魔法少女ノ異世界生活   作:ブナハブ

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死闘と激動、そして終幕

「……これ、人の住処か?」

 

 貧民街の人間から聞き出した情報を元にたどり着いた先には、テントとも呼べぬようなボロ屋がポツンと建っていた。

 

「まさか既にエルザが暴れた後とか……いや、大丈夫だ多分、血の臭いはしねぇ。生ゴミの臭いはするけど」

「スバル、口を慎むんだ。もしフェルトに聞かれたら」

「───悪かったな、生ゴミ臭くて」

 

 そう私が言うや否や、後ろから少女の声が聞こえた。

 

「てめぇら、人ん()で何してんだ?」

 

 振り返ってみれば、そこには案の定フェルトが居て、私達に短剣の切先を向けていた。

 

「ま、待て! 俺達は別にそういうのじゃ」

「フェルト、私達は君に仕事を頼みたくてここに来た」

 

 慌てふためくスバルを押し退けて、私は単刀直入に話を切り出した。

 

「仕事の話ぃ? なんだか知らねぇけど手短にな。アタシは今、自分の家を馬鹿にされて機嫌が悪いんだよ」

「それについてはすまなかった。変わって謝罪しよう。それと仕事というのは……」

 

 私はなるべく怪しまれないよう、慎重に言葉を選びながら徽章の買い取りを申し出る。

 

「要するに、あんたらはアタシの依頼人の商売敵ってところか?」

「そう思ってくれて構わない。そして私達が報酬として出すのは」

「このミーティアだ」

 

 直後、後ろで静観していたスバルが携帯を持って話に入ってくる。

 

「あ、おい」

「そしてこれがミーティアの力。時間を切り取って凍結させる事が出来る世界で一つだけの貴重品!」

「んー? 嘘じゃなさそうだな」

「……まあいいか」

 

 出しゃばるなと言おうとしたが、思いのほか上手く行っている様子を見て、私は黙って成り行きを見守る事にした。

 

▼▼▼

 

「う〜む、これがミーティア」

 

 あの後、私達の言葉だけでは判断できないというフェルトの要望で、盗品蔵の老夫に鑑定して貰う事となった。

 

「これは確かに恐れ入ったわい。もしワシが取り扱うなら、聖金貨で十五、いや二十枚は下らずに捌いて見せる。それだけの価値はある!」

「うっしゃあ!」

「……」(なるべくここには来たくなかったが、仕方ない)

 

 こうなってくると、エルザと交渉のテーブルに付かないまま徽章を手に入れる事は難しい。

 

(ならばもう一度エルザと対峙して、今度こそ奴を騙し切ってやる……!)

 

 私が密かにそう決意した時、

 

「ってな訳で交渉成立だな!」

(なっ……!?)

 

 スバルが唐突にそんな事を言い出した。

 

「んじゃ、話はこれで終わり! これからみんなでパーッと商談成立の祝いにでも」

「待て、スバル……!」(今それを言うのは悪手だ!)

 

 私が静止するよりも先に、フェルトが口を開く。

 

「待ちな兄ちゃん、まだ話は終わってねえぜ」

「あっ……と、フェルトさん? それはどういう」

「あったり前だろ。確かにあんたらの言う通り、このミーティアには聖金貨二十枚の価値があるらしい」

「そ、そうだろうそうだろう? そして相手が出せるのは、聖金貨二十枚が限界。対して俺達のミーティアはそれ以上の額でも売り捌ける。これはもう決まったも同然で」

「それを決めるのはあんたじゃねぇ、アタシだ。……それと兄ちゃん、なんであんたがそんなこと知ってんだ?」

「え? あっ……」

「……っ」(遅かったか)

 

 エルザがやって来るという恐怖に事を急いてしまったのだろう。だが、それだけは言ってはダメなんだ。

 

「アタシは、依頼人から聖金貨十枚を出すとだけ言われている。二十枚も出せるだなんて話、どこで聞いた? ……語るに落ちたぜ、関係者だってな」

 

……今の発言で、私達への不信感は大きくなった。しかしまだ、致命的では無い。

 

「っ、頼むフェルト、時間がないんだ」

「落ち着け、スバル」

 

 私はスバルの肩に手を置き、冷静になるよう訴えかける。

 

「け、けど、もうすぐエルザがここに」

「私は、ハナからそれを覚悟の上だ。……いいか? 確かに私達はエルザに顔を覚えられて、彼女に不信感も抱かれているが、まだ致命的ではない」

 

 そう、私達の敗北条件は、エルザに敵視されるか、フェルトから徽章の買い取りを蹴られるか、その二つだ。

 

「フェルト、聞いておきたいんだが、君はまだ私達と取引をする気はあるか?」

「まあそうだな。あんたらは怪しさ満点だが、聖金貨二十枚ってのは確かに魅力的だ。交渉相手としては認めてやるよ」

「ありがとう、感謝する。……スバル、そういう事だ」

「あ、ああ」

 

 私とフェルトの言葉に少し安心したのか、スバルは落ち着きを取り戻す。

 

……直後、扉をノックする音が耳に入る。

 

「誰じゃ?」

「アタシの客かも知んねぇ。まだ早い気もするけど」

「うっ!」

「ッ、堪えるんだ……!」

 

 私は、取り乱しそうになったスバルの口を急いで手で塞ぐ。

 

「いいかよく聞け。私達のもう一つの敗北条件である【エルザに敵視される事】……こっちについても、まだ大丈夫だ」

 

 本当は既に敵視されている可能性もあるが、それは言わないでおこう。

 

「奴が私達を攻撃したのは、私達が奪った徽章を持ち主に返そうとしているのに気付いたからだ。持ち主の手元から徽章を失くす事……それがエルザの、いや彼女の依頼主の目的なのだろう」

 

 だからエルザは、私達が徽章を手に入れた時にさほど食い下がらなかったのだろう。

 

「それなら、エルザに私達の真意を悟られない限り、私達が敵対されることもない。そうならないよう、私が付いている」

「……ああ、そうだったな。任せたぜ、ヒロ」

「無論だ」

 

 どうにか冷静さを取り戻したスバルを見て、私は扉の方へと視線を向ける。

 

(……さあ、勝負だエルザ。今度こそ貴様を負かしてみせる)

 

 扉がゆっくりと開かれる。

 

「───良かった、居てくれて」

「うげっ!」

「あっ……」

「……?」

 

 そこに居たのは、あの黒髪の妖艶な女ではなく、

 

「今度は逃がさないから」

 

 銀髪に長い耳を持つ、見た事のない少女だった。

 

(なんだ? 彼女は一体……)

「ほんっとしつこい女だなぁ、あんた、いい加減諦めろっつのに!」

「……!」(そうか、彼女が例の)

 

 察するに、彼女が徽章の元の持ち主で、スバルの言う恩人なのだろう。

 

「残念だけど、諦められないものだから。大人しくすれば、痛い思いはさせないわ」

 

 そう告げるや否や、彼女の周囲に驚きの変化が起きる。

 

「これは……」

 

 大気が凍り付き、何本もの氷柱が空中に形成される。

 それはまごう事なき魔法による力で、けれど私が牢屋敷で見てきた魔法のどれよりも洗練され、レベルが違うと直感できた。

 

「私からの要求は一つ、徽章を返して」

 

 誰もが悟る。今この場を支配しているのは、彼女であると。

 

「んむぅ、ただの魔法使い相手ならわしも引いたりせんが、この相手は不味い」

「なんだよロム爺! 喧嘩やる前から負け認めんのか?」

「……嬢ちゃん、あんたエルフじゃろ?」

 

 フェルトの文句を無視して、ロム爺は油断することなく少女を険しい表情で睨む。

 

「…………正しくは違う」

 

 ロム爺の言葉に、少女は長い沈黙の末に答えた。

 

「私がエルフなのは、半分だけだから」

「ハーフエルフ? って、それも銀髪!? まさか……!」

「他人の空似よ! 私だって迷惑してるもの」

(……なんだ?)

 

 一体なんの話をしているのか、私にはさっぱり分からない。

 

(いやそれより、まずはこの場を収める事が先決……ッ!?)

 

 その時、私は少女の背後から、彼女に刃を振るわんとする何者かの影が見えた。

 

「っ、そこから離れ───」

「パック! 防げェ!!!」

 

 私が言葉を紡ぐよりも早く、スバルは裂けんばかりの声でそう告げた。

 

「はっ……!」

 

 次の瞬間、少女の背後に氷の結晶のような障壁が展開されて、少女を不意の奇襲から守った。

 

「───中々どうして、紙一重のタイミングだったね。助かったよ」

(なんだ、この生き物は……)

 

 すると直後に、少女の首筋から喋る小さな猫のような生き物が姿を見せた。

 

「……精霊、精霊ね。フフフ、素敵」

 

 

 少女を襲った影は、障壁で奇襲を防がれたと同時に飛び上がって私達から距離を取り、そしてその姿を露わにした。

 

「精霊はまだ、お腹を割ってみたことないから」

(エルザ……!)

「おい、どういうつもりだ!」

 

 エルザの登場に真っ先に声を上げたのはフェルトだった。

 

「あら? どういうつもりって?」

「来ていきなり殺しを始めようとするなんて、どういう了見だっつってんだよ!」

「そう言われても、見ての通り。持ち主まで持って来られては、商談だなんてとてもとても……だから予定を変更したの」

 

 エルザは艶かしい声で、当然のように語る。

 

「この場にいる関係者は皆殺し。あなたは仕事を全う出来なかった。口ばかり達者なだけで、お粗末な仕事ぶり……所詮は貧民街の人間ね」

「……ッ!」

 

 エルザの言葉に、フェルトは表情を苦痛で歪ませる。それが恐怖からなのか、悔しさからなのか、はたまた別か……私には判断付かなかった。

 

「てめぇ、ふざけんなよ……!」

 

 しかし少なくとも、スバルはその言葉に激しい怒りを覚えていたらしい。

 

「こんな小さいガキいじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! フェルトだって精一杯強く生きてんだよ! 予定狂ったからちゃぶ台ひっくり返して全部おじゃんってガキかてめぇは! 命大事にしろ! 腹切られるとどんだけ痛いか知ってんのか? 俺は知ってますぅ!」

「「「……」」」

「何を言ってるの? あなた」

 

 馬鹿にされた当人よりも激しく怒り、怒鳴る様子に全員思わず呆けた顔を浮かべてしまう。

 

「自分の中の思わぬ正義感と義侠心に任せて、この世の理不尽を弾劾中だよ! 俺にとっての理不尽はつまりお前でこの状況で───あ、チャンネルはそのままでどうぞ。はいぃ! 時間稼ぎ終了……やっちまえパック!」

(ああ、なるほど、そういう作戦だったのか)

 

 ただ喚き散らしていたのかと思ったが、どうやら彼なりに考えがあったらしい。

 

「後世に残したい見事な無様さだったね、ご期待に応えようか!」

 

 次の瞬間、パックの前方に無数の小さな氷柱が出現する。

 

「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。僕の名前はパック、名前だけでも覚えて───逝ってね!」

 

 それらは全て、一つも漏れる事なくエルザ目掛けて射出され、命中し……彼女が居た場所には巨大な氷塊が出来ていた。

 

「やりおったか!」

「そのフラグ立てんなジジイ!」

「これで終わったら良いんだが……」

お前(ヒロ)も立てんのかよ!」

 

 スバルが良く分からないツッコミをしたのも束の間、氷塊が破壊され、中からローブを脱いだエルザが現れた。

 

「備えはしておくものね」

 

 そのまま少女に向かって肉薄する。

 

「精霊術の使い手を舐めないこと」

 

 エルザの一撃を少女は先ほどの障壁を前方に展開して難なく防ぐ。

 攻撃を防がれたエルザは距離を取る。しかし少女は氷柱を瞬時に生み出し、飛ばし続けて、エルザの接近を許さない。

 

「こ、このまま消耗戦に持ち込めば、なんとか勝てんじゃねえか?」

(……スバルの言う通り、これなら)

「いや、精霊がいつまで顕現できるかが勝負じゃ」

「なに?」

「あっ! そろそろ五時回るか?」

 

 その懸念は、思いの外早く訪れた。

 

「ふわぁ〜」

 

 巨大な氷塊で押し潰すという大技を放った直後、パックは大きな口を開けて欠伸していた。

 

「パック、まだいける?」

「ごめん、すごい眠い。ちょっと舐めてかかってた、マナ切れで消えちゃう」

「あとはこっちでどうにかするから、今は休んで。ありがとね」

 

 パックは少女と数言交わした後、その姿を完全に消失させた。

 

「いなくなってしまうの? ……それは、ひどく残念なことだわ」

 

 パックが消えた事を確認したエルザは、少し不満げな表情になりながらも少女に特攻する。

 

「……っ」

 

 少女は自身の周囲に障壁と氷柱を生み出して、エルザからの攻撃を防ぐ。

 ただ、先ほどのように攻めに移る余裕は無いらしく、防戦一方な状況が続いていた。

 

「……そろそろ、ただ見てるだけというわけには行かんなフェルト」

「分かってるっつうの。逃げるにせよ、そろそろ動かねえといけねえってな」

 

 一緒に静観していたロム爺とフェルトが立ち上がる。

 

「……あっ、と、兄ちゃん」

「……?」

「さっきは、なんだ、ちょっと救われた。ちょっとだけだけどな。あ、つかガキとか言うんじゃねえよ! アタシはこれでも十五だ。兄ちゃんとそんな変わんねぇだろ」

「お、俺は今年で十八だ」

「えっ、見えね〜ガキすぎ。もうちょっと姉ちゃんみたいに人生刻んどけよ面に」

「二人とも、今はそんな無駄口を叩いている場合じゃないだろう。それと、私は今年で十五だ」

「「……え?」」

 

 ポカンと口を開く二人を無視して、私はどうするべきか考える。

 

(私には、彼女のように戦うすべがない。身に付けた護身術も、エルザに通用するとは思えない)

 

 自分の無力さに歯噛みする。この場において、私はなんの微力も尽くせない。

 

「戦えんのなら、お前さんらはそこで隠れとけ」

 

 ロム爺は私とスバルにそう言うと、巨大な棘付き棍棒を担いで果敢に飛び出す。

 

「うぉらあああ!!」

「……っ!」(なんてパワーだッ)

 

 ロム爺の棍棒が振り上げられる。圧倒的なパワーで振るわれた棍棒は豪風を起こし、その風は私達にまで迫る。

 

「あら、ダンスに横入りなんて無粋じゃないのかしら」

 

 それをエルザは、間一髪の所で屈んで避ける。

 

「そんなに踊りたければ最高のダンスを躍らせてやるわ! そら、きりきり舞え!」

 

 棍棒を突き出し、エルザの喉元目掛けて突っ込む。

 

「───なッ」

 

……攻撃の直後、エルザは棍棒の先端、そこに軽くつま先を乗せて立っていた。

 

「なんじゃそらぁぁ!!?」

「あなたが力持ちだから、こんなこともできたのよ」

 

 エルザがロム爺の喉元を剣で切り裂く。

 

「させっかァ!」

 

 それを防いだのは、フェルトが投げたナイフだった。

 ナイフがエルザの刃にぶつかり、刀身の腹が高速のままロム爺の頭部を打った。

 

「うぐぅ……!」

 

 致命傷にはならなかったものの、頭からの強い衝撃にロム爺は気絶してしまう。

 

「……悪い子」

「くぅっ」

 

 エルザの視線が、フェルトの方へと移る。

 

「覚悟も戦う力もない。ならばせめて部屋の隅で小さくなっているべきだったのに」

 

 蔑みの目でフェルトを射抜き、そして一瞬にして彼女と間合いを詰める。

 

「……っ」(間に合わない!)

 

 あまりにも一瞬で、私は動くことが出来ず、

 

「───はいだらぁぁぁ!!!」

 

 彼女を抱き抱えて飛び退けたのは、私と同様無力で縮こまるしか出来なかった筈のスバルだった。

 

「……スバル」

 

 私はその光景に驚愕した。そして同時にハッとさせられる。

 

(そうか、覚悟が足りなかったのは、私の方なんだ)

 

 生ある限り(・・・・・)抗う覚悟(・・・・)、それを私は持っていなかった。

 

(また私は、魔法に頼ろうとしていた)

 

 【死に戻り】の魔法でやり直す。いつの間にか、そんな選択肢が脳裏に浮かんでいた。

 

(また私は、正しくない道を進もうとしていた……ッ!)

 

 生きることを諦めて死に戻る。そんな【自殺】に等しい行為を選び掛けた。

 その事実に気付いた時、私は自身の内側から形容しがたいナニカが這い上がろうとしている事に気付く。

 

(これは、そんな、まさか!)

 

 爪が急速に伸び始める。全身が音を立てて変形し出す。

 

……それは、私が魔女になりつつ事を明確に指し示していた。

 

▼▼▼

 

 二階堂ヒロは勘違いをしていた。彼女の魔女化の進行は収まってなんかいない。ただ、押さえ込まれていただけだ。

 彼女が異世界に渡った時、彼女はもう魔女化する一歩手前だった。本来ならあと一回、死ぬほどの極度のストレスに晒されれば魔女化していた。

 しかし、それは都合は悪かった。だから()は、敢えて魔女因子を押さえ込み、魔女化の進行を遅らせることにした。

 けれど、彼女が自身の【禁忌】である自殺に触れかけてしまったことで、押さえ込んでいた魔女因子が一気に暴発した。それが今回の結果だ。

 

───仕方ないですね

 

 私は、渋々と二階堂ヒロに施しを与える事にした。こんな所で終わってしまうのは、本意ではなかったから。

 

▼▼▼

 

「あ゛あ゛あ゛!?」

 

 スバルのファインプレイでフェルトを盗品蔵から脱出させた直後、ヒロの唐突な絶叫にその場の三人が彼女の方へ目線を向ける。

 

「お、おい、どうしたヒロ!」

「ちょっとあなた、だいじょ……え?」

 

 戦いの最中だというのに、銀髪の少女は心配そうにヒロへ近づく。そして、彼女の変化に気がつく。

 

「───はあ、はあ、こ、これ、は?」

 

 ちょうどヒロも絶叫を止め、不思議そうにして立ち上がる。

 

「ヒロ、一体どうし───は?」

 

 立ち上がったヒロの姿を見て、スバルも彼女の異変に気がつく。

 

「ヒ、ヒロ?」

「あなた、その姿は……?」

 

 二人は思わず疑問を投げ掛ける。だが、ヒロの方もそれどころじゃなかった。

 

(ど、どういう事だ? 魔女化したのに、暴走していない)

 

 ヒロはチラリと、戦いで砕かれた氷の破片を見て自身の姿を見る。

 目の数が増え、頭部からは四本のツノが生え、髪の毛は何本かが蛇のような生き物となって不気味にうねり……まごう事なき異形と化していた。

 

(確かに魔女化している。ならなぜ……ッ)

「え? きゃっ!」

 

 殺気を感じたヒロは、近くに居た少女を突き飛ばす。

 

「ぐぅッ!?」

 

 殺気を感じた方へ振り向くと同時、ヒロはエルザの凶刃によって腹を大きく切り裂かれた。

 

「ヒロ!!!」

 

 その光景にスバルは喉が裂けそうなほどに叫ぶ。しかし次の瞬間、更に衝撃的な光景がスバルの目に入る。

 

「……っ!」

「あら?」

 

 腹を切り裂かれたヒロは、痛みに悶えながらもエルザの腕を掴む。

 そして、彼女の体を軽々と持ち上げて、思いっきり地面に叩き付けた。

 

「なぁっ!?」

「……」

 

 スバルが大口を開けて驚愕の表情を浮かべる中、ヒロは無言でエルザを勢いよく持ち上げる。

 

「くっ……!」

 

 エルザは持ち上げられる最中、自身の手を掴んでいる手を剣で突き刺す。しかしヒロは止まらず、再びエルザを地面に叩き付ける。

 

「……チッ」

 

 三度目の叩き付けを行おうとした際、ヒロは思わず舌打ちをしてしまう。

 

「随分とタフなのねぇ、あなた」

 

 ヒロの手には、まだ何かを握っている感触がある。しかしエルザは、既にヒロから離れた位置に立っていた。

 

「お陰で自分を犠牲にするしかなかったわ」

 

 ヒロが握っている物を見てみると、そこにはエルザの手だけ(・・・)が残っていた。

 

「そのツノ、もしかしてあなたは鬼族だったのかしら?」

「鬼族、そんな種族も存在するのか……残念ながら見当違いだ」

 

 ヒロは握っていたエルザの手を放り捨て、近くに落ちていたロム爺の巨大な棍棒を軽々と拾い上げる。

 

「私は魔女……見ての通り、異形の化け物だ」

「「!?」」

 

 ヒロの言葉に大きな反応を示したのは、エルザと銀髪の少女だった。

 

「魔女……魔女って、あなた」

「フフ、ウフフフフ!」

 

 少女は困惑したように首を傾げて……エルザの方は、心底嬉しそうに笑っていた。

 

「魔女、そう魔女なのね」

(……なんだ?)

 

 エルザの視線に含んだ感情は、ただの異形の怪物に対して向けるモノじゃなかった。

 

「嬉しいわぁ! 魔女の腑を見れる機会なんて、金輪際ないことよ」

 

 そこには、少々の畏怖と、多大な期待が込められていた。

 

「どういう意味か知らないが、今の私はそう易々と死ねない」

「みたいね。あなたのお腹、もう治っているんだもの」

 

 エルザの言う通り、先ほど掻っ捌かれた筈のヒロの腹部は、もう既に完治している。

 

「そういう事だ。スバル、君は彼女を連れてここからッ……!?」

 

 直後、不意にヒロは激しい苦痛に蝕まれて、思わずその場に蹲る。

 

(こ、これは、一体……)

 

 ヒロは苦痛と共に、意識を失っていく。

 殺人衝動に飲み込まれている訳ではない。寧ろ、肉体は徐々に異形から元の姿へと戻りつつあった。

 

(ダ、ダメ、だ、今、眠っては……)

 

 ヒロは懸命に抗うものの、最終的にパタリとその場に倒れ伏してしまう。

 

「……い、一体、何が起きて」

 

 突如異形に変貌したかと思えば、すぐに元に戻って気を失ってしまった二階堂ヒロの様子に、スバルは何が何やらさっぱりだった。

 

「……何か限界でも来たのかしら? だとしたら、とてもつまらないわね」

 

 目の前で気を失ってしまったヒロを、エルザは心底落胆した様子で眺めた。

 

……確かに彼女の言う通り、ヒロの肉体は限界寸前だった。殺人衝動は抑えていたが、これ以上戦っていれば完全になれはてと化すのも時間の問題だったろう。

 

 けれど、()が危惧していたのはそっちじゃない。私が急いでヒロから魔女化しない程度の量の魔女因子を回収(・・)し、気配を殺す選択を取ったのは、

 

「まあいいわ。さっさと全員殺して、徽章を持つあの子を追いかけ」

「───そこまでだ」

 

 ここにラインハルト(関わってはならぬ者)が来るからだ。

 

▼▼▼

 

……あれから、色々な事が起こった。ラインハルトの大立ち回りでエルザは見事に撃退され、スバルは何故か命を救った褒美として少女に名前を尋ねた。

 

「───よし、治療は完了。どうにか峠は越えたでしょう」

 

 そして現在、エルザの最後の凶刃に運悪く腹部を斬られて気を失ったスバルは、銀髪の少女……エミリアに魔法で治癒されていた。

 

「ところでエミリア様。彼ら、スバルとヒロとは、どういうご関係ですか?」

「……行きずり?」

「ん?」

「今まで、スバルともヒロとも会った覚えはないわ。ここでついさっき会ったのが初めての筈なんだけど……」

 

 小首を傾げて不思議そうにするエミリアには、ラインハルトは続けて言う。

 

「ですが彼ら……特にスバルは、あなたを捜していました。渡したい物があると」

「だから不思議なのよね」

「彼らの身柄はどうしましょうか? 宜しければ当家の方で客人として扱いますが」

「ううん、こっちで連れ帰ります。その方が事情もはっきりするし……それよりも」

 

 エミリアは、倒れ伏すロム爺と、彼へと心配そうに寄り添うフェルトを見やる。

 

「あの子やお爺さんはどうなるの?」

「職務上、見逃すことは出来ない部類であると考えます。───ですが、あいにく自分は、今日は非番でして」

 

 ラインハルトは戯けるように肩をすくめる。

 

「ふふっ、悪い騎士様ね」

「いえいえ、滅相もございません……エミリア様、もう一つ伺いたいことがあるのですが」

 

 ラインハルトは、若干訝しげな眼差しでエミリアが持つソレを見つめる。

 

「その握っている物は一体……」

「え? あっ、これのこと? えっと、あそこで眠っているヒロっていう子のポケットから落ちて、戦ってる途中に壊れたらいけないと思って拾っておいたの」

 

 そう言ってエミリアは、自身が持つ物を不思議そうに眺める。

 

「これは……なんなのかしら? ペン? のように見えるけど」

 

 エミリアが持っていたのは、確かにこの世界には似つかわしくない代物……万年筆である。

 

「ふむ……まあ、スバル達は遠い所から来ているようですし、きっと故郷の物品なんでしょう」

「確かにそうかも知れないわね……いえ、今はそれよりも、あの子達の事についてよ」

「あ、え、ええ、そうでしたね」

 

 ジッと万年筆を観察していたラインハルトだったが、エミリアからの言葉で慌てて思考を切り替える。

 

「こ、これは……!」

 

 実際、万年筆に対する奇妙な違和感なんて、この後すぐに消えるだろう。

 

「ああ、なんて事だ……!」

 

 フェルトが持つ徽章、そこに埋め込まれた宝石が淡く光るのを見て、ラインハルトは驚愕し、額に汗を流す。

 もはや彼の頭の中に、万年筆に対する疑念は無い。そして明日を迎えれば、その存在すら忘れるほどに多忙な毎日を過ごす事になるだろう。

 

……かくして、ヒロとスバルの波乱な一日は幕を閉じるのであった。




これにて第一章終了です。初めて本格的に書いた二次創作、こんなんで良いのかなぁと思いながら書いていましたが、とりあえず第一章だけでも書き切れてひとまず良かったです。
余談
まのさばとその他原作のクロスオーバーもの、もっと出て欲しいなぁという願望を叶えるべく本作を書きました。私みたく、まのさば二次創作の小説を書く人もっと増えて書いて投稿して。
余談の余談
死に戻りを有効活用するスバルと、自殺も死に戻りも正しくないヒロを掛け合わせたらどうなるのかな? そう思ってクロスさせてみました。
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