【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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25.降臨ス

 

 

 

 

 

 雲一つない、夜。  あの瘴気を振り撒く魔法生物、マチュが大量に召喚された未曾有のテロ騒動から、早いもので半年が経とうとしていた。

 

 聖都ミザリエの喧騒から少し離れた静かな高台に、豪奢な屋敷が佇んでいる。何を隠そう、プロパス教の巨大なパトロンであり大貿易商でもあるガモンの別荘だ。その屋敷の広々とした書斎で、ガモンは一人、珍しく上機嫌そうにしていた。

 

 チラリと窓の外へ視線を向ける。夜空の下、少し離れた場所にある都市全体を覆う魔導防壁の膜が、微かに月明かりを反射させて七色に見えた。

 

 ガモンの望みが、また一つ叶ったのだ。

 

「やはりあの教皇、本当は最初からこの別荘を魔導防壁内に含めることが出来たのだ。ワシのことが気に入らんからと、勿体ぶって断りよったに違いない」

 

 叶わないと思っていた望みが叶うことほど、気分のいいことはない。ガモンは以前から、この別荘を魔導防壁の安全圏に収めるよう教皇に要求し、その度に「物理的に不可能だ」と突っぱねられていた。

 

 だが、あのマチュ騒動によって魔導防壁が一度なくなり、数ヶ月かけて再構築された新たな防壁は、あれだけ無理だと言われていたこの別荘まですっぽりと覆う範囲にまで広がっていたのだ。

 この破壊から再構築の一連の流れには、教皇の古い知人だという人物が関わっているという噂を聞いた。実際にその人物が、教皇と共に動いているところを見たと言う者も少なくない。

 

 ガモンもその人物を目撃したかもしれない一人だ。かなりの距離があり、暗さも手伝ってはっきりとは見えなかったが、どのような魔法かは知らないものの、空に人型の何かが浮かんでいるのを見たのは確かだ。もしかしたらその人物が、噂の人物で、どこかしらで、ガモンの別荘の件を耳にする機会があり教皇の頑なな態度を咎め、要望を通すよう口添えでもしてくれたのではないかと考えた。

 

 まぁ、理由は何にせよ、ガモンの望みは一つ叶ったのだ。あの事件が起こる前、ガモンが下したあの決断は正しかったのだと自分に言い聞かせた。

 

 確かに、あの時はまさかあそこまでの大惨事になるとは思っていなかった。教皇を少しばかり困らせ、ガモン自身の鬱憤を晴らすためのちょっとした軽い思いつきだったのだ。だが結果として、街は瘴気に沈みかけた。一連の騒動のおかげで結局のところ甘い蜜を吸わせてもらった側なのだから、文句を言える立場ではない。

 どうにか事態は収束し、魔導防壁は再構築され、自分の別荘は安全な領域に組み込まれた。結果だけを見れば、自分にとって都合のいい事には違いない。

 

「そうさ。ワシの判断は、何も間違っておらぬ」

 

 ガモンは誰に言うでもなく己を納得させるようにそう呟き、ふぅ、と息を吐いた。

 

 ガモンは今の自分にとって一人の時間というのはあまり良くないなと考える。どうしても、心の奥底にへばりついたあの時のことについて考えてしまう。そういえば、今日は夕食をここまで召使いに運ばせる手筈だったが、もうそろそろだろうか。そう考えた矢先のことだった。

 

 ジジッ……ブツッ、ブツブツッ……!

 

 部屋に等間隔に浮かび、照明の役割を果たしていた円環状に輝く光の魔法が、今まで一度もなかったような不規則な点滅を始めた。そして次の瞬間。プッツン、という音と共に、照明として天井付近に浮かんでいたすべての魔法の光が雲散霧消し、部屋は闇に包まれた。

 

「……何事だ?」

 

 突然の暗闇。部屋を照らすのは、窓から差し込む青白い月明かりのみとなってしまった。奇しくもこの暗さと静寂が、あの決断をした日と重なる。

 

 照明として使っていた魔法の術式に不具合でも発生したかと一瞬考えたが、一昨日、スルジアの代わりに新しく雇い入れた魔術師に「今のままで術式は安定しているので、しばらくは問題ないでしょう」と言われたばかりだったことを思い出す。なのに、どうしたというのか。あの魔術師、まさか適当な事を言ったわけじゃあるまいな、とガモンは憤然としながら舌打ちをした。

 

 その時、目の前の重厚な木製のドアが、ギィィィ……と、軋む音を立ててゆっくりと開き始めた。

 

 ノックがなかったのは癪だが、おそらく夕食を運んできた使用人だろう。ガモンは苛立ちを隠さずに声をかけた。

 

「飯の前に、照明の魔法が切れた。燭台を持ってこい」

 

 ガモンはそう言って、ドアを開けた人物を見た。だが、その姿を見たと同時に言葉を失い、全身を硬直させた。

 

 開け放たれたドアの向こう。暗闇の中に立っていたのは、見知った召使いなどではなかった。古びたローブを纏い、フードを目深に被った一つの人影。月明かりに照らされて微かに覗くその肌は、深い褐色だった。

 少なくとも、ガモンが雇っている使用人の中に、これくらいの背丈で褐色の肌を持つ者はいない。だとすれば、瞬時に導き出される答えは一つしかない。

 

「曲者めか!」

 

 恐怖を怒声で誤魔化して叫ぶが、その影は一切意に介する様子もなく、ゆっくりと、だが着実にガモンの方へと歩み寄ってくる。

 ガモンの位置はドアの正面、本棚を背にした壁際だ。後ろへ下がることはできない。その人物は何も喋らない。ただ、ジリジリと距離を詰めてくる。

 

「おい、何者だ、何が望みだ!!」

 

「…………」

 

「聞いているのか!」

 

 ガモンが悲鳴のように叫んだ時、フードの奥からようやく、飄々とした声が響いた。

 

「君は、ガモンという名で合っているかい?」

 

「だったら何だ! それ以上近づくでない!」

 

「そのガモンという男については、老人であることと商人だということしか聞いていなかったけどね。君以外の屋敷の者は明らかに商人の身なりではない使用人の格好をしているし、老人と言える年齢の者も君以外にいなかったから、分かりやすくて助かるよ」

 

「貴様、さっきから何を……ッ!!」

 

 ガモンの怒りもどこ吹く風で、その人物は淡々と話を続ける。

 

「私はそろそろ、この都市を出る手筈になっているんだけどね。やり残したことを片付けないと次に進めないからお邪魔した次第。こんな形での訪問になったのは申し訳ないけど、普通に接触したんじゃ、まともに相手もされないと思ってね。あー、あと周りにあまり知られたくない事情もあったからね」

 

 これ以上近づかせてはならない。恐怖に突き動かされるまま、ガモンは机の上に置かれていた分厚い本を鷲掴みにし、ありったけの力で侵入者の顔面めがけて投げつけた。高齢とは思えぬ力で投げられた本は、間違いなく相手の顔面を捉える軌道を描いていた。

 

 しかし、その人物がローブの下から手を出し、指先をくるりと左に向かって軽く動かした瞬間。突如として左方向へと突風が吹き上げ、本はまるで意思を持っているかのようにそれに攫われ、不自然に軌道を逸らした。

 本は侵入者の顔の横を通り抜け、背後の壁に激突して音を立てて床に落ちた。その間、その人物は歩みを止めることも、反射的に避けようとする仕草さえもなく、先程からずっと変わらない調子で、何事もなかったかのように一歩、また一歩と着実にガモンとの距離を縮めてきた。

 

 ガモンは絶句した。

 指先のわずかな動きを使い寸分違わぬ精密さで風を操り、飛んできた本の軌道を顔のすぐ横へとずらしてみせたのだ。あまりにもその一連の動作が自然すぎて、ほんの一瞬、この人物が何をしたのか分からなかったほどだ。それほどまでに自然で、魔法というものがその人物に深く板についていることを表す所作であった。

 

「君も、私に長々と居座られては迷惑なのは承知さ。だから、単刀直入に言おうじゃないか」

 

 一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「君のお抱え魔術師だったスルジアは、あのテロ事件に深く関わっていた可能性が高い。そして君は、その男の雇い主だ。もしかしたら何か、知っているんじゃないのかい?」

 

 ガモンの喉がゴクリと鳴った。彼は表情を凍りつかせたまま、以前、異端審問局や教会の者たちに答えたのと同じような言葉で返した。

 

「知るか! あいつはただの雇われで、主従関係以外の繋がりなど一切なかった! あんな急に仕事へ来なくなったような奴の事などワシが知ったことではないわ!」

 

 その言葉を放った後、しばらく部屋に重苦しい沈黙が落ちた。相手は何も喋らない。その音のない空間が、ガモンの額にじわじわと冷や汗を滲ませる。

 

 何故だ。何故、これほどの緊張感があるのか!?とガモンは内心で焦りを覚える。

 謎の人物が屋敷に侵入しているのだから緊張しないわけはないのだが、そういった単なる恐れからくるものとは別種の、毛色の違う、それこそ畏怖などが含まれた緊張感が彼を支配していた。

 

 教皇に尋問された時も内心では冷や汗をかいたが、この人物が放つプレッシャーはそれの比ではない。圧や凄みを感じさせるほどいかつい体型や声音をしているわけではない。どちらかといえば真逆だ。声音に関しては中性的で、いまいち迫力に欠ける。

 だが、そういった視覚や聴覚といった得やすい情報の中では判断できないところで深い何かを感じ取り、ガモンは自分の意思に関係なく、無意識下に己へ警鐘を鳴らしていたのだ。

 

 ガモンという男は、伊達に大商人をやっているわけではない。幾度もの修羅場を潜り抜けてきた彼の最大の武器は、その類まれなる商人の直感、第六感ともいうべきものだった。その直感が今、目の前の存在は決して敵に回してはならない『何か』だと訴えかけている。

 

 しばらく音のない時間が続いたあと、相手が口を開いた。

 

「本当の本当にかい? ――私の目を見ても、知らないと言い続けられるのかい?」

 

 張り詰めた空気で息苦しささえ感じていたガモンだったが、その一言を聞いた瞬間、彼の中に僅かに残っていた商人としての冷静な思考が姿を現した。

 

(しめた! こいつは、確たる証拠など何一つ持っていない!)

 

 もし相手が、スルジアと自分の繋がりを示す決定的な物証や、第三者の確固たる証言を握っているのなら、交渉や尋問の定石としてそれを真っ先に突きつけて逃げ道を塞ぎ、一気に問い詰めて更なる情報を引き出そうとしてくるはずだ。それが最も効率的で確実な方法だからである。

 しかし、相手はそれをしなかった。代わりに「目を見て言えるか」という、極めて精神的で感情論に訴えかけるような揺さぶりをかけてきたのだ。これは、相手が推測や状況証拠しか持っておらず決定打に欠けるため、プレッシャーを与えてこちらから自白を引き出そうとするカマかけの常套手段である。証拠がないからこそ、心理的な重圧で口を割らせようとしているのだ。

 

 相手の手札が透けて見えた。ならば話は早い。自分が絶対に何も知らないという立場を崩さず、毅然とした態度で畳み掛ければ、相手も引き下がるしかない。

 ガモンは嘲笑しそうになった。大商人であるこのワシに向かって、そのような手が通用するものか。格の違いというものを見せつけてやろう。

 

 ガモンは息を吸い込み、堂々と相手の方へと顔を向け直した。

 

「……ッ!?」

 

 だが、言葉を発しようとした瞬間。ガモンの思考は完全に真っ白に染まった。

 相手の言葉に乗って、自らその人物の目をしっかり見ようとしたわけではない。相手の瞳には先程まではなかった真剣さが宿っており、それを証明するかのように二つの瞳が怪しげに輝いて見えた。否、実際に輝いていたかは分からない。だが、その瞳は黄金色で、そう思わせるには充分な眼力があったのだ。それに気付いた瞬間、視線がまるで強力な磁力にでも吸い寄せられたかのように絡め取られ、どうしても外せなくなってしまう。

 

「……ッ!?」

 

 目が、離せない。

 

 蛇に睨まれた蛙。絶対的な捕食者と、矮小な被食者。生物としての本能が、目の前の存在に対する完全なる服従と畏怖を叩き込んでくる。畳み掛けようと用意していた言葉は上手く出ず、「ぁ、あぁ……」という無様に空気が漏れる音だけが、虚しく室内に溶けていった。

 

 相手は、ゆっくりと口を開いた。

 

「もう一度聞く。本当に、何も知らないのかい?」

 

 相手は確たる証拠を持っているわけではない。本来なら「否」と言えばそれで済むはずの状況だ。なのに……喋れない……!

 数多の修羅場を潜り抜けてきた自負があるというのに、これほどの威圧感は生まれて初めてだった。

 

「どうしても、喋らないつもりかい……」

 

 その人物がふと小さくため息をつき、静かに目をつむった。

 その瞬間、ガモンを縛り付けていた金縛りのような状態が解けた。ドッと全身の力が抜け、思わず後ろにのけぞったガモンは、真鍮の車輪が脚についた椅子ごとズルッと後退りし、ドンッと背後の本棚にぶつかる。だが、極度の緊張と恐怖に支配された彼の意識は、背中に受けたその衝撃にすらあまり気付いていない様子だった。

 

 ヒューッ、ヒューッ……と、掠れた音が部屋に響く。何の音かと思えば、自分から発していたものだと気づく。どうやら呼吸することすら忘れていたらしい。必死に息を整え、再び前へ視線を向けたその時だった。

 

 いない。

 

 先ほどまで目の前に立っていたはずのローブの人物の姿が、忽然と消え失せていた。  ドクンッ、と心臓が跳ねる。

 

 ジャラリ。突如、自分の首元で、身につけていたペンダントが小さな音を立てた。ヒッと息を呑み、目線だけをゆっくりと音のしたすぐ横に向ける。

 そこには、ガモンの首にかかったプロパス教の信者である証のペンダントを横からそっと摘み上げている、闇夜に溶けそうな褐色の手があった。

 

「ひぃ……!?」

 

 いつの間に……。ドバッと全身から冷や汗が吹き出す。たった今、目の前にいたではないか。

 

「まぁ、この宗教都市ミザリエに居を構えているという時点で大方そうかもしれないとは思っていたが。やっぱり君も、プロパス教の信者の一人なんだね」

 

 女性を模した彫刻が施され、黒光りするペンダントを指先でなぞりながら、いつの間にか隣に移動していた人物が言う。

 

「口を割らないね。仕方ない、最終手段だ。出来るだけこの手は使いたくはなかったけど、まぁ、いいさ。これを見ても君がそれでも否と言うのなら、本当に知らない可能性も考慮して潔く諦めよう」

 

 そう言って、その人物はガモンが座っている真鍮の自在輪つきの椅子の背もたれに手をかけると、くるりと九十度回転させた。  

再び、互いが向き合う形になる。

 

「君はこれを見ても、まだ口を割らないと言えるかい?」

 

 相手の両手がローブの端を掴み、そのまま深く被っていたフードを背中へと脱ぎ去った。

 暗がりの部屋の中、窓から差し込む月光に照らし出され、その姿があらわになった瞬間、ガモンは自分の目を疑った。

 

 果たしてこれは現実なのかと。

 

 街の中心にそびえ立つ、豊満な体の像の顔つきとは多少違う。だが、教義の伝承に語り継がれてきた特徴に、これほどまでにあのお方と合致する存在が他にどれだけいるだろうか。

 月明かりを織り込んだような銀色の髪に、鮮やかな金のメッシュ。闇夜に溶け込みながらも、神聖な気配を放つ褐色の肌。すべてを見透かす黄金の瞳と、怪しく光る金縁の片眼鏡。

 

 だが、ここまでは、自前の髪色や目の色が豊富な世界なので、探せば同じ肌色に同じような色の目や髪を持つ人間をかろうじて見つけることができるかもしれない。それに、髪は地毛でなくてもウィッグなどがあればどうにでもなるだろうし、身につけているものなんて同じようなものを揃えればいいだけである。

 

 しかし、唯一。絶対に人間には真似することが叶わないものが、彼女の頭部からスッと伸びていた。

 

 エルフ特有の、長く尖った耳。

 

 強欲な大商人であり、後ろ暗いものを抱えていようとも、どこまでいってもガモンは間違いなくプロパス教の信徒であった。信仰心がなくなることはない。だからこそ、全身に総毛立つほどの鳥肌が立った。

 

 そう、彼女は――。

 

「――――――ゼロの魔術師様……」

 

 紛れもなく、遥か昔に姿を消し、世界の安寧のために犠牲になったと囁かれる、自分たちが崇め奉るその者であった。

 

 

 

 

 

 





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