【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた【書籍化決定】 作:御花木 麗@充電中
サンゴエさんの護衛として、同行するようになったある日のことだ。
その日は聖都ミザリエまでの道のりにある小さな集落へ、順調にいけば夕暮れ前には、到着する予定だった。
「……あ」
馬車の中で流れる景色をぼんやりと眺めていた俺に、気になる光景が流れ込んできた。
「どうかさいましたか?」
その声に反応して、手綱を握るサンゴエさんが、穏やかな口調で尋ねてくる。
「いやね。あっちの道を見て欲しいんだけど……」
俺が指差した先を、サンゴエさんは目を細めて見やる。
「む……あれは、馬車が横転してますね…………すみません、寄り道になりますが、あちらに向かってもよろしいでしょうか?何か手助けできる事があるかもしれません」
「もちろん構わないさ。それに決定権は雇い主であるサンゴエさんにあるんだから、最初からお伺いを自分に立てる必要もないよ」
俺はそう言ってサンゴエさんにウィンクをした。
「そうは言ってもですね……」
サンゴエさんは人の良さそうな困った笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「まぁまぁ、とりあえず、あっちに向かおうじゃないか」
サンゴエさんを促して、俺らが本来向かうべき道から外れてそちらに馬車の進路を変更する。
事が済んだら、またあとで本来の通路に戻る予定だ。
その場所に近づくにつれ、結構な惨状が目に入る。
道の中央に荷馬車が一台無惨に横転しており、荷台から投げ出された木箱が無惨に割れて、そこから果実が大量に地面に散らばっている。
横転した馬車の後ろには、もう一台馬車が立ち往生していたが、そちらは横転もしておらず無傷そうだ。
そして横転した馬車のすぐ隣には、顔を青ざめさせ呆然と立ち尽くす男が一人。
その傍には、よく調教されているのか暴れる事なく大人しくしている馬がいた。
馬は既にひっくり返った馬車の牽引具から、手際良く外された後だった。
「ご無事ですか!?」
サンゴエさんが馬車を邪魔にならないように止めて、俺たちは小走りでその男に駆け寄った。
だが、男はパニックになっているようで、応答が返ってこない。
すると俺らに気づいたのか、散らばった果実を慌ただしく一箇所に集めていたらしい、もう一人の男もこちらにやってくる。
「ウチの店主を心配してくださりありがとうございます。怪我人は不幸中の幸いと言ったところでいねぇんですが……この有様でして」
店主と呼ばれた男の代わりにその男が答えた。
その男の登場で疑問に思っていた事が納得に変わる。
青ざめた男がここまで手際良く、馬車の牽引具を外せたと思えなかったのだ。
だが、それもこの男がやったのだろうと、推測できた。
話を聞けば、彼らは農村で仕入れた果物を売り渡る果物売りだという。
唖然としていた男、年配そうなその人が店主で、果物を拾い集めていた男、青年くらいに見えるその人がそこで働く従業員だった。
仕入れ量が沢山になると予想されたため、2台連れで移動していたところ、昨日の雨で緩んでいた泥濘に先頭の馬車の片輪がはまり、バランスを崩してそのまま勢いよく横転してしまったらしい。
「幸い馬車そのものに復旧困難になりそうなひどい歪みは無さそうですね。ここに四人いますから、力を合わせれば馬車を起こすことも可能でしょう。近くの集落までなら移動も出来るはずです」
サンゴエさんは素早く横転した馬車を確認しては、その後地図を見て、落ち着いた声でそう言った。
店主の男も、時間がそうしてくれたのか、しばらくして正気を取り戻したようだった。
「……せっかくの商品が台無しだが、自分の命があるだけマシってところだよな」
そう言って店主は自分の頬を両の手のひらで叩いて気合いを入れなおした。
◇
それからは早かった。
まずは皆で横転した馬車に入っている荷物をすべてどかして車体を軽くした。
さすがは俺以外馬車を仕事で動かしているだけあって、こういうトラブルは日常茶飯事なのか、彼らは実にてきぱきと起こすために動いていく。
俺もその指示に従って動いた。
そして——。
鈍い音と共に、馬車の車輪が地面に触れて元の体勢へと復帰したのだった。
「ふぅ……!なんとかなりましたね」
額の汗を拭いながらサンゴエさんは、満足げに息を吐く。
致命傷とはいかないまでも、少し歪んでいた車輪は積荷の中にあった予備工具とロープを使った応急処置で、サンゴエさんが対応した。
店主とその従業員の青年は泥だらけの手を合わせて何度も頭を下げた。
「本当に助かったよ。何か礼をさせてくれ!」
「いえいえ、通りすがりの者のただのお節介です。やりたくてやった事ですので、お気になさらず」
俺もサンゴエさんと同じ気持ちだったので、その言葉に頷く。
「そうはいかない……!これだけの恩を受けといて手ぶらで帰らせるわけには!」
「全然気にしないでください」
「そうは言っても……こちらとしても何かお礼をしないと気が済まないんだ」
食い下がる店主に対して、サンゴエさんはしばらく自分のちょび髭を撫でながら思案していた。
その間、視線をまわり一帯に巡らせていた。
そして道の端に集められた、果実の山に視線が固定される。
「では、もしよろしければ、あちらに山積みになっている地面に落ちてしまった果物を、正規の値段より安く売っては頂けませんか?」
「え……?」
店主とその従業員の青年は二人揃って目を丸くした。
そりゃあそうだろう。あの果実たちは傷がついて本来、売り物にならない物ばかりだからだ。
果物売りでこういう商品は売れないだろうし、一銭にもならず処分することになるのが普通だと思う。
「あの……無事な木箱に残っている方の果実じゃなくて……か?」
「えぇ、傷のないものは、ちゃんと利益を出してもらうために必要な大切な商品でしょう。ただでさえ、こんな目に遭ってしまったのですから、少しでもその分を稼がなくてはいけませんからね。私が欲しいのはあちらです。ちょうどやってみたい事がありまして、そちらには十分使えそうなのですよ」
店主たちは困惑しきりだったが、この人にはそれ以上のお礼は、何がなんでも断ってしまうと悟ったのか、それを了承した。
結果としてその山の中でも、マシな物を半額以下でサンゴエさんは購入した。
選定して購入したが、それでもかなりの量になった。
出発の際、馬車に乗り込もうとする俺に、従業員の青年が、裾を軽く引っ張って耳打ちしてきた。
「あんた……普通、横転した馬車を助けたら、足元を見て法外な救済料を要求してくるのが当たり前だ。ひどい連中になるとそれを狙って商人の馬車に小細工をする山賊まがいの奴だって存在するんだ。なのにあの旦那は助けたばかりか、売り物にならねぇ果物を買ってくれて、少しでも懐を助けてくれた。あれはお礼だというていに、なってはいるが、とんでもない。あんな懐の深い人とそばにいれる事を羨ましく思うよ」
それから深く頭を下げる二人に見送られながら、再び俺らの馬車が進み出した。
◇
「サンゴエさん」
道をなだらかに進む馬車の中で、御者台に座るサンゴエさんに声をかけた。
「さっき『ちょうどやってみたいことがある』と言っていたけど、具体的にはどんなことなんだい?」
「あー、あのことですか」
サンゴエさんは少し、きまり悪そうに声を落とした。
「……あれはただの出まかせですよ。相手から少しでも罪悪感をなくして購入するための」
「まぁ、だろうね。そんな感じがした」
俺はあまりにも人の良すぎるこの人に、半ば呆れる気持ちでいっぱいだった。
「あのねぇ。サンゴエさん、あんまりこんな事は言いたくないけど、私はあなたをこれでも気に入ってるんだ。だからあえて言わせてもらうよ」
俺はそこで一回区切って口を再び開いた。
「………………あまりにあなたは人が良すぎるよ。お人好しという言葉が擬人化したらきっとサンゴエさんみたいになるのかもしれない。……まぁ、ともあれあなたの人の良さが今後、自分の身を滅ぼさないか心配でたまらないのさ」
「そんなことを思ってくださっていたのですね。心配してくださってありがとうございます。ちゃんと心に留めておきますね」
そう口にしたサンゴエさんだが、どれほど本気で受け止めてくれたかは甚だ怪しい。
「それはそれとして……出まかせのままにしておくのもなんですし、あの言葉が嘘にならないよう、今からでも考えてみましょうか。やりたい事なんて、後からだって十分作れますからね」
「なるほど……?」
「そうですねぇ……あのままでは、購入した果実は売れませんが、衛生的に問題ない箇所を潰してジュースにするのはいかがでしょう?それを今向かっている集落に売ってみるなんてのは、結構アリな気もしますね」
「ジュースかぁ……」
悪くない案だとは思う。
ただこの世界で現在、ジュースがどれほどのものなのかは知らないけど、前世を経験している俺からすれば、もう一捻り欲しい。
せっかくなら、少しでも多く売れたほうがいい。
そうなってくるともう一押し、集落の人の好奇心を刺激して財布を緩める何かが欲しいような気もする。
そのアイディアは思いつきそうな一歩手前の段階にいて、出そうで出ない。
俺は腕を組んでひたすら考える。
考えに考えて前世の記憶まで探っていると、閃くものがあった。
「あ……!」
あれは、だいぶん昔…………小学生の授業でやった事だったか。
「サンゴエさん!次馬車を止めて休憩する時、ちょっと私に付き合ってくれないかい?」
「はい……?まぁ、構いませんが」
◇
しばらく進んでから木陰に馬車を止めて、俺らは休憩に入った。
そのタイミングで、俺はサンゴエさんに許可をとり、いくつか今からする事に使えそうな道具を荷台から取り出し拝借する。
前世で行ったのと全く同じ道具は存在しないから、今回は代用品になりうるものを使う。
「一体、なにを始めるおつもりですか?」
興味津々といった様子で、覗き込んでくるサンゴエさんの目の前で使用する道具を一式並べた。
用意したのは深さ40センチほどの木樽、飲み水を持ち歩くために使う携帯用の銅製フラスコ。
それから保存食として積まれていた塩漬け肉に使われている塩を少し頂いた。
最後に馬車が揺れている間に、いくつかの果実の清潔な部分だけ潰して集めた果汁。
これらを使っていく。
まず木樽に、この休憩場所の近くで流れていた小川の水をいれる。
そこへ魔法を駆使して氷の塊を詰め込み、先ほど頂いた塩を気持ち多めに注ぎ込む。
凝固点降下。
水は通常ゼロ度で凍るが、塩分が溶け込むことで凍る温度が下がり、氷が急速に周囲の熱を奪って溶けていく。
結果として、樽の中の塩水はゼロ度を遥かに下回り、マイナス十五度から二十度近くの極低温にまで達するのだ。
小学校の理科の実験でやった、古典的だが確実な寒剤の原理である。今作っているものも、この実験を行うためについでとしてやった記憶がある。
次に、先程あらかじめ用意した果汁を、熱伝導率に優れた銅のフラスコに流し込み、蓋をしっかりと閉める。
「これを冷え冷えにした樽の中に放り込むよ」
熱伝導率が高いため、銅のフラスコの中の果実まで、しっかりと樽の中の氷水を通して、熱を奪ってくれるはずだ。
「これからは体力勝負さ……!」
俺はその樽を全力で、上下左右に振り始めた。
中からガランゴロンと、小気味よい音がなる。
銅のフラスコの外側の冷たさを、果汁全体で均等に伝えるためにこのような事をする。
やばい……途中から腕がすごく疲れてきた。
「それ、ずいぶん……疲れてそうですけど、大丈夫ですか、代わりましょうか?」
「いやいや……大丈夫。任せてなって」
そしてそれから数分後、振るうのをやめた。
「これくらいで十分だろう」
これ結構な重量があるから、腕がクタクタだ。
腕に力が入らない。
今の俺の腕は、タコやイカに負けてないくらいの軟体っぷりだろう。
中からとっても冷たくなった銅のフラスコを取り出し、スプーンの柄を使って掻き出し、木皿にのせた。
「よし、できた」
「おぉ」
木皿に盛りつけられたのは、鮮やかな色をした、きめ細かい固体だった。
氷の山。
いや、荒削りされた氷ほど尖ってはいない。
それなら、雪とかそっちに近いと言うべきか。
光を浴びて、淡く煌めいて見える。
「異国から最近になって伝わったという、都市部で、今流行し始めている氷菓ではないですか!」
そうなの?
それは知らなかったけど、とりあえず、シャーベットの完成である。
「さぁ、さぁ、溶けないうちにお食べ」
スプーンを渡すと、サンゴエさんは早速、自分の口に運んだ。
そしてほおを緩めた。
「果実からくる酸味と甘味に、なめらかな舌触りと冷たさも相まってとてもいい感じです。口に入れたらスッと消えていきますね。まさかこんな場所で都市部で、流行っている物をご馳走していただけるとは思ってもいませんでした」
「これを作って、集落に売るってのはどうだい?」
「いいですね!やりましょう。これは間違いなく繁盛しますよ」
◇
目的の集落に到着したのは、日が沈みかけた黄昏時だった。
その夜俺らは明日販売するための、仕込みに取り掛かった。
果実を一つ一つ見ていきながら、傷やよほどの泥の箇所は取り除いて、それ以外で集めた果肉を潰していく。
そしてその作業を続けて、翌朝頃には大量にあった果物は果汁に姿を変えた。
そして、迎えたその時間。
集落の一箇所で、シャーベットの販売が始まった。
◇
結果からいうと、大盛況だった。
滅多に都市部に行けない彼ら彼女にとって、今都市部で流行のスイーツを食べれるというのは、この上ない求心力だった。
俺らの前には、集落のほとんどが並んだであろう長蛇の列ができた。
俺とサンゴエさんは、樽を振ってシャーベットを作る役割と作られたシャーベットをお金をもらって渡す接客の役割を、交互に代わる代わる行なった。
集落では、それほど娯楽が多いわけではない。
そんな中のこういった変わり種だ。
皆んな冷たがりながらも、美味しそうに食べてくれた。
それに俺は、お客さんの目の前で、樽をシャカシャカさせて作っているライブ感とその制作の工程の物珍しさが求心力に拍車をかけたと思っている。
だからやはりあの判断は、間違っていなかったといえた。
どんな判断かというと、正直なところ、腕がとことん疲れきるまであんな樽をシャカシャカしなくても魔法を扱えばもっと効率的に冷やすことも可能だった。
だが、こうやって樽をシャカシャカさせながら作るスイーツはそれそのものがロマンだ。
魔法というロマンを愛する者だからこそ、俺は魔法以外のロマンも無下にはしたくなかった。
事前に、それでも自分らの労力が大きいこの方法を取ってもいいかと俺の気持ちを踏まえた上でサンゴエさんに伝えると、笑ってこういってくれた。
『効率も大事ですが、たまには効率を度外視してこだわりぬくのも、商売の醍醐味です。あなたのそのこだわり、私にも付き合わせてください』
そう言ってくれたサンゴエさんは、頼もしかった。
それからあっという間に、お客さんに使う予定だった果汁もなくなり、ひと段落したので、大盛況のうちに店じまいとなった。
人々がいなくなって落ち着いた時をうかがって、俺はサンゴエさんに対して口を開く。
「ほんとに、今日は大成功だったね」
「安く仕入れたとはいえ、手数を惜しまずに価値を与えて、相手に満足してもらう。商売の真髄です。今日は私も大満足です!」
「それなら良かった。私も久々に達成感を味わったよ」
そうやって二人で和やかに会話をしていたが、ふとサンゴエさんは真顔になり、首を傾げた。
「それにしても……………よくご存知でしたね。この氷菓の製法など。前も似たような事を言いましたが、この国で氷が前よりも簡単に入手できるようになってから最近になって海の向こうの遠い異国から伝わったばかりのものです。あなたは俗世を離れ山奥で研鑽を積まれてたと伺っておりましたが、このような異国から伝わった最先端のものをよく知っていましたね」
ぎくりと背筋が凍る。
もしや、俗世を離れて修行していなかったのではと疑われている?
普通に最近まで俗世で暮らしてたのではないか?みたいな。
それは、本当にそんな事ないのだけど、まさか前世の知識ですとか言える訳もないし、それ以外でも謎空間に閉じ込められたこととかも説明しづらい。
俺があたふたとしていると、サンゴエさんは「まさかあなたは……」と口にした。
終わった。
俺は、諦めの感情が全身を支配していくのを感じつつ、その続きの言葉をまった。
そしてサンゴエさんは、至極真面目な顔でこう口にした。
「もしかして……あなたはその製法を生み出した遠い国の出身のお方でしたか?それでしたら辻褄が合います」
一瞬の静寂の後、俺はフッと口元を緩めた。
そして。
「あー!そうそう、そうなんだよ!!」
俺はさっきの樽のごとく首を縦に勢いよく振った。
「なるほど!道理で!全てが腑に落ちました、やはりそうでしたか」
サンゴエさんはそれで納得してくれたようだ。
これ以上ボロが出るような事にはなりたくないので、別の話題に変えるべく、事前に俺が予定していたある瓶を取り出した。
サンゴエさんは「あ!」と声を上げる。
「……実は自分たちの分として果汁を少し取り置きしといたんだ。ちょっとしたサプライズにしておきたかったから、サンゴエさんには内緒でね。頑張った私たちには、今日の商売の成功を祝ってこれを氷菓にして頂く権利がある。そう思わないかい?」
「おぉ、本当ですか!……実のところお恥ずかしながら、昨日食べてとても気に入ったので、もし今日の販売で余ったら頂こうと思っていたのですが、全部売り切れてしまって、嬉しい反面、少し残念な気持ちがあったのです」
サンゴエさんは恥ずかしそうにそう呟いてから「だから!」と付け加えた。
「もう一度頂けるなんて願ってもない提案です!」
「なら良かったよ」
俺は笑みを浮かべ、二人でもう一度、作業に取り掛かった。
空の下でカランコロンと愉快な音が再び響き渡った。
2章を今どうにかこうにか書いているのでもう少しお待ちを……!!
話は変わりますが、嬉しいことに、書籍化の詳しい情報が解禁がされたと思うので、良かったら見ていってください。芝先生が描いてくださった素晴らしい書影イラストもここから見れます!!
予約もこのリンクから飛べるらしいので、してくれたら大変ありがたいっ!!
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