【TS】近所のガキ達相手に師匠面して千年後、久しぶりに戻ったら色々荒れてた   作:御花木 麗

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08.身投げしそうな人の正体

 

 

 

 木漏れ日が揺れる山道を、一台の馬車が車輪を軋ませながら進んでいく。

 御者台に座るのは、小太りの男、サンゴエだ。彼は自慢のちょび髭を指先で愛おしそうに撫でつけながら、上機嫌で鼻歌を漏らしていた。

 

 サンゴエはしがない行商、いわゆる雑貨商を営んでいる。

 都市の大きな市場で日用品や、時には少しばかり値の張る宗教的な品々をまとめて仕入れ、それを荷台に詰め込んで市場のない遠隔地の村々を回るのが彼の仕事だ。

 この商売は移動時間が大半を占めるが、サンゴエはこのゆったりとした時間が嫌いではなかった。

 

 やがて、森の木々が少し開け、轟々という水音が近づいてくる。

 この先は、知る人ぞ知る勝地だ。切り立った崖の上から、向かいの山肌を落ちる滝を一望できる絶好の場所がある。

 いつ訪れても自然の雄大さに心を洗われる場所であり、今日も例外なく馬車越しに眺めて楽しもうと、チラリとそちらに目をやった時だった。

 

「……おや?」

 

 サンゴエは目を大きく見開いた。

 柵も何もない断崖絶壁の淵、そのギリギリのところに、古びたローブを纏った人影が突っ立っていたのだ。

 

 ここから下の滝壺に繋がる水面までは、二十メートルほどあるだろうか。

 しかも下は水だけでなく、ゴツゴツとした鋭利な岩が露出している。落ちればただでは済まない。だからこそ、いくら絶景だからと言って、あそこまで崖の淵に近づく人間などそうそう居ないのだ。

 

 だが、その人影は微動だにせず、下を覗き込んでいる。

 その光景から導き出される結論は一つ。

 

(ま、まさか……身投げですか!?)

 

 サンゴエの背筋が凍りついた。

 多くの人と交流する職業柄、世を儚んで極端な選択をする人間と出会うことは少なくない。そしてその都度、止められなかったことを悔やんできた。

 もう、あんな後悔はしたくない。

 

 サンゴエは慌てて馬車を道端の草むらに寄せると、転がるように御者台から飛び降りた。

 相手を刺激しないように、けれど一刻も早く止めなければと慎重に近づく。

 滝の轟音にかき消されているのか、相手はサンゴエの足音にも気配にも気づく様子がない。じっとサンゴエの方に背を向け、崖下を見つめている。

 

 あと数歩。

 これ以上近づけば、驚いて足を滑らせてしまうかもしれない。

 

 サンゴエは意を決し、滝の音に負けないよう腹の底から声を張り上げた。

 

「――早まってはいけませんッ!!」

 

 人影の肩がビクリと跳ねる。

 

「私には、あなたがどのような辛い経験をされたのかは存じません。ですが、自ら命を断つようなことだけは決してあってはなりません! 生きてさえいれば、きっと良いことも――」

 

 サンゴエの必死な叫びに、その人影がゆっくりとこちらを振り向いた。

 目深に被ったフードの下から覗いたのは、絶望に染まった顔――ではなく、褐色の肌を持つ、あどけない顔立ちでありながらどこか聡明さを感じさせる女性だった。

 

 そんな彼女が、キョトンとサンゴエを見つめている。

 

 対するサンゴエもまた、驚愕に言葉を失っていた。彼の視線は、その人物の両手に釘付けになる。

 

 彼女の細い腕には、今しがた獲ったばかりと思われる、ピチピチと跳ねる大量の川魚が抱えられていたのだ。

 

 今から命を捨てようとする者とは到底思えない、生命力に溢れた光景がそこにはあった。

 

「「え?」」

 

 二人の間の抜けた声が、重なった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「……まあ、傍から見たらそう見えても仕方ないね。私も紛らわしい場所に立ってたし」

 

 誤解が解けた後。

 俺たちは崖から少し離れた場所で焚き火を囲み、串に刺した魚を焼いていた。

 香ばしい匂いが辺りに漂い、魚の脂が炭に落ちてジューッと音を立てる。

 

 改めて自己紹介しよう。

 TSダークエルフこと、俺だ。

 千年の時を超えてようやく元の世界に帰還し、かつて里があった場所を去って歩いている途中で、猛烈な空腹に襲われた。

 ちょうど木々の切れ間から滝が見えたのでそちらへ行ってみると、崖の下は川だった。そこで、上から魔法を使って川の水を操作し、魚を数十メートルあるこの高さまで運ばせたのだ。

 それはそれとして、久しぶりの動物性タンパク質だ。ついつい欲張って大量に獲りすぎてしまったところに、命を断ったらいけない!という俺に対して全く心当たりのない叫び声が聞こえたわけだ。

 

 振り返れば、そこには小太りでちょび髭を生やしたおじさんが必死そうな顔で立っていた。それがこの人、雑貨商を営む名をサンゴエというらしい。

 

「それにしても……本当によろしいのですか? 私のような通りすがりの者が、こんなご馳走にあずかってしまっても」

 

 サンゴエさんは恐縮しながらも、焼けた魚をハフハフと頬張っている。

 

「いいってことさ。どうせ一人じゃ食べ切れる量じゃないし、捕まえたときに死んじゃってリリースができないのも多かったから、困ってたのさ」

 

 俺は焼き魚を齧りながら、そう口にした。

 これは表向きの理由である。嘘ではないけど……。

 コミュ障の俺が、初対面の人間相手に気前よく魚を振る舞っているのには、他に理由がある。

 今の俺には、時の流れの中で変わったであろうこの世界の常識や地理情報が致命的に欠落しているのだ。旅商人である彼なら、今の情勢に詳しいはず。

 

 ……偶然の出来事とはいえ、このようなチャンスは逃してはならない。

 この魚は、そんな情報を引き出すための必要経費というわけだ。

 

 それにしても、言葉が通じて本当に良かった。

 千年経って言語体系が激変していたり、そもそもエルフと人間とで扱う言語が違っていたら? と心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 

「いやはや、驚きました。あの距離から下の水を操るとは……失礼ながら、貴女様は魔法の相当な手練れとお見受けします」

 

「そうかな……あはは……えっと、サンゴエさんは魔法を使ったりはしないのかい?」

 

「私ですか? ええまあ、一般の者が嗜む程度の、生活に欠かせない細やかな魔法くらいであれば。火種を作ったり、飲み水を浄化したり……。ですが、貴女様が今なさったような芸当は、私ごときにはとてもとても」

 

 この口ぶりからすると、魔法を扱う文化がある程度人間圏に根付いてそうな感じがするな。

 俺が里で暮らしていた時代では、どう調べようとも魔法の存在すら認知されていなかった。つまり、この千年の間に魔法技術は普及し、一般化までしたということになる。

 俺が求めていた答えの一つが、あっさりと手に入った。

 

 俺が情報を整理しながら、骨を避けて魚の身を食べていると、サンゴエさんが姿勢を正して口を開く。

 

「魔法使いといえば……昨今、この近辺で少々きな臭い噂が流れているのはご存知でしょうか?」

 

「きな臭い噂?」

 

「ええ。ゴーレムを使役するリーダーを中心とした、凶悪な盗賊団が暴れ回っているとか。リーダーと取り巻き四人の、計五人組らしいのですがね」

 

 俺の手がピタリと止まる。

 

「ゴーレムって……土とかで出来た人形で、顔の真ん中に赤い玉が埋まってるやつかい?」

 

「そうです、そうです!」

 

 なんと!

サンゴエさんと最初話した時から魔法という単語が通じたのでさえ意外だったのに、ゴーレムという呼称まで通じるのか。俺が前世の知識から勝手にそう呼んでいただけの名前だ。まさかその名前が定着しているとは思わなかった。俺が謎空間に閉じ込められている間に、俺以外にも同じ世界出身の転生者がやってきたのだろうか。

 

 それはそれとして、そのゴーレムを操る盗賊団か。

 俺が見つけたあの死体達の正体かもしれない。

 

「その盗賊団って、何か特徴があったりするかい?」

 

「そうでございますね……」

 

 サンゴエさんは少し記憶を探るような仕草をしてから答えた。

 

「ああ……思い出しました。体の一部に、剣が交差したようなばつ印の模様……そういった意匠の、盗賊団のシンボルマークが彫られているのだとか」

 

 確定だ。そんなタトゥーが彫ってあるのを俺も見た。

 ただ一つ、気になる点がある。

 俺が森で見つけて埋葬したのは、四人の死体だった。

 

 そう、四人なのだ。

 だが、噂で聞いたというサンゴエさんの語る盗賊団の数は五人。

 

 一人少ない。

 

 それでもこれに関しては千年間魔法を扱ってきた俺の感覚的なものだが、ゴーレムを召喚した術者本人は、あの四人の死体の中にいた可能性が高いと思っている。

 理由を聞かれれば言葉にしづらいが、長年の勘というやつだ。 

 

「リーダー以外もゴーレムを使役するのかな?」

 

「いえ、そういった話は耳にしておりませんね。リーダーだけだとは思いますが……それにしてもゴーレムというのは強力な魔法生物と聞きます。一人使える人間がその集まりにいるだけで、相当な脅威になるかと」

 

 じゃあまあ、俺の推測通りあの中にゴーレム使いがいたと仮定するなら、残りの一人はリーダー以外の構成員ということになる。

 ゴーレムを扱えるリーダーという戦力を失った相手であれば、恐らく魔法的な脅威度はそこまで高くないはずだ。もちろん、油断は禁物だけれど。

 

 この事を黙っていても仕方ないので、俺は正直に告げることにした。

 

「……実は、ここに来る途中でそれらしき死体を見かけたんだ。四人ほど倒れてた。おそらくその中に親分的な立ち位置、つまりはリーダーもいたと思うんだけど」

 

 俺がゴーレムを倒したことはとりあえず、伏せておこう。

 何が地雷か分からないから慎重にいくに越したことはないし、説明がややこしくなる。

 

 サンゴエさんはそれを聞くと、キョトンとした後、朗らかに笑った。

 

「ははは、ご冗談を。ゴーレムを扱えるような人間が、そう簡単に野垂れ死ぬとは思いませんよ。魔法生物の中でも生成難易度が高いものを扱える腕があるのですから。貴方様、意外と冗談がお好きなタイプでしたか」

 

 うん、信じてもらえなかったな。

 それにしても、信じてもらえるような証拠は持ってきてないんだよな。いただいたローブにそれらしき物もないし……。

 コアも壊して、その山の奥にあるわけだし。

 

 そう思っていると、サンゴエさんが真剣な表情で向き直った。

「そこで、ご相談なのですが……貴方様、これからの行く当ては決まっておいでですか?」

 

「え? いや、特に決まってないけど……」

 

「ほうほう!ならば……私の護衛として雇われてみるお気はありませんか?」

 

 サンゴエさんは身を乗り出して提案してきた。

 

「お恥ずかしながら、私には身を守る術がございません。その物騒な噂を耳にした時には、既に護衛を雇えるような場所を通り過ぎてしまっておりまして……。

 商人たるもの卑屈であってはならぬのと、このように明るく振る舞っていますが、正直申し上げますと、そのような噂があるここら一帯を1人で抜けるのは肝が冷える思いでして……。ですが、貴方様のような魔法に長けた方とご一緒できるなら、これほど心強いことはございません!」

 

 護衛、か。

 

「と言っても、私、別に自衛ができるような魔法は見せてないはずさ……今のところ私、魚を魔法で獲ってるだけの人だよ?そんな何処の馬の骨かも分からないような私を信用してもいいもんかい?」

 

「商人の勘、というやつですよ」

 

 サンゴエさんはニカリと笑い、ちょび髭を指で弾いた。

 

「人を見る目というのは取引を日常的に行う商人にとって必須のスキルでしてね。そんな私だからこそ、確信できるのです。貴方は強いお方だと。それに……食事を共にした仲でもありますし、貴方様が悪い人には見えません。もちろん、報酬もお支払いいたします」

 

 なるほど、食えないおじさんだ。

 俺は少し考える。

 これは俺にとっても悪い話ではないかもしれない。

 一文無しの俺にとって、これから必要になってくるであろう路銀が手に入るのは有難いし、何より行くあてもろくに決めていなかった旅だ。

 

「……分かった、その話乗ったよ」

 

「おぉ!……左様ですか!?」

 

「ちなみに、私はどこまでついていく感じなのかな?」

 

「そうですねぇ……まずは近くの小さな村へ寄り、その後、在庫補充のために宗教都市ミザリエへ向かいます。そこまでごの同行を願えればと」

 

聞いたのは自分だが……なるほど分からん。

どこだってばよ。

 

まぁ、今はいいか。

 

「了解。じゃあ、よろしく頼むよ」

 

 俺が差し出した手を、サンゴエさんは両手で恭しく、しかし力強く握り返してきた。

 

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