【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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05.泣き虫のそばには

 

 

◇ Side ジース◇

 

 

 

 泣き虫なボクを『雨』と表現するのなら、ボクにとってお師匠は、いつかは訪れる『晴れ』のような存在だった。

 泣いているボクの涙がおさまる時、すぐそこには必ずお師匠が居てくれた。

 

 ――あれは、ボクがまだ小さい頃。

 

 あの日、父さんと母さんは仕事が忙しくて、ボクの面倒を見られない状態だった。そこで頼られたのが、里でも誰にでも人当たりがよく信頼されていたシャーナさん――つまりは、お師匠のお母さんだった。

 

「シャーナさんのところなら安心だから」

 

 そう言われて預けられたボクは、てっきりシャーナさんの家で、そこで同じく預けられた近所の他の子供たちと一緒におとなしく遊ぶものだと思っていた。

 

 でも、シャーナさんはボクたち七人を集めると、ニッコリ笑ってこう言った。

 

「今日はちょっと、面白いところに連れて行ってあげるわね」

 

 連れて行かれたのは、里のみんなが近づかない森の奥深くにある、ポツンと建つ、丸太小屋の前だった。

 

 子供のボクでもそこがどういう場所かは知っていた。

 ――変わり者のエルフが、怪しい事をしている場所。

 

 しかもそのエルフはエルフの中でもとても珍しい、ダークエルフだという。

 

 ダークエルフって名前だしなんか悪そうだ。

 

 正直、おっかなかった。

 親に「関わっちゃいけない」と言われていた場所に、まさか放り込まれるなんて思ってもみなかったから。

 

 シャーナさんが扉を開け、ボクたちは恐る恐るその薄暗い小屋へと足を踏み入れた。

 部屋の中は、色々な物が散乱して、散らかっており足の踏み場もなかった。

 

 そして、その奥にあの人はいた。

 

 こちらを振り返ったその姿を、ボクは今でも鮮明に覚えている。

 

 他の里のエルフとは違う、褐色の肌。

 月明かりを織り込んだような銀色の髪には、鮮やかな金のメッシュが入っていて、それが薄暗い部屋の中で不思議な存在感を放っていた。

 そして何より印象的だったのは、片目にかけられた金縁の片眼鏡。その奥にある大きな黄金の瞳が、ボクたちを値踏みするようにジロリと見た時、ボクは背筋が凍るような思いがした。

 

綺麗な人だけど、すっごい怖い……。

 

 それが、お師匠に対する第一印象だった。

 

 

エルフの中でも目立つその肌や、美形揃いのエルフにおいて更に整った顔立ちは、纏う雰囲気と相まって、親しみづらい恐ろしさすら感じさせた。

 

 

 

 不機嫌そうに眉を寄せ、シャーナさんに文句を言うその姿は、噂のような気難しい変わり者に見える。

 

 

シャーナさんはボクが何か言う間もなく、ボクらを置いて去っていった。

 

 

そんな空気にも物おじせず一緒に来ていた子供の1人が声を上げた。

 

まとめると、「その『変なこと』ってのがどんなのか見たい!」ということらしい。

 

 でも、お師匠は頑なに首を横に振った。「どうせ見せたって馬鹿にするのがオチだろう」って、冷たく突き放した。

 

 その言葉には何かしら強い感情が見え隠れしていて、ボクにはその言葉が重く鋭いものに感じた。

 

ボクはそういった人の機微に人一倍敏感だった。

 

 

それを聞いた瞬間、張り詰めていたボクの糸が切れちゃったんだと思う。

 

慣れない場所、ちょっと怖いエルフ、何かの感情が見て取れる強い冷たく突き放したその声の響き。

 

 色んな感情がごちゃ混ぜになって、気がついたらボクは大声を上げて泣き出していた。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁん!!」

 

 ボクの泣き声が小屋に響き渡る。

 他の子供たちが『ほら見ろ、泣かせた!』って詰め寄って、お師匠がおろおろと困っている気配がしたけど、一度溢れ出した涙は止まらなかった。

 

 もう帰りたい、怖い、やっぱりここは来ちゃいけない場所だったんだ――そう思って、涙でぐしゃぐしゃになった顔を伏せていた、その時だった。

 

ガラッとその場の空気が変わった。

 

 

「わかったよ……」

 

 お師匠の、諦めたような、でもどこか覚悟を決めたような声が聞こえたのだ。

 ボクが恐る恐る顔を上げると、お師匠は右手を天井に向けて突き出していた。

 

 ボゥッ!!

 

 次の瞬間、お師匠の掌の上にはとても綺麗で大きな深紅の光が踊っていた。

 

 ――それは炎だった。

 

 

熱気が伝わってくる。

 

薪もなければ、油もない。火種さえ存在しない虚空から、突如として赤蓮の炎が噴き上がったのだ。

 

ボクらができるはずのない神の領域の業だった。

 

ありえない。人類が、ただの手のひらで現出させていい輝きではない。

だが、その炎は確かに師匠の手の上で律儀に収まっている。

 

未知への恐怖すら凌駕する、圧倒的な神秘。

目の前で起きた神秘的な行為にボクは言葉も忘れ、ただ魅入ることしかできなかった。

 

 

 瞳から涙が引いていくのが分かった。

 さっきまでの恐怖も、不安も、全部その炎が焼き尽くしてくれたみたいに、心の中が空っぽになって――代わりに、強烈な憧れの気持ちが流れ込んできた。

 

 お師匠のお顔が、炎に照らされている。

 ――その瞳は真剣で、その表情はどこか誇らしげで。

 その時、ボクは直感した。この人は変わり者なんかで済ませてはいけない人なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからボクらが弟子となって、少しの月日が流れた頃のことだ。

 

 

 

 ボクの母さんは、この里で唯一の占い師のような仕事をしていた。

 昔からこの里に代々伝わる由緒正しい役職だ。

 神の代弁者とも呼ばれていた。

 そんな彼女は、色々、里のエルフの相談に乗ったり、これからの天気を占ったりして、皆の生活を支えていた。

 

 そんな里で、ある時、長寿のエルフ達でも記憶にないほどの日照りが続いたことがあった。

 

 森の中に住む自分たちにとって、雨が降らないということは死活問題だった。

 川は痩せ細り、作物や森の植物が枯れ始め、森全体が乾いた空気に包まれていた。85日もの間、一滴の雨も降らなかったのだ。

 

 里のみんながピリピリするのは当然だった。このままでは里での生活が維持できなくなるかもしれない。

 

 そんな中、母さんがあることを予言した。

 

 「あと五日のうちに、必ず恵みの雨が降るでしょう」と。

 その言葉に、里のみんなは安堵した。

 彼女のその言葉をどれだけ待ったことか。

 

 だが五日目の夕方になろうとしても、雲ひとつない快晴のままだった。

 太陽は無情にもじりじりと大地を焼き、雨の気配など微塵もなかった。

 

 お母さんは責任を感じて顔を青ざめさせていた。

 

 ただ占い、その結果を待つ事しか出来ない受け身の状態が苦痛でたまらないらしかった。でも娘であるボクに心配をかけまいと表情を取り繕うとしているが、あまり効果はない。

 

そんな母さんを見るのがとても辛かった。

 

 そんな時だ。心配な気持ちを心に宿らせ、たまたま通りかかった広場の陰で、ボクはある事を聞いてしまった。

 

「やっぱりインチキだったんじゃないか」

 

「雨なんて降らないじゃないか、あのペテン師め」

 

「期待させておいて、これじゃあな……」

 

 数人の大人たちが、母さんの陰口を言っていた。

 みんな不安で、余裕がなくて、誰かを責めたくて仕方なかったんだと思う。頭では分かっていた。でも、ボクは我慢できなかった。

 

「母さんはペテン師なんかじゃない!」

 

 ボクは陰から飛び出し、精一杯の大声でそう叫んだ。

 大人たちはまさかボクがいるとは思っていなかっただろうから、驚いて口をつぐんだけど、気まずそうな、それでいて冷ややかな視線がボクに突き刺さる。

 ボクはいたたまれなくなって、その場を逃げ出した。

 

 息を切らして走り続け、たどり着いたのは人けのない森の奥だった。

 膝を抱えてうずくまり、地面を見つめる。

 悔しかった。悲しかった。でも、数日前からボクは泣かないと決めていた。

 

ボクはいつも泣いてばかりだ。

いい加減そんな自分に嫌気がさしていたのだ。

 

 それに今、一番辛いのは、予言を外してしまったかもしれない母さんなのだ。里の人達の期待を一身に買って期待に応えようとした母さん。もしこの予言が外れてしまえば、里によるウチの風当たりは強くなり、この里で肩身の狭い思いをすることになるかもしれない。そんな時にボクが泣いたら、母さんがもっと惨めになってしまう。母さんだって泣きたいだろうに、泣かずに耐えている。なのにボクが泣いてはダメだ。だから、絶対に泣かないと。

 

 そう子供心に誓っていたのに、視界が歪んで、涙が溢れそうになった。

 

 ポツン。

 

 乾いた地面に、黒い染みができた。

 最初はボクの涙かと思った。

 

 ポツン、ポツン。

 

 頬に冷たいものが当たる。

 ボクは呆然と顔を上げた。

 空には雲ひとつない。夕焼けが赤々と燃えている。なのに――雨が降っていた。

 太陽の光を浴びてキラキラと輝く、天気雨。

 

「……探したぞ、ジース」

 

 聞き慣れた声がして顔を上げると、そこにお師匠が立っていた。

 顔色が悪く息も荒い。まるで全力疾走した後のようだった。

 

「お師匠…………?」

 

「ギリギリセーフだったね」

 

 お師匠はニコリと笑う。

 

 その優しい笑みは今のボクにとっては毒だ。

 

  雨が……降ったのだ。

 どうしようもない安堵の気持ち。

 

 この人の笑顔はすぐボクの心に入り込んで、必死に堪えていた涙を抑えきれなくする。

 

「ボクは……泣かないって決めたのに……」

 

 ボクの声が震える。せっかくここまで我慢してきたのに、我慢していた涙が溢れ出す。

 

 すると、お師匠はボクと一緒に雨に打たれながら、ボクの頭を優しく撫でて、こう言った。

 

「泣いてないんじゃないか?」

 

「……え」

 

 涙で歪む視界を師匠に向ける。

 

「私には、この雨のせいでジースが泣いているのか、ただ濡れているだけなのか、さっぱり判別できないからね。泣いたって分からない。だからジースが泣いていないといえば泣いていないんだろうさ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ボクは張り詰めていた感情を爆発させた。

 お師匠の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。お師匠はずっと、ボクが泣き止むまで背中をさすってくれていた。

 

 天気雨は、ボクの涙が枯れる頃まで降り続いた。

 そして雨が止んだのと同時に、お師匠はその場に崩れ落ちた。

 

「お、お師匠……!?」

 

 それからお師匠は三週間も寝込んだ。

 生死を彷徨うほどの重体だった。

 あとから師匠に聞いた話では、お師匠はこの日、脳に重大な負荷がかかるのを承知で、広範囲の大気中のマナに無理に干渉し、大量の水滴を空から落として、擬似的な雨を作り出した。

 だから雲のないところでも雨が降っていたのだ。

 

 当時のボクはそのあり得ない規模の魔法行使に唖然としたのを覚えている。

 

 それを、たった一人でやってのけたのだ。

 

 お師匠はボクにこう言った。

 

『これは私とジースの秘密だ。これはあくまで自然現象で、君のママの占いが当たったってことにしておかないと、君のママの面目が立たないだろう?』

 

 自分の身を危険に晒してまで、ボクとボクの家族、そして里のために雨を降らせてくれた。

 それなのに、恩着せがましいことは一切言わず、ただ「秘密だぞ」と笑う。

 『もっともどうせ言ったところで、里の人は私が魔法で雨を降らせたなんて言っても信じないだろうけどね』とお師匠は苦笑した。

 

 

 

 ――そんな人だった。ボクのお師匠は。

 

 自己犠牲を厭わない人。

 

 

 だからこそあの『神の祝福』の夜。

 お師匠の様子がおかしいと感じ取ったボクは、すぐに後を追った。

 

 お祭りの喧騒を抜け出し、お師匠の後を追って小屋に行った。

 

 

 

『実を言うとね、いずれ来るであろう『世界的な大厄災』を少しでも遅らせるため、可能ならそれを阻止するために私は出かけようと思っていたのさ。この世界のためにね……!』

 

 お師匠は、芝居がかった口調でそう言った。

 

 だからボクは、いつもの冗談だと思ってしまった。

 

お師匠なりのユーモアだと。

 

様子がおかしいと思っていたのは、ボクの思い違いだったのだと。

 

 ボクは笑い飛ばしてしまった。「大根役者ですね」なんて軽口を叩いて、その場を後にしてしまった。

 

 でも――。

 

 あの日以来、お師匠は姿を消した。

 

 

 お師匠が言ったことは、本当だったんだ。

 お師匠は、この世界に迫る危機を察知して、たった一人で立ち向かうために、あの日旅立ったんだ。

 

恐らく、彼女は最初ボク達を巻き込むのを嫌って、1人で向かおうとした。

 

 そこにボクがついてきたから、言い逃れができないと思い、彼女なりに雰囲気が重くなるのを嫌ってわざとあんな調子で真実を打ち明けてくれた。

 

 でもあの時のボクはその真意を読み取れず、笑ってすませてしまった。

 

 

引き止めることもできず、「お供します」とも言えず、「いってらっしゃい」とさえ告げられないまま、ただ行かせてしまったのだ。

 

 

 

 それが、どれほど孤独な旅立ちだったことか。

 

千年経とうとしていても戻らないということは、彼女はもう――。

 

そんな嫌な考えが頭の中を支配する。

 

 ボクの太陽は、それ以来姿を現さない。

 

 ボクを信じて告げてくれた師匠にあんな仕打ちをした自分を今でも許せない。

 

 ボクは今、涙を流す気力すら奪われ、心は分厚い雲に覆われている。

 

あれだけ泣き虫な自分を嫌っていたのに、今は涙を流せていた自分を羨ましく思う。

 

本当に自分勝手な話だけど。

 

その時に初めて、優しく泣き止ませてくれるお師匠のような存在がいたからこそ安心してボクは泣きじゃくれたことに気づいた。

最初は違ったとしてもいつからかは、そうなっていたのだ。

 

 

 

 あれから、もうすぐちょうど千年が経とうとしている。

 

 長寿のエルフにとっても千年は長い。

 

 

 けれど、ボクは忘れていない。あの小屋で過ごした日々を。魔法という奇跡を教えてくれた、あの背中を。

 

 

 もうすぐ、千年に一度の『神の祝福』の日だ。

あの夜と同じ、幻想的な光景が広がるのだろう。

 

 

だけどそこに師匠はいない。

 

ボクの太陽は雲で覆われ姿を見せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ちなみに師匠の様子がおかしく感じたのは、お師匠が酒に酔いそれを弟子達に必死に隠そうとしたからだったりする。
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