【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
教皇宮殿に戻った俺は、屋上の広々としたテラスで周囲の街並みを見渡しながら、ジースと魔導防壁の再構築に向けた話し合いを行っていた。
今回はジースだけでなく、俺も防壁の構築に手を貸すことになっている。つまり、師弟による共同制作というわけだ。
基本的にはジースが主体となって魔導防壁のベースを構築し、俺がその補助と監修を行う形になる。
ジースが一人で作り上げた前回の防壁は、外部からの物理的、魔法的な破壊に対しては無類の硬度を誇った。だが、人体に有害な気体すら逃がさない密閉状態という構造上の隙を突かれ、内部でマチュを発生させられるという事態を引き起こしてしまった。
だから今回は、ただ強固なだけでなく、有害な気体が滞留しないよう適度なフィルター機能を持たせるなど、今後突かれるかもしれない未知の穴を入念に塞ぐための設計を二人で練っている。もちろん、防御力自体を前回より下げるつもりはない。二人の力を合わせれば、さらに上の段階へ引き上げられるはずだ。
こうして屋上テラスという外の景色が見渡せる場所にいるのも、実際に防壁を張り巡らせる都市の全景を見ながら話したほうが、イメージの共有が円滑になると考えたからだ。
防壁の再構築に向けた話し合い自体は、事件が落ち着いた二週間ほど前から始めていた。だが、なにせその時はお互いに魔力切れでベッドの上にいたこともあり、こうして実際に屋上から都市を見下ろしながら話し合うのは今日が初めてだった。
「少し、休憩をしようか、ジース」
キリの良いところで、俺は座り込んだ。 ここから見渡す白亜の街並みは、360度どこを見ても絶景と言っていい。
拡声魔法を使うために魔導防壁の上空に吊るされていた時に見た景色の方が、高度も高くて遠くまで見渡せたが、文字通り地に足をつけて見る光景の方がずっといい。安心感が段違いだ。
「おいでよ、ジース」
俺はそう言って、自分の隣の地面をポンポンと叩いた。
ジースはそれを言われた瞬間、一瞬だけピクッと固まったが、すぐにモジモジと動き出し、少し躊躇いがちに俺の隣へと腰を下ろした。
なんだか、千年前も小屋でこうやって一緒に座って作業したりしたっけ。
ふと、そんな懐かしい記憶が蘇る。
しばらくの間、俺たちは言葉を交わすことなく、ただ眼下に広がる景色を眺めていた。 空が、抜けるように青い。
「見れば見るほど……君の作り上げたこの街は、いい街だね」
俺がポツリとこぼすと、ジースは少し照れくさそうに、けれど誇らしげに声を弾ませた。
「そう思ってくださって嬉しいです。ボクも、この風景はとても気に入っています。こうして上から見渡すと、人々の暮らしが、広い視野で見渡せますから」
同じ空間で、同じ景色を見て、同じような感情を共有する。
それは、かつて俺の頭の中が生み出したイマジナリーフレンドとの茶番とは違う。まぁ、あれはあれで自分の精神状態を少しでも保とうとする無意識の自己防衛だったと思うから、あのこと自体を否定はしないが。だがやはり温かみが違う。そうしみじみと感じるたびに、俺は千年間彷徨ったあの孤独なバグ空間から本当に抜け出せたのだと実感するのだった。
しばらくその平和な光景を眺めていると、景色に目を向けたまま、ジースがふと声のトーンを落として口を開いた。その顔に影がさした気がする。
「……そういえば。あの事件の実行犯グループのうち、ボクが捕まえた一人以外は、いまだに誰一人として捕まっていないそうです。あれは絶対に複数人による犯行で間違いないのですが」
「……そうかい」
俺は目を細め、風景を見つめたまま短く応じた。
マチュが現れた直後、上層部の人間は、対応方針の議論で紛糾していた。未曾有の事態において彼らが最優先したのは『人命の確保』であり、犯人の捜索や追跡の指示が遅れた。
その後、俺が拡声魔法で「外には出ず、屋内に待機しろ」と都市全体にアナウンスしたことで、市民の大規模なパニックは避けられた。
この都市は『安全』を売りにしていることもあって、常駐している兵の数自体が少ない。ガスマスクなんて便利なものがないこの世の中、瘴気が漂う広い都市に兵を走らせて徒に被害を出せば、ただでさえ少ない兵力がさらに衰えてしまう。長期的な視点に立てば、ここで戦力を失い、今後の対応に差し支えることの方が大きな不利益になると危惧したのだ。
それでも、勇敢な一部の兵が瘴気に晒される覚悟で見回りをしてくれていたらしい。しかし犯人の手がかりを掴むまでには至らず、最終的には彼らも、次第に濃さを増していく瘴気から安全を確保するため、退避せざるを得なかった。
事態が落ち着き、ようやく本格的な捜査を開始できた頃には、すでに犯人たちは姿を消していた。これだけ探しても見つからないのだから、すでにこの都市の外へ逃亡した可能性が非常に高い。
だが、誰がこのようなテロを行ったのか、大方の目星はついている。俺の絵画を売り捌いて稼いだとされる一味だ。この一味は過激派グループとしてゼロの魔術師の真の理解者であるという信念を振りかざし、他にも色々好き勝手やっていたという。
事件の直後、異端審問局の地下牢に収容されていたスルジアという男が、忽然と姿を消した。そして、彼とつるんでいたと思われる仲間たちも同時期に都市から姿を消している。このことから、彼ら一味が容疑者として浮上したのだ。
俺がジースに「釈放してやってくれ」と頼んでいた矢先の出来事である。あの時、地上では未曾有の瘴気テロが発生していた。上層部が対応に追われ、地上の兵士たちも屋内退避を余儀なくされていた裏で、瘴気が蔓延する地上から地下施設への増援や伝令は完全に遮断され、地下牢は実質的な孤立状態に陥っていた。
犯人グループは、都市の警備網が瘴気によって物理的に分断され、連携機能が麻痺したその一瞬の隙を正確に突いてきた形になる。
おそらく、スルジアを脱獄させるために、都市全域の目を強制的に逸らす目的であの大規模な魔法生物の召喚が行われたのではないかと今のところ、その線が一番有力視されていた。
それにしても、スルジアが収容されていた施設は、そもそも魔術師を無力化するための特別な構造になっていたと聞く。
施設の地面の奥深くには、周囲のマナを無駄な術式で強制的に消費し続け、極限の低濃度を維持するという術が練り込まれた媒体が埋め込まれていた。その媒体自体を物理的に破壊しない限り、その周辺は魔法も放てない環境に保たれるというものだ。
事後調査によれば、その媒体は破壊されていなかった。にもかかわらず、残っていた看守は殺害され、スルジアが入れられていた鉄格子の檻は無理やりこじ開けられたような跡が残っていたという。
以上のことから、外部の仲間が孤立した地下の隙を突き、魔法的な関与のない一般的な道具を使って牢屋を破壊し、スルジアの脱走を手伝ったのだと結論づけられていた。
あんな大規模なテロを引き起こしてまで仲間を逃がそうとする一味であり、その奪還の対象となった人物を、俺は自分の勝手な判断で野に放とうとしていたのだ。その事実に戦慄を覚えるとともに、深く後悔した。
結果的には、俺が釈放する間もなく、彼は実力行使で脱獄してしまったわけだが……。
「にしても……」
俺は顎に手を当てて、疑問を口にする。
「あの牢屋の壊され方、魔法の使えない環境下だからって、本当に一般的な道具だけでやってのけたものなのかね?」
事件後、俺も特別に現場を見せてもらった。
分厚い鉄で組まれた格子が部分的にひしゃげていたのだ。だが、バールのような道具でこじ開けたり、金属疲労や梃子の原理を利用したりしたにしては、広がり具合や壊れ方が派手であり不自然で、なんというか、それだけではこうはならんやろを地でいっていた。
「確かに、鉄格子部分をあんな風にひしゃげさせるよりも、鍵の部分を集中的に壊す方が現実的ではあります。ですが、今回は頑丈な鉄格子が壊されている。もし魔法が使える環境だったなら、魔法で破壊したと言われた方がはるかに納得できる壊れ方と壊された跡でした」
ジースは続ける。
「ですが……何せ、マナを無駄に消費して魔法を扱いにくくする媒体は無傷のまま稼働していましたし」
「うん……そうだね。それは私もちゃんと確認した」
あの時、ジースの案内で地面に埋められた媒体の真上で、ちゃんとその術式が生きているのか神経を研ぎ澄ませて確かめたが、術式は異常なく起動していた。一度でも破壊されれば不可逆な構造らしいので、事件当時も低濃度のマナを維持していたはずだ。だからといって大気中のマナの量を減らすが、ゼロにはならない。
「じゃあ、あの極限まで限られたマナの量だけで、あの檻を魔法で壊したというのは……?」
「まさか」と、ジースは首を横に振る。
「もしかしたら、お師匠になら、あのマナが枯渇した環境下でも檻を壊せるような『信号の送り方』の心得があるのかもしれません。ですが、スルジアに限ってそれほどの実力はありません。多少の腕があるのは認めますが、そんな芸当ができる魔術師がこの世にどれくらいいるのやら……。そんなことができるなら、金持ちのお抱え魔術師などに収まらず、もっと名を馳せているはずです」
「現代の魔術師のレベルには疎いから何とも言えないけど、そういうものかね」
「そういうものです」
ジースが断言するなら、そうなのかもしれない。
「それは分かった。でも、仮にそれが出来るという前提で考えるなら、スルジア以外の、侵入してきた仲間の仕業という可能性は?」
「それこそあり得ません。あの後、彼らの一味について徹底的に調べさせましたが、一味の中で最も魔法の実力が高かったのはスルジアだったそうです。スルジアに不可能なことを、他の仲間ができるとは思えません」
「うーむ……」
俺は腕を組み、考え込んだ。 どうも引っかかる。 ジースの言う通りなら、犯人は一般的な道具を使ってこじ開けたと考えるのが妥当だ。
だが、それでも俺には、あの壊れ方がそんな一般的な道具によるものだとは到底思えなかった。
それに、一度あの現場に立ち寄った時に感じた、あの奇妙な感覚。
以前訪れた時には感じなかった、高濃度で感じるのとは別の種類の、肌をチリチリと撫でるような微かなピリつき。低濃度にまで抑え込まれた空気中のマナが、何か異質な力によって無理やり掻き乱されたような……言葉で表現しづらいが、確かなマナの乱れの痕跡を、俺は感覚として覚えていた。
「今話したことについての詳しい事情も、もし知っているのなら、私が捕まえたテログループの一人に聞きたかったのですが……」
ジースの声が、また一段と沈み込んだ。 ……無理もない。
「あれは……本当に残念だったね」
あの日、ジースが屋根の上で気絶させ、捕らえた実行犯の一人。事件後、異端審問局が彼の素性を急ぎ調べた結果、スルジアやその一味と裏で深い関わりがあったことが判明している。
彼には厳重な拘束が施されていた。だが、俺やジースが瘴気の対処を行い、他の者たちが見守っていた間に、彼はひっそりと息絶えていたのだ。
その顔に、信じられないという驚愕の表情をこびりつかせたまま。
検死の結果、彼の奥歯にはカプセル状の即効性の毒が仕込まれていたことが判明した。それを自ら噛み砕いて死んだのだ。
アングラの世界では、精神を活性化させ、一時的にマナの操作精度を跳ね上げるカプセルという、実在するかも怪しい代物の噂がまことしやかに囁かれているらしい。死に顔のあの驚ききった表情から推測するに、大方、仲間から「それはその薬だ。もし捕まるようなピンチに陥ったら、これを噛んでマナ操作を向上させ、脱出しろ」とでも嘘を吹き込まれていたのだろう。
要するに、トカゲの尻尾切りだ。最初から口封じの罠が用意されていたわけだ。
都市の被害は最小限に抑えられたとはいえ、結局テロの目的も判然としないまま、この事件は幕を閉じようとしている。 それがどうにも落ち着かない。
だが、ここで不確定な推理を重ねていても心がモヤモヤするだけだ。それなら今は、前向きな魔導防壁の話し合いに集中した方がいいかもしれないと思い直した。
「よいしょっと」
俺は立ち上がり、パンパンとお尻の埃を払った。そして「あぁ、……そうだ」と、思い出したように口にする。
「魔導防壁の事なんだけどね。私と君の力を合わせれば、以前の魔導防壁よりも十分な硬度を維持したまま、さらに魔導防壁の範囲を広げることが出来る計算になったんだけど……そこはどうするかい?」
俺がそう提案すると、ジースの顔がくしゃっと顰められた。彼女はためらいがちに尋ねてくる。
「それって……あそこに見える、あの遠くの屋敷も範囲に入るってことですか?」
「ん? まぁ、収まるとは思うけど……どうかしたのかい?」
ジースはその場所を指差しながら、若干気まずそうに視線を泳がせながら答えた。
「いや、そのですね……。あの屋敷、逃走したスルジアの雇い主である、ガモンという男の別荘なんです。前にチラッとお師匠の前でも名前は出しましたが、少し前に、実は彼と私たちの間にいざこざがありまして……お師匠を心配させたくなくて今まで黙っていましたが……」
そこから、ジースはあの事件の前に起きた出来事を説明してくれた。
ガモンから『新しく建てた別荘まで魔導防壁の範囲を広げろ』と無理難題を要求され、物理的に不可能だと断ったこと。その際、彼から『いずれすぐに、お前らは自分達の立場を危うくすることになる!お前らはすぐに後悔することになるんだぞ!』と激しく怒鳴り散らされたこと。
「そんな言葉を吐いた相手の思い通りにしてやるのが、なんというか……ちょっと癪でして。……ごめんなさい、仮にも彼は私の宗教を支えてくれている人の1人だというのに……ボクって性格悪いですよね」
「……いや、まぁ、一旦どちらが悪いか悪くないかは置いといて、誰だって自分の感情と折り合いをつけられないことの一つや二つはある。それを『性格が悪い』という言葉一つで切り捨てるような野暮なことはしないさ」
俺はそう言いながら、一つの疑問を口にした。
「それはそれとして、そのガモンという男は、スルジアの雇い主だったんだろう?
今回の事件や、スルジアの脱獄について何か手がかりになりそうな話は聞けなかったのかい?それにそのガモンが放ったというその発言も気がかりだ」
あっ。
口に出して、この話題から逸らそうとしていたのにまた結局この話に戻してしまったことに気づく。だけど、一度口に出したのなら仕方ない。
その疑問に対して、ジースも口を開いた。
「それはボクも真っ先に疑って、徹底的に追及しました。ですが……証拠不十分で、期待したような回答は得られませんでした。……しかし」
「しかし?」
「彼は絶対に何かを隠していると思うんです。彼とも人間の感覚で言えば割と長い付き合いになりますから、分かるんです。彼は完璧なポーカーフェイスを保てている自信があるようですが、悲しいかな、老いが原因なのか昔ほどの表情のコントロールはできておらず、明らかに動揺して何かを誤魔化している雰囲気を読み取りました」
「それが分かっているなら、何がなんでも問い詰める必要があるんじゃないかい?」
「そうなんですけど……。彼はこの宗教の運営を金銭面で支える大パトロンの一人でもあります。私には教皇という立場もあるので、確たる証拠もないのにあまり強く出るわけにもいかず……困っているのです。それもあって、彼への不信感から先ほどのような個人的な感情を抱いてしまっているのは否めません……」
「なるほどねぇ」
俺はずり下がってきた片眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
彼女には教皇としての『役割』がある。何万という人々の安寧を背負っている以上、己の感情だけで独断専行することは許されない。それが組織のトップというものだ。
彼女が教皇としての役割に縛られて動けないのなら、お門違いかもしれないが、そういったしがらみのない俺が、この件に介入する必要があるかもしれない。
使えるものだったら、何でも使う。
もし使えるのなら、俺には似合わない、過大に神格化された虚像だって使って構わないかもしれない。それくらい最大限に活用して、可愛い弟子のために裏で人肌脱いであげるべきだろうか。
表立って動けば、ジースが守ろうとしている教会の面目まで潰しかねない。だからこれは、あくまで秘密裏に行う。
……いいや、今のはよそう。
これは完全に俺のエゴだな。
ジースのためだのなんだのと言い訳しているが、結局のところ、俺自身が真実を知りたいだけで、俺自身が弟子を巻き込まれたことにちょっと思うことがあるという話だ。もしガモンが何も隠していない潔白な人物だったなら、俺がやろうとしていることは、ただただ彼に迷惑をかけるだけの最低な行為になる。
それでも――。
「ちょっと動かさせてもらうよ」
知っていて損はない。
ジースに聞こえないくらいの声の大きさで、俺は静かにそう呟いた。