魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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異変

「それで、スバルくんたちの様子はどんなもんだい?」

 

 時は前夜にまで遡る。ロズワールは執務室の椅子に腰かけ、自身の膝上で座るラムに囁くように語りかけた。

 

「あれから三日が経った訳だぁが、彼らの調子のほどは」

「そうですね……バルスはギリギリ及第点ですかね。料理、掃除、洗濯、どれも粗削りですが、経験を積めば幾分かマシになるかと」

 

 それと、と言ってラムは続ける。

 

「間者の可能性は低いと思われます。バルスは良くも悪くも、強いて言えば悪い意味で常に目の前の事に必死です。何処かの派閥が間者を差し出すとしても、バルスのような未熟者を寄越すとはとても思えません」

「なるほど、なるほど、確かにその通りだぁね。私でもスバルくんを間者に使おうとは思わなぁいよ」

「ええ……ですが、ヒロの方はまだ分かりません」

「ほお?」

 

 その言葉に、ロズワールは目を細める。

 

「その心は?」

「……ヒロは、バルスと違って完璧でした。最初から、文句の付けようが無く。立ち居振る舞いに関しても同様に」

「なるほど、優秀すぎて逆に怪しいと。見事にスバルくんとは正反対な評価だぁね」

「はい、それにヒロは、屋敷での生活に馴染むのが異常に早いような感じがします。ひょっとすると、屋敷の内部情報を事前に知っていたという可能性も」

 

 内に秘めていたヒロへの疑心を主に明かした事で、ラムはどんどんとその疑念を深めていく。

 

「───いや、その可能性は無いよ」

 

……その疑念を払ったのは、他でもないロズワールだった。

 

「? どうして、そう断言できるのですか?」

「そーぉうだね……詳しくは言えないが、ひとまずヒロくんが間者の線は考えなくても良いと、私は思っているよ」

「……」

 

 理由も分からずにそう言われても、納得できる者はそう居ない。

 

「分かりました。ロズワール様がそう仰るのなら」

 

 しかしラムは、ロズワールの忠臣だ。ラムにとってロズワールの言葉は絶対で、だからこそ理屈抜きでそれを受け入れる。

 

「うん、良い子だ」

 

 ロズワールはそんなラムの従順な姿を見て、そっと彼女の頭を撫でてやった。

 

 

 

(……そう、ヒロくんは間者ではなく、()()だ)

 

 その傍らで、ロズワールは懐にある万年筆に手を触れる。

 

(彼女のこと、期待しているよ。【共犯者】くん?)

 

 その内に宿る、■■■の事を思い浮かべながら。

 

▼▼▼

 

 禁書庫。異空間と繋がり、幼い少女が一人で管理し続けている封じられた図書館。

 

「───よおベア子! やってるかー?」

 

 そこに我が物顔で立ち入って来たのは、スバルである。

 

「……その【やってるか】とはどういう意味なのかしら」

「知り合いの店に来た時の定型文ってやつだな」

「そっ、ならここは店じゃないからやってないのよ。だからとっとと帰るが良いかしら」

「おいおいツレねえなあ、俺とベア子の仲じゃねえか」

「~っ! 頭ゴシゴシするなかしらぁ!」

「……驚いた」

 

 スバルとベアトリスがじゃれついている間、私は驚きで口を開けていた。

 

「まさか、本当に一発で正解を引き当てるとは」

 

 禁書庫への侵入を防ぐ鉄壁の結界である【扉渡り】の魔法、以前攻略するまでに長時間かけさせられたその魔法を、スバルは直感一つであっさりと突破して見せた。

 

「ふっふっふ、数々のギミックを無視して勘だけで突破する。GM泣かせのスバル様とは俺のことよ」

 

 驚く私の言葉を聞いたスバルはみるみるうちに調子に乗るが、正直これには関心せざるを得ない。

 

「ああもうっ! 一体お前たちは何しにここへ来たのかしら!」

 

 ベアトリスは頭を撫で続けるスバルの手を払い退け、話を進めるよう促す。

 

「おーっとそうだった。ちゃちゃっと当初の目的を片付けないとな」

 

 スバルはそれに応えて、コホンと一度咳払いをしてから、神妙な面持ちでベアトリスに言う。

 

「ちょっと俺とヒロが呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?」

「……お前は何を言ってるのよ?」

 

 スバルが告げた言葉に、ベアトリスは眉をひそめる。

 

「ちょっと俺とヒロが呪われてると思うんだけど、確かめてくれない?」

「誰が同じこと二回言えって言ったかしら!? だいたいどういう経緯があってベティに呪いが掛けられているのか確かめて貰おうと思ったのよ!」

「申し訳ございません、ベアトリス様。ですが、我々も急を要することなんです」

 

 スバルとベアトリスの会話に私も混ざり、ベアトリスに迫る。

 こうしている間にも、いつ呪いが発動するのか知れたものじゃない。だからこそ、ここは多少強引にでも納得してもらう必要があった。

 

「ふんっ、そんなのベティの知った事じゃないかしら。そもそもどうしてベティが呪いに対処できる事を……」

 

 ベアトリスは本を置くと、腕を組んで怒鳴りながら近づいてくる。が、その表情は徐々に疑惑へ、そして確信に変化する。

 

「術式の気配……お前本当に呪われているかしら!」

 

 そう言って彼女が目線を向けたのは、私ではなくスバル。つまり、呪いを掛けられたのはスバルという事だ。

 

「あー、やっぱり呪術師が村人の中に居たのか……」

「ベアトリス様、スバルに掛けられた呪いの種類は分かりますか?」

「術式を見ただけじゃなんとも言えないのよ。ただ十中八九、発動したら命を取られる呪いかしら」

「そうですか……では、スバルの呪いを解く事は?」

「出来るかしら。けど、なんでベティがコイツの命を救ってやんなきゃならないのかしら」

「……」

 

 前回ベアトリスと話した時もそうだったが、やはり彼女は善意で動く人柄ではないらしい。

 

「ベアトリス様、私やスバルが死ねば、パックが悲しみます」

「うん?」

 

 だから私は、前回の時と同じ手段を使って彼女に動いて貰うことにした。

 

「私たちが死んでエミリアが悲しめばパックも悲しみます。そしてあなたはそれを未然に防ぐことが出来た筈で」

「~! こ、今回だけは口車に乗ってやるかしら!」

「ありがとうございます」

 

 目論見通り、ベアトリスはやる気になってくれた。その光景を見たスバルは、私の肩に手を乗せて、サムズアップする。

 

「サンキューヒロ! 流石のレスバ力だぜ」

「褒めているのか、それは?」

「褒めてる褒めてる。ささっ、呪いの解除頼んだぜベア子」

「まったく……」

 

 ベアトリスは諦めたように頭を振った後、手のひらに白い光を纏わせてスバルに近づく。

 

「今から呪術の術式を破壊するかしら。呪術師が直接触れた場所が術式の刻まれた場所だから、参考にするのよ」

「布石は打ってあるぜ、ご安心」

「……」

 

 ベアトリスの手がスバルの額に触れる。その様子を見ながら、私は村での出来事を振り返る。

 

(スバルの周りは、私も注意深く見てきた。スバルの意識外から触れた者が呪術師だとしても、私にはその者の顔が分かる)

 

 一体誰が犯人なのか、緊張で体を強張らせる……その時、

 

「「なっ……」」

 

 私とスバルは、同時に驚愕の声を漏らした。

 呪いの発生場所は、黒いモヤという形で現れた。それは良い。問題はそれが現れた箇所。

 

「忌まわしいったらないかしら」

 

 ベアトリスは煩わしげにボヤきながら、術式が刻まれたスバルの手の甲を……スバルが犬に噛まれた箇所を軽く振り払った。それだけでモヤは消え失せる。

 

「終わったのよ。これでもうお前は平気かしら」

「……今のモヤが出た場所が、呪術師がスバルに触れた場所で良いんですよね?」

「……」

 

 わなわなと震える私に、ベアトリスは無言で頷いた。

 

「「……っ!」」

 

 その言葉を聞いた私達は、すぐに踵を返して禁書庫を飛び出す。

 

「呪術師の正体はあの子犬だ!」

「ああ、あの場には子ども達も居た。早急に村に行かなければ!」

「クソ! どこまでもどこまでも、ふざけやがってェ!」

 

 スバルは怒りのあまり罵声を飛ばす。私も内心で腸を煮えくり返しながら廊下を駆け抜ける。

 呪術師を、悪を、断罪する為に。

 

 

 

「───ラム! レム! 話がある!」

 

 走りながら、スバルは屋敷中に聞こえるような声で叫ぶ。

 

「どうしたのバルス、それにヒロも。そんなに焦って……」

 

 そして玄関ホール前まで辿り着いた時、スバルの声に聞きつけたラムとレムがやって来る。

 

「悪いがこれから村に行く」

「村へ? 何をしに?」

「この傷跡を作った奴が、俺に呪いを掛けたんだ」

 

 スバルが手の噛み跡を見せてそう言うと、ラムが怪訝な表情を浮かべる。

 

「呪いですって?」

「スバルの言う通りだ。実際にベアトリス様から呪いを解除して貰っているから、後で聞いてみてくれ」

「ああ、そんで呪いを掛けたのはガキどもが可愛がっていた犬だ。犬っぽいアレが噛みつく相手を片っ端から呪ってやがったんだ。ほっとくと子ども達が危ない」

「「……」」

 

 私とスバルの言葉に、二人は表情を真剣なものに変えて黙って聞く。

 

「私たち怪しむ気持ちは分かる。付き添ってくれても構わない。寧ろ、その方が心強い」

「ああ、だがエミリアを一人残しては行けねえ。ついて来るんなら片方だけだ!」

 

 スバルがそう言った時、レムが眉をひそめて口を出す。

 

「勝手な仕切りを……そもそもロズワール様のご命令を守るなら、レムや姉様が付き合う理由は」

「ああ、無いだろう。だが、君たちに命じられている事は、本当にそれだけかな?」

「……」

 

 私の言葉に、レムは痛いところを突かれたように言葉を見失う。やはりと言うべきか、監視せよとの命令があったらしい。

 

「分かったわ、ヒロ、バルス。あなた達の独断行動を認める」

「姉様……!?」

 

 本当に良いのかと驚くレムに手のひらを向けた後、ラムは続けて言う。

 

「ただし、レムを同行させるわ」

「願ったり叶ったりだ!」

 

 向こうとしては制約のつもりだろうが、スバルの言う通り、レムの動向は歓迎すべき事だ。

 私たちはどちらも、レムの強さを身をもって知っている。若干複雑な気持ちだが、戦力という意味ではこれ以上ない。

 

「レム、そういうことだからお願い。ベアトリス様への確認と、エミリア様の方はラムが守るわ。……そっちの事もちゃんと視てるから」

「姉様、あまりその目は」

「───二人とも、どこか行くの?」

 

 レムとラムが何か意味深な事を言った直後、玄関ホールの大階段からエミリアが姿を見せた。

 

「大きい声が聞こえたから降りてきてみたら……何があったの?」

「いやいや、何かあるかも、なんだよ」

 

 エミリアは不安そうにしながら私たちのもとへ駆け寄る。そこへスバルは、心配かけさせまいと普段通りの口調で対応する。それに倣い、私も平静を装ってエミリアに話しかけた。

 

「スバルの言う通りだ。心配しなくて良い。何も無ければすぐに帰ってくる」

「……また危ないことしそうな顔してる」

 

 しかしエミリアはすぐに見破ったようで、ため息交じりに私たちに問いかける。

 

「止めても無駄なんでしょ?」

「ま、まあそうなるかな」

「……すまない」

「はぁ……はいはい分かりました」

 

 エミリアは腰に手を当て、呆れた様子で私たちに言う。

 

「止めたりしません。無茶も無理もしないでって言っても、きっとダメなのよね」

 

 だったら、と、エミリアはおもむろに両手を伸ばし、私とスバルの胸に軽く触れる。

 

「───あなた達に、精霊の祝福がありますように」

「……え? なんだって?」

「お見送りの言葉よ。無事に帰ってきてねって、そんな意味」

 

 そう言ってエミリアは優し気な眼差しで私達を見る。一緒に行く事の出来ない彼女の、最大限の助力。それがアレなのだろう。

 

「なるほどね、分かったよ、エミリアたん」

「ああ、必ず無事に帰って来るさ」

 

 エミリアの気持ちをしっかり受け取った後、私とスバル、そしてレムは、見送られながら屋敷を発った。

 

▼▼▼

 

 村まで辿り着いて感じたのは、騒々しさ。そこら中に松明の明かりが灯り、バタバタと村人達が駆け回っている。

 

「こいつは、穏やかじゃねえな」

「ああ」

 

 スバルの言葉に同意する。明らかにただごとでは無い雰囲気だ。

 

「すみません、何かあったんですか?」

 

 ちょうど村人が横を通り過ぎようとした為、レムが呼び止めて話を伺う。

 

「え、ええ、村の子どもが何人か見当たらなくて。大人連中で探し回ってるとこでして」

「っ、一足遅かったか……!」

 

 村人から告げられた内容に、私は歯噛みする。

 

(村に居ないとなると、十中八九森の方だ。だが、捜索するにも範囲が広すぎる)

「───こっちだ!」

「なに?」

 

 私が子ども達の居所について思案していると、突然スバルが駆け出した為、慌ててその後ろをついて行く。

 

「スバル! 一体どこに行こうと」

「ガキ共の居る所にだ!」

「スバルくんには分かるのですか?」

「ああ、分かるさ。森の奥で、ひとりぼっちで鳴いてたのをみっけたって、俺は二回も聞いてたんだから」

「……」

 

 スバルの確信めいた発言に、レムは腑に落ちていなさそうな顔を浮かべる。けど、私にはスバルの言いたい事が分かった。

 

「なるほど、そういう事なら信じよう」

「ヒロさん?」

「どのみち手掛かりが無いんだ。今はスバルに任せよう」

「……分かりました」

 

 私はさりげなくスバルをフォローする。

 レムはまだ納得していない様子だが、ひとまずは大人しく従ってくれるそうだ。

 

(さて、あとはスバルの記憶を頼りに)

 

 なんとかレムを言いくるめた……次の瞬間、

 

 

 

 視界が、切り替わった。

 

 

 

「……!?」

 

 突然の事だった。右目に映る景色が不意に揺らぎ、次の瞬間には此処ではない別の場所を映していた。

 

「ん? ヒロ、どうかしたか?」

(なん、だ、これは、一体……っ)

 

 スバルが歩みを止めた私に気付き、声を掛ける。しかし私は、それに応じる余裕などなかった。

 

(これは……)

 

 右目が映し出したのは、村付近の森の中、そしてジッと何かを見つめる大きな獣の姿だった。

 

(これは、前回私を襲った魔獣か? そして今……)

 

 【私を見ている】、理由は分からないが、私はそう直感した。

 それから十秒ほど経った頃だろうか。視界は正常に戻り、右目にはもう魔獣の姿は見えなかった。

 

「……い、今のは」

「ヒロ、おいヒロ! 大丈夫か!?」

 

 呆然としていると、全く呼び掛けに応じない私を心配したスバルが、私の体をゆすってくる。

 

「っ、あ、ああ、問題ない」

「問題ないって、本当かよ?」

 

 スバルが訝しげに見てくるが、弁明する余裕が今の私には無かった。

 

(あの光景は一体……いや、今はそれより)

 

 私が見た光景には、もう一つ気になる点があった。

 もしあれが、ただの幻覚ではなく今この瞬間の光景だとしたら……

 

「……嫌な予感がする」

「ヒ、ヒロ?」

「ヒロさん?」

 

 胸騒ぎを振り払えず、私はスバルへ向き直る。

 

「スバル」

「お、おう、どうした?」

「急ですまないが、確かめたい事がある。しばらく別行動しても構わないか?」

「いや本当に急だな」

 

 困惑した様子を見せながらも、スバルは私の表情を見て言葉を続けた。

 

「……けど、ヒロがそう言うからには大事なこと、なんだよな?」

「ああ」

 

 私の短い肯定に、スバルはしばし考え込むように頭を掻いた後、決心したように顔を上げる。

 

「あ~、仕方ねえか。行ってくれヒロ、ガキ共は俺とレムで助けるからさ」

「すまない、何も無ければすぐに追いかける」

「おう! ……あ、つか勝手に決めたけど、レムもそれでいいか?」

 

 スバルは恐る恐るレムに尋ねる。

 

「……はい、それで構いません」

 

 それに対してレムは、私の単独行動をあっさり容認した。

 

「あれ? いいのか?」

 

 あまりにもあっさりと了承したことに、スバルは目を瞬かせる。かくいう私も内心驚いていた。

 

(レムは屋敷の中でも、特に私とスバルを警戒していると思っていたのだが……)

 

 私達の反応を見たレムは、小さく息を吐いて口を開く。

 

「今朝、ロズワール様より、ヒロさんの監視を撤回するというお達しがありました。レムはそのお考えに従っているまでです」

「なに?」

 

 レムから告げられた予想外の内容に、私は目を見開く。

 

「マジでか!? あれでも()()()監視の撤回ってことは……」

「はい、スバルくんについてはとくに何も言われていません」

「うっそ俺ってばそんなに信用ないの!?」

(ロズワールの意図は掴めないが……いずれにせよ好都合、か)

 

 突然私への監視を撤回したロズワールに不信感を抱きながらも、今はその意図を詮索するべきではないと判断した。

 

「話は分かった。それじゃあ、私は行く」

 

 そう告げると、私は二人に背を向ける。

 

「お、おう! 気を付けろよ!」

「ご武運を」

 

 二人の声を背に受けながら、私はスバル達が向かう場所とは別の方向へと駆け出した。




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