【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた【書籍化決定】 作:御花木 麗@充電中
気ままにやっていくよ。
今回はコメディ強め。
24と25の間のお話です。
間話: 師匠の卑猥な絵画を回収したいジースVS金持ち収集者VSまたしても何も知らない師匠
◇ Side ジース◇
魔導防壁の完成間近になった、ある日のこと。
夜の出来事である。
寝静まったこの都市の裏路地を、闇夜に溶け込むように機敏に動く人影がある。それはボク、ジースだ。
真夜中とはいえ、用心に越したことはない。できるだけ人目がつかないルートを選び、目的地へと駆けていた。
お師匠とボクがこの都市を旅立つまで、もうそれほど猶予はない。
「今回で、ようやく最後だ……!」
ボクは小さく、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。 この都市を心残りなく去るために、どうしてもやらなければならないことがあったのだ。
実はこの都市の裏では、以前スルジアが所属していた過激派グループによって、『お師匠をモデルにした卑猥な絵画』が密かに販売され、出回っていた。
それを異端審問に任せて、その多くを取り締まり、回収してきたのだが、宗教としての顔がある以上、やり方には限界があり、過激な方法が取れず回収出来ずじまいの容疑者が複数件あった。
お師匠と共にこのミザリエを旅立つ日は近い。
だが、このままボクが都市を去った後、あの破廉恥な絵画が世に残り続けることを許していいのだろうか?
……だんじて、否である。
お師匠の……尊いお師匠のあられもない姿を描いた、あの卑猥な……あまりにも卑猥な……絵画!
お師匠をそんな不純な目で見ている輩がいるだなんて、なんて破廉恥なのだろうか。
そんな絵画だが、表で禁じられている物品ほど、裏では高額で取引されるのだが、この絵画も例外ではなかった。
というわけで、そうしたものを買い求める人物は大抵が財力のある金持ちに絞られてくる。
その金持ち相手にどう立ち回るか。
宗教の顔としての限界があるのなら、真夜中限定で、立場を脱ぎ捨て、教皇ではないただ『絵画を回収する存在X』となることを決意した。
そう決意したボクは、目元以外を隠した動きやすい黒ずくめの衣装に身を包んだ。そして夜な夜な外に繰り出しては、誰にも言わずに密かに所有者の元へ潜入し、自らの手で絵画を回収して回っていたのだ。
今夜ボクが向かっている人物も、例外なく金持ちである。
彼は二十代の若さで有名な巡業演劇団の座長を務め、劇団の成功と彼自身の大人気によって莫大な財を成した男だ。
三十代にして一生遊んで暮らせるほどの額を稼ぎ切り、あっさりと隠居を発表。熱心なプロパス教の信者でもある彼は、聖都ミザリエに広大な屋敷を構え、悠々自適な余生をのんびりと過ごしているという。
表向きは敬虔な信者で通っている彼が、裏であんなものを秘蔵しているなんて……風上にも置けない。
地道に情報を集め、動き始めて早三ヶ月。
今日で、ボクがリストアップしていた最後の所有者から絵画を回収できる手はずになっていた。
標的の屋敷の屋根に音もなく降り立ち、ボクは自身の衣装に目を落とした。
それにしても、動きやすいこの目元以外隠した黒ずくめの格好……子供時代、お師匠がおとぎ話か何かのように話してくれた“あれ”に似ているような気がする。
えっと……あれは確か――
「――忍者だね。その格好はまるで」
不意に背後から声がした。 誰だ、と息を呑んで振り返る。
「お師匠!?」
そこには、ローブを目深に被った最近の普段着のお師匠が立っていた。 声が少し遠く聞こえたのは、ボクの全力疾走に後ろから必死についてきて、息を切らしていたからだった。
しかし、なぜお師匠がここにいるのだろうか。 今日ボクは、お師匠がぐっすり眠っているのを確認し、その寝顔をたっぷりと堪能してから部屋を出たはずだ。
ボクは走るのをやめ、お師匠に詰め寄った。
「ど、どういうことですか!? な、何故ここに……っ! ボクはあの時、ちゃんとお師匠が寝ているのを確認して外に出たはずです!」
急に問い詰められ、目を白黒……いや、お師匠の瞳は金色なので白金させて動揺していたが、息が整ってきたお師匠は「分かってないなぁ」とでも言いたげなしたり顔を浮かべた。
「あれは、寝たふりだったのだよ、君」
「なっ、何故そんな真似を……っ!」
「だって、少し前から私に内緒で夜な夜な外に出て、あることをしていただろう? 」
そこまで見抜かれていたのか。 この様子だと、ボクが何をしていたのかまで完全にバレているかもしれない。
事実を被害者の彼女自身の口から言わせるわけにはいかない。せめてボクから「お師匠の絵画が出回っているので回収していた」と正直に白状しようと口を開きかけた。
「バレちゃいましたか……そうです、ボクは――」
「LARPをやるんだよね! 参加する人たちで打ち合わせして、世界観やシナリオの大まかな骨組みを決め、キャラクターになりきって実際に動く体験型RPG!私に内緒で楽しんでいるなんて酷いじゃないかい」
ボクは、何を言っているのか意味がわからずポカーンとするしかない。だが、お師匠はそんなボクの困惑に気づかず、嬉々として話を続ける。
「やってみたかったんだよねぇ。私があっちにいた頃は、周りであまり普及してなかったからさ。酷いじゃないか、私を仲間外れにするなんて」
何の話だろうか。全く理解できなかったが、とにかくお師匠が
それなら、それに越したことはない。自分が卑猥な絵画のモデルにされている絵画の話を持ち出しても、お師匠を再び困らせるだけだ。
ボクはこの勘違いをうまく利用することに決めた。このままお師匠の遊びに付き合いながら、そのフリをして潜入し、お師匠がいる以上、悠長に回収出来ないので、お師匠が確認できないくらい端微塵に破壊する。
「ご、ごめんなさい。こういう遊びは、あまりお師匠の好みではないかと思って」
「な訳ないだろう。大大大好物さ。さあ、その催し物を行う場所まで案内しておくれ」
「……はい」
ボクは引きつった笑みを浮かべながら先導した。
しばらく進むと、教皇宮殿や以前見たガモンの屋敷には劣るものの、それでもかなりの豪華さが窺える白亜の豪邸が鎮座していた。
ボクとお師匠は、その屋敷の柵越しに身を隠し、様子を窺う。
「おぉ、結構いいところを貸し切ったじゃないか。やるねぇ、さすがキョウコ——」
「しーですっ!」
ボクは慌ててお師匠の口を塞いだ。
いくら人気がないとはいえ、誰がどこで聞いているか分からない。ここでボクの正体がバレてしまっては、秘密裏に行動している意味がなくなってしまう。しばらくモゴモゴと抗議していたお師匠が大人しくなったので、手を離す。
「すまない、うっかりしていたよ。ロールプレイ中だからね。君は忍者になりきっているのだろうから、『忍者』と呼べばいいのかな?」
「そ、それでお願いします」
「ふむふむ。そういえば、私も何かになりきらなくてはね。せっかくのLARPだし」
ボクは少し焦っていた。こんなところで時間を消費している場合ではない。
「お師匠、そろそろ……」
「あー、そうだね。では、先にそちらだけで中に入ってもらってていいかね? 私もなりきりたいキャラクター像がまとまったら後から合流するよ」
これはボクにとって好都合だった。
お師匠が来る前に、絵画の件を終わらせればいい。先ほどもボクが考えた通り、今回は回収するより、お師匠に見られるリスクを無くすため、跡形もなく破壊する方が確実だ。
それをお師匠が中に入ってくる前に実行する。
そしてその後何事もなかったかのようにお師匠の遊びに合わせれば完璧だ。よし、それでいこう。
「分かりました。では、先に行っておきますね」
そう言って立ち去ろうとした瞬間、「待って」と呼び止められた。 まさか本当の目的に気づかれたかと、内心で激しく動揺しながら振り返る。
「どうか、なさいましたか?」
「あのね、私気づいてしまったんだけどね」
ゴクリと、喉が鳴った。
「まだ、私が参加するってこと伝えてないよね? この屋敷に控えてる他の参加者の人に。トラブルを避けるためにも、私のことをちゃんと伝えておいてね」
全く気づかれていなかった。ボクは心底安堵して頷いた。
◇
外にお師匠を残し、ボクは魔法を応用して、柵を越え、難なく敷地内へと侵入した。
面からだと目立つので、屋敷の裏手にあるドアの前まで来た。
ボクは懐から二本の針金を取り出し、鍵穴に差し込んでピッキング作業を開始する。
少し前までは、内部に単純な障害物があるだけの『障害錠式』が主流で、スケルトンキーと呼ばれる凹凸を削ぎ落とした万能鍵さえあれば、障害を避けて簡単にボルトを回すことができた。しかし技術が進歩した今、この都市でも『タンブラー錠』が普及し始めている。これは内部に長さの違うピンが複数あり、正しい鍵の形状で全てのピンを正確な高さに押し上げないと回らない複雑な仕組みだ。
当然スケルトンキーは通用せず、二本の針金を使って内部のピンを一つずつ手探りで揃えていくという、高い技術が要求される。
ボクはこの技術をタンブラー錠が世の中に出始めて密かに広まり始めた頃にすでに習得していた。
前に鍵を無くした知り合いがいた。その時、ドアが開けれず困っていた知り合いだったが、無理にドアは壊したくないということもあって、大変な思いをしたことがあった。
その時にこの技術は習得していても損はないなと考えて覚えたのだ。
まぁ、それと単純にお師匠譲りの純粋な好奇心もあったが。
まさかこんなことで使うとは昔の自分は思ってもいなかっただろう。
カチリ、と小さな音がして鍵が開く。 速やかに中に侵入し、足音を立てないよう意識しながら、卑猥な絵画の隠し場所を探し回った。
この屋敷はこれほど広いのに、召使いの姿が一切ない。
実は、この主はある時期から使用人を全員解雇してしまったのだ。一斉に追い出し、こんな大きな屋敷に一人で住んでいるというのは、都市でも有名な噂になっていた。
しかしその本当の理由が、公にしてはならない、ゼロの魔術師の絵画を誰にも邪魔されず愛でるためであることは、ほとんど誰も知らないだろう。
様々な場所を探してみたものの見つからない。
残る候補はここだけかと思い、ボクは主の寝室へと足を踏み入れた。
豪奢なベッドには、男が眠っていた。 なるほど、確かに整った顔立ちをしている。金持ちで元人気役者、おまけにこの美貌なら、都市の女性に大人気なのも頷ける。
なのに、こんな人間が、お師匠の裸が描かれた破廉恥な絵画を買うなんて……見かけによらないとはこのことだ。
部屋には骨董品や高価な調度品が所狭しと並べられていた。 そして、その奥の壁。 豪華な額縁に入れられた『例の絵画』が、隠すこともなく堂々と鎮座していたのだ。
これで、お師匠の面目が保たれるっ!
ボクが額縁に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。 先ほど壁に飾られているのを見た装飾用の剣が、ボクの手と絵画の間を断ち切るように、上から下へと鋭く振り下ろされた。
咄嗟に後ろへ跳んで距離を取る。飾り用の剣とはいえ、刃の手入れは行き届いており、切れ味は鋭そうだった。
剣の先を見やると、先ほどまで寝ていたはずの男がこちらを睨みつけていた。
男が剣を正眼に構える。ボクも負けじと格闘の構えをとった。
防壁魔法を使用している間は他の魔法を展開する余裕がなくなることがある。そんな時のための護身用として身につけた体術には、多少の自信があった。
互いに隙を窺い、膠着状態になる。 男は切れ長の目でボクを下から上へと値踏みするように見たあと、顔を顰めてゆっくりと口を開いた。
「女か」
「それがどうした」
ボクの正体がバレないよう、声を低くして短く返した。 男はくつくつと喉を鳴らす。
「おまえが女だったのが敗因だ。だから俺はお前のことに気づけた」
「どういうことだ」
「俺は『女恐怖症』でな。極度に女が無理なんだ……母様と、敬愛するゼロの魔術師様以外の女は、どうしても受け付けない。女が近くにいるだけで異常なほど鳥肌が立つ。俺は寝ていたが、強烈な悪寒と鳥肌で目が覚めた。なぜかと思ったら、おまえがいたってわけさ」
人気者だった役者がそんな事情を抱えていた事は驚きだった。彼は至って大真面目にいう。そこまではいいが、なぜかフンスとドヤ顔まで決めており、むしろその体質を誇りに思っている節すらありそうだった。
これは、うんーなんと返せばいいのだろうか。
何か気の利いた言葉を返すべきか。
ボクが口をモゴモゴさせていると、男は「とりゃあぁ!」と気合いの抜けた声を出して、剣を振りかざし飛びかかってきた。
シールドはこの男の前では使えない。 シールドの魔法を実戦レベルで使える人間は限られているため、ここで使えば教皇であることがバレてしまう危険性がある。
男の剣撃は、役者をやっていただけあって見栄えはいいが、実戦としての威力や軌道は甘かった。
ボクは防御を捨て、回避に専念することにした。 左斜め前方へステップを踏んでズレる。その位置は、ちょうど例の絵画の目の前。 よし、今のうちに破壊するっ!
ボクの意図に気づいたのか、男が「しまった」という顔をした。 ――が、ボクはある異変に気づいて動きを止めた。
ついさっきまで壁にかかっていたはずの絵画が、忽然と消えていたのだ。
背後の入り口付近に気配があった。 勢いよく振り返ると、そこには目深にフードを被り、不敵な笑みを浮かべる人物、お師匠が立っていた。
そしてその手には、ボクが破壊しなければならなかったあの絵画が握られている。 ボクは一瞬にして血の気が引いた。
よく見れば、お師匠の指先から絵画に向かって、頼りない月明かりに照らされた細い魔力の糸が伸びている。魔法の糸で絵画を絡め取り、手元へ引き寄せたのだ。
男は、また何者かが現れたことに面倒くさそうな声を上げた。
「次から次へと! なんだおまえは!」
「おっと、すまないね。やっと私も自分のなりきる役柄が決まったのだよ。私はこれを盗みに来た『怪盗』ってところさ。ところで実にいいね、第三陣営ってのは! 二つの陣営が争う中、突如として割り込む未知数の存在。争い合う者たちを余裕げに眺められるこのポジション、最高だ!」
「くそっ、その絵を返せっ!」
男がいてもたってもいられなくなったのか、装飾用の剣を投げ捨て、両手を大きく振りかぶり、お師匠から絵画を取り返そうと突進する。
「おっと。まだこの絵画の中身をちゃんと確認すらしてないんだから、やめておくれよ」
お師匠はそう言って、男に奪われないよう両手で絵画を精一杯高く頭上に掲げた。
しまった! まだ中身を見られていなかったのか! ならば、今すぐ取り返して破壊しなければ……! だが、ボクが動くより先に、最悪の連鎖が起きた。
頭上に掲げた絵画を初めて下から見上げ、自分の卑猥な姿が描かれていることに気づいて完全に硬直するお師匠。
そして、絵画を奪い返そうと飛びかかった男は、お師匠が絵画を高く掲げたせいで手が空を切り勢い余って、本来掴むはずだった絵画ではなく、お師匠の胸部にその指先がかすってしまったのだ。
絵画を見て固まり、さらに胸元に触れられて二重に固まるお師匠。
決してガッツリと触れたわけではない。ほんの僅か、指先がかすった程度だ。
しかし、不可抗力とはいえその一瞬の接触で、男の指先には慎ましやかではあるが女性特有の柔らかな感触が伝わったはずだ。
「女……!? いや、でも、あんたからは女恐怖症の悪寒が発症しないッ!?」
かすかな感触で女だと気づきながらも、なぜか発作が起きないことに驚愕し、指先を伸ばした変な体勢のまま硬直する男。
ボクは無言で踏み込み、お師匠から引き剥がすように男の脇腹へ強烈な前蹴りを叩き込み、横へ吹き飛ばした。
「いい加減そこをどいてくださいッ!!」
壁際まで吹き飛び、床に倒れ込んだ男は、蹴られたことに対して怒る様子も痛がる様子もなく、ただ何かに雷を打たれたように呆然と、震える声で口を開いた。
「ゼロの魔術師様は実際にお会いしたことがないから例外としても……俺が嫌悪感を覚えない女は、母様だけだった……。でも、違った……! もう一人いたんだっ! あなたこそ、俺の運命の人よぉぉぉ!!!! 俺たちは結婚するべき存在だっっ!!」
急に狂ったように叫び出す男。 いくら屋敷に人がいないとはいえ、この大声が響けば近隣から誰かが駆けつけてくるかもしれない。
これ以上は埒が明かない。
ボクは未だにショックで固まって動かないお師匠をひょいとお姫様抱っこし、屋敷の窓へ勢いよく突進して、ガラスを突き破りながら夜の闇へと飛び出した。
「運命の人ぉぉぉぉ!!!」
背後から、男の狂気じみた叫び声が夜風に乗って聞こえてきた。
余談だが、この男はその後しばらくの間、都市中を血眼になって運命の人とやらを探し回っていたらしい。
都市中の人が興味津々でその話で持ちきりだった。
そしてお師匠はといえば、次の日昨日の夜のことを聞いても笑顔で「なんの話だい?」と返された。
なかったことにされてるのか、あまりのショックで本当に記憶がないのか分からないが、お師匠には申し訳ない思いをさせてしまったかもしれない。