魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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始まりの終わり

「えー、こちらに取り出しましたるは、万物の時間を凍結させる魔器、携帯だ!」

(物は言いようだな)

 

 交渉開始と同時に、スバルは早速自身の切り札、携帯電話を披露する。

 その際、なんとも大袈裟な紹介をしたが、別に間違ってはいない。口達者なやつだと、私は内心思う。

 

「はじめて見るが、これが噂に聞くミーティアというやつかの?」

「ミーティア?」

「魔法のようにゲートが開いていない者でも、魔法を使えるようにできる道具のことじゃ。とはいえ希少品じゃから、わしも見たのははじめてじゃがのう」

(……魔法か)

 

 魔法と聞いて思い浮かべるのは、牢屋敷に招かれた少女達が宿す力。ただ彼らが語る魔法とは、十中八九違うだろう。

 

「んなことより値段だ。このミーティアは、売ったらどんなもんよ」

「さすがのわしも、ミーティアなんぞ扱うのは初めてじゃ。だがこの徽章より高く売れることは、まず間違いないじゃろう」

「なら決まりだ! この徽章と携帯を交換! はい、交渉成立!」

 

 そう言ってスバルが徽章を手に取ろうとした直後、フェルトが机に置いていた手早く回収した。

 

「あれ?」

「いいやまだだ」

「いやなんでだよ!」

「アタシの交渉相手は、兄ちゃんだけじゃないってこと」

「はあ?」

「そもそもアタシがこの徽章をギッてきたのは、頼まれたからなんだよ。これ一個で聖金貨十枚と引き換えるって話でな」

「盗みの依頼が先約かよ! ってか聖金貨十枚って、いまいち相場が分かんねえけど……」

「……やれやれ」

 

 私はギャアギャアと騒ぐスバルの肩に手を置き、なだめさせる。

 

「少しは落ち着きたまえ、確かに先方がいるのは想定外だが、今重要なのは、この携帯……ミーティアがどれほどの価値を持っているのか、それを知ることだ」

「小娘の言う通りじゃ。お前さんの持ってきたミーティアなら、最低でも聖金貨二十枚、場合によってはもっと出す好事家もおるじゃろ」

「マジか! そりゃふっかけ甲斐があるってもんだぜ!」

(……そんなにするのか)

 

 単純に考えても先方の倍の額だ。この老父の目を信じるならこの商談、こちらにかなりの分がある。

 

「それに言っただろう? 交渉が上手くいくよう、私も協力すると」

「お、おう!」

 

 そこまで言うと、スバルは分かりやすく自信に満ちた顔つきとなった。

 

「つーか結局、そっちの姉ちゃんは何者なんだ? 兄ちゃんの主人?」

「サラっと俺のこと下に見やがりましたねぇ。つか最初に出る答えがそれって、俺どう見られてるわけ!?」

「一々突っかかるな。そういう態度を取るから、相手に侮られるんだ。もっと大人になれ」

「兄ちゃん怒られてやんのー」

「な、納得いかねー……!」

 

 拳をプルプルと震わせるスバルの姿にため息を漏らしながらも、私はフェルトの疑問に答える。

 

「私は、スバル……彼の徽章を手に入れるという目的に個人的に協力している者だ。君に損をさせるような行動はしないから、安心してくれたまえ」

 

 私が笑みを浮かべてそう言うと、フェルトは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに笑顔で頷いた。

 

「ふーん……まっ、なんでもいいけどな。いざという時には、ロム爺がいるし」

 

 そう言って彼女は顔を大きく上げて、老夫に視線を送る。

 

「お前、また勝手なことを言いおって……」

「だってよー、アタシみたいなか弱いのが一人で相手して、踏み倒されたりしたらかなわねえだろ。へへっ」

「まったく、仕方ないヤツじゃのぅ」

 

 悪戯っぽく笑うフェルトに、老夫は呆れたように言いつつも、その口角は少し上がっていた。

 

「なにはともあれ、納得してくれて良かったよ。んで、その依頼人とはどこで会うんだよ?」

「ここだよ。日没後に落ち合う予定だったし、そろそろ……」

 

 来るんじゃないか、そうフェルトが言う直前、コンコンと扉の方からノックの音が聞こえてくる。

 

「……符丁は?」

「あ、教えてねえや。多分アタシの客だし、見てくるわ」

 

 フェルトは椅子から立ち上がると、パタパタと忙しない動きで扉の方へと向かった。

 

「……随分と彼女と仲が良いが、もしかしてお孫さんか?」

 

 彼女が居なくなった隙を見て、私は気になっていたことを老夫に尋ねる。

 

「え、マジで? 似てねー」

「んなわけあるかい。じゃがまあ、知らん仲でもない」

 

 そう言って老夫は、蔵の奥から大きな棍棒を取り出してきた。

 

「付き合いも長い。頼られてやるとするわい」

 

 私の身の丈とほぼ同じぐらいの大きさの棍棒、それを片手で軽々と扱う老夫の姿は、威圧感だけなら牢屋敷の看守にも引けを取らない。

 

「───やっぱりアタシの客だったよ」

 

 それから少々雑談をしていると、フェルトが一人の女性を連れて戻ってきた。

 

「こっちだ、座るかい?」

「部外者が多い気がするのだけど」

 

 現れたのは、背丈の高い妙齢の女性だった。漂う妖艶な雰囲気に加えて、前を大きく開けており、スバルは鼻の下を伸ばしていた。

 

(やれやれ、今から戦う相手に何をやってるんだ)

「踏み倒されたら困るかんな、アタシら弱者なりの知恵だよ」

「そっちのご老人は分かるのだけれど、こちらの子達は?」

「この兄ちゃんはあんたのライバル、姉ちゃんの方は……あー、兄ちゃんの飼い主だ」

「いやだから違えって! つかさっきより待遇酷くなってねえ?」

「スバル、少し黙っていてくれないか?」

「はいっ!」

 

 これ以上相手に無様を晒す訳には行かない。私は少々怒気を含んでスバルに言い付けると、彼は元気よく返事してその場で正座した。

 

「やっぱ犬じゃん」

「フェルトも、揶揄うのは程々にしてくれ」

「へへっ、悪い悪い」

「全く……ご紹介に預かった、私は彼の協力者だ。ご覧の通り、彼は交渉事に向かない(たち)でな。交渉のテーブルには私も立たせて貰う」

 

 私は毅然とした態度で、女に宣言する。

 

「……へえ」

 

 女は、そんな私を見て舌舐めずりをした。

 

(子どもだからと舐めているなら、それでいい)

 

 私は牢屋敷で行われた魔女裁判を思い出す。

 状況や、ゴール地点は違えど、その経験は十分に活かすことが出来る。

 

(その油断を突き、勝利をもぎ取るまでだ)

 

▼▼▼

 

「なるほど、事情は飲み込めたわ」

「まっ、そんなわけで値段の釣り上げ交渉ってわけだ。別にアタシはどっちが徽章を持ってくんでも構わねーし、高い方に高く売りつけるさ」

 

 私とスバルは、エルザと名乗った女と同じ机で対面するように座り、早速交渉をスタートさせる。

 

「いい性格だわ、嫌いじゃない。それで、そちらはいくら付けたの?」

「俺達が出すのは、このミーティアだ。多分世界に一個しかないレアアイテム」

 

 エルザの問いにスバルは懐から携帯を取り出してエルザに向けて写真を一枚撮った。

 

「そこの筋肉爺さんの話じゃ、聖金貨で二十枚は下らないってお墨付きだぜ」

 

 向こうが聖金貨十枚なのに対し、こちらは二十枚。何事も無ければ、これで決着だが。

 

「ミーティア……うん、実は私も依頼主からある程度余分なお金を渡されているの」

(依頼主……ということは、更に上の人間が居るのか)

 

 どうやらエルザは、単なる雇われの身だったらしい。彼女は聖金貨(と思われる貨幣)の詰まった袋を懐から取り出して、机に全て出した。

 

「……う〜む、二十枚ちょうど」

「私が依頼主から渡されている聖金貨はこれで全部、少し厳しいかしら?」

 

 聖金貨二十枚、どうやらそれが向こうの出せる最大額らしい。

 

(……なんだ、それだけか)

 

 嘘は言ってないだろう。彼女には、そんな駆け引きをする意味が無いのだから。

 正直、肩透かしを食らった気分だ。

 

「に、二十枚……」

(やれやれ、何をそんなに不安がっているんだ)

 

 しかしスバルの方は、分かりやすく不安げな表情を浮かべていた。

 携帯電話(ミーティア)と同額の値を出されて萎縮しているのだろうか? だとしたら、早計だと言わざるを得ない。

 

「───異論はない」

 

 私はさっさとこの交渉を終わらせるべく、エルザの言葉に【賛成】した。

 

「なっ!? お、おいヒロ、異論はないってどういう意味だよ!」

「勿論、そのままの意味だ。───エルザ、確かにあなたのその額だと、少々厳しいだろう」

「へ?」

 

 私の発言に、スバルは呆けた表情を浮かべる。

 

「スバル、君はミーティアがどれほど売れるか聞いた時、なんと言われた?」

「え、聖金貨二十枚だって」

「いいや、それだけじゃない筈だ」

 

 

『───お前さんの持ってきたミーティアなら、最低でも聖金貨二十枚、場合によってはもっと出す好事家もおるじゃろ』

 

 

「……あっ!」

「気付いたかい? そう、私達が持つミーティアの価値は、聖金貨二十枚が最低ラインだ。上手く捌けば、それ以上の額を叩き出せる」

「小娘の言う通りじゃ小僧、男がそんなみっともない顔をするもんじゃない」

 

 そう言って老夫は、エルザの方に顔を向けて言葉を紡ぐ。

 

「わしの見立てでも、この交渉はこの小僧に傾く。お前さんと雇い主には悪いが、その金貨は袋に戻して帰ることじゃな」

 

 老夫を味方に付けることも出来た。これで決まりだろう。

 

「くぅぅ……しゃぁあ〜!!!」

 

 勝利を悟ったと同時、スバルが勢いよく椅子から立ち上がり、歓喜の叫びを上げた。

 

「「「「……」」」」

「な、なんだよ、いいだろ別にガッツポーズぐらい! 嬉しかったんだよ!」

「別に何も言ってねぇだろ、存分にはしゃげよ。ただほとんど姉ちゃんが頑張ってたなとは思ったけど」

「的確に痛いところを突いて来やがりますなーこの幼女は……あ〜、悪いなエルザさん、多分怒られたりしちまうよな?」

 

 席を立ったエルザに、スバルは軽く頭を下げる。

 

「仕方のない話よ、雇い主が支払いを少なく済まそうなんて考えが悪いのだし」

 

 そう言ってエルザは、頼んでいたミルクを全て飲み切る。

 

「それじゃ、交渉は残念な結果になったけれど、私はこれで失礼するわね」

(……これで、スバルの目的は達成したか。いや、そういえば徽章を元の持ち主に返すのが目的だったか)

 

 ここまで来たのだし、最後まで付き合ってやろうか。

 そんな風に私が考えていると、

 

「───そういえば、あなたはその徽章を手に入れてどうするの?」

「……っ」

 

 踵を返そうとしていたエルザから、思わぬ質問が投げかけられた。

 

「ああ、元の持ち───」

「勿論、目的の為に利用するんだ」

 

 私は慌ててスバルの言葉を遮り、【反論】を行う。

 

「目的って?」

「それは言えないな、守秘義務というやつだ。そっちも雇い主のことを他人にベラベラと喋らないだろう? それと同じさ」

「……なるほど、確かにその通りね。ごめんなさいね、出過ぎた真似をしちゃったわ」

 

 私の言葉に納得したのか、エルザはそれ以上追求することなく、そのまま立ち去っていった。

 

▼▼▼

 

 無事に徽章を取り戻した私とスバルは、それからあの蔵を出て、貧民街から王都まで徒歩で移動していた。

 

「……なあ、ヒロ」

 

 道中、これであの子に恩返しが出来るとはしゃいでいたスバルが、真剣な表情で尋ねてくる。

 

「なんであの時、エルザさんの質問にああ答えたんだ?」

「……君という奴は」

 

 まだ分からないのかと、私は戒めるような口調で話す。

 

「あの時、君はなんて答えようとした?」

「え、元の持ち主に返すって」

「それだ」

「それ? ……ああ!」

 

 どうやら気付いたらしい。一体己が何を仕出かしかけていたのかを。

 

「エルザは、君の言う元の持ち主から徽章を盗もうとしていた張本人だ。それを盗まれた相手に返そうだなんて、明確な敵対宣言だ」

「言われてみりゃそうだ……あ、あっぶねぇ!」

「……はぁ〜、全く」

 

 今更になって顔色を青ざめるスバルに、私は深くため息を吐いた。

 

……油断、していたのだろう。いや、もっと言えば、

 

「───なんだ、関係者だったのね」

 

 ここが異世界(私の常識が通じない世界)だという自覚を、私はしっかり持てていなかったのだ。

 

「「……ッ!?」」

 

 背後から聞こえた仄暗い声。そこには明確な殺意と……底知れない悪意が詰まっていた。

 

「っ、スバル!」

「うおっ!?」

 

 咄嗟に私はスバルの体を押し退ける。

 

「あら残念」

 

───直後、脇腹に激痛が走る。

 

「カハッ!」

「狙いが外れちゃった」

 

 私は、まともに受け身も取れず、地べたに這いつくばった。

 

「ヒ……ロ……?」

(なん、だ、なにが、おきて)

 

 脇腹が熱い。火でも炙られてるかのように痛い。

 

「ああ、これじゃ腑が見えないわね。勿体ないわぁ、あなたのはとても綺麗でしょうに」

(わたし、は、きられた、のか?)

 

 僅かに動く腕で、腹部に触れる。ドロリとした感触は気持ちが悪い。視界からは、ポタポタと血液が垂れ落ちる光景が映し出される。

 

 怖い。恐ろしい。そんな他人事のような感想が頭の中に浮かぶ。

 

「〜〜〜!」

「〜〜〜」

(……ああ、そうか)

 

 意識が消えて行く。もはや周りの音すら聞こえない中、私はぼんやりと彼女のことを思い出す。

 

───今からみんなみんな、流れる血は蝶の絵になっちゃうんだよ。

 

───もうみんなが怖くないように!

 

(君は、この光景からみんなを守っていたんだな)

 

 彼女の優しさを思い出して、その有り難さを知って、私は微笑みを浮かべながら最期を迎えた。

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