【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
「異世界転生だ、ヒャッホーイ!!」
日本での人生はまぁまぁだった俺が異世界に来ましたよっと。これで俺も魔法を使ったセカンドライフが始まるわけだ……と思っていた時期が、俺にもありました。
転生先はなんとエルフの里。それすなわち、俺もエルフとして生まれたということだ。
エルフといえば、耳が長くて寿命も長い、あのファンタジーの定番の種族。そこまではいい。前世は男だったが、今世は女だ。まぁ、それも些細なことかもしれない。
さらに言えば、ただのエルフじゃない。俺は
通常、エルフの肌は白い。だが、ごく稀に遺伝子の突然変異により、褐色の肌を持つ個体が生まれることがある。それがダークエルフだ。
……と言っても、だからといって闇の力を持ってるわけでもないし、里で特別扱いされるわけでもない。逆に肌の色で差別されることもない。ただ「肌の色が違うね、へー」で終わりだ。普通だ。あまりにも普通すぎる。
いや、差別されないのはありがたいけどさ!?
じゃあ何が不満かだって? それはもう、声を大にして言いたいことがある。
「なんで異世界転生したってのに、この世界には魔法が存在しないんだい!?」
異世界ときてエルフとくれば、お次は魔法でしょうが!
そこまでお膳立てしたなら魔法までセットにしなさいよ!
魔法がない異世界なんて、ハンバーグのないハンバーグ定食だ。メインディッシュ不在でどうしろと言うんだ。
俺だって使いたかったよ。前世から憧れていた、魔法を。
だけど、どうやらこの世界には『魔法』という概念すらないらしい。
火を起こすにも不思議な力は使わず、火打ち石をカチカチと打ち合わせるし、水を用意する時も手から生み出すわけではなく、川まで桶を持って汲みに行く。
俺がエルフだという以外、何も特別なことがないこの世界には正直がっかりした。
期待させておいて、そりゃあない。普通だったらここで諦めて、長いエルフ生をのんびり過ごすのかもしれない。
だが、俺は違う。
少しでも可能性を探って、魔法を実現する。
でなきゃ俺は納得できない。
エルフがいて魔法が実現しないなんてないはず……!
俺はその精神でひたすら夢を追い求めることにした。
絶対にやってみせると心に誓った、あの日から。
数千回の失敗を重ねても電球を発明したエジソンのように。
人類は空なんて飛べないと笑われても、飛行機を作り上げたライト兄弟のように。
俺はそれから、あらゆる可能性を探った。
この世界に満ちる微弱なエネルギーの感知、精神統一による脳波のコントロール、あるいは自己催眠によるプラシーボ効果の応用……それ以外にも様々なことを試した。
眉唾物も全てだ。来る日も来る日も、俺はただ一つの目標のために気の遠くなる膨大な時間を費やした。
そんなある日、行き詰まった思考をほぐそうと、気晴らしの散歩に出かけた時のことだ。
草木が生い茂る薄暗い場所で、俺は不思議な光景を目にした。
そこにはシナラバナの群生地があった。
一切の日光を必要とせず、日陰でのみ育つこの異世界特有の植物だ。青白い花弁をひっそりと開くその姿は幻想的ですらあるのだが、俺の目を引いたのはその美しさではない。
群生している中のただ一つだけ、花びらが黒く焦げていたのだ。
「……なんだ、これ?」
こんなに密集して生えている植物の中で、特定の一株だけが燃えるなんてことがあるのだろうか?
もし誰かが火をつけたなら周りにも延焼するはずだし、落雷にしては範囲が狭すぎる。まるで、その花の内側から熱が弾けたような……。
直感が、脳内で警鐘を鳴らした。
俺はその焦げた個体と、比較用に普通の個体を一つずつ採取し、自室へ持ち帰って調べることにした。
そこからは、寝食を忘れての研究の日々だった。
解剖し、観察し、時には薬品に浸し、俺は徹底的にシナラバナの生態を分析した。
そして長い時間を費やした末、ある衝撃的な事実が判明したのだ。
こいつらは、空気中に漂う『ある特定のもの』を栄養に変えていた。
太陽光からの光合成ですらなく、かといって他の生物から養分を奪う菌従属栄養植物や寄生植物でもない。
全く新しい、未知の形態を持つ植物だったのだ。
さらに分析を進めると、その正体不明の栄養源――空気中に漂う「それ」は、極めて不安定かつ、望む形に自由に変えられる性質を持つことが分かった。
通常、シナラバナは「それ」を取り込み、自身の成長に必要な養分へと変換して育っていた。
だが、あの焦げていた個体はどうだ?
おそらく、取り込んだ「それ」の変換プロセスをミスったのだ。養分ではなく、誤って高熱エネルギーへと変換してしまい、結果として自分自身を燃やしてしまった。
つまり、この世界には目に見えないエネルギーが満ちている。
俺は、空気中に漂うその未知のエネルギーを、前世の知識から引用してこう名付けた。
「――マナ」
植物が無意識に行っている変換作業。それをもし、俺の意思でコントロールできたとしたら?
あの花が熱を生み出したように、俺がマナを意図的に操ることができれば……。
「魔法、使えるじゃん……!」
暗闇の中に、確かな光が見えた瞬間だった。
俺はこのマナをうまく応用すれば、魔法を使えるかもしれないという強烈な希望を持った。
そして、俺は――。
星空が綺麗な、ある真夜中。
震える指先に意識を集中させる。
周囲に漂うマナを感じ取り、それを一点に集め、熱へと変換するイメージを強く、強く描く。
ボッ。
俺の指先に、わずか1センチほどの小さな火が灯る。
風が吹けば消えてしまいそうな、頼りない灯火。
けれど俺の瞳には、その炎の揺らめきが何よりも眩しく反射し、視界を赤く染めていく。
熱いものが込み上げ、涙が瞳を潤した。
――この日、俺はこの世界の人類で初めて『魔法』を発現させた。
◇
それから更に時が流れ。
最初の魔法を発現させてから数十年。俺は前とは比較にならないほど憑りつかれたように研究に没頭した。
指先に灯した豆粒のような火は、今や掌の上で荒れ狂う火球となり、さらには風を操って物を引き寄せたり、水を球状に固定したりと、魔法のバリエーションも飛躍的に増えていた。出力も桁違いだ。
だが、俺の向上心が満たされることはない。
新たな道が開けるほどのめり込む感覚を覚える。
俺が暮らすエルフの里は、広大な森の奥深く、ひっそりと佇んでいる。
外界との接触を極端に嫌う排他的なコミュニティであり、俺も生まれてから一度として基本種族の人間と出会った事がない。いるにはいるらしいが。
里の人口は百人前後。エルフの寿命は長く、平均して二千年もの時を生きる。肉体の老化は人間でいう二十歳前後でピタリと止まるため、里を歩けば若者ばかりに見えるが、その実態は凄まじい高齢化社会だ。
住民の平均年齢は千五百歳オーバー。中身は揃いも揃っておじいちゃんおばあちゃんである。
悠久の時を生きる彼らの時間感覚は、俺のような転生者からすれば恐ろしいほどにルーズだ。「ちょっと昼寝する」と言って3日ほどおきないことなどザラにある。
そんなスローライフ極まる里から少し外れた誰も近づかない森の奥深くに、俺は自分の城を築いた。
丸太を組んで作っただけの質素な小屋。ここが俺の魔法研究所だ。
部屋の四隅には、実験に使った『シナラバナ』のドライフラワーが山と積まれ、机代わりの切り株には、木炭で走り書きされた数式などが書かれている。
壁には煤けた棚が並び、床には羊皮紙が散らばっており足の踏み場もない。
里のエルフは俺のことを「森の奥深くで変な事をしている変わり者」として扱っている。
無理もない。かつて魔法を扱えるようになった最初の頃、興奮のあまり、ママに魔法を見せたことがあった。
指先に五分かけて小さな火を灯し、ドヤ顔を決めた俺に、ママは冷ややかな視線を向けてこう言ったのだ。
『あんた、火打石なら数秒よ?』
確かにあの時は、まだ魔法を発現させるまでに結構な時間を要したから、言わんとすることは分かる。
だけど普通、一般的なことから外れた事柄が起こったら驚くと思うんだけど。
……恐らくマジックだと思われたのかもしれない。
膨大な時間があるエルフは趣味にとれる時間がたっぷりとあるので、マジックを趣味としてやっているエルフがちらほらいるのだ。
だからと言ってあの反応はない。
あの一言はトラウマだ。
実用化レベルまで出力を上げた今でも、俺が他人に魔法を見せるのを躊躇う最大の原因となっている。
そんなある日のことだ。
俺が机に向かい、新たな魔法の構築のために羊皮紙に案を書き殴っていると、何の前触れもなく小屋のドアが乱暴に開かれた。
「ロランちょっと、いい?」
入り口に立っていたのは、俺の母親だった。
透き通るような白い肌に、金色の髪。見た目は二十代の姉にしか見えないが、御年千八百歳を超える古強者だ。
「なにさ、ママ。今いいところなんだけど」
作業を中断された俺は、不満げに眉を寄せて振り返る。
「『いいところ』じゃないわよ! あんたねぇ、変なことしてる暇があったらちょっとは親孝行しなさいよ。私、娘が親の脛をかじって生きている引きニートだなんて、ご近所様に恥ずかしくて顔向けできないわ!」
「ニートって……そんなこと言ったって、私はまだ八十五歳だよ? ママたちに比べたらピチピチの子供じゃん」
「そんな事言ってもねぇ、私があなたの歳くらいの頃には、弓の名手として里の狩猟隊を率いていたわ。あなたのお父さんだって――――それに比べてあんたときたら――――」
また始まった。
エルフ特有のゆったりとした時間知覚が生み出す、終わりのない説教タイムだ。
この話を遮らなければ、日が暮れるどころか数日経つかもしれない。
「はいはい、パパは凄かったね。で、結局用件は何なのさ」
俺が投げやりな態度で先を促すと、ママは「あ、そうそう」と思い出したように、その整った顔をニッコリと緩めた。ママがこういう顔をする時はいつだって俺にとって好ましくないことが起きる前兆だ。
「少しくらいは、里のために働いてほしいからいい仕事を持ってきてあげたのよ」
ママがドアの前からすっと横にずれる。
その背後から、ぞろぞろと小さな影が小屋の中へと入ってきた。
一人、二人……三人……いや、七人!?
現れたのは、あどけない顔立ちのエルフの子供たちだった。
人間の見た目で言えば7歳前後。身長も百三十センチほどと小さいが、実際に重ねた年齢なら20歳そこそこといったところか。精神年齢は体と同じくらいの人間でいう7歳前後だろうが……。
長い耳をピコピコと動かしながら、彼らは物珍しそうに、あるいは怯えたように、薄暗い部屋の中と、そして褐色の肌を持つ俺をじっと見つめている。
この小屋にずっと引きこもっているから、ダークエルフの俺をみるのが初めてで物珍しいのだろう。
この予期せぬ来客に、俺は目を白黒させた。
「な、なにこれ……えっ、ど、どういうこと?」
「里に何も貢献しないあんたに、せめてこの里の子守りをしてもらおうと思ってね」
今、ウチの母親、子守りって言った!?
冗談じゃない!
「無理だよ! 無理無理無理!! 私、魔法の研究で忙しいの!!そんなことしてる暇ないって!」
「どこが忙しいのよ。ゴミ屋敷みたいな小屋にこもって、ブツブツ独り言言ってるだけじゃない。いい? こういった小さいコミュニティでは助け合いが全てなの。近所付き合いがものをいうのよ。里のみんなにはお世話になってるんだから、それくらい恩返ししなさい」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「じゃ、頼んだわよー!」
ママは俺の抗議を完全に無視し、嵐のように一方的にまくし立てると、軽やかな足取りで去っていった。
バタン、と無情にも扉が閉まる音が響く。
そうして、七人の子供と俺だけが、薄暗い小屋に取り残された。
沈黙。
重苦しい、静寂。
七人の子供たちは一言も喋らず、ただただ俺を見上げている。
純粋無垢な十四の瞳が、俺という未知の存在を観察している。
気まずい……。
胃が痛くなるほどに気まずい。
「あー……もうっ!」
俺はガシガシと頭を掻きむしった。
こちとら魔法研究という世紀の大発明に挑んでいる最中だというのに、まさかの子守り強制イベント発生だ。
そもそもだ。前世は独身男性、今世は引き籠もりエルフ。
俺の人生経験の中に子供の扱い方なんてスキルは存在しないぞ。
そんな俺に、よその大事なお子様を七人も任せるなんて、ママはどうかしてる。もう歳だ。ボケてるのかな?
俺はため息をつき、恐る恐る子供たちの方へと向き直った。
さて、どうしたものか……。