのか。
考え出したらキリがない。もしかして、この宗教都市特有のイベントか何かが、この夜の時間に行われていて、その一連の催し物の一つだったりするのかもしれない。
まぁ、いずれにせよ、何が起きたのか確認しないことにはモヤモヤして寝直すなんてできやしない。この都市の主要人物であるジースなら、何か知っているはずだ。
俺は片眼鏡をかけ、フックにかかっていたローブを羽織って部屋を出た。
◇
宮殿の二階を歩き回るが、肝心のジースの姿が見当たらない。あの轟音なら絶対に目覚めているはずなのだが。
それどころか、寝る前に宮殿内で目にした沢山の使用人や聖職者と思われる人たちの姿すら全く見当たらない。夜だからといって、ここまで大きい所なら住み込みで働いている人だっているはず。なのに彼ら彼女らがここまで綺麗にいなくなっているのは明らかにおかしい。
いくつものドアをノックして、それでも反応がないので、流石に只事ではないと感じ、勝手に覗いてごめんなさいと内心で謝りながら二階中の部屋を覗き込むが、それでもどこにもいない。
結局、二階を見て回るだけでも広すぎて、かなり時間を食ってしまった。
どうしたもんかと廊下を歩んでいると、声が飛んできた。
「あぁ! 部屋にいないと思ったら!!」
その声に振り返ると、そこには昼間、俺をこの宮殿に案内した例の男が立っていた。
彼は顔に焦燥を浮かべながら言う。
「探したんですよ……! 一階でベルフェツテ卿があなたをお呼びです。さあ、こちらへ!」
「おっと、すまないね。あまりに人がいないから探し回ってたんだ」
側近の男は足早に階段へと向かう。俺はこの状況を余り飲み込めていなかったが、ひとまずその後を追った。
筆頭枢機卿ってさっきの集会の中止を知らせていた人だったよな。
一階のエントランス付近の開けたところへ降りると、二階の静寂とは打って変わって、そこはひどく騒がしかった。
円陣を組むように集まった聖職者や側近たちが、険しい顔つきの初老の男、筆頭枢機卿のベルフェツテを中心に何やら今から話し合いを始めようとしているところだった。
ひどく切羽詰まった状況だということが、その様子からひしひしと伝わってきた。
俺は若い側近の男に連れられてその輪の端に近づき、会話に耳を傾けた。
「――正直に言って今、非常にまずい状況にあります」
ベルフェツテの低く、しかし通る声が響く。
「現在、都市を覆う大結界の内部上空に、紫色の瘴気を振り撒く『マチュ』と思われる魔法生物が数百体規模で大量発生しています。そこで我々の急務は、十万に及ぶ市民の命を守ることです」
やはり魔法生物の生成音だったか……にしても空にいるとはね。
俺はすぐさまカーテンを開けて窓越しに空を確認した。
言われてみれば確かに、ドーム状に街を覆う大結界。その頂点付近に、無数の異形が群がっている。
むき出しになった紫色のコア。その周囲を覆い尽くすようにして、絶えず紫色の禍々しい靄――猛毒の瘴気が吐き出されていた。
最初からカーテンを開けていれば、ある程度の状況が分かっていたのだから初めからそうすればよかった。そこまで考えが至らない自分に、思わず呆れてしまう。
あれが……マチュ。
過去、里のみんなに直接的な被害が出るのを恐れて、俺は毒ガス系の魔法生物の生成実験を控えていた。だが、あの誰もいないバグった謎空間に飛ばされた後、自分以外に悪影響がないことをいいことに、暇つぶしがてら今空に浮かんでいるものとほぼ同種だと思われる魔法生物を何度か生成したことがあった。
ベルフェツテの話によれば、この世界ではあれを『マチュ』と呼んでいるらしい。
こいつら自体は、戦闘能力も耐久力も皆無に等しい。簡単な攻撃で潰せる。
だが、一番厄介なのはその破壊した瞬間だ。マチュは壊れる際、体内に圧縮された高濃度の瘴気を一気に爆発四散させるという性質を持っている。
ただでさえ、数百体のマチュが垂れ流す瘴気が結界内に猛スピードで広がっているというのに、ここで力任せに破壊すればどうなるか。
開けた平野であれば風で散らせる可能性があるから問題ないが、ここは瘴気を逃がさない密閉された大結界の内部だ。そんな空間でマチュを一斉に破壊すれば、超高濃度の瘴気がすぐに街の隅々まで行き渡り、一瞬にして都市全体が即死空間と化してしまう。
俺がマチュの制御を上書きし、自壊させたとしてもその結末は変わらない。
そっと窓から離れて話し合いに再び耳を傾ける。
「ベルフェツテ卿!すぐに教会の鐘を鳴らし、結界の外に繋がる限られた東西南北の四つの門から結界の外へ市民を避難誘導するべきです!伝令を走らせましょう!」
血相を変えた話し合いの輪にいる一人が提案するが、ベルフェツテは即座に首を横に振った。
「それは悪い方向にいくだけだと言わざるを得ません。市民を死に追いやる悪手になりかねます。上空から高濃度の瘴気が降り注ごうとしているのです。今、市民を家から引っ張り出して出口までの距離、通りを歩かせれば、直接瘴気を吸い込ませて大勢を危険に晒す事になる。
スムーズにその避難を行えればいいのでしょうが、パニックに陥った市民をそう易々と全員、出口にまで誘導できるでしょうか?」
ベルフェツテは言い含めるように周囲の者たちを見回した。
「幸いなことに、今は深夜です。つまり、わざわざ誘導しなくとも、市民の九割以上はすでに自分の家の中にいる。ですから、今は『外へ逃がす』のではなく、『絶対に家から出るな』と指示するのが最も生存率が高いと思われます。窓とドアをしっかり閉め、隙間を水で濡らした布で塞いで密閉させれば、気体である瘴気の侵入をかなり遅らせることはできる。少なくとも瘴気の広がる外に出すよりかはまだマシだと言えるでしょう」
屋内退避か。
確かに今の話と状況を鑑みるとそれが一番最善な気がするな。
だが、その指示に対し、その場にいた何人かの者から強い反発の声が上がった。
「しかしベルフェツテ卿!家にこもっていたところで、いずれは結界内に瘴気が充満し、外へ出られなくなります! 後が大変になるのではないですか!」
「そうです! 瘴気が結界内に満ちきってしまえば、屋内退避も時間稼ぎにしかなりません!」
その批判はもっともだった。大結界が瘴気を外へ逃がさない以上、時間経過とともに結界内は完全な死の空間となる。
だが、ベルフェツテは動じず、力強い声で返した。
「今、教皇様は術者の一人を追ってこの場には居ませんが、いずれお戻りになります。お戻りになられれば……結界を一時的に解除して瘴気を逃がしてくださるはずです」
「ですが、もし教皇様の帰還が遅れたら……! それに、そもそもその『屋内退避の指示』をどうやって十万の市民へ一斉に伝えるというのですか!」
別の側近が同意するように声を張り上げる。
「そうです! 鐘を鳴らせば何事かとパニックになり、外へ飛び出す者が必ず出ます。かといって、家にいる人間が殆どだからと言ってこの状況を伝えずに放置というのも……。というわけなのでどうにかして他の方法で具体的な対策も知らせる必要がある……だが、そうしようと伝令を送るにしても今から都市全体に知らせるのにはかなりの限界がある」
彼らが物理的な伝達手段の限界にぶち当たり、議論が紛糾しかけたその時。
ベルフェツテは静かに、だが確かな声で言った。
「――ええ。ですが、この状況を打開できる策をお持ちなのは、教皇様曰く、教皇様だけではないとのこと。……その方を今、この場にお呼びしました。その方は――」
筆頭枢機卿はそこで言葉を区切り、真っ直ぐな視線で俺を捉えた。
その瞳にどのような感情が隠れているのか、俺は知らない。だが、その見つめる視線は強い。
周囲の話し合いの中にいる人たちが一斉に俺の方を振り返る。
まさか、注目を集め矢面に立たされるなんて事、全く考えていなかったので、急に様々な人に見られて背筋が伸びる。
「教皇様に客人として通された方。あなたは、打開策をお持ちなのではないですか……?」
ほとんどの者が「こんな素性の知れない不審者に何を期待しているんだ」と言わんばかりの怪訝な顔をしていた。
俺は息を呑む。
今まで蚊帳の外だったので、いきなりこの話し合いの重要な立ち位置に躍り出ることになるとは思ってもいなかったからだ。
だけど――。
俺は横にいた案内役の男を通り抜け、円陣の中心へとゆっくり歩み出た。
ジースが俺に何やら託したらしい。
教え子にそうやって期待されたなら、師匠たるもの断るわけにはいかない。
まぁ、頼まれなかったとしてもこのような状況を見過ごせるほど、冷酷な人には出来るだけなりたくない。
俺は一つ頷いて口を開く。
俺の声は人々がそれなりに居る中、特段大声を出してもいないのに、みんなが声を発さず俺の声を聞こうと静まり返っていたせいか、この空間にやけに大きく響いた。
「――そうだね。今の話を聞いて、私は2つ、君らの役に立てるかもしれないと、そう思ったよ」