【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた 作:御花木 麗
俺がこの状況に戸惑っている間も、七人の子供たちはじっと俺を見上げている。
何か言わなくては。気まずさが限界突破しそうだ。
そう思って口を開きかけた時、子供の一人が俺の言葉を遮るように大きな声を上げた。
「あのさ!」
先陣を切ったのは、燃えるような赤髪の男の子だ。まだ声変わりもしていない、子供特有の甲高い声が響く。
「……なにかな?」
俺は子供たちを怖がらせまいと、慣れていない精一杯の笑顔を浮かべた。普段使わない表情筋がピクピクと引きつるのを感じる。
だが、そんな努力も虚しく、返ってきたのは心臓をえぐる一言だった。
「小麦色のおばさん!」
「おばっ……! おばっ……!? 誰がおばさんだ誰が!」
この褐色かつ滑らかな肌をみやがれこんちくしょう!
しかし俺の反論などどこ吹く風、赤髪の少年は無遠慮に続ける。
「ウチのママが言ってたぜ。小麦色の人は、ずっとよく分からない『変なこと』をしてるから関わっちゃいけないエルフだって」
関わっちゃいけないエルフに子守りを任せる親御さんの神経を疑うよ、まったく。……いや待て、これはママが「自分が預かる」とか適当なことを言って子供を預かり、勝手に俺のところへ回してきたパターンか? あのママならやりかねん……。
俺がそんな邪推をしていると、その隣にいた紺髪ロングヘアの少女が、慌てて赤髪の少年の口を手で塞いだ。
「ちょっと! しーっ! ダメでしょ、本人の目の前でそんなこと言っちゃ!」
……内容の否定はしてくれないんだな。傷つくぜ。
すると今度は、金髪のサイドポニーの女の子が、興味津々といった様子でぴょんぴょんと跳ね始めた。
「はーい、はーい! 私、その『変なこと』ってのがどんなのか見たいっス! 見たい! 見たい!」
「やだね。どうせ見せたって馬鹿にするのがオチだろう」
ママに魔法を見せた、あの時の記憶がずっと奥底で棘のように引っかかっているのだ。
自然とそれが思い起こされ、声に刺々しさが混じってしまった。
『あんた、火打石なら数秒よ?』
俺の努力も、情熱も、発見も。全てを「無価値なもの」として切り捨てられたあの絶望感。
家族でさえ鼻で笑ったのだ。なら、家族ですらないよそのガキンチョに見せたところで、結果は同じ。笑われるか、気味悪がられるか、あるいはママと同じように「で?」と流されるかだ。
――もう二度と、あんな思いはしたくない。
俺が頑なな態度を見せると、集団の後ろの方に隠れていた一番小柄なボーイッシュな女の子が突然顔をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。
「う、うわぁぁぁぁぁん!!」
「あーあ! ダークエルフさんが意地悪して見せてくれないから、泣いちゃったじゃない! どうしてくれんのよ!」
すかさず、ショートカットの気の強そうな女の子が詰め寄ってくる。
「ええっ、私のせい!?」
オロオロとする俺の前に、今度は細い目をした調子の良さそうな男の子が進み出てきた。彼は泣いている子の肩をポンポンと叩きながら、俺を見上げて言う。
「まあまあ。ここは一つ、その変なこととやらを見せて泣き止ませてあげましょうよ。ね?」
あぁ、もう! 分かった、分かったよ!
とにかくこの鼓膜を揺らす泣き声を止めたかった。
よくよく考えてみれば、一度、実の親に冷淡な反応をされてるから、家族ですらない、どこぞのよその子供にどんなマイナスな反応をされようとも、それ以上に俺の心が打ちのめされることはないと思えてきた。
そう自分に言い聞かせないと、足がすくんで動けなかった。
「わかったよ……」
俺は覚悟を決め、七人の前に立った。
深呼吸を一つ。
肺の中の空気をすべて吐き出し、意識を研ぎ澄ます。
あの日、ママに見せた時は、まだ指先に頼りない灯火を宿すのが精一杯だった。消えてしまわないように必死で、余裕なんてなかった。
だが、今は違う。
数十年もの間、孤独の中でマナと向き合い、その奔流を御してきたのだ。誰にも認められなくても、俺はずっとその真髄を追い求めてきた。……今もだ。
イメージしろ。熱量を、輝きを。マナを思うままに操り、圧倒的なエネルギーの圧縮を実現するのだ。
いつもやってることじゃないか。無駄に緊張するのは良くない。
俺は右手を前に突き出し、掌を天井へと向けた。
周囲の空気がヒリヒリと震える。漂うマナが俺の意思に従い、渦を巻きながら掌の上へと収束していく。
「――っ!!」
ボゥッ!!
掌の上に浮かぶ、深紅の炎。
下部は丸みを帯びてたゆたい、上部は鋭く天を指すように伸びている。
俺の頭よりもある巨大な炎は、荒々しく燃え上がりながらも、表面張力が働いているかのように滑らかな輪郭を保っていた。
ゆらり、ゆらり。
赤が美しいグラデーションを描く。
泣き叫んでいた子の涙が止まる。
俺を小麦色の肌のおばさんと言った赤髪の子も、それを宥めていた少女も、調子の良かった糸目の子も。
それ以外の他の子も含めて全員が息をするのも忘れ、目を見開き、ただ呆然と俺の掌の上にある炎を見つめていた。
彼らの瞳の奥に、揺らめく炎が鮮烈に映り込んでいる。
そこには侮蔑も、嘲笑もない。
この子達の瞳に映っていたのは――
そうか、久しく俺は忘れていたな。
ママの一件があってから、見返してやりたいという気持ちばかりが先行して、本来の動機を見失いかけていた。
未知なるものに対して焦がれる心。それを人々は――ロマンという。
かつて俺が、ロマンを追い求めて魔法の道に踏み出したように、彼ら彼女らもまた、その入口に立った顔をしていた。
ああ……そうか。
俺が見たかったのは、これだったんだ。
誰かに褒められたかった訳じゃない。ただ、この胸の高鳴りを、魔法という奇跡を、誰かと共有したかっただけなんだ。
俺は、ふっと掌を握り込んだ。
マナの供給を断つ。
荒れ狂っていた炎は瞬く間に収束し、残像だけを残して虚空へと消え去った。
小屋の中に、再び薄暗さが戻る。
「…………」
誰も口を開かない。永遠にも思える数秒の後。
「す……すっげえええええええ!!」
誰かが上げた叫び声を皮切りに、静寂は一瞬にして熱狂へと変わった。
「な、なにあれ! 今のなに!?」
「熱かった! いま、顔がブワッてなった!!」
「キラキラ……」
「すっごく綺麗だったっス!炎が手の上で浮いてたっスよ!!」
「……す、すごい」
「お姉さん、なにあれ! どうやったの!?」
子供たちが我先にと俺に駆け寄り、服の裾を掴んでくる。
見上げれば、どの子も目をキラキラと輝かせていた。かつて俺が、初めて魔法を使えた日に抱いたあの感動と同じものを彼ら彼女らも感じてくれている気がした。
「驚いて……くれるんだね」
「驚かないわけないじゃん! あんなすごいもの、里一番の長老だって、マジックがこの里で一番うまいベクナおじさんだって出来ないよ!」
「そ……そう」
全身から力が抜けた。
俺の胸の内に、じんわりと温かいものが広がっていく。長年抱えていた心のつかえが、氷が溶けるように消えていくのを感じた。
火打石でいいと言われても、変人扱いされても、俺が積み上げてきたものは無駄じゃなかった。
過去の俺のように子供たちが、今、俺の魔法に目を輝かせてくれている。それだけで、数十年分の孤独な努力が報われた気がした。
「俺にそれ教えて……!」
「私もやりたいわ!」
「ぼ……僕も」
そんな感じで七人が口々に「今の教えて」と言って俺を取り囲む。その熱量に圧倒されながらも、俺の頬は自然と緩んでいた。
「あぁ、まぁ、落ち着きなって……」
俺がまんざらでもない顔で鼻の下を擦っていた、その時だ。
他の子と同じように俺を囲っていた眼鏡をかけたおとなしそうな子が、何かに気付いたのか上を見たかと思うと、ぽつりと声を上げた。
「あ」
その子は静かに、天井の一点を指差す。
「……ん?」
つられて全員が上を向く。
そこには――赤々と燃え広がる天井板があった。
さっきの炎を見栄えのために大きくしすぎたかもしれない。
炎がどうやら気づかないうちに天井に引火していたらしい……。
今感動的なところだったのに一転、大惨事である。
「ぎゃああああ! 私の作業部屋ァァァァ!!」
俺は叫びながら、慌てて掌にマナを練り上げる。
感傷に浸ってる場合じゃない、今度は火じゃない、水だ!
「ウォーターボールッ!!」
俺の手から放たれた水弾が、燃え盛る天井へと炸裂した。