魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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仲直りと布石

 日がすっかり沈んだ頃、スバルは顔を真っ赤にしながら廊下を歩く。

 

「スバル」

「ぎにゃー!?」

 

 そこに私が声を掛けると、スバルは大袈裟に叫んだ。

 

「ヒ、ヒロか、びっくりしたー」

 

 驚きながらも、スバルは普通に私と接する。その様子を見て、彼も先ほどの一幕で気持ちの整理がついたのだろう。

 その事にホッとしながら、私は頭を下げる。

 

「すまなかった」

「……へ?」

「意固地になっていたと思う。正しくないと一方的に決め付けて、君の話を聞き入れようとしなかった」

 

 言いながら、私は思う。これが牢屋敷に来る前の私だったら、きっと今でも素直に謝罪できなかっただろう。

 

「……い、いや、俺も悪かったよ。正直、今でもあの時の選択は間違っちゃいないと思ってる。けど、もっと上手く出来たんじゃねえのか、とは思いなおした」

「……」

 

 スバルはばつが悪そうに言う。それを聞いて私の中で怒りが再燃しそうになるが、それを必死に抑えて言葉を紡ぐ。

 

「私には、大切な友達が居た」

「……?」

「彼女は酷いイジメを受けていた。そしてその果てに……彼女は自殺した」

「……!」

 

 口にするだけで心がささくれる。それでも語調を荒げないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 

「それ以来、私の中で自殺は禁忌となった。忌々しく、決して許すことの出来ない異物と化した」

「……」

 

 スバルは私の話を静かに聞いた。その表情には、後悔の念が見えた。

 

「私には、今でも君の行動を肯定する事は出来ない」

「……ああ、そうだろうな。そう、だろうよ」

「そうだ。だから約束してくれ。もう二度と、自殺なんて真似はしないでくれ」

「……ああ、分かった」

 

 そう言うとスバルは、おもむろに頭を大きく下げた。

 

「悪かった。事情を知らなかったとは言え、ヒロの前で最低な事を言っちまった」

「……ああ、分かってくれたなら良い」

 

 この時、私とスバルはようやく分かり合えたのだと思う。気付けば私の中にあった衝動は、すっかり鎮まっていた。

 

(……良かった。取り返しが付かなくなる前になんとか出来て)

 

 私は、()()()()()()をそっと後ろに隠して、心から安堵した。

 

 

 

「えー、ところでヒロさん?」

「なんだ?」

「その、もしかしてなんですけど……見てました?」

「? ……ああ、アレか。見ていたよ、偶然とは言え、君の本心が知れて良かったと思う」

「〜〜〜」

「どうした?」

「クフオーーー!!!?」

「どうした急に、夜中に五月蝿いだろ」

 

 どうやら、膝枕されていた時の事を知られた事が酷く恥ずかしいらしい。

 気持ちは分からないでもないが、もう少し静かにして欲しいものだ。

 

「ヒヒヒヒロ! 絶対、絶対にあの時の事は言わないでくれ!」

「ああ分かった、分かったから少し離れるんだ」

 

 やれやれと思いながら、私は顔を近づけてくるスバルを引き剥がした。

 

▼▼▼

 

「膝枕ですね」

「膝枕だわね」

「ってみんな知ってるぅ!?」

 

 翌朝、いつの間に知ったのか、ラムとレムはスバルがエミリアに膝枕された事を揶揄った。

 

「ヒ、ヒロさーん?」

「はぁ……私じゃない」

 

 当然、私は二人にあの時の事を伝えていない。

 しかし、今思い返してみれば、暫くそっとしておこうと私があの場を離れた後、レムとすれ違った。恐らくその時にレムが知り、そのまま話がラムへと流れたのだろう。

 

「意中の女の子相手に超泣きわめいて、涙と鼻水で顔面グチャグチャにして眠りこける、そんな姿を全員ご存じ? どんな羞恥プレイだよ!? ダメだ、俺、すげーダメだ~!」

「朝から騒がしいぞ、スバル。いいじゃないか、君はこれまで頑張ってきた。ガス抜きに多少醜態を晒したって誰も何も言わないさ」

 

 私がそう言うと、ラムとレムがコクリと頷いた。

 

「そうね、バルスの無様な姿はもう見飽きてるわ。そうでしょレム」

「はい姉様、スバルくんが恥ずかしいのは今に始まったことじゃありません」

「いやそれ俺のもとの評価が低くてこれ以上は下がらないだけじゃねえか!」

 

 二人の評価にスバルはギャアギャアと騒ぐ。やかましいが、久しぶりのノリに少しだけ口角が上がる。

 

「……ヒロ」

 

 すると、ラムが私に声をかけてきた。

 

「なんだ?」

「仲直りは済んだらしいわね」

「……ああ、その節はすまなかった」

「別に、気にしてないわ。ラムは仕事に支障が出るのを懸念していただけだもの」

 

 そう言ってラムは私から離れていく。ドライに見えるが、本当は心配していた事を私は知っている。そういう人物だと、今の私は知っている。

 

(……守りたいな。彼女も、屋敷の皆も)

 

 昨晩、関係を修復した後に私はスバルから聞いた。

 レムが襲撃者の呪いにやられて、衰弱死したこと。ラムがスバルを襲撃者と勘違いし、襲ったこと。

 スバルが不安と恐怖で苦しみながら眠っていた時、ラムとレムが手を握ってくれたこと。

 

(なるほど、スバルが皆を助けたいと思うのも無理はないな)

 

 チンピラから助けてもらったエミリアの困りごとを解決する為に、命懸けで戦ったスバルなら。

 

「……その為にも、気張っていかないとな」

 

 私は、昨晩にスバルと話し合ったことを振り返る。

 

 

 

「───明日、村の買い出しに行く?」

 

 私はスバルに話したいことがあると言われて、彼の部屋にやってきた。

 そして開口一番、スバルはそのようなことを告げてきた。

 

「だが、買い出しは確か明後日になる筈だ」

「ああ、けど、嫌なことはさっさと終わらせたいだろ? それに今の俺はモチベーションがめちゃくちゃ上がってるし、この状態のまま次のステップへ行きたいんだ」

「言いたいことは分かるが……しかし、だとしても問題がある」

 

 私も前回村に潜む襲撃者を探そうとしたから分かるが、あの人数から特定するのは至難の業だ。

 

「私とスバルの二人がかりでも、それは変わらない」

「ふふーん、ちっちっち」

 

 しかしスバルは、私の話を聞いても動じなかった。

 

「話を聞くに、ヒロは村に一度しか行ったことが無いみたいだな」

「ああ、そうだな」

「俺は二回あの村に行ってる。そして村の内情もヒロよりかは知ってるつもりだぜ」

「なんだ、その意味ありげな口ぶりは……まさか」

 

 そこまできて私は気づく。スバルの言いたいことが。

 

「ああ、怪しい村人達は既にピックアップ済みだ!」

「……!」

 

 それは、思いもよらない朗報だった。

 

「二回訪れたとは言え、買い出しという限られた時間で把握できたのか?」

「おうとも! スバル様のコミュ力をあまり舐めないこった!」

 

 確かに、驚くべき話だ。正直、スバルのことを見くびっていた。

 

「ああ、私も社交性はある方だと自負しているが、こういう時はスバルの強引さが光るな」

「そうだろうそうだろう……って、それ褒めてんの?」

 

 確かにそれなら、襲撃者の特定もやりやすくなる。

 

「残る問題は、なるべく多くの村人達に接触して貰えるよう打ち解ける必要があるが……」

 

 襲撃者……呪術師が呪いを掛ける為には、被術師との肉体的接触が必須。つまり襲撃者が私たちをターゲットにしやすいよう、自然と村人達と触れ合う状況を作らなければならない。

 

「……スバル、君に頼んでもいいかな?」

 

 そしてこれまでの話を聞くに、ここはスバルの方が適任だろう。

 

「! お、おう! 任せてくれ!」

 

 そう思ってスバルに尋ねると、彼は嬉しそうに快諾してくれた。

 

「よーし、見ときなヒロ! 村人全員と仲良くなって友達百人作ってやらぁ!」

「あ、ああ」(少し不安だが……任せるしかないか)

 

 私は一抹の不安を抱きながら、明日の村への買い出しに向けてスバルと計画を煮詰めていった。

 

▼▼▼

 

「───それじゃあ締めの運動!」

 

 当日、買い出しの為に村に訪れた際、スバルは自由時間を利用して行動を移した。

 ラジオ体操。健康の保持増進を目的とする、前の世界ではメジャーだった体操方法。それをまさか異世界でも目にするとは思わなかったが。

 

「じゃあ最後に、ビクトリー!」

「「「ビクトリー!!!」」」

(……なるほど、悪くない作戦だ)

 

 民家の壁に背中を預けて、村人達がラジオ体操に興じる光景を眺めていた私は、スバルの手腕に舌を巻く。

 ラジオ体操は、老若男女誰でも出来る取っ付きやすい運動だ。加えてスバルの明るい振る舞いは親しみやすく、臆せず参加がしやすい。

 元々ノリの良い人が多い村なんだろう。お陰でスバルが突発的に開いたラジオ体操には、ほとんどの村人が参加していた。

 

「そろそろ自由時間も終わりだからって見にきてみれば……」

 

 と、その時、買い物袋を抱えたラムとレムが姿を見せる。

 

「これはなんの余興なの? ヒロ」

 

 盛り上がる村人達、その中心で愉快に交流するスバルをラムが冷めた目で見ながら私に問う。

 

「あれはラジオ体操という準備運動だ。スバルが子どもたちを集めて開いて、そこから徐々に大人たちも参加してああなった」

「ヒロさんはやらないのですか?」

 

 レムがそう聞いてきたので、私は首を振る。

 

「最初は参加していたんだが、疲れてしまってな、少し休んでいたんだ」

「そうでしたか」

 

 その答えにレムは納得するが、実際のところは違う。私は、不審な動きをする村人が居ないか監視をしていたのだ。

 

(もし村人の中に襲撃者が居るなら、なんらかのアクションを起こすと考えたのだが……)

 

 結果として、とくに怪しい人物は見当たらなかった。用心深いのか、そもそも村人達の中に襲撃者は存在しないのか……。

 

(どちらにせよ、厄介だな)

 

 敵の影も形も掴めないとなると、後手に回ざるを得ない。もし何かの行き違いで呪術が私とスバル以外に掛けられていたら……それを防ぐ術が無い。

 

(何かほかに、襲撃者の正体を見分ける方法は……)

 

 そうして私が考えにふけている時だった。

 

「ヒロっちだいじょぶー?」

「うん?」

 

 いつの間にかスバルが子どもを連れてコチラに近づいており、子ども達は私に不思議そうな眼差しを向けていた。

 

「ヒロっちどしたん?」

「ヒロっち顔こわーい」

「あ、ああ、大丈夫だ。心配いらない」

 

 どうやら考え事が顔に出ていたらしい。気付かなかったが、さぞかし険しい顔をしていたのだろう。……いや、それよりもだ。

 

「スバル、この呼び名は君が?」

「おう! 折角の交流の場なんだから、呼び名の一つぐらい教えとかないとな、ヒロっち」

「何が折角だ、まったく」

「まあまあいいじゃねえか、世の中歩み寄りが大事なんだぜっ」

 

 そう言ってスバルは私に肩を組むと、耳元でコッソリと呟いた。

 

「今そんなに警戒しても仕方ねえよ。もちっと気楽に行こうぜ?」

「……」

 

 スバルの言う事も一理ある。敢えて呪いを掛けられようとしているのに、こうも緊張していては向こうも警戒してしまうだろう。

 

「という訳でお前ら! 今からヒロっちも一緒に遊ぶからよろしくな!」

「仕方ないなースバルは」

「スバルは仕方ない奴だなー」

「いやなんで俺が我儘言ってるみたいになってるんだ?」

(……やれやれ、仕方ない。君の考えに少し付き合おうか)

 

 そんな風にスバルが気を利かせて私と子ども達の間を橋渡ししようとした時、一人の少女がスバルの裾を静かに引っ張った。

 

「お?」

「……」

 

 気弱な印象を抱く少女に、スバルはしゃがんで彼女と目線を合わせた。

 

「どした? 言いたいことがあるなら聞くぜ?」

「……え、えっとね、あっち」

 

 すると少女は、人気の少ない森方面を指差した。

 

「あっち、か……」

 

 少女が指差す方向を見てスバルは呟いた後、ラムとレムを一瞥する。

 

「……もう少しだけ勝手にしたら?」

「姉様が言うのなら」

 

 そしてラムはスバルの意図を汲んで、向かうことを許可する。それを確認したレムも肯定する。

 

「恩に着るぜ先輩方! そんじゃヒロっちも行こうぜ」

「ヒロっちと呼ぶな。まあ、ついて行く事には同意する」

 

 私は小さくため息を吐きながら、先を歩き出したスバルと子ども達の後を追った。

 なお、向かった先には子犬が居た、スバルが子犬に噛まれるなどのハプニングはあったものの、それを除けば和やかに事は進んだ。

 

▼▼▼

 

「着いた、着いたぞぉ……! よくやった俺グッジョブ、マジグッジョブ!」

「はいはいお疲れ様」

「はいはいご苦労様」

 

 村での買い物を終えて、屋敷に戻った時、スバルは疲労困憊な様子で大きな樽をドサッと降ろした。

 

「やれやれ、だから半分持とうかと聞いたのに」

「いや、女子に持たせるのは男のプライドがね? ほら、自分が許せないのさっ」

 

 私の言葉に、スバルはキラっと似合わない笑顔を浮かべて言う。

 

「レムレム、バルスがかっこつけてるわ。膝枕された癖に」

「姉様姉様、スバルくんが見栄を張っています。膝枕されてたのに」

「ちょぉ!? ソレ(膝枕)持ってくるのレギュレーション違反でしょうが意地悪姉妹!」

 

 そしてすぐにレムとラムにおちょくられていた。

 

「まったく……」

 

 そんないつもの光景に、私は呆れながらも笑みを零した。

 

「───おーやおや、四人とも一緒だったんだーぁね」

 

 その時、屋敷の方から聞きなれた、独特な口調の声が聞こえた。

 

「手間が省けて助かるじゃーぁないの」

 

 そこに居たのは、案の定ロズワールだった。私はレムとラムに続いて頭を下げる。

 

「よそ行きの恰好、か?」

 

 そして樽を抱えて座り込み続けるスバルの足を小突いた。

 

「いでっ」

「……姿勢を正したまえ」

「あはぁ、別に構わなーいさっ。それと、スバルくんはご明察」

 

 ロズワールは特に気に障っていない様子で言う。

 確かにロズワールの今の恰好は、いつもの服装からは想像できないほどに大人しいものだった。……メイクはそのままだが。

 

「普段の装いだとどぉーしても面倒な相手が居るものだから、仕方なぁーく礼服も着る訳だぁーよ」

「……どこかへ外出なされるのですか?」

「正解、少しばぁーかり、厄介な連絡が入ってねーぇ。ちょっと外を回ってくる」

「そうでしたか」(外出、前回とは行動だな)

 

 私はスバルの方を一瞥する。スバルも驚いた顔をしている事から、どうやら彼も今回の展開は初のようだった。

 

「そぉーんな訳で、今夜は戻れないと思うから。ラム、レム、任せたよ」

「はい、ご命令とあらば」

「はい、命に代えましても」

 

 即断する二人を見て満足げに頷いた後、スバルに近寄り彼の肩に手を置く。

 

「君にも任せるよ、スバルくん。エミリア様のことだけはしぃーっかり頼むよ」

(なんだ……?)

 

 囁くように言いつけるロズワールを見て、私は、ロズワールが言葉以上の何かを秘めているように感じてならなかった。

 

「ああ、それはマジで任された!」

 

 しかしスバルはとくに気にしていないらしく、元気よく答えた。

 

「……そうそうヒロくん、君に返さなきゃいけないものがあるんだぁーよ」

「? はい、なんでしょうか?」

 

 次にロズワールは、私に声を掛けてきた。

 少しだけ警戒していると、ロズワールは懐から私の万年筆を取り出した。

 

「っ! それは」

「少し前に落ちていた所を拾ったんだ。気を付けたまぁーえ」

「すみません、わざわざありがとうございます」

 

 いつの間に落としていたのだろうか。私は内心で反省しながら、ロズワールから万年筆を受け取る。

 

「うんうん、では留守中任せたよ」

 

 ロズワールは最期にそう言って、おもむろに宙に浮いてあっという間に飛び立った。

 

 

 

「期待しているよ。スバルくんのことも、ヒロくんのことも……()のことも」

 

 去り際に呟いたその言葉は、【私】だけが聞き取れた。

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