【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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20.昂る感情

 

 

 

 

 

 

都市の中央上空から拡声する魔法を使って、都市全体への注意喚起のアナウンスを終えた俺は、ひとまず教皇宮殿の中へと戻っていた。

 

 拡声魔法の性質上、障害物がない高所から放つのが最も音が通りやすい。だから俺は、上空から都市の隅々にまで声を行き渡らせる必要があった。

 とはいえ、現状の大気中のマナ濃度だけで人間一人が完全に宙に浮くのは、ほぼ不可能に近い。

 だが今回は、この都市特有の環境を利用することで、浮遊はできないもののそれと似たような事を実現できた。マチュを召喚した実行犯も、この密閉された魔導防壁という特殊な環境を逆手に取って行ったことだったが、その環境を利用できる特権は実行犯だけのものではない。

 

 傍から見たら、俺が空中に浮いているように見えた人もいただろう。

だが、その仕組みは至ってシンプルだ。吊るされていたのである。

 

 本来、上に吊るされるには吊るされるための天井や高い建物が必要になってくる。

 一見すると空が見えて、吊るされるための天井や、俺をはるか上空に吊るせるほどの高い建物はないように見えるが、この都市にはあるものがあった。

 

 そう、これも――ジースの展開した、都市全体をドーム状に覆うあの大魔導防壁だ。

 

 魔導防壁はマナで出来ている。そこで俺は、自分の体重を支えられるほどの強靭なマナの糸を何本も生成し、魔導防壁の膜に強制的に癒着させたのだ。

 ジースの魔導防壁は、外部からの物理的・魔法的な破壊に対する耐性に極限まで特化している。だが、内側からマナ同士を結合させるというアプローチに対しては警戒が薄かった。その隙を突いて数多の糸を癒着させて上から自分自身を吊り下げてもらったというわけだ。

 

 一本一本のマナの糸は極めて細く、おまけにマチュが振り撒く紫がかった瘴気と夜の暗さが相まって、地上からは極めて見えづらかったはずだ。

 かくして、俺は傍から見ると浮遊している存在に見えたわけだ。

 

 宮殿の一階に戻ると、窓際で俺の様子を窺っていたらしい先程の話し合いに参加していた人達が、ばっと一斉にこちらへ顔を向けた。

 

「拡声魔法の精度が高すぎる……」

 

「空を飛ぶなど、どんな魔法を……」

 

「流石は教皇様が直接宮殿にお通しになった客人だ。本当に何者なんだ……」

 

 口々に漏れる驚愕と畏敬の呟き。

 これまで俺のことを素性の知れない不審者(別に間違ってはいない)として、どこか胡散臭そうに見ていた彼らの目が明確に変わった。完全な信用を得たわけではないだろうが、最低評価値から多少上がったと思う。

 まぁ、もともと最低評価値にしたのも集会を台無しにした俺なので、悪いのは俺なわけだが。

 

 ……それにしても、素直にこういう反応をされるのは、なんだかんだ言って嬉しいものだ。

 やっぱり俺ってやつは褒められるのに弱い。前世があまり褒められることのない人生だった反動が、ここに来て如実に表れている気がする。

 

 内心で少し鼻を高くしていると、筆頭枢機卿のベルフェツテが足早に近づいてきた。

 

「ありがとうございます。我々の想像を遥かに超える仕事をしてくださった」    

 

深々と頭を下げる。

 

「次は魔導防壁の解除ですね……」    

 

誰かがポツリと、安堵の混じった声で呟く。  屋内退避の指示が行き渡った今、次の急務は瘴気の逃げ道を作ることだ。

 

「そうですね」と、ベルフェツテが頷く。

 

「ですが……肝心の教皇様がまだお戻りになられていません。教皇様のことなので無事ではいるでしょうが……施した本人である教皇様が帰ってこなければ、魔導防壁の解除はできない……。どうしたものか」

 

 ベルフェツテは窓の外を見つめる。

 

「あぁ、そのことなんだけど」

 

 俺がそんな彼に声をかけ、ある提案をしようと口を開きかけた、まさにその時だった。

 

 バタンッ!!

 

 宮殿の扉が勢いよく開き、すぐさまバタンと閉じられた。 その大きな音に、室内にいた全員が一斉に扉の方へと視線を向ける。

 

 そこには――。

 

「教皇様!!」

 

 ベルフェツテをはじめとする、この場にいた人達の安堵に満ちた叫びと、

 

「ジース!!」    

 

俺の声が、同時に重なった。 俺の安堵の声は、そのあとすぐに驚きのものになる。  

 

「……と、サンゴエさん!?どうしてこんなところに!?」

 

 そう、息も絶え絶えに大きな手押し台車の取っ手を握りしめていたのは、俺をこのミザリエまで護衛として雇ってくれたあの雑貨商、サンゴエさんだったのだ。

 台車の上には、ぐったりとしているジースと、後ろ手に縛られ気絶しているフードの男が転がされている。

 

 サンゴエさんは口元を濡れた布で覆い、汗だくになりながらも俺の姿を認めるなり、息を整えながら目を丸くした。

 

「こ、こちらのセリフですよ!! 何故あなたが教皇宮殿に!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、息を整えたサンゴエさんとジースから、これまでの経緯を手短に聞いた。

 

 ジースが怪しい人物を追い詰め、相手の攻撃によって、住人の命を危険に晒すか、自分の命を危険に晒すかの選択を迫られ、どちらとも選ばない第3の選択肢として、咄嗟に魔力切れ覚悟のシールドを展開し防いだこと。

 そして事が終わり、その直後に魔力切れによる限界を迎えて倒れそうになった彼女を、偶然宿の窓から様子を見ていたサンゴエさんが引き入れ、瘴気を避けるために台車を使って宮殿まで猛ダッシュで送り届けてくれたとのこと。

 

 サンゴエさんが口元を布で覆い、台車を走らせる間も極力呼吸を浅くする事を意識したおかげで、彼自身は深刻な瘴気の中毒症状には至っていないようだった。ジースも瘴気の影響は大して受けている様子はなかった。どちらかというと魔力切れの方が体への影響は大きい。

 このまま安静にしていたらいずれは落ち着くだろうが……。

 

 話を聞き終え、椅子に腰掛けてぐったりとしている二人を見ながら、俺は深い安堵の息を吐いた。

 

「まさか、この方とお知り合いだとは思いませんでしたよ」

 

 ジースが疲労の色を濃く残した顔で、サンゴエさんと俺を交互に見ながら言う。

 

「私の方こそ驚きですよ。私の護衛をしてもらった方が、教皇様とお知り合いだったなんて……。私、商人として人を見る目には自信がありましたが、まさかそこまでのお方と道中をご一緒していたとは」

 

「そんなにおだてても何も出ないって、サンゴエさん。……にしても、ジースを助けてくれて本当にありがとう」

 

「いえ……私は大したことはしておりません。ただやるべき事をやったまでですから」

 

「これが大したことでないわけがない。命の危険がある外へ飛び出してまで彼女を救ってくれた。私はあなたに借りしか作っていない。本当に、頭が上がらない」  

 

 俺が深く頭を下げると、サンゴエさんは慌てて手を振った。

 

「よしてください! 困っている人を助けるのは、人として当たり前のことなのですから。後悔を残さないためにも、私がやりたくてやったことです」

 

「……そうすんなりとそんな言葉が言える人が、この世にどれくらいいることか」

 

 俺は心からの敬意を込めて彼に微笑んだ。

 すると、向こうで、台車の上に転がされていた実行犯の男を逃げられないように拘束するための指示を飛ばしていたベルフェツテが戻ってきた。

 

「とりあえず、あの男が逃げ出せないようにするための指示を飛ばしてきました。まだ意識を失っているようですし、尋問は後回しです。それに、今は何より、この状況の対応の方が優先度が高いですから」

 

「報告ありがとう。助かるよ、ベルフェツテ」

 

 ジースがそう言って小さく頷く。

 

「さて……」    

 

ベルフェツテが一息置いて口を開く。

 

「屋内退避の誘導も無事に終えましたし、いよいよ魔導防壁解除の工程に移りたいのですが……」    

 

彼は心配げにジースの顔を覗き込んだ。

 

「そのご様子では、さすがに無理そうですね……」

 

 その言葉に対し、ジースはフラフラとしながらも、椅子の肘掛けを力強く握って立ち上がろうとした。

 

「いや、これはボクがやらなきゃならないことだ。……やるよ」

 

「そうは言いましても……その魔力切れの状態では、命に関わります!」

 

 ベルフェツテが慌てて制止するが、ジースは首を横に振る。

 

「少し休ませてもらったから……もう大丈夫だ」

 

「嘘だね」

 

 俺はそのジースの強がりを短く一言で切り捨てた。

 

「君の顔色、全然優れていないじゃないか。立っているのもやっとのくせに」

 

「で、でも……!ボクがやらなきゃ……ボクには、この魔導防壁を作った責任があるんです……!」

 

 ジースが悔しそうに唇を噛む。俺は小さくため息をつき、静かに首を横に振った。

 

「仮に、今の君が万全の状態だったとしても、すぐには解除できないはずだ。あれだけ外的要因に対して頑丈な魔導防壁を作るためには、マナの構造が複雑に編み込まれている必要がある。言うなれば……幾重にも複雑に絡まり合った、紐のような状態だ。それを冷静に一本一本綺麗に解いていかなければならない。それが、要するにあの魔導防壁なわけだ」

 

 俺は周囲の人たちにも聞こえるように、はっきりと告げる。

 

「おそらく、正規の手順で魔導防壁を解除するには、今の君の技量でも丸四日はかかる。……そうだろう?」

 

「……ッ」

 

 ジースは図星を突かれ、顔を顰めて押し黙った。

 

「……そうなのですか……教皇様でもそれほどの時間を要するとは……」

 

 ベルフェツテが俯く。  その時、何かを閃いたようにジースが顔を上げた。

 

「そうだ……あなたなら! 魔導防壁の解除、あるいは耐久値を全て削り切るほどの高火力の魔法を放って、魔導防壁を力技で破壊することができるのではないですか!?」

 

 そのジースの言葉に、他の者たちも一斉に希望の光を見たような顔で俺を見た。  だが、俺は肩をすくめて苦笑するしかなかった。

 

「そんな無茶を言わないでおくれ。魔導防壁の解除を発動者以外がやるとなると、他者の魔法の権限を別の者が上書きして解除するなんて芸当をしなければならない。それが出来るのはよほど構造がシンプルだったり、明らかな欠陥がある場合のみなんだ。ジースの魔導防壁は極めて精緻で、その点で私が上書きをするという芸当は出来そうにない」

 

 俺はジースをまっすぐ見る。

 

「それに、高火力の魔法を放って物理的に壊すという力任せの戦法も現実的じゃない。私が高火力の魔法を叩き込んだとしても、壊せるかどうか怪しいほどに、彼女が作ったあの魔導防壁は優秀で強固さ」

 

 俺の言葉を聞いて、ジースが一瞬だけ嬉しそうに顔を赤らめた気がした。

 

「……とはいえ、それはそれとしてあれをなんとかしないといけないのも事実。現実問題として、この瘴気が蔓延した状況を丸四日も続けるのは困難だ」

 

 俺は腕を組み、厳しい現実を口にする。

 

「今は私の拡声魔法で大人しく建物の中に待機してくれているが、丸一日、二日、三日と経てば、食料や水の不安、何より見えない瘴気の恐怖によるストレスが限界に達する。嫌気がさして『外へ出よう』とパニックを起こす者が現れてもおかしくはない。そういった意味でも、街の人達を丸四日完全に建物内に避難させておくのは不可能だろう」

 

「ですが、教皇様やあなたが解除できないのであれば、この方法しか……屋内退避を継続するしか、ないのではないですか」

 

 ベルフェツテの言葉に、周囲の人達も絶望したような呻吟の声を漏らす。

 

「そういうことであれば、悲しいですが仕方がありませんね……」

 

「我々で、なんとか市民のパニックを抑え込むしか……」

 

「ごめんなさい……ボクの力不足で」

 

 ジースは俯く。

 

「ここまで想定して、魔導防壁を構築する際に工夫をもっと施す必要があった。ボクの詰めが甘かったせいで……」

 

 ジースの拳は硬く握られている。  エントランス全体が、重苦しい諦めムードに包まれかけた。

 

 先程ある事を言おうとしてタイミングを失っていた俺だが、言うなら今のうちだろう。これ以上タイミングを逃すとよくない。

 

「――この場にいるサンゴエさんと教皇様以外にはさっき伝えたことだけど、私は『2つ、君らの役に立てるかもしれない』と言ったと思う」

 

 俺の声が、静まった空間に響く。

 

「そのうちの1つ目は、拡声魔法による市民への案内として役目を果たした。次にジースの魔導防壁を正規の手順で解除するには時間がかかることは、確定ではないにしても予想はしていた。だから、その上で、私はあともう1つ役に立つことができると思ってあのような2つあるといった言い方をしたんだ」

 

「え……? でも今、高火力の魔法を放っても壊せないと言ったばかりでは……?」

 

 一人が戸惑いながら言う。

 

「そう言ったね。でもそれは、あくまで『高火力な魔法を正面からぶつけた場合』の話だ。何も、正面突破で力任せに壊すだけが正解じゃない」

 

「あ……まさか」

 

 ジースがハッとして、ポツリと呟いた。昼間の集会での出来事を思い出したのだろう。

 

「そう。ジースはもう気づいたかもしれないけど、私が昼間の集会で、君のシールドの僅かな『綻び』を同時に突いて破壊したのと同じことをする。あの原理を大魔導防壁に応用すれば、高火力な魔法を使わずとも、自壊させることができるんだ」

 

 俺の提案に、ジースが口を開く。

 

「いや、でもあれは、……あなた本人が否定したはずです!

『大魔導防壁にも同じ綻びはあるが、規模が大きすぎて歪みが数百箇所に及んでいる。それを全て同時に刺激するなんて芸当は難しいから、実質的に不可能に近い。まさに完璧な魔導防壁だ』と!」

 

 そう。あの昼間の時点で、俺は確かにそう評価した。

 ジースの大魔導防壁は、純粋な物理的攻撃にも強く、盤外戦術である歪みを突くにしてもその規模ゆえに耐性を底上げしている。俺が誇らしくなるほど、教え子が作り上げたものは最高傑作の魔導防壁には違いない。

 

 だけど――。

 

 俺は、この時すでに、脳内でどの魔法を放つかの算段を組み立てていた。  必要なマナの配分、指向性の持たせ方、数百箇所の歪みの座標の特定作業。

 

 ――あぁ、やっぱり。  こうやって、魔法のことを考えている時間は、最高に楽しい。

 

 それがハードルの高いことであれば尚更。

 

 結局は最初から俺はどう足掻いても、魔法という超常に取り憑かれた狂った偽善者なのだと思わざるを得ない。

 だって、こんな一刻を争う緊急事態の最中だというのに、俺は興奮を抑えきれず、指を口元に当てて、思わず深い笑みを浮かべてしまっていたのだから。

 

 感情が、最高潮に昂っていた。

 

「……あぁ、確かにそう言ったね」

 

 俺は、広間にいる全員を見回し、笑みを浮かべたまま言い放つ。

 

「私は『不可能に近い』とは言った。……だが、『不可能だ』とは、一度も言っていないはずだよ」

 

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