【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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21.起点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ Side ロラン ◇

 

 教皇宮殿を出て、俺は瘴気が漂っている都市の中央付近へと歩を進めていた。

 外気には薄らと紫色の靄が混じっている。まともに吸い込めばひとたまりもない瘴気だが、もちろん無策で出てきたわけではない。

 

 俺は宮殿にあった布を貰い、水で濡らして、鼻から下をきつく覆うように巻きつけていた。水に溶けやすい瘴気の性質を利用した方法で、この布が多少、瘴気の有害成分を絡め取ってくれる。息苦しさはあるが、瘴気を直接吸うよりは遥かにマシである。

 

 目的の中央付近に到達し、これから行う魔導防壁の破壊の準備をしている最中のことだった。

 

「――お師匠!」

 

 背後から声がして振り返ると、俺と同じように口元を布で固く覆ったジースが駆け寄ってくるのが見えた。

 

「ジース!?何をしているんだい!君も宮殿の中にいた方がいい。いくら布である程度防げるからとはいえ、魔力切れの身体で無駄に瘴気に晒されるのは危険じゃないか!」

 

 俺が少し強めの口調で咎めると、彼女は足を止め、俺をまっすぐと見た。

 

「……あれは、ボクが心を込めて作った魔導防壁です。この都市の人々が、いつまでも安全に暮らせるようにと願いを込めて組み上げました。まぁ、その想いも今回の件で無駄になってしまいましたが……」

 

 ジースは自嘲気味に目を伏せ、すぐにまた顔を上げた。

 

「……それでも、ボクはこの魔導防壁に強い思い入れがあります。だから、ボクの最高傑作の最後を……この目でしっかり間近で見届ける義務が、ボクにはあるんです」

 

 真っ直ぐな目でそう言われてしまえば、変に言い返すことはできなかった。

 彼女がこの魔導防壁を作る際にかけた思いや願いはきっと俺では半分以上も読み取れていないはずだ。それを思えば、見届けたいという作り手としての思いを無碍にする権利は俺にはないと思った。

 

 しかし。

 

 俺は呆れたように言う。

 

「よく君はここまで来れたね。君の側近やすごく君を慕っていそうな筆頭枢機卿、誰であっても平等に心配してしまうサンゴエさんがよく君を1人でここまで来させたと思う。その状態の君をあの屋敷の中から決して出さないと思ったのに」

 

「ボクもそうなりそうな予感があったので、あの人たちには悪いですけど、こっそり抜け出させてもらいました。みんなお師匠が今から行う事を見届けるため窓に張り付いていたので、ボクへの監視の目がなくて割と簡単に抜け出せました。あ、ですが安心してください、後を追われないよう、置き手紙は残してきたので」

 

 俺はこの瘴気の中なので特大のため息をつきたいのを我慢して、やれやれと首だけを振る。

 

「君って意外とそういうところあるよなぁ。まぁ、これ以上何か言っても仕方ないし、了解したよ……だけど、少しでも今以上に気分が悪くなったら、すぐに教皇宮殿に戻るんだよ、いいね?」

 

「ありがとうございます………お師匠……!」

 

 ジースが深く頭を下げるのを見たあと、俺は俺のすべき作業を行うべく夜空へと顔を向けた。

 

 今から行う作戦の第一段階。魔導防壁を内側から破壊するためには、まず俺自身が魔導防壁の構造に最も干渉しやすく、把握しやすい上空へと移動する必要がある。

 

 先ほど拡声魔法を使った時と同様に、俺は周囲に漂うマナを編み上げ、数多の強靭な糸をすでに遥か上空、大魔導防壁のドームの内壁へ貼り付けて、強制的に癒着させることで、配置し終えていた。

 今は俺を起点として、何本ものマナの糸が上空の魔導防壁へダラリと垂れ下がっている状態だ。

 

 まだ俺は空にはいない。

 さぁ、その続きを進めるとしようか。

 

 俺は生成した糸に信号を送り、マナに干渉を始める。

 すると、マナの糸はスルスルと俺の身体を引き上げながら縮んでいった。足がふわりと地面から離れ、ぐんぐんと高度を上げていく。

 

 そして俺は真夜中の都市の上空、魔導防壁の天井付近に身体を固定される。

 

 下を見下ろせば、白亜の街並みが見える。さきほどの拡声魔法によって起きた人たちが明かりをつけたのか、建物から光がちらほら漏れはじめていた。それによって生み出される美しい夜景も、今は紫色の瘴気の靄に覆われ、霞みがかっている。

 俺のすぐ近くには、紫色の水晶体のようなコアを持つ異形の魔法生物『マチュ』が、多数、絶えず瘴気を吐き出し続けている。

 

 こいつらは瘴気を吐き続けるしか能がないので、直接攻撃などはしてこない。

 

 とりあえずこの魔導防壁を破壊する事が優先なので、このマチュたちを無視する。

 

 まずは第一段階クリアだ。  次が、この作戦において一番、俺の技量と集中力が試される。

 

 魔導防壁を自壊させるためには、マナの均一性が極僅かに乱れている歪みを完全に同時に突く必要がある。

 そのためには、前提としてこの巨大な魔導防壁に存在する数百箇所もの歪みの座標を、寸分の狂いもなく全て把握しなければならない。

 

 製作者のジース以外がマナの構造と流れを正確に感じ取るためには、極限まで神経を研ぎ澄ませる必要がある。 俺は深く息を吐き出し、ゆっくりと目を閉じた。

 

 全方位に意識を広げ、魔導防壁を構成するマナの奥深くへ潜り込んでいく。  一つ……二つ……三つ……。

 広大な膜の中に存在する針の穴のような綻びの座標を脳内でマッピングしていく。

 

 根気のいる作業だ。一度でも意識が削がれれば、頭の中で思い描いたマッピングが崩れ、また最初からやり直しになってしまう。

 膨大な情報を処理する脳に負荷がかかり、自然と額から汗が滲み出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ Side ジース ◇

 

 地上から見上げるボクの瞳には、上空で静止し、目を閉じたまま微動だにしないお師匠の姿が映っていた。

 

 お師匠は今、ボクの作った魔導防壁の歪みを見つけている。

 

 それは当たり前にできることではない。

 

 そもそも、マナの流れを感覚としてほぼ正確に読み取ること自体、魔術師であっても誰でもできるわけではない。

 現代において、マナの流れをぼんやりと読める者は決して少なくはないが、それを正確にとなると現代を生きる魔術師ではどれほどいるだろうか。

 

 ましてや、これほど広大な都市を覆う大魔導防壁の、数ある歪みを、数百箇所にわたって全て把握するとなれば……その数は更にぐんと少なくなり、どれくらいの数が残るのか分からない。

 

 お師匠の真髄は、そこにある。

 マナの流れを的確に把握する能力。

 

 前から思っていたことではあるが、お師匠自身は把握能力が他者と比べて飛び抜けて優れているという事を、あまり自覚していないのではないかと思う。

 それは、彼女にとってその感覚こそが当たり前だったから。

 

 誰も魔法を知らなかった時代。目に見えないエネルギーの存在を見つけ出し、それを一番最初に自分だけの感覚を頼りに感じ取った存在。

 

 誰にも教わることなく、全くのゼロの状態から、彼女は感覚だけでマナを感じ取った。

 

 ボクたち弟子が魔法を覚えられたのはお師匠がマナを感じ取り、ある程度自分のモノにしていたからこそ、そこからコツを教わり、ボクらも感覚を掴む事ができたのだ。

 

 0から1を生み出すことと、1から100へと発展させることでは、どちらも大変に違いはないが、前者は後者より遥かに上といえよう。

 

 この千年間の歴史の中で、天才と呼ばれる魔術師は常に何らかの形で現れた。

 ある特定の分野においては、お師匠の実力に迫り、あるいは超えたのではないかと思える人物に、確かに自分も生きる中で会ったことがないといえば嘘になる。

 

 だが、これだけは絶対の自信を持って言える。

 彼女ほどマナの流れを的確に把握できる人物は彼女しかいないし、これまでもこれからもきっと、彼女だけだとボクはそう信じている。

 

 それは、彼女こそが始まりだから。

 彼女を一番最初の起点として、ボクを含めた弟子たちも、それ以降に誕生した人間を含めた全ての魔術師たちも、必ず誰かしらの教えを受け、知識を継承して魔法を扱えるようになってきた。

 しかし誰からも教わらずに、ただ一人で魔法を世界に顕現させた存在は、ただ一人。

 

――ゼロの魔術師、希少種のダークエルフであり、ボクのお師匠であるロランだ。

 

 計画は第三段階目に移行したようだ。

 ボクが構築した魔導防壁のマナの歪みを全て見つけ出し、今からその全ての座標へ向けて、攻撃魔法を同時に放つ準備が整ったと、魔法を放つため両腕を大きく広げたことにより分かった。

 

 数百箇所の歪みを同時に突く。一つでも着弾のタイミングや位置がずれれば、この作戦は成功しない。

 

 今回お師匠が使用するのは『光弾』。  

 数ある魔法の中でも、攻撃魔法として比較的容易に習得できる魔法だ。

 だが、それを数百発同時に、寸分の狂いもない精密な軌道で操作するとなれば話は全く別だ。空気中のマナで足りるよう、一発一発のマナを極限まで節約し、さらにそれを並列処理でコントロールしなければならない。

 

 つい先ほど、自身の身体を吊るすための強靭なマナの糸を生成したばかりだというのに。

 

 間違いなく……お師匠も、この千年間で進化し続けている。

 世界を破滅から救うための旅が、どれほど過酷で孤独なものだったのか、お師匠が言葉で語らずとも今のお師匠を見ていれば、分かってしまう。

 

 そんな人が、今――。

 

 お師匠がカッと目を見開き、そのお師匠の唇が、緩やかに弧を描く。 広く掲げた手から光を放ち次の瞬間、そこから無数の眩い光の弾が弾け飛んだ。

 

 生み出された数百の光の弾は、お師匠を中心とした全方向へと放射状に広がり、まるで出番を待つかのように、空中の定位置でピタリと静止した。

 




 
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