魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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すれ違い

「───魔女の臭い。スバルの時もそう言ってたのか」

 

 スバルから話を聞いたところ、どうやら彼も一度レムに命を狙われた経験があるそうだ。しかもレムは、その時も【魔女の臭い】という単語を呟いたらしい。

 魔法の臭い。それがどんな代物か定かではないが、レムにとってソレは禁忌に触れる事なんだろう。

 

「呪術師に魔獣、そんなのもいる世界観だったか。つーかヒロ、嫉妬の魔女のことも知ってたし、俺より色んなこと知ってるのな。俺、四回も死んでるのに……なんか泣けてくるぜ」

 

 対してスバルは、ヒロ()と自身が得てきた情報量の差に少し凹んでいた。私はやれやれと苦笑気味に言う。

 

「別に私と比べなくてもいいだろう。というかスバル、君はそんなに死んでいたのか?」

 

 お互い、自分の死に様なんて思い出したくなかったのだろう。死んだ時の出来事はあまり話していない。だから私は、彼がどんな結末を辿ったのか知らない。

 

「ああ、一週目はヒロも知ってる通り呪いで殺されただろ? 二週目は呪いと謎の襲撃者……まあ多分レムだったんだろうけど、ともかくその二つのダブルコンボだ」

「……」

「で、三週目はさっきも言った通りレムにやられて、四週目は……あーっと」

「……なんだ、そんなに言いづらい死に方だったか?」

 

 言い難そうにするスバルの様子に、私は眉を顰める。

 正直、私としては死に方よりも、自身の死を淡々と語るスバルのその振る舞いの方が気になってしまう。

 まるで、死ぬことをなんとも思っていないようだった。死を軽んじているようにも見えて、不快に感じてしまう。

 

……そしてそれは、私の気のせいなどではなかった。

 

「まあなんつーか、身投げしたんだよ」

「……なに?」

 

 身投げ。その言葉が私の心を否応に駆り立てて、

 

「いや、全部が嫌になって死んだ訳じゃないんだぜ? 寧ろその逆、全部を助ける為にやった訳で」

「……なぜ」

「え? ……っ!」

 

 私は思わず、スバルの胸ぐらを掴み上げた。

 

「なぜ、自殺なんかした!?」

 

 許せなかった。自ら死んでやり直しを果たした事を。

 受け入れ難かった。自殺をして清々しい表情を浮かべるスバルの姿が。

 

「いや、だからみんなを助ける為に」

「そんなのは詭弁だ! 誰がなんと言おうと自殺なんて正しくない!」

「お、おい、さっきから何をそんなに怒って」

「君は、命を捨てる事を何も思わないのか!」

「っ、んな訳ねえだろ!!」

 

 私が一方的に言うばかりだった中、何かが感に触れたのかスバルは胸倉を掴む私の手を振り払って怒鳴る。

 

「俺だって好きで死んでんじゃねえよ! けど仕方ねえだろ!? 俺はヒロみたいに器用じゃねえし、みんなみたいに強くもねえ、そんな俺が何かをするには自分の命を切るしかねえんだよ!」

 

 それは、羨望混じりの強い怒りだった。持たざる者が叫ぶ、切実な言葉だった。

 

「そんなのは言い訳に過ぎない! それで正しくない行いをする理由にはならない!」

「正しい正しくないの話じゃねえんだよ!」

 

 しかし、それで私の怒りは収まらない。むしろ更に燃え上がった。

 彼の言葉を肯定するわけにはいかなかった。出来るはずがない。大切な友人を奪った、忌まわしい行為を受け入れるなんて。

 

「───あなた達、何をしているの?」

 

……結局、私とスバルの言い合いを収めたのは、追加の洗濯物を持ってきたラムだった。

 

「っ、ラ、ラム……」

「……」

 

 ラムの登場で一気に頭が冷えた私とスバルは互いに目を合わせる。

 言い争いはしたが、お互いの目的は同じ。これ以上ラムの前で醜態を晒す訳にはいかなかった。

 

「い、いや、なんでもねえ」

「ああ、何も問題はない」

「……そう」

 

 それ以上、ラムは何も言わなかった。何事もなかったかのように追加の洗濯物を私たちに渡して、そしてその場を後にした。

 

「「……」」

 

 それからしばらくの間、私とスバルの間に張りつめた空気が流れる。

 

「……ともかく、今は屋敷の人間からの信頼を勝ち取ることに専念しよう」

「……おう」

 

 洗濯物の水洗いを終えた後、最後に私が今後の方針を伝えた。それにスバルはぶっきらぼうな返事を返して、その日の会話は終わった。

 

▼▼▼

 

 あれから三日、とくに何事もないまま時は過ぎていった。

 今のところ問題は起きていない。間者と疑われる要因だった日記は今回書いていないし、その他の怪しまれる行動も極力控えている。

 

「ヒロ、そこの掃除は終わったかしら?」

「ああラム、ちょうどさっき終わった。何か他にやることが無いか、君に尋ねようと思ったところだ」

 

……少し不安だが、ラムやレム、エミリアとの仲も良好な関係を築けている筈だ。レムからも、今のところ殺意のようなものは感じていない。

 

「無いわね。そこが終わったなら休んでもらって構わないわ」

「そうか、何かあるならいつでも言ってくれ」

「……そう」

 

 何も問題はない。そう、何も。

 

「ならさっさとバルスと仲直りしなさい」

「……」

 

……ただ一つ、スバルとの仲を除いて。

 

「いつまでもギクシャクして、見ているこっちも腹に立つわ」

 

 ラムの言う通り、私はスバルとの関係を直せず、口すらまともに聞けていなかった。

 

「ああ、そう、だな。善処しよう」

「……今日の仕事はもういいわ」

「っ、それは、しかし」

「今日中にバルスと仲直りしなさい。その為にどうするか、今の内に考えることね」

 

 ラムは有無を言わさぬ圧でそう告げると、その場を後にした。

 

「……」

 

 突然休みを言い渡された私は、壁にもたれかかって項垂れる。

 

(仲直りをしろ、か)

 

 考えるのは、ラムから渡された課題。まさか他人に言われるまで深刻に見えたのかと、私は己の未熟さを恥じる。

 

(確かに、スバルと今の関係のままでいるのは正しくない。ただでさえ私たちの立場は危うい。そんな中で不毛に争い合うのは、大きなマイナス評価だ)

 

 私自身、それは重々承知だ。しかし……

 

「っ、やはり、正しくない……!」

 

 それでも私は許せなかった。スバルが自殺をしたことが、その選択を良しとしていることが、どうしても受け入れられない。

 

「迷うなど、私らしくないな」

 

 そう言ってから気づく。牢屋敷に来てから、今日に至るまで、私は迷ってばかりだったということに。

 

「……本当に」

 

───その時、視界に映っていた窓が、音もなく闇に塗りつぶされた。

 

「!? 一体なにが」

 

 私は慌てて窓に駆け寄る。

 近くで見ると、闇の正体は真っ黒な煙であることが分かった。

 

「なんだ、これは……っ、まさか、例の襲撃者の!」

 

 嫌な予感がしたのも束の間、煙はゆっくりと晴れていく。そして、

 

「……は?」

 

 窓の外、中庭の中心では、地面に倒れるスバルと、スバルに駆け寄るエミリアの姿があった。

 

▼▼▼

 

「君たち、これは一体なんの騒ぎだ?」

 

 謎の黒煙を目撃した私は、その正体を知っていそうなスバルとエミリアの居る中庭へと訪れた。

 

「いやー、ちょっと想定外なことが起きちゃって」

 

 私の疑問に答えたのは、パックだった。パックは頭をかきながら、困った笑みを浮かべている。

 

「スバルが魔法を使いたいって言うから、彼のゲートを使ってシャマクを使ったんだけど、肝心のゲートがスカスカなせいで中身がドバっと出ちゃったんだよ」

(ゲート? シャマク?)

「はいはい俺のゲートがポンコツで悪うござんした」

 

 突然出てきた謎の単語に首を傾げていると、芝生の上で寝そべっていたスバルが悪態をつきながら起き上がる。

 

「……あっ」

 

 起き上がったスバルは、私を見るや否や動きを止める。

 

「……スバル」

 

 そんなスバルに私は、なんと呼びかければいいか分からず名前をポツリと呟くだけに留まる。

 

「「……」」

 

 周囲に、痛い沈黙が流れる。その空気を壊したのはスバルだった。

 

「あ、あーっと! こんな事をしてる場合じゃないっすわ! このままじゃメイド姉妹に怒られる! ……ってなわけで俺はこの辺で失礼するぜ!」

 

 そう言うや否や、スバルは逃げるように中庭から離れていった。

 

「あ、スバル……」

 

 エミリアはスバルに声をかけるが、彼は振り返らずに走り去った。

 

「……ねえ、ヒロ」

 

 エミリアは走り去るスバルの背中を見ながら、今度は私に話しかける。

 

「どうした?」

「どうしてヒロは、スバルと喧嘩したの?」

「……」

 

 どうやらここでも、その事について問い詰められるらしい。

 

(どうして、か)

 

 エミリアの言葉に、私は答えることが出来なかった。いや、しようにも出来ないというのが正しいか。

 喧嘩の理由を話すということは、死に戻りについて話さなければならない。それは避けなければいけない事柄だ。

 

(スバルは、死に戻りについて話そうとすると何者かに心臓を掴まれると言った。これがスバル以外……つまり私が死に戻りのことを話そうとすると同じことが起きる可能性がある)

 

 その場合、心臓を掴まれるのは私か、スバルか……スバルだった場合、取り返しのつかない事態に陥ってしまう。

 

(もし私が話すことでスバルが死ぬなら、とても話すことなんて出来ない)

 

 だからこそ、ここで本当のことを話すわけにはいかなかった。

 

「いやなに、本当に些細な行き違いがあっただけだ。君が気にしなくてもいい」

「……そう」

 

 私の答えにエミリアは俯いて残念そうにするが、すぐに顔を上げて私に再度尋ねる。

 

「なら、今からでも仲直りしましょう」

「……それは」

 

 エミリアの提案は、奇しくもさっきラムに言われた事と同じ内容だった。

 

「言いたくないならそれでもいいわ。けど、仲直りはしなきゃダメよ」

「た、確かにそうだが」

 

 エミリアの言うことは正しい。だから私は、グイグイと迫られながらも彼女を押しのけることが出来なかった。

 

「まあまあリア、今すぐ言って出来るものでもないよ。こういうのは当人達に任せるべきさ」

「パック……」

 

 そんな困り果てる私に助け舟を出してくれたのは、パックだった。

 

「すまない、パック」

「いいってことさ。まあ僕としても、早く仲直りして貰いたいんだけどね」

「……ああ、分かっている」

 

 私はパックに感謝しながら、彼からの耳に痛い言葉を受け取る。

 

「まあ暗い話もここまでにして……折角だし、ヒロも体験してみる?」

「体験、とは?」

「魔法の体験だよ!」

 

 パックは場を和ませようとしてか、はたまた気まぐれか、明るい口調でそう告げた。

 

「魔法……そういえばさっき、ゲートやらシャマクやら言っていたな。それが魔法なのか?」

「うん、ちなみにゲートが何か分かる?」

「いや、まったく」

「なるほどー、スバルと同じで何も知らない感じか。なら説明してあげるね」

 

 パックはそう言うと、魔法に関する話を色々と私に説明してくれた。

 正直、魔法にそこまで興味は無いのだが、ついさっきラムに休みを言い渡されたところだ。情報収集の一環として、聞くとしよう。

 

「───という感じだよ。どう、分かった?」

「ああ、専門用語が多かったが、なんとか理解できた」

「そっかそっか、それじゃあ早速、ヒロの属性を調べて」

「いや、それはいい」

「……ありゃ?」

 

 なぜか尻尾を私の額に当てようとしていたパックを見て、私は咄嗟に中断させる。

 

「別に私は魔法を使いたいと思わないからな」

「そうなの? スバルはすごーく乗り気だったから、てっきりヒロも同じなのかなって」

 

 パックの魔法講座を横で眺めていたエミリアは、少し驚いている様子だった。

 確かに、有用な魔法を使えれば出来ることの選択肢も増えるだろう。……だが、生憎と牢屋敷での経験のせいで、私は魔法について良い思い出がない。正直もうこりごりだ。

 ただ、なにも忌避感だけが避ける理由じゃない。先ほどパックが告げた【属性を調べる】という一言、それが原因だ。

 属性の検査。それがどのようなものか定かではないが、私の中に宿る【死に戻りの魔法】ないし魔法を使える原因でもある【魔女因子】、それが属性を調べる際に暴かれる可能性がある。

 

(この世界でも魔女は禁忌とされている。レムの一件もあるし、魔女因子を有していることがバレるのは可能な限り避けるべきだ)

 

 そういった理由もあり、私は魔法体験会を断ったのだ。

 

「うーん、そういうことなら無理強いはしないよ。もしやりたくなったら教えてねー、気が向いたら続きをしてあげるから」

「ああ、その時はよろしく頼もう」

 

 魔法について色々と知れたところで、そろそろ私も戻ろうと言ってエミリアとパックに別れを告げた。

 

「……よしっ」

 

 そして、私が去った後、エミリアは密かに何かを決意していた。

 

▼▼▼

 

 空が夕焼けに染まりつつある頃、結局スバルと仲直り出来ないままだった私は、どうすればいいのか分からないまま、屋敷の廊下を歩いていた。

 

「っ、まったく、私という奴は」

 

 こめかみを押さえて、私は未だにスバルのことを許せない自分に自嘲する。

 

「……君の時で、思い知っている癖にな」

 

 思い出すのは、牢屋敷で出来た今は亡き友人のこと。

 ずっと仲直り出来なかった。些細な行き違いから喧嘩をして、意地になって何も言い出せず、そして、やっと動いたのは全てが終わる直前の事。

 

(謝る相手が居なかったら、仲直りなんて出来る筈も無いのにな)

 

 そんな当たり前のことを、私は彼女に教えられた。

 

「───あ、いたいた」

 

 と、その時、私の耳に一人の、いや一匹の精霊の声が届く。

 

「パックか、エミリアと一緒じゃないのか」

「うん、そのリアに頼まれたからね。君を連れてきてって」

「私を? それはどういう」

「うーん、説明すると難しいんだけど……まあ、こういうのは何も教えずに連れて行った方がいいよね。うん、そういう訳だから、何も聞かずに来たまえ~」

「いや、それはどういう訳だ」

「まあまあ~」

「……まったく」

 

 パックに背中を押され続けた私は、観念して黙って彼の誘いに乗るのだった。

 

▼▼▼

 

「おぶふぁっ、うぇっ、おうぇ……ッ」

 

 洗面台に立った俺は、そこで盛大に胃液をぶちまける。

 何度も何度も、内で暴れる嘔吐感を満足させようと必死になって。

 

「はぁ、はぁ……ああ、クソ、かっこわりぃ」

 

 そうしてひとしきり吐き終えた後、俺はおもむろに悪態をつく。どうしようもなく情けない自分に、腹を立てる。

 

「もっと、もっとちゃんとしなきゃいけねえのに……もっと、上手くやらなきゃなのに」

 

 一週目の時よりも更にがむしゃらに、二週目の時よりも上手く取り繕え。そうでなきゃ、俺は何も成せやしない。

 

『誰がなんと言おうと自殺なんて正しくない!』

「ッ……」

 

 頭の中で、不意にフラッシュバックする。ヒロのことを、あの時の言葉を。

 

「分かってる。分かってんだよ。俺が正しくないことも、弱いことも」

 

 二階堂ヒロ。俺と同じ死に戻りが出来る人間。そして、俺よりも凄え奴。

 ヒロは良い奴だ。同じ境遇、同じ力を持つ身とは言え、ほとんど他人の俺のわがままに付き合ってくれて……盗品蔵では急に姿が変わったり、何やら訳アリっぽそうだが、そんなのが気にならないほど良い奴だ。

 ヒロは凄い奴だ。正直、嫉妬していないと言えば嘘になる。俺と同じチート持ちで、しかも本人のスペックも高いときた。そりゃ羨むってものだ。

 けど、それ以上に、俺はヒロという存在を頼もしく思っていた。

 死に戻りについて共有でき、しかもめちゃくちゃ頼れる。俺に初恋相手が居なかったら惚れる所だったぜ。

 

……でも、だからこそ、あの時の言葉は俺の心をひどく締め付けた。

 

 覚悟して自決した。皆を救う為に一歩踏み出した。

 褒めて貰いたかった訳じゃない。肯定して貰いたかった訳じゃない。ただ、否定だけはされたくなかった。

 

「っ、考えるな! 今はとにかく、みんなに信用してもらうことだけを考えろ」

 

 だから証明して見せる。俺の自決という選択が正しくなくても、()()()では無かったという事を。

 

「───スバル」

 

 そう考えながら扉から身を乗り出したところで、俺は声をかけられる。

 振り向くとそこには、エミリアの姿があった。

 

「あ……っ、エっミリアたーん!」

 

 俺は急いで仮面を被る。張り付いた笑顔じゃない。もっと自然で、心から楽しそうな笑顔の仮面を。

 

「スバル、ちょっと来て」

「おーっと! エミリアたんとはご指名とは、嬉し恥ずかし珍し~! なんでも言ってなんでも命じて! 君の為なら火の中水の中盗品蔵にだって潜っちゃ」

「いいから! こっちに来て!」

「えっ? うおっ!?」

 

 しかしエミリアは、俺の腕を掴んで有無を言わさず近くの部屋に入る。

 

「……じゃあ、ここに座って」

 

 そして床を指差し、そう告げた。

 

「座るならベッドでも椅子でもよくね? なんでわざわざ床に」

「いいから座るのっ」

「はい喜んで!」

 

 いつになく強気な口調に思わずその場で正座してしまう。

 

「……うん」

 

 そんな俺の姿にエミリアは小さく頷き……なぜか俺の隣で一緒に正座して、

 

「特別、だからね」

「え?」

 

 そして俺を、膝枕してきた。

 

「言ってたでしょ、スバル。疲れ切ったら膝枕してって。だからしてあげる」

 

 なんだ。なんでエミリアは、俺に膝枕を。

 

「打ちのめされてるの、見てればわかるもの」

 

 違う。今はとにかく、取り繕わないと。

 

「詳しい事情は、きっと話してくれないんでしょ?」

 

 そんな顔しないでくれ。俺は大丈夫だからさ。

 

「こんなことで楽になるだなんて思わないけど……こんなことしかできないから」

 

 こんなことって訳ないさ。エミリアたんの膝枕なんて、値千金の価値だぜ。

 

「疲れてる?」

 

 疲れてない。大丈夫。俺はまだやれる。

 

「困ってる?」

 

 困ってない。道は見えてるんだ。困る事なんて何も、

 

「───大変、だったね」

「ーーー」

 

 それ以上は、我慢できなかった。

 

▼▼▼

 

「大変……だった。すっげぇ、辛かった。すげぇ恐かった。めちゃくちゃ悲しかった。死ぬかと思うぐらい、痛かったんだよ……!」

「うん」

「俺、頑張ったんだよ。頑張ってたんだよ。必死だった。必死で色々、全部よくしようって頑張ったんだよ……! ホントだ。ホントのホントに、今までこんな頑張ったことなんてなかったってぐらい!」

「うん、わかってる」

「好きだったからさぁ、この場所が……大事だと、思えてたからさぁ、この場所が……! だから、取り戻したいって必死だったんだよ。恐かったよ。すげぇ恐かったよ。また、あの目で、見られたらって……そう思う自分が、嫌で嫌で仕方なかったよ……ッ」

 

 それは、彼がずっと溜め込んできたものなのだろう。

 一気に爆発したそれは、嗚咽混じりで、支離滅裂で、そして、必死に覆い隠してきた真実の想い。

 

「……」

 

 それを私は、部屋の外からジッと聞き続けていた。

 

「これが、スバルの本音だよ」

 

 聞き続けていると、パックが横からそう告げた。

 

「君にも譲れない物はあるんだろうけど、それはスバルだってそうさ」

「……そう、だな」

 

 本当に、パックの言う通りだった。彼は彼なりに、一生懸命になってこの状況に抗ってきたんだろう。それこそ文字通り、死ぬ気になってでも。

 

「どう? 少しは仲直りする気になった?」

「なるほど、それが狙いだったか」

 

 本当に、ここまでお膳立てして貰わないといけないとは、自分が惨めになる。そしてそれ以上に、彼に申し訳なく思う。

 

「……ああ、そうだな」

 

 ひと段落ついたら彼に謝ろう。今は心から、そう思えた。

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