村の中を走りながら、私は考えた。
つい先ほど、私の右目に映し出されたもの。森の中の魔獣を俯瞰するという意味深な光景。
なぜ急にあんな物が見えたのか、それは分からない。ただ一つ、この力について思い当たる事があった。
(あの力は恐らく、【千里眼】の魔法だ)
千里眼、自身を見た者を俯瞰できる魔法。もし良く似た別物という訳じゃなければ、十中八九それで間違いない。
(しかしあれは、ココが持つ魔法だ。私には使えない)
使える魔法は一人一つまで。もしかしたら複数の魔法を操る者も居るかも知れないが、少なくとも私は【死に戻り】以外の魔法を使えない。
(謎の力に、魔獣の存在、そして呪術師の討伐と子ども達の救出。まったく、この世界に来てからも考える事が多くて困るな……!)
休む暇が無いと内心愚痴りながら、私は目的地まで辿り着く。
「あの時見た景色から考えると、恐らくこの辺りが……!?」
その時、私は森の方に視線を向けて息を呑んだ。
村と森の境界線、そこに一人の青年が立っていた。
「な、なんでこんな近くまで」
青年は震える手で剣を構えていた。その足は地面に縫い付けられたように動いていない。
そして彼の視線の先には、
「グルルル」
犬のような黒い獣、魔獣が唸り声を上げていた。
(間違いない、あの魔獣だ!)
私は止めていた足を動かして、青年のもとまで駆け寄る。
「グルルァ!」
「ひぃ!?」
「危ない!」
駆け寄った直後、魔獣が青年目掛けて飛びかかったのを見て、私は咄嗟に青年の襟首を掴んで引っ張った。
「ぐぇ!?」
「なっ」
すると引っ張られた青年はあっさりと足を宙に浮かし、そのまま私の後方へと吹っ飛んでいった。
(な、なんだ? 今の力は)
お陰で青年が魔獣に襲われずに済んだが、それよりも私は、自身の怪力ぶりに驚きを隠せなかった。
まるで発泡スチロールを持ち上げたような軽さ。大の男を引っ張ったとは思えない重量の無さに、私は一瞬戸惑う。
「グルルル……!」
「……っ!」
しかし、考えている暇は無い。今は目の前の魔獣の対処が最優先だ。
私は青年が引っ張られた拍子に落とした剣を拾い、すぐさま魔獣目掛けて振り下ろす。
「はあ!」
「〜〜〜ッ!?」
その一撃は見事に命中し、魔獣の体を左右真っ二つに開いた。
「す、すげぇ」
魔獣を一撃で葬った私に、青年は関心の声を上げる。
(……やはり、さっきから妙だ)
一方で私は、自身に起きている異変に言い様の無い悪寒を覚えていた。
命中したとは言え、私の膂力で魔獣を真っ二つに出来るとはとても思えない。
何か、別の力が作用しているようでならなかった。
「……いや、今はそれより」
そこで私は思い出す。此処に訪れた理由を。
私は魔獣の死体を乗り越えて、村と森の境界線、そこに並ぶ木々を一つ一つ見ていく。
「やはり、そうだったか」
並び立つ木々には、緑色の結晶が飾られている。
しかしその中に数箇所、不自然に結晶が飾られていない木があった。
その木の根本を見てみると、結晶が破壊された状態で落ちていた。それを私は拾う。
(この結晶、あの時レムが持っていた物と同じだ)
それは前回、レムが私を襲った時に所持していた物と同じだった。
『結界です。これがあれば魔獣は近寄りません』
もしあの時に彼女が言った事が本当なら、村を囲むように存在するこの結晶のお陰で、魔獣が村に寄り付かないという事になる。
(その結晶が効力を失った場合どうなるか……その結果が先ほどの状況という事だろう)
私は青年の方を一瞥する。
「すみません、この剣お借りしてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ、構わないが」
「ありがとうございます。それとどうやら、結界が壊れているらしいんです」
私が壊れた結晶を見せると、青年はぎょっとする。
「なんだって!? だ、だから魔獣が此処まで来たのか」
「はい、ですのであなたは、この事を村の人達に伝えに行っては貰いませんか?」
「ああ、けど君は……」
「私は此処から魔獣が侵入しないよう、見張っておきます」
「そ、そんな! 危険過ぎるよ!」
一緒に逃げようと呼びかける青年に、私は首を振る。
「安心してください。手はあるので」
……もっとも、決して使いたくない手だが。
あれからなんとか説得に成功し、青年はその場から離れていった。
「このまま何も無ければ……そう思っていたんだがな」
それから数分と経たない内に、森の奥から気配を感じた。
一つや二つじゃない。かなりの数潜んでいる。
(このまま行けば、魔獣が村を蹂躙する。……【今の私】では、対処できない)
自然と脳裏に浮かぶ一つの選択肢に、私は思わず歯噛みする。
(っ、本当に、それしか無いのか!? 何か、何か他に方法は……!)
私はその選択肢を、すぐには選べなかった。例え、他に道は無いのだと分かっていても。
「…………くっ!」
にじり寄る魔獣の群れ。その輪郭がはっきりと見え始め、もう考える時間は無いのだと悟った私は、歯を食いしばって実行に移す。
「……」
恐る恐る、青年から借り受けた剣の刃を
(これでいいはずだ)
魔女化とは、ストレスによって進行が早まる。それはつまり、自分からストレスを掛けることで意図的に魔女化できるという事だ。私の場合、自身の禁忌である自殺に敢えて触れる事でそれは起こる。
勿論、普通ならそんな事はしない。だが今の私には、魔女化しても元に戻れるという不思議な確信があった。
だからこれは、この場を切り抜けられる唯一の活路だ。……けど、
「っ……!」(ダメだ、私には出来ない!)
あと一歩、刃が首の皮に触れるか触れないかという所で、私は動けなかった。
死への恐怖もある。だがそれ以上に、私は許せなかった。
例え理由がどうであれ、大切な友達を奪った
(やはり、今からでも別の方法を……っ!?)
考え直し、首に当てた剣を降ろそうとした次の瞬間、
「な、ぜ」
剣を握っていた私の手は、まるで何者に操られるかのように力が加わり、そして、
「や、やめ……!」
首に、刃を食い込ませた。
───本当に頑固な人です。
事の成り行きを見守っていた
彼女のことは、良く知っているつもりだった。しかしまさか、ここまで強情だとは思わなかった。……或いは、彼女が抱える禁忌を甘く見過ぎていたのか。
───仕方ありませんね。
私は渋々と彼女に気付かれないよう、そっと彼女の剣を持つ手に触れる。
───折角、貴女から回収した魔女因子を使って、貴女に様々な力を与えたんです。
今回はデモンストレーション……
───是非、それを有効活用して下さい。
「ぅぐ、あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
絶叫が轟く。激痛が奔る。死が、迫る。
ジワリジワリと首が切断されようとする最中、私の脳裏に浮かんだのは、彼女の最期の姿だった。
天井にぶら下がった首吊り輪、その輪に首を括って息絶える彼女の姿。
(正しくない正しくない正しくない!)
私は正しい。正しく在らねばならない。そんな私が、自殺なんて間違った道を通るなんて……あってはならない。
「ゔあ゙あ゙あ゙!」
湧き出る憎悪と奔る痛みに頭がどうにかなりそうだった。思わず剣を落とし、膝を屈してしまう。そうこうしている内にも、私の体は変化していく。
指先が黒ずんで爪は長く鋭利に伸びる。頭にムズムズと違和感を覚えたかと思えば、角のような物が突き出た。
目の下に亀裂が走り、そこから真っ赤な目が露わになった。髪の毛先がウネウネとひとりでに動き出し、それは蛇のような生き物へと姿を変える。
急速に、そして確実に、肉体が異形のものへと変わっていく。
「───はあ、はあ、はあ」
時間にして十数秒だろうか。痛みや衝動が収まってきた頃、私の姿はすっかり化け物になっていた。
「……どうやら、上手くいったようだ」
暴走はしていない。以前と同様、私の心は凪いでいた。
(不本意ではあるがな)
無意識のうちの行動だったのか、中断しようとしていた筈の私は、いつの間にか首に刃を食い込ませていた。
(ともかく、安全な魔女化には成功した)
色々と不可解な点もあるが、今は深く考えないようにしようと、私は剣を拾って立ち上がる。
───次の瞬間、私の右目に、木々の合間を縫って私に襲い掛かろうとする一匹の魔獣が映った。
「……!」
その光景を見た私は、瞬時に森の方に体を向けて剣を構える。
直後、森から魔獣が飛び出してきた。私は怯む事なく、魔獣目掛けて剣を振るう。
「ギャオン!?」
その一振りは魔獣の顔面に命中し、そのまま顔を左右にザックリと切り開いた
「……やはり、そうだ」
切り伏せた魔獣を一瞥し、私は確信する。
どういう訳か、私はココの【千里眼】の魔法が使えるらしい。しかもココの魔法だけじゃない。魔女化した影響か、今なら他の少女の魔法も使えるという確信があった。
(思えばあのとき青年を引っ張った時の異常な力、あれはシェリーの【怪力】の魔法が発動していたのか。しかし、なぜ……?)
私の知らない所で、何かが動いている。そんな予感がして、少し不安になる。果たしてこの力を使って良いものか。
「───グルルル」
「っ、悩んでいる暇は無いな」
先ほど飛び出してきた一匹に続くように、複数の魔獣共が姿を見せた事で私は頭を振って思考を切り替える。
もとより、この場を切り抜けなければ明日は無いのだ。それに、
『───行ってくれヒロ、ガキ共は俺とレムで助けるからさ』
「……向こうは彼らに任せているからな」
スバルとレムは、村の子ども達を助ける為に今も動いてくれている。しかし、此処で私が退けば、魔獣が村を蹂躙する。そうなったら何もかもが終わりだ。
(そんな事にはさせない。決して……!)
覚悟を決めた私は、森の奥からぞろぞろとやって来る魔獣共に向けて叫んだ。
「此処からは一匹たりとも通さない! 貴様らの相手は私だ!」
叫んだ事で、魔獣共の視線が一気に集まる。
そうだ、それで良い、もっとそのまま、
「─── 【私を見ろ】!!!」
▼▼▼
私はこの世界に来る前、とある場所に幽閉されていた。
その場所の名は、牢屋敷。そこでは私と同じように魔法を使える者……魔女因子を持った少女達が囚われ、魔女因子の暴走によって争いが起きていた。
……私が牢屋敷に来た時に居合わせた少女達は、全部で十二人。その少女達の魔法を、今の私は使える。魔女化した影響か、そのことを直感で理解した。
「グルルル……」
そして今、ある少女の魔法を使って魔獣共の視線を私に
(ぶっつけ本番にはなったが、他者の魔法でも問題なく使えそうだな)
相手の視線を固定させる【視線誘導】の魔法。この力で魔獣共は私から目を離せなくなっている。これで否が応でも私をスルーできなくなるだろう。
「さて……うぐっ!?」
視線を固定させている内に魔獣共を一掃しようと考えた時、私は右目に異様なほどの痛みを感じた。
何事かと思った束の間、私の右目には森に潜むいくつもの魔獣の姿を俯瞰した光景が映った。
「こ、これは……そうか、千里眼!」
自身を見た者を俯瞰する【千里眼】の魔法。視線誘導で魔獣の視線を私に向けさせた事で、連鎖するように千里眼が発動したのだ。
「くっ、視界の数が多くて脳の負担が大きい……だが、これは使えそうだ」
敵を、戦場を俯瞰して見る事が出来る。そのアドバンテージを今、私は身をもって体感していた。
「───そこか!」
「ギャウン!?」
魔獣の一匹が、茂みに隠れて私のすぐそばまで迫っていた。それに気づいた私はいち早く動き、そいつの頭を剣で刺し貫く。
「グラァッ!」
直後、隙を窺ってた魔獣ががら空きになった背中に飛び掛かって来た。
「視えているぞ!」
「ーーーッ!?」
それを千里眼で事前に察知していた私は、横に飛んで難なく回避し、逆にその魔獣の首を刎ね飛ばす。
(良し、次は……!?)
その後、再び【千里眼】で魔獣共の動向を確認しようとした次の瞬間、新たな魔獣が大顎を開けて飛び出して来た。
鋭い牙が、眼前まで迫る。
「くっ……!」
咄嗟に剣を前へ突き出す。すると魔獣の牙が、肉の代わりに刃へ食い込んだ。
「グルルルッ!」
魔獣は牙を刃に食い込ませたまま、唸り声を上げて私を睨む。
「っ、この……!」
目の前のコイツ以外にも、左右から次の新手が来ている。悠長にはしていられない。
「邪魔だッ!」
私は全身の力を込め、噛みついた魔獣ごと剣を振り払う。
その勢いで魔獣が離れる。その隙に空いた左手を突き出す。
「【燃えろ】!」
直後、手のひらで炎が弾けた。
「~~~!?」
炎を操る【発火】の魔法。その力によって火炎が魔獣の全身を包み込む。
「……ッ」
魔獣が火だるまになったとほぼ同時、左右から魔獣が飛び出して来た。
「はあッ!」
「ギャウン!?」
咄嗟に身体を右へ向け、飛び掛かってきた魔獣の懐へ踏み込む。
振り下ろした剣がその首元を捉え、勢いのまま肉を断ち切った。
(もう一匹……!)
崩れ落ちる魔獣には目もくれず、左から来ていた魔獣を迎撃しようと剣を返し、身体を捻る。
……が、しかし、
「がぁッ!?」
攻撃が間に合わず、魔獣の鋭い牙が私の左肩に深々と食い込んだ。
「グルルル!」
「くっ、この……!」
激痛に蝕まれながらも、私は食いついて離れない魔獣の頭を鷲掴みにする。
「はなれ……ろッ!」
そして【怪力】の魔法を使用し、尋常ならざる膂力でそのまま魔獣の頭部を握り潰した。
グシャリと、魔獣の頭蓋が手の中で嫌な音を立てる。
「はあ、はあ、はあ!」
なんとか場を制した私は、荒い息を急いで整える。まだ魔獣の気配は消えていない。
(……やはり)
呼吸を整えながら、そっと魔獣に噛まれた左肩に手を置く。
(もう、ほとんど痛みを感じない)
常人なら二度と腕が上がらなくなるような重傷の筈が、みるみる内に再生していく。
(すっかり化け物の体だな)
これが不老不死の化け物、魔女になるという事なのだろう。
(どうか以前の時と同じように、元に戻って欲しいものだ)
でなければ、今度は私が村を襲う化け物として退治される事だろう。
そんな事を想像して苦笑しつつ、私は千里眼に意識を向ける。
まだ、コチラに向かってくる魔獣は居る。しかし、その数は着実に減ってきている。
「……ふぅ」
一度深呼吸した後、血に濡れた剣を握りなおす。
───どれだけ来ようと、どんな障害が現れようと、
「私が、そのすべてを裁き、そして、すべてを正す」
それが私の使命。例え化け物の身になろうと、それだけは決して変わらない。
「「「グルルル……!」」」
「私が、貴様らを断罪する!」
再び姿を見せた魔獣共に対して、私は凛とした構えで対峙する。
「「「グラァッ!」」」
「はあああ!」
魔獣共が一斉に襲い掛かる。
私はその全てを見据え───剣を振り下ろした。