【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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06.千年ぶりの光景

 

 

 

 

 

 狂った光景――そう形容する他ない空間が、視界の限り広がっている。

 重力を無視して逆さまに浮遊する岩塊、メビウスの輪のようにねじれて循環する滝。地形生成をミスしてバグったゲーム画面のような、物理法則が崩壊したこの場所は、俺がこの千年間見慣れた景色だ。

 

 だが、ただ一つだけ見慣れないものがある。

 空だ。

 千年前、俺が転移魔法を失敗してここに来る前の夜に見た空が、今、頭上に広がっている。

 エメラルドグリーンと鮮烈なヴァイオレットが複雑に絡み合い、カーテンのように垂れ下がってはゆらめく。

 そのマナの高濃度が起こすオーロラのような幻想的な景色を見ながら物思いに耽る。

 

 強制的に無報酬の5億年ボタンみたいな事をさせられたのだが、ようやくそれも終わろうとしていた。5億年ボタンと違って五〇万分の一で済んだのが唯一の救いか……と言っても、千年も十分に長い。長すぎる。

 令和から遡れば平安時代。紫式部が筆を走らせている時代だ。その果てしない時間を、俺以外、生き物のいない孤独な場所で過ごしたのだ。

 

 生き延びられたのは、魔法が使えたことと植物が生えていたことが不幸中の幸いとなった。

 だが、代わり映えのしない平坦な時の流れと孤独は、メンタルを確実に削り取っていった。

 

 一度、メンタルが完全崩壊して、泣き笑いながらどれくらいの期間か、意味もなくこの狂った空間の地平線を走り続けるとかいう頭のおかしいことをしたっけ。

 正気を取り戻した時、足の皮はずる剥けで、喉は枯れ果てていて、猛烈な自己嫌悪に襲われたものだ。

 

 孤独が辛すぎてイマジナリーフレンドまで現れたこともあった。それも昨日バイバイしたが。

 

 結局この空間をどれだけ彷徨っても、歩いて帰ることは不可能だと数百年かけて理解した。

 だが、それも今日でおしまい。

 この空が証明してくれている。

 こんな理から外れた空間にもあったのだ。『神の祝福』と呼ばれる、世界を満たすマナの増幅日が。

 

 肌がピリピリと粟立つ。1度目のあの日と同じ高濃度のマナを感じる。

 

 ここに閉じ込められ、絶望の淵で決意したあの日から、俺はずっとこれを待っていた。

 

「生き残った……。私はついに、やったのかい……」

 

 頬にこびりついた泥を、震える手でごしごしと擦り落とす。

 行ける……俺の直感がそう叫んでいる。

 俺はどこまでも高く美しい夜空を見上げ、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

 脳裏に描くのは、あの懐かしい森の座標。

 深く息を吸い込み、脳内で送る信号を構築し展開する。

 

 さあ、帰ろう。長すぎたソロサバイバルも終わりだ。

 周辺の草木が魔力の奔流にざわめき、葉擦れの音が大きくなる。

 

「――テレポート!」

 

 そう放った瞬間、草木の喧騒がふっつりと沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、重い瞼を持ち上げる。

 視界に飛び込んできたのは、抜けるような蒼穹だった。

 どこまでも澄み渡り、白い雲がゆったりと流れる極めて正常な空。

 背中には柔らかな草の感触と、大地の硬さが伝わってくる。

 

 俺は上体を起こし、周囲を見渡した。

 風が草木を揺らし、木々は根を地面に張り、上へと幹を伸ばしている。

 すべてが、あまりにも当たり前で――そして、素晴らしいほど正常だった。

 

 気がつけば、俺は両の拳を天高く突き上げ、涙ながらに絶叫していた。

 

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ただいまぁぁぁぁぁ!!!」

 

 帰ってきた。あの狂った世界から、ついに帰還したのだ。

 太陽の位置は真上にある。

 初めて転移魔法を使った時と同様に、どうやら転移魔法の反動で気を失ってたらしい。

 神の祝福の日は終わりを迎え、翌日の昼といったところか。

 

 俺は周囲を再度確認する。

 座標計算が正しければ、ここは俺が籠っていた作業小屋の近くだ。

 だが、見渡す限りあの丸太小屋の姿はない。あるのは鬱蒼と茂る森だけだ。

 まあ、千年も経っているんだ。なくなっていても不思議じゃない。

 

 さて、エルフの里はどうなっているだろうか。

 長命なエルフなら千年前の知り合いたちが生きていてもおかしくはない。

 けれど、ママを含めた当時すでに千五百歳を超えていた高齢者連中は、流石に寿命を迎えているだろう。

 

 胸の奥がチクリと痛む。

 結局、親孝行らしいことは何一つできなかった。

 あの一言でトラウマになったこともあったが、引きこもりの俺にかけがえのない子供たちと出会わせてくれたのもママだった。

 

 今になって思えば、あれはただの嫌がらせや気まぐれじゃなかったのだと理解できる。

 引きこもりで、変人で、誰とも関わろうとしない俺を案じて、少しでも外と接する機会を与えようとした結果があれだったのではないかと。

 

 人当たりが良く、誰からも愛されていたママ。俺は性格も肌の色も似なかったが、唯一、この銀髪に混じる僅かな金色のメッシュだけが受け継いだ証だ。

 

 こんな出来損ないの娘を支えてくれたママ。最期を看取ってやることもできなくてごめんな。本当に、親不孝な娘だよ。

 

 湿っぽくなりそうな思考を振り払うように、パンパンと両手で頬を叩く。

 いかんいかん。せっかく帰ってきたんだ、ポジティブにいかなくては。

 知り合いに「え、誰ですか?」なんて言われたら膝から崩れ落ちて泣く自信があるけど……。

 

 それにしても、当たり前とはなんと素晴らしいことか。

 千年前までは当たり前がどれほど、幸福なことか気づけないほど未熟だったのだ。

 そうやって当たり前の尊さを噛み締めている、その時だった。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 野太い男の断末魔のような叫び声が、森の静寂を切り裂いた。

 思考が一気に現実に引き戻される。俺は弾かれたように声のした方へと駆け出した。

 木の陰に身を滑り込ませ、そっと様子を窺う。

 

「……あれは――」

 

 そこには、俺の背丈を遥かに超える巨体がのっそりと佇んでいた。

 土と泥を練って作られた無骨な人型。前世の知識から俺はこいつを『ゴーレム』と呼んでいる。

 

 その足元には、数人の人影が倒れ伏していた。

 身なりからして、あまり上品とは言えない。

 ヒャッハーしてそうな感じの人たちだ。

 身なりだけで判断するのならば山賊に居そうな風貌だろうか。

 まぁ、見た目で判断するのはあまりよろしくない。

 もしかしたら善良なボランティア団体の人達という可能性も……いやないな。

 

 そんな彼らは、遠目からではピクリとも動かない。すでに事切れている可能性が高い。一足遅かったか……。

 

 状況を整理しよう。

 倒れているのは人間だ。エルフ特有の長い耳はない。

 そして闊歩しているのは、二・三メートルはある土のゴーレム。

 

 ゴーレムは自然発生しない。魔法を扱えなければ生み出すことは不可能な代物だ。

 周囲に俺と、この倒れている男たち以外の人影はない。

 となると、この男たちの誰かがゴーレムを生成し、制御に失敗して術者ごと襲われたというのが妥当な線か。

 

 魔法生物の生成は繊細だ。

 行動理念の信号化、その回路構築を少しでもミスれば、生み出した主に牙を剥くことだってある。俺も研究初期に何度か追いかけ回された経験があるからよく知っている。

 

 ……待てよ?

 

 今更だが、ある事に気づく。

 

 人間が魔法を使っている?

 

 千年前、この世界で魔法を扱えるのは、俺と七人の弟子だけだったはずだ。俺が居た時代に人間のこともエルフの里で調べれる限り調べたが、エルフと同様、魔法を扱うというような記録は残っていなかった。

 

 俺がいない千年の間に、魔法技術が確立され、一般に普及したということだろうか。

 かつては怪しげな事と白眼視されていた魔法が、こうやって山賊まで扱えるようになって……俺は嬉し……いや、嬉しくないな。山賊が魔法使えたら厄介なだけだし。

 

 いや、それよりも気になるのは、ここがエルフの里の近くだということだ。

 排他的なエルフたちが、こんな人間を簡単に森へ入れるわけがない。見張りが機能していない?

 まさか、里はもう……。

 

 悪い想像が頭をよぎるが、今は目の前の暴走したゴーレムが先だ。

 俺は覚悟を決め、木の陰から姿を現した。

 ゴーレムがゆっくりとこちらを向き、顔の中央にある赤いコアを不気味に明滅させる。

 

 グオォォォッ!

 

 唸り声と共に土塊の巨体が突進してきた。どういう信号の送り間違いをしたら、こんな脇目も振らず好戦的になるんだ。

 

「うわっ!?」

 

 俺は慌てて横に飛び、草むらへと転がり込む。間一髪、さっきまでいた場所を丸太のような腕が地面を揺らし叩き込んだ。

 忘れてた、俺の身体能力は前世と大差ないんだった。ただの魔法オタクがイキって正面に立つんじゃなかった。

 

 だが、近くで見たおかげで確信した。

 マナの構築が雑すぎる。まるで子供の落書きだ。

 これなら――力技でねじ伏せる必要もない。

 もっとスマートにいこう。

 

 俺は身を低く屈め、ゴーレムが再び拳を振り上げた瞬間、懐へと飛び込んだ。

 勢いをつけることで、どうにか体力に自信があまりない俺でも間一髪で間合いに入ることができた。

迫る死の質量を紙一重でかわし、その無防備な土の足へと手を触れる。

 

 無防備な土の足へと手を触れる。

 

「千年間私が何もしてなかった訳じゃない事をその身で感じるがいいさ」

 

 気が狂いながらも、魔法を磨き続ける事だけはやめなかった。

 俺はゴーレムを構成しているマナそのものに干渉し、元の術者のマナを新たな信号で強制上書き(ハイジャック)する。

 送る命令はただ一つ。

 

「――『自壊せよ』」

 

 スッゥッとゴーレムの動きが止まる。

 次の瞬間、泥の指が自らの顔面のコアを鷲掴みにし、躊躇なく引き剥がしてバキィッ! と握りつぶした。

 核を失ったゴーレムはただの土塊へと戻っていく。

 

 ドサササササッ!

 

 崩落した大量の土砂が、足元にいた俺へと降り注いだ。

 

「ぶうぇっ!!」

 

 ……格好つけた瞬間にこれだよ。

 俺は頭から土砂を被り、土まみれになりながら情けない声を上げた。

 

 

 

 




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