魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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終わりの始まり

「……戻ってきたか」

 

 殺されて、永遠に眠るはずだった意識は覚醒し、私は見覚えのある中世風の街並みの中に立っていた。

 驚きはしない。なにせこの現象は、私の魔法によるものなのだから。

 

(【死に戻り】の魔法、どうやら問題なく発動するみたいだな)

 

 死んだらその日目覚めた時点にまで遡る【死に戻り】の魔法。その力のお陰で、私はあの凄惨な結末から逃れることが出来た。

 

「……っ」

 

 その事実に私は歯噛みする。

 正しくない。本来、命とは誰もが平等に一つきりだ。それを無視して、自分だけがやり直しの機会を与えられるなんて、やはりこの力は正しくない。

 

(心底腹立たしい。この魔法も、いざという時には頼ろうと考えていた私自身にも)

 

 寄る辺のない異世界で心が疲弊していたのだろうか? 例えそうであっても、その考えは正しくない。

 

(っ、落ち着け、戻ってしまったものは仕方ないんだ。なら今は、今後のことを考えるのが正しい判断だ)

 

 後悔するのは後で良い。そんなことをする余裕は、今の私にはないんだ。

 

(前回のことで貧民街に近づくのは危険だということが分かった。それと、エルザのような凶悪犯が潜んでいるという可能性があるということも)

 

 加えて私の持つスマホは、売ればかなりの額になるということも分かった。どうにか売り払うことさえ出来れば、当分生活には困らないだろう。

 

(問題は、私に後ろ盾が無いということだな)

 

 この世界は元の場所と比べて治安はあまりよろしくない。後ろ盾が無いと盗まれることも、二束三文で買い取られることも十分あり得る。

 

「まずは、今日か明日までに信用できそうな相手を見つけて、取り入ること。そしてこのスマホを売るんだ」

 

……そう、それが正しい選択のはずだ。だというのに、

 

 どうして私は、あの時の路地裏へ向かおうとしている?

 

「……全く、バカバカしい」

 

 私は道の途中で立ち止まると、一度頭を振って来た道を引き返す。

 

(そうだ。それでいいんだ)

 

 またあの路地裏に行って、スバルを助けて、徽章を取り戻す手伝いをして……それで何になる?

 

(あの時、エルザは私たちの後をつけていた。仮にあそこで本当の目的について喋らなくても、徽章を元の持ち主に返すところを見られたら終わりだ)

 

 もっと上手く立ち回れば、そもそも後をつけられることが無いのだろうか? だが、そんな可能性に賭けて、よく知りもしない相手を助けようとするなんて、正しくない。

 

(私は、帰らなければいけない。その為には寄り道なんて)

「───衛兵さ~ん!」

「……この声は」

 

 微かに聞こえたその声は、私の背後から、つまり、私が向かおうとしていた路地裏から発せられた。

 

「……っ!」

 

 私は反射的に駆けだした。

 これまでの葛藤はなんだったのか、私は真っ直ぐと路地裏に向かう。……いや、正確には考え直した(・・・・・)のだ。

 

(正しくないのは、人が殺されると知ってそれを見逃すことだ!)

 

 それは、他人だろうと知り合いだろうと関係ない。

 

「───スバル!」

「ヒ、ヒロ!?」

 

 私が路地裏に駆け付けると、そこには案の定スバルが居て、三人の荒くれ者に絡まれていた。

 

「なんで……いや、そういやお前は前回の時も助けてくれたな」

「……?」

 

 何か違和感のある言動が気になったものの、今はそれどころじゃないとスバルの背後に居る荒くれ者たちを見やる。

 

「な、なんだよ、本当に衛兵が来たかと思ったじゃねえか。ほんの少しだけビビっちまったぞ」

「お、おう、ほんの少しだけな?」

「ほんのちょびっとだけど?」

 

 現れたのが衛兵ではなく、しかも非力な女であると気付いた彼らは、あからさまに安堵し始める。

 

「っ、わりぃヒロ、お前を巻き込んじまった」

「いや、構わない。それよりスバル、君はこの状況をどうにか出来そうか?」

「さっき情けない悲鳴を上げてたとおり、どうにも出来ねえ」

「そうか、私も一応護身術を習ってはいるが、この世界でどれほど通用するか……」

 

 我ながら無鉄砲に飛び出したものだと自嘲せざるを得ない。

 

(こういう時、彼女なら)

 

 

『───ふっふーん! ご安心ください、ヒロさん。私が全員ぶっ飛ばしますので!』

 

 

(……なんて、言ってたんだろうな)

 

 頼もしい事この上ない。案外、彼女はこっちの世界の方が性に合っているのかも知れない。

 

……なんて、現実逃避じみた事を考えていた時、

 

「───そこまでだ」

 

 私の背後から青年の声が聞こえてきた。

 

「……!」

 

 力強いその声に私は思わず振り向いてしまう。それは他の者も同じらしく、この場に居る誰もが()に目を奪われていた。

 

「あ、赤髪に」

 

 荒くれ者の誰かが言葉を溢す。

 

「竜の爪痕の刻まれた騎士剣……まさか、ラインハルト! 剣聖、ラインハルトか!?」

 

 そう言い放った荒くれ者の言葉には、明確な畏怖の念が込められていた。

 

「自己紹介の必要はなさそうだ。……もっとも、その二つ名は僕にはまだ荷が重すぎる」

 

 【剣聖】という言葉に対して、ラインハルトは自嘲気味に呟く。

 彼のことは何も知らないが、私にはそれが謙遜にしか聞こえなかった。

 

「僕の微力がどれだけ彼の力になるか分からないが、もしも強行手段に出るというなら───騎士として、抗わせて貰うよ」

 

 彼はそう言って、腰に下げた剣の柄に手を当てる。

 

「じょ、冗談じゃねぇ! 割に合わねえよ!」

 

 その動作を見るや否や、荒くれ者達は慌てふためいた様子で大通りに逃げ去っていった。

 

「……全員無事で良かった。怪我はないかい?」

 

 彼らの姿が完全に見えなくなった後、ラインハルトは微笑を浮かべて私達の方に振り返った。

 

「ええ、この度は」

「こ、この度は命を救って頂き、心から申し上げる!」

「……」

 

 私が礼を伝えようとすると、それを被せるようにスバルが上擦った声で口に出した。

 

「この菜月スバル、そのお心の清廉さに感服いたしますれば」

「そんなに畏まらなくても構わないよ」

 

 ぎこちない動作で左胸に拳を当てているスバルに、ラインハルトは微笑を崩さず対応する。

 

「向こうも三対二になって、優位性を確保できなくなっての事だ。僕一人じゃこうは行かなかった」

「おお……ん? いや数的には堂々だと思うんだけど」

「ああ、すまない、僕には淑女を前に出すほどの気概が無かったんだ」

「え、なにこのイケメン、見た目だけじゃなく心も完璧すぎかよ」

「スバル、口を慎みたまえ」

「いやいや、全然構わないさ」

 

 私はスバルの失礼な発言を咎めようとしたが、ラインハルトはそれを寛容に受け入れた。

 

「しかし、礼節は正しく弁えるべきです。……ああ、紹介が遅れました。私の名前は二階堂ヒロ、以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも、僕はラインハルト。ラインハルト・ヴァン・アストレアだ」

「私はあなたのことを存じませんが、騎士という身分に、なにより【剣聖】という二つ名……高名な御仁であることが伺えます」

「参ったな。僕自身は、そんな大それた人間じゃないんだけど……まあ、その話はあとにしよう」

 

 私の言葉に困ったような笑みを見せたラインハルトは、私たちのことを下から上までざっと見る。

 

「君たちは珍しい髪と服装、そして名前だけど、どこの国から? 今のルグニカは平時より少し落ち着かない状況にある。何か困ったことがあるなら、僕で良ければ手伝うけど?」

「あっ、だったら一緒に盗品蔵に……!」

「盗品蔵?」

「……あ、いやなんでもない。その、伝言を頼まれてくれるか?」

「もちろん喜んで。誰に何を伝えれば良い?」

「ああ、俺も名前は知らないんだけど……」

 

 その後、スバルが銀髪の少女……徽章の持ち主への伝言の内容をラインハルトに伝えた後、私達は彼と別れた。

 

「「……」」

 

 路地裏から出た直後、私達はどちらという事なく立ち止まる。

 

「……なあヒロ」

「待て、私からも言いたい」

 

 なんとなく、互いの身に起きている事を察した私達は、確認も兼ねて同時に答えた。

 

「「なんで(なぜ)お前()は、()のことを覚えているんだ?」」

 

▼▼▼

 

「ヒロも死に戻りが出来るって……マジ? そんな偶然ありえんの?」

「私の方こそ驚きだ。まさか私と同じ魔法を持つ人間が居るとは、夢にも思わなかったぞ」

 

 あの後、私達は自身の持つ力について話し合った。

 

「魔法? え、これってチート能力じゃねえの?」

「チート? 何を言ってるんだ」

 

 どうやらスバルがこの力を自覚したのは、この世界に来てからのようだ。まあ、前の世界で死ぬような出来事に遭う場面もそうそうないだろうし、仕方ないか。

 

「しかし、男性にも魔女因子が宿る可能性は考えていたが、まさか同じ魔法が発現する場合もあるとはな」

「???」

 

 私の呟きに、スバルはキョトンとした顔を浮かべる。

 

「あのー、ヒロさん? ちょっとよく分からないんですけど」

「ああ、すまない、こっちの話だ。……確認だが、突然人を殺したくなったりした事は?」

「なにそれコワッ!? そんな事、金輪際起こり得ねぇって」

「……そうか」(まあ、本当に彼の力と私の力が同一という確証も無いしな。この心配も杞憂かも知れない)

 

 見たところ魔女化の影響は見られないが、私自身この世界に来てからすっかり静まっている。警戒はしておくべきだ。

 

「ともあれ、色々と納得できたよ。君には奇妙な言動が何箇所か見られたが、それも前の世界の出来事を記憶していた為か」

「まあそういうこった、ちなみに俺は今回で四周目だ」

「四周目?」

「ああ、前の週は……まあ、ちょっとドシっちまってな。そんで前の前の周、つまり二周目の時にヒロと会って、一周目にサテラ、じゃなくてえーっと……俺の恩人と出会ったんだ」

「……なるほど」

 

 スバルの聞き、私はお互いの魔法の相違点に気がつく。

 

「私はこれで二周目だ」

「え?」

「一周目に君と出会い、そして今回の周に移っている」

 

 どうやら死に戻った先の世界に居るスバルが、私と同等の経験をしているという事は無さそうだ。そしてそれは、逆もまた然りだ。

 

「えっと? 俺は四周目だけどヒロ二週目で、ヒロが一周目の時に出会った俺は二周目の時の俺で……なんか、頭がこんがらがってきたな」

「まあ、それは後で考えよう。今は……スバル」

 

 私は真剣な口調でスバルに問う。その空気を察してか、彼は表情を強張らせる。

 

「君は、またあそこに行く気か?」

「ああ、そうだ」

 

 私の言葉に、スバルは迷うことなく答えた。

 

「そうか、なら私も同行しよう」

「言っとくが、何を言われたって俺は……なんて?」

「ついて行く、と言ったんだ」

「え? いや、嬉しいけど……いいのか?」

 

 私の返答が予想外だったのか、スバルが呆けた顔で聞いてくる。

 

「ヒロは俺のように徽章を取り戻す理由が無い。もし、お節介で手伝おうとしてるなら……その、やめてくれ」

 

 スバルは苦い表情になって俯く。きっと、前回の私の死に様でも思い出しているのだろう。

 しかしここまで来た以上、私も今更降りることは出来ない。

 

「勘違いしないでくれたまえ。私は、私自身の正しさに従って行動しているまで。君が気にする事なんて、何もないさ」

「……ヒロ、お前、すげぇ良い奴だな」

「当然だ。私は常に正しく、善良に振る舞っているのだからな」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけど、まあいいか」

 

 スバルは頭を掻いて仕方なさそうにした後、私に手を差し出してくる。

 

「頼りにしてるぜ、ヒロ」

「ああ、任せたまえ」

 

 当然、私はその手を握り返した。

 

▼▼▼

 

「フェルトの奴のねぐらか?」

 

 貧民街に訪れた私達は、道端で座っていた男にフェルトの居所を尋ねた。

 

「そんなら、そこの通りを二本奥に行った先だ」

 

 私達の質問に、男は心よく答えてくれた。

 

「ありがとう、助かったよ兄弟」

「気にすんなよ兄弟、強く生きろよ」

 

 そう言って男は、私達を見送ってくれる。

 

「……本当に上手くいったな」

「な? 俺の言った通りだろ」

 

 友好的に話すことが出来て驚く私に、スバルは自慢げに胸を張る。……その服は、泥に塗れて汚れていた。

 

「見すぼらしい格好をする事で、相手に同類だと思わせる。……まさかここまで効果があるとは」

「伊達に何周もしてねえからな。つーか良かったのか? ヒロの服、なんか凄え高そうだけど」

「ん? ああ」

 

 スバルの言う通り、私もスバルに負けず劣らず泥まみれとなっている。

 

「別に構わない。そこまで思い入れもないしな」

 

 この服は、牢屋敷に囚われてからずっと身に付けさせられていたものだ。私にとって、囚人服と変わりない。

 

「そうなのか? なら良いんだが」

「それよりも、日が暮れ始めてきた。なるべく急ぎで行こう」

「ああ、フェルトの奴、戻ってくれてたら良いんだが……って、うおっ!?」

 

 手に持つ携帯を見ていたスバルは、前方の曲がり角から出てきた人物にぶつかってしまう。

 

「ごめんなさい、大丈夫かしら?」

「あー大丈夫大丈夫、こう見えて俺って丈夫なのがとりえ……」

「よそ見するな全く。すまない、連れが粗相、を……」

 

 ぶつかった人物に、私達は目を見開いて言葉を失う。

 

「……ウフフ、どうしたの?」

 

 忘れていない。忘れられる訳がない。そこに居たのは、前回私を殺した女。

 

「そんなに怖がらなくても、何もしないのだけれど」

(エルザ……!)

 

 想定してはいた。彼女はフェルトと盗品蔵で落ち合う予定だったのだ。こうして出くわす機会もあるだろう。

 だがやはり、殺された相手と顔を合わせる恐怖は何度経験しても慣れそうにない。

 

「……っ」

 

 それはどうやら、スバルも同じらしい。

 

「……失礼、知人が取り乱してしまって」

 

 私は恐怖を押し殺して、スバルの前に出てエルザと相向かう。

 

「彼は少々、神経質な所があるもので。失礼な話、貴女に威圧感を感じてしまったようです」

「あら、そうなの。それは悪いことをしてしまったわね」

「いえ、お気になさらず。批はこちらにありますから……それでは、私達はこれで」

 

 私はスバルの手を掴んで、エルザの横を通り過ぎる。

 

「───ところで」

 

 通り過ぎた直後、後ろからエルザに声を掛けられる。

 

「あなたも私を一目見た時、ほんの一瞬だけ怖がっていたわよね?」

「……」

「怖がっている時、その人からは怖がっている匂いがするものよ。あなたからは一瞬、そっちの子と同じく怖がっている匂いがしたのよ」

 

 それはまるで蛇のように、彼女の言葉には体温がこもっていなかった。

 

「……それは、勘違いでしょう。きっと彼から発せられた貴女の言う恐怖の匂いが、近くに居た私にも移っていたのだと思います」

 

 しかし私は動揺せず、笑みを見せて答える。

 

「……まあいいわ。少し気になるけれど、今は騒ぎを起こすわけにはいかないから」

 

 そう言った後、エルザはその場から去って行った。

 

「……は、はぁ」

「大丈夫か、スバル」

「あ、ああ、悪かったな、フォローさせちまって」

「気にするな。だが、なるべく早く事を済ませよう」

 

 なんとか穏便に切り抜けられたとは言え、エルザには多少なりとも不信感を与えられてしまった。

 この状態で徽章の取引に彼女と出くわした時、前のように事が運ぶか分からない。

 

(……最悪、正面から戦う事も考えなければならない)

 

 格上相手に、暴力に暴力で対抗しても意味がない。

 そんな教訓を牢屋敷で得たというのに、暴力に頼らざるを得ない可能性がある事に、私は思わず苦笑した。

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