「……ん、うぅ」
乾いた木の香りを感じながら、私は目を覚ます。
「此処、は?」
ぼんやりとした視界の先に広がるのは、見慣れない天井。背中に伝わる柔らかな感触から、自分がベッドの上で眠っていた事を知る。
「いつの間に眠って……確か私は……っ!?」
自分が眠る直前まで何をしていたのか。その事を思い出し、うつらうつらしていた意識を一気に覚醒させて上半身を起き上がらせる。
(そうだ。私は村に来る魔獣共と戦っていた。なら何故ベッドの上に……まさか!)
フッと嫌な想像が頭に過ぎる。
「私は、負けたのか?」
魔獣の猛攻に耐えかね、逆に私は奴らに食い殺されて【死に戻り】が発動したのではないか?
「そんな……」
「───あら、起きてたのね」
「……!」
そんな最悪の展開を想像し、思わず顔から血の気が引いたその時、ラムが部屋の扉を開けて入ってきた。
「ラム……」
「起きて早々酷い顔ね。村の英雄なんだからもっとシャキッとしなさい」
「あ、ああ、すまない……いや待て、なんだそれは、村の英雄?」
……私が想像していた嫌な予感は、ラムの言葉ですぐに払拭された。
「ええ、一人で魔獣の群れに立ち向かい、一匹たりとも村に立ち入らせなかった。……英雄と呼ばれるに相応しい働きよ」
その後、私はラムから昨晩の出来事を一通り聞かされた。
私の指示で結界が壊れている事を村に報せに行った青年はその後、村の男達を連れて私の所に戻った。
その頃にはもう全てが終わっており、沢山の魔獣の死骸の中心で私は倒れていたのだと。
「その後、すぐに村人達がヒロを運んで介抱したわ。疲労で倒れていただけで、怪我は無かったそうよ」
「……そうか」
どうやら、村人達が来る前に肩は付けられたようだ。ラムの説明から察するに魔女化の様子も見られていないし、上出来と言って良いだろう。
「子ども達は?」
ならばと私は、本来の目的である子ども達救出の方はどうだったか尋ねる。
「そっちも問題ないわ。森で倒れていた所をレムとバルスが救助してる」
「そうか……良かった」
そしてラムから返ってきた答えに、私は心から安堵する。
(スバルとレムには、後で礼を言わないとな)
「まあバルスは犬に食われて死にかけたみたいだけど」
「なっ……そ、それは大丈夫なのか?」
「ええ、もう治療は終わっているから大丈夫よ。ついさっき目を覚ましていたし、今頃村を散策していると思うわ」
死にかけたとは思えない元気ぶりだったわ。と言いながらラムは抱えていた籠から、ホカホカと湯気の立つある物を取り出す。
「……蒸かし芋?」
「蒸かしたてよ。バルスが起きて早々あまりの美味しさに悶えながら食した一級品よ」
「そ、そうか。わざわざすまない」
私は出された蒸かし芋を取ろうとして……直前でラムは蒸かし芋を持った手をすっと持ち上げた。
「……?」
「食べる前に一つだけ教えなさい。……貴女、どうやってウルガルムの群れを退けたの?」
「……っ」
そのラムの質問に一瞬、心臓が跳ねる。
「ラムも現場を見たけど、あの数を一人で、しかも無傷で勝利するのは並大抵の事じゃないわ」
「……」
「一体、どんな手を使ったの?」
ラムはじっと私を見据えた。その鋭い眼差しは、下手な言い逃れを許すつもりはない事を暗に物語っており、私は観念してため息を吐く。
「分かった、話そう。私がどうやって魔獣の群れを退けたのかを」
「あら、すんなりと白状するのね」
「派手に暴れたからな。隠し通せるとは思っていなかったさ」
それにラムの質問に答えるだけなら、死に戻りや魔女化については言わなくて良い。
(死に戻りはスバルの秘密にも関わってくる事だし、魔女関係の話はこの世界では禁忌だ。この二つについては、可能な限り隠しておくのが得策だろう)
そんな思惑を抱きつつ、私は口を開いた。
「実は私は、魔法を使うことが出来るんだ」
「魔法を?」
「ああ……この通り」
「……!」
私は証明も兼ねて指先に炎を灯す。それを見たラムは目を大きく見開いた。
「本当に魔法を……」
「これが私が持つ魔法の一つ、【発火】だ」
「その口ぶりからして、他にも何か使えるのね?」
「ああ、浮遊や液体操作、その他にも色々と使える」
試しに他の魔法も使って見せようかと聞くと、ラムは首を振った。
「それはまた別の時に頼むわ。貴女はまだ病み上がりなんだから休んでなさい」
「そうか、気遣ってくれてありがとう」
ラムは私の言う事を信じてくれたようで、私は密かにホッとため息を溢す。
「事情は分かったわ。あなたはその魔法を使ってウルガルムの群れを退治した。そういう事ね」
ラムは一度頷くと、持ち上げていた蒸かし芋を改めて私に差し出す。
「いいわ。今はそれで納得
「っ……ああ、ありがとう」
私は動揺を悟られないよう注意しながら、今度こそラムから蒸かし芋を受け取る。
あの口ぶりからして、ラムは私がまだ何かを隠している事に気付いているようだ。
気づいた上で、私を信用してくれた。
(頑張った甲斐があった。という事だろうか?)
なにはともあれ、ようやくひと段落ついたのだ。切迫した状況から解放された私は軽く息を吐いた後、蒸かし芋を口にする。
……その直後だった。
「ヒロ! 起きてるか!?」
外からバタバタと走る音が近づいたと思えば、スバルが扉を乱暴に開け放った。
「喧しいわよバルス、仮にも怪我人が居るのだからもっと大人しくしなさい」
「あ、わりぃ……ってラム、ヒロの所に居たのか」
相も変わらず騒々しいスバルの様子に私はため息を吐いた後、彼に尋ねる。
「起きているぞ。それで、どうかしたのか?」
「あ、ああ、実はレムが……ぁ」
レムが、そう言いかけてスバルは、しまったと言った風に思わずラムの方を振り返った。
「……レムに、レムに何かあったの?」
スバルの慌てようから嫌な予感がしたのだろう。ラムは今にも掴みかからん勢いでスバルに迫る。
「答えなさい、バルス」
「……いいか、落ち着いて聞いてくれ」
……それは、まったく予想だにしていなかった事で。
「レムが魔獣の森に一人で入った」
すべてが終わったのだという私の勘違いを正すには、十分すぎる凶報だった。
▼▼▼
「ゼェー、ゼェー、ハァー!」
「……大丈夫か? スバル」
森に入って十分弱、荒い呼吸を続けるスバルを見かねて私は声を掛ける。
「やはり、村で休んでいた方が」
「だ、大丈夫だ。ちょっと病み上がりで体力消費状態かつ、犬に食われて血が足りてねえだけだ」
「それは大丈夫と言えるのか?」
剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がるスバルを見ると、やはり不安感は拭えそうにない。
この剣は、身一つで森に入るのは危険だと、生身で入ろうとしたスバルを止めて村で調達した物だ。私の分もある。
(武器を借りれたのは良いが、彼らから向けられる視線は少しむず痒かったな)
まるで英雄でも見るかのような……いや、実際そうなのだろう。村人達は、私の事を村を救ってくれた英雄と思っている。
人助けをして感謝された事や、尊敬の眼差しを向けられる事は多々あったが、ああも過度な敬いの目で向けられた事は今まで無かった。
(悪い気はしないが、振るった力が魔女の魔法による物だから素直に喜べないな)
魔女化の事は村人には絶対に隠そう。そう思っていると、スバルが納得していない様子で私を見上げた。
「つかヒロだって病み上がりの筈だろ。聞いたぜ、あの犬っころ共をのしたって。なのになんでそんなに元気なんだよ」
「体力はある方だからな。それに、私はスバルほどの大怪我もしていない」
厳密には、魔女化で全て治っているだけで、本来ならスバル以上の重傷、いや致命傷を負っている身だ。
戦いの疲労もまだ残っているし、私も万全とは言い難かった。
「くそー、頼もしいけど男として情けない限りだぜ」
「ウジウジするのは後になさい。心配しなくても、バルスに男らしさは期待してないわ」
「トドメのフォローありがとうございますお姉様!」
(やれやれ……まあ、減らず口を叩けるなら大丈夫だろう)
状況は最悪だが、調子の変わらないスバルとラムを見て私は密かに安堵する。
……そう、状況は最悪中の最悪だ。
あの夜、スバルとレムは子ども達を救出する最中に魔獣、ウルガルムに襲われた。そこでスバルは全身の至る所を噛まれて……呪いを大量に植え付けられた。
複雑に絡み合った呪いはベアトリスでも解呪は不可能で、唯一の突破口は呪術師本体を叩く事のみ……そしてレムは、それを実行しようと一人で森に入ってしまった。
(まさか、彼女がスバルを助ける為にそこまでやるとはな)
話を聞いた限り、スバルがウルガルムに襲われたのはレムを庇った結果らしい。
それに責任感を感じるのは理解できるが、それでも一人で魔獣の巣くう危険地帯に突っ込むとは思わなかった。
(冷静に見えて、案外無鉄砲なところがあるのだな)
それからふと、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
(そう言えば、彼女にも似た面があったな)
レムと同じく姉が居て、その姉の為に牢屋敷へ復讐しようとした、彼女の姿を。
(彼女なら、レムの気持ちも分かるのだろうか)
「ヒロ、なにボサッとしているの?」
そんな益体もないことを考えていると、ラムが私に呼び掛けてきた。
「今から【千里眼】を使うから、貴女も準備なさい」
「ああ、分かった」
言われて私はすぐ左目を押さえて、
森に入る前に聞いたのだが、どうやらラムも千里眼を使えるらしい。ただし私のように自分を見ている者を俯瞰するのではなく、自分と波長の合う生き物の視界を共有するとの事。
ラムの千里眼でレムを探す。ただし、発動中は彼女は無防備になってしまう為、周囲の警戒は
かく言う私も、千里眼を使っている間は無防備になってしまう。魔女化中は勝手に発動してくれていたのだが、それは魔女化していたからこそなのだろう。
だから敵が来た時に対処するのは、スバルの役割だ。
「スバル、護衛は任せたぞ」
「お、おう! 剣道二段の実力見せてやらぁ!」
スバルは剣を素振りしながら答える。若干剣の重さに振り回されているのを見て一抹の不安を覚えつつ、私は千里眼を使う。
「「「……」」」
全員が沈黙する。身じろぎ一つせず、場に静寂が訪れる。
「……居る」
そして最初に口を開いたのはラムではなく、私だった。
「スバル! あっちに魔獣の姿が!」
「よっしゃ来い! ……って!?」
私が指を差してそう言った直後、ウルガルムが木々を抜けて飛び出してきた。……スバル目掛けて。
「グルルァ!」
「うおおお!?」
大顎を開けるウルガルムに対して、スバルは剣を盾のようにして構える。お陰で食われはしなかったが、ウルガルムがスバルに馬乗りになった。
「スバル!?」
私は急いで自身の持つ剣を構えた……次の瞬間、鋭い風切り音が私の真横を過ぎ去った。
「グァッ───!?」
ウルガルムは断末魔を上げる間もなく、その首を刎ね飛ばされた。
「全く、世話が焼けるわね」
どうやらラムが魔法で風の刃を飛ばしてくれたらしい。それにしても、恐ろしい殺傷力だ。
「わ、わりぃ、助かったぜラム」
「なんでもいいけど、自分の身も碌に守れないのは護衛としてどうなのかしら」
「うぐっ、啖呵切った手前なんも言えねぇ」
ラムから手厳しい言葉を貰って落ち込むスバルに私は手を差し出して起き上がらせつつ、さりげなくフォローを入れる。
「すまない。私も本来ならもっと早く接近に気付けた筈だが、どうやらあの魔獣、スバルを一番の標的にしていたらしい」
私の千里眼は、自分を見ている者を俯瞰できる。それは言い換えれば、
「どうにも、魔獣のスバルに対する執着が異常だ」
「……確かに、それは思ったわ」
私の言葉にラムが同意する。
「どうしてどの個体もバルスを見た途端に冷静さを失うのかしら? …………やっぱり弱そうだから?」
「悩んで出た結果がそれ? 失敬な」
「じゃあチョロそうだから?」
「根本的な部分が変わってませんよねー? お姉様ぁ?」
「……そういえば」
二人が軽口を叩き合う中、私はふと思った事を口にする。
「スバルから聞いた話だと、レムは鬼と呼ばれる種族のようだな」
「ええ、そうね」
「つまり、レムの双子の姉である君も鬼であると」
「その通りよ。それがどうかしたの?」
「いや、スバルの話じゃレムはツノを出した直後に強さを増したらしいからな。君にも同じ事が出来るのかと思って」
その言葉に返事をしたのはラムではなく、スバルだった。
「ああいや、確かにあの時のレムは凄かったけどよ、ちょっと暴走気味だったって言うか……あんな風になっちまうなら、俺としてはあんま使って欲しくはねぇかな」
「……はぁ」
スバルの言葉に、ラムは小さくため息を吐く。
「残念だけど、ヒロの期待もバルスの心配も無用よ。ラムは【ツノナシ】だから」
そしてなんて事ない様子で、そう答えた。
「ツノナシ……?」
「別に、聞いたまま。鬼のくせにツノを失くした愚物に与えられる蔑称よ」
ラムは額に手を触れて、物思いにふけた様子で語る。
「ちょっとしたいざこざで、一本しかなかったツノを失くしたのよ。以来、何事もレムを頼ることにしているわ」
「……すまない」
それを聞いた私は、堪らず謝罪の言葉を口にした。
「なぜ?」
「想像でしかないが、鬼にとってツノとはかなり重要な部位なのだろう。それを、知らないとは言え不躾に触れてしまった」
「そう、だな……俺の方もすまん」
「別に、どうって事はないわ」
気落ちする私とスバルに対し、ラムは本当に気にしていない素振りで首を振る。
「当時はともかく、今は落ち着いているわ。ツノを失くした事で得たものも拾えた命もある……もっとも、レムはそう思っていないでしょうけど」
しかしレムについて話した時、その表情に少しだけ影を落とした。
(……レムはそう思っていない、か)
きっと、そう思うような出来事が過去にあったのだろう。話の流れからして、ラムのツノが折れた時に。
「……ラム、レムが大事で心配か?」
唐突にスバルがそんな事を言い出す。
「当たり前でしょう? 確かにあの子の方がラムより強い。でも、それは心配しない理由にはならないわ」
先頭を歩き続けていたラムは、立ち止まってスバルの方を振り返る。
「何をやらせてもあの子の方がずっと上、でもラムはあの子の姉様だもの。その立場だけは絶対に揺るがない」
その言葉には、瞳には、確固たる意思が宿っていた。
「……分かった。俺に考えがある。だから心配すんな、レムは必ず無事連れて帰る」
「スバル……?」
それを聞いて何を思ったのか。スバルは覚悟を決めた様子で自身の胸を押さえる。
「ラム、俺実は死にっ……!?」
そして何か言葉を紡ごうとした直後、スバルは苦しそうに蹲る。
───次の瞬間、森が大きく騒めいた。
「なに……!?」
「スバル、まさか君は!」
ラムは何が起きているのか分かっていないようだったが、私には理解できた。スバルが一体、何をしでかしたのかを。
「ははは……ヒロの思ってる通りだ。ちょいとばかり痛みを伴う賭けに出てみた」
「何をしたのバルス!? 風が乱れて獣臭が近づいてくる。それもすごい数……!」
「っ、そういう事か……!」
ここで私はようやく気がついた。なぜ魔獣共がスバルを執拗に狙ってくるのかを。
スバルはあの時、死に戻りの事をラムに伝えようとした。それを阻止しようとスバルに潜む魔女が表出する。その結果、魔女の気配が……レムの言葉を借りるなら魔女の匂いが、スバルから溢れ出たのだ。
(つまり魔獣共がスバルを狙うのは、スバルから発する魔女の残り香、それが原因なのだろう)
「レムはまだ見つからないのに!」
「安心しろ、多分そう遠くない内に合流できるから」
ラムの悲痛な声にスバルがそう返事する。
「どうしてそう言い切れるの?」
「レムの目的は魔獣を狩り尽くす事だろ? その魔獣達は俺目掛けて喰らい付いてくる。そしたら魔獣を追ってレムも俺の所に来ざるをえない。名付けて、【ナツキ・スバル囮大作戦】だ!」
「だからと言って、いきなり実行する奴がいるか!」
考えてるようで考えなしなスバルに思わず悪態をついてしまうが、それどころではない。
もう既に、魔獣の姿が至る所で現れ始めていた。
「それについてはマジで悪い! んで戦いに関しても超お前ら頼りなんで、そこんとこよろしく!」
「後で客観的に自分が何を言ってるのか振り返って、死にたくなりなさい!」
ラムはため息混じりに、風の刃を正面から来る魔獣の群れに撃ち放つ。
───昨晩ぶりとなる魔獣との戦いが、今始まる。
たまには本編に関係ないIFストーリーを書いてみようかなと思っていますが、需要は如何程に?(①:ヒロがリゼロ世界で辿る別世界線のお話 ②:ヒロ以外のまのさばキャラがリゼロ世界にやってくるお話)
-
①が見たい
-
②が見たい
-
どっちも見たい
-
IFよりも本編が見たい