目覚めと選択肢
(……ここは、どこだ?)
気がつくと私は、真っ暗な闇の中に立っていた。
先の見えない暗闇。手を伸ばしても、歩みを進めても、景色は黒一色から変わらない。
(どうなっている? 私は確か魔女化して、あの殺人鬼と対峙した。それで)
『───本当は、助けるのは不本意でした』
(……!)
耳元で、誰かの囁き声が聞こえてきた。
『あなたは既に終わった存在、あなたがどうなろうと私には関係ない』
懐かしくて、とても聞き覚えのある声。けど、あと一歩という所で何故か思い出せない。
『でも、この世界には興味があります。気になることもあります。それを解消する為にも』
不意に目の前の空間が揺らぎ始める。
『あなたにはまだ、居なくなって欲しくないんです』
空間が一つの形を成していく。
それは絞首台だった。台座の上に凛と立つ、首を括る為の輪っかが取り付けられた一本の縄……私が忌み嫌うモノの象徴が、そこにはあった。
『あなたに力を授けます。困った時にでも使って下さい。……やり方はもう、ご存知ですよね?』
何者かがそう囁いた直後、私の体は自動的に動き出す。
(……やめろ)
一歩、目の前の台座に足をかける。
(やめろ)
二歩、もう片方の足を上げ、台の上に乗る。
(やめろ!)
私の両手は、目の前でぶら下がる縄の先の輪っかを掴む。
(やめろやめろやめろ!)
私の首は、輪っかの中に入り込む。そして───
▼▼▼
「───やめてくれ!!!」
……悲痛な叫びを上げたと同時、私の目の前から絞首台は消えた。
「はあ! はあ! はあ! ……ゆ、夢?」
荒い呼吸を三度繰り返した後、私はようやくアレが現実でないことを自覚する。
「…………ふぅー、全く、とんだ悪夢を見た」
暫く黙りこくった後、私は大きな安堵のため息を溢した。
(まあ無理もない。さっきまで本気の殺し合いに身を置いていたのだから……って、いや待て、今はそれより)
そこで私はようやく気がつく。
「ここはどこだ?」
今自分が眠っている場所が、見知らぬ部屋だという事に。
(あれからまた死に戻りが発動した、という訳じゃなさそうだ。しかしそれじゃあ、ここは一体)
「……あ、起きたのね」
その疑問は、部屋の扉から入ってきた銀髪の少女を見て早々に解けた。
「……君は」
「大丈夫? なんだかさっき、悲鳴のような声が聞こえた気がするんだけど」
「ああ、いや、問題ない、気にしないでくれ。ところでここは、君の家……で良いのかな?」
「ええ、厳密には違うけど、そう思ってくれて構わないわ」
少女は首を縦に振って答えてくれる。どうやら、ひとまず窮地は乗り切ったようだ。
「そうか……私は途中で気を失ってしまったから分からないが、恐らく君に助けられたんだろう。ありがとう」
「ううん。いいの、感謝しなくても。むしろ助けられたのは私の方よ」
頭を下げて感謝を述べる私に、今度は首を横に振って少女は言う。
「理由は今でもよく分かってないけど、あなたもスバルと一緒に徽章を取り戻そうとしてくれたのでしょう? だったらこれは当然の施し、受けて当然の報酬よ」
「そ、そうか」
理屈をこねくり回しているが、要するに恩返しがしたかったという事なのだろう。
(なんというか、不器用な子だな)
素直じゃない、子ども染みた言動に、思わず微笑を浮かびそうになる。
「そういえば、そのスバルはどこに行ったんだ?」
「スバルならもう大丈夫。お腹を切られちゃって一時期は危なかったけど」
「なんだと!?」
「あ、ううん、本当に大丈夫なの。屋敷に戻ってベアトリスに傷を完治して貰ったから。スバルもすっかり元気になって、ついさっきまで庭でらじお体操? をやってたわ」
「そ、そうか」
この世界に現代レベルの医療技術があるとは思えないが、これも魔法の力か?
「……ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。私の名前は二階堂ヒロだ」
「私の名前はエミリア、よろしくねヒロ」
「ああ、よろしく」
「……えっと、それでねヒロ」
「ん?」
互いの自己紹介を終えた直後、エミリアが急に何かを言いづらそうにしていた。
「実はロズワール、このお屋敷の当主が帰ってきて、今からみんなで食事をする予定なの」
「なるほど、それで私を呼びに来たという訳か」
「あ、でも無理はしなくていいからね! ヒロのことは、代わりに私が説明しておくから」
「いや、いい。屋敷の主に顔を見せない訳にはいかないからな」
私はそう答えるものの、エミリアは心配の眼差しを向けてくるのをやめない。
「本当に大丈夫? その、さっき悲鳴のような声が聞こえたから」
(ああ、それでか)
どうやら自分が思っている以上に取り乱していたらしく、要らぬ心配を掛けさせてしまったようだ。
「平気だ。幸い、汗だくでびっしょりという事もないしな。着替えたらすぐに行ける」
「う、うん、じゃあヒロの服は持ってきてあるから」
「ああ、ありがとう」
私はそそくさとベッドから出て着替え終えると、エミリアに食堂を案内して貰う。
(……かなりの豪邸だな)
食堂までの廊下を歩きながら、私は周囲を見回して考える。
(この世界についてまだまだ知らない事だらけだが、恐らくかなり地位のある人間だ。貴族、というやつなのだろう)
そしてそこに住んでいるというエミリア。当主ではないが、身なりからしてメイドといった使用人ではないだろう。
私が想像しているよりも、エミリアは高い身分を持っているのかも知れない。ここは、礼節をわきまえるべきか。
「ねえヒロ、ちょっといい?」
「なんでしょうか」
「……」
「どうかしましたか?」
「その話し方、すごーく嫌なんだけど」
そう思っての発言だったが、エミリアは頬を膨らませて、分かりやすく不満げな顔を私に見せてきた。
「ですが、貴女は相当の地位に居る方と見受けられる。ならそれ相応の礼節を持って応じるのが正しく」
「……」
「……はぁ、分かった。急に態度を変えてすまなかったな」
「はい、分かればよろしいのです」
膨れっ面のまま、じとりとした視線を投げつけてくるエミリアに私は根負けし、仕方なく口調を元に戻した。
「それで? さっき私になんて言おうとしてたんだ?」
「あ、うん、それなんだけど……」
エミリアは一度周り見渡してから、内緒話でもするように小声で話す。
「ヒロ、あの時自分は魔女だって言ってたでしょ?」
「……ああ、言ったな」
思い出すのは、魔女化した状態でエルザと戦った時の事。
『私は魔女……見ての通り、異形の化け物だ』
確かにあの時、私はそう発言した。
意外にも、エミリアはあの姿に対して特に何も思っていない様子だ。もしかして、この世界には私のような異形の姿をした種族でも居るのだろうか?
「……その発言、あんまり人前で言わない方が良いわよ。特に、ラムとレムの前では」
「ラムとレム?」
「あ、うん、ウチのお屋敷に仕えている双子のメイドなんだけど、とにかく言っちゃダメだからね!」
口早に語った後、エミリアは目の前の扉を開く。どうやら食堂にたどり着いたらしい。
(魔女が何か聞きたかったが、仕方ないか)
私は思考を切り替えて、この屋敷の当主の待つ食堂へと足を運んだ。
「よぉーく来てくれたね。君がスバルくんの言っていたニカイドー・ヒロくんかぁな?」
「……」
食堂に入るや否や、私は呆気に取られた。
部屋の中に居たのは全部で五人。一人はスバルで、奥の壁で控えている二人のメイドがラムとレムか。もう一人の幼い少女……彼女がスバルの傷を治したというベアトリスだろうか? いや、それよりもだ。
「えっと、あなたがこの屋敷の当主、でよろしいでしょうか?」
「そのとぉーぅり。私がこの屋敷の当主、ロズワール・L・メイザースだぁーとも」
この、ピエロのメイクをした珍妙としか言いようのない男。彼こそがこの屋敷の主だと言う。
「……あ、し、失礼しました。仰る通り、私が二階堂ヒロです。この度は倒れた所を屋敷で介抱していただき」
若干呆けていた私は慌てて口を開く。
「いやいやいや、そんなお礼なんて必要ないさ、寧ろ礼をする側は私だぁとも。なにせ徽章を取り戻してくれたのだぁから」
「……?」
ロズワールの発言に私は違和感を覚える。
徽章を取り戻した。その事を知っているという事は、その他の
ただそれなら、徽章よりもエミリアを殺人鬼から助けた事に礼をするのが普通じゃないか?
「……んふー、どうやら君は、頭の切れる子みたいだぁね」
その疑問を表情から読み取ったのか、ロズワールは面白そうに言ってくる。
「今からその事についてもまとめて話すつもりだぁーからね。ただその前に……食事を楽しもーうじゃないか」
「……分かりました」
私はロズワールの言葉に従い、食事を取る為スバルの隣の席へと座った。
「よっ、ヒロ。体はもう平気か?」
「ああスバル、おはよう。心配しなくても体調に問題はない」
「そうかそうか。そういやヒロは起きたばっかでみんなのこと知らねぇよな? 俺が紹介してやるよ」
「いや、私は食事中に話すのを控えている。紹介するのは食後からにしてくれ」
「お、おう……お前、前々から思ってたけどクソ真面目だよな」
スバルが呆れた顔をするが気にしない。
「……では、食事にしようか」
▼▼▼
「ん……! 普通以上にうめぇな」
食事が始まったと同時、スバルがスープを一口飲むや否やそんな感想を述べる。
(……確かに美味しい)
私もその言葉に心の中で同意した。
牢屋敷での生活で酷い料理を食べ続けたせいか、殊更に美味しく感じる。
「ふふ〜ん、こう見えてレムの料理はちょっとしたものだよ」
「この料理は青髪の……ええと、レムちゃんでいいのか? が、作ったの?」
「はい、お客様。当家の食卓はレムが預かっています。姉様はあまり料理が得意ではないので」
「はは〜ん、双子で得意スキルが違うパターンだ」
「……」
スバルがメイド達と会話を興じている間、私は黙々と料理を堪能する。
(こういう料理が牢屋敷にもあれば、あそこでの生活も大きく変わっていただろうか)
誰が一番喜ぶだろうか。ハンナ辺りは泣いて大喜びしそうだ。彼女、隠してはいるが苦労の多い生活をしているだろうし。
……いや、一番喜ぶと言うならやはり彼女か。
桜羽エマ、彼女は美味しいものをみんなで食べる。それをまるで至極のひと時とでも言わんばかりに満面の笑みを浮かべて、私にこう言ってくるだろう。
───ヒロちゃん、これすごく美味しいね!
「……っ」
そんな彼女の姿を思い浮かべて、思わず笑みを溢しそうになって、私は食事をする手を止めてしまう。
(また私は、この期に及んでそんな感情を……!)
偶然にも牢屋敷の呪縛から解かれた私だが、だからと言ってあの場所での出来事を忘れるなんてあってはならない。
(私はエマを憎み、殺そうとした。それは未遂に終わり……そして今、エマの本当の姿が分からなくなっている)
正しさが見つかっていない。何もかもが途中な状態。そんな中で、全てを忘れてこの異世界生活を満喫するなんて、
(そんなの、正しくない!)
そうやって私が自身を叱咤していると、
「それにしても、ヒロってとても綺麗に食べるわよね」
エミリアが関心した様子で私に向けて話しかけてきた。
「やっぱりヒロって、どこかのお貴族の御令嬢なの?」
(……この場において、私達は客人の立場だが、身分は彼女の方が上だろう)
それならここは、彼女の会話に応じるのが正しい振る舞いだろう。
「いいや、貴族と呼べるほど大層な身分じゃない。ただまあ、確かにこの作法は実家で身に付けたものだな」
「貴族じゃないのに作法を学ぶの? なんだかヒロの家って大変そうね」
「そうでもない、礼儀作法は正しくあるべきだ。それを家内で躾けて貰えるのだから、有り難い話だ」
「へー、ヒロってばすごーくしっかり屋さんなのね」
そう言ってエミリアは尊敬のこもった眼差しを私に向けてきた。
「……俺も礼儀作法が出来る男になろうかな」
ポツリと、スバルの小さな呟きを聞いて、私は密かに苦笑した。
(やれやれ、まさかとは思っていたが、スバルはエミリアに気があるのか?)
彼も私と同様、異世界に飛ばされて大変な状況だというのに、呑気な事だ。
「───本当に不思議だぁーね君たち」
……と、エミリアと雑談をしていた時、ロズワールが食事中に初めて口を開いた。
「ルグニカ王国のメイザース辺境伯の邸宅まで来て、なぁーんにも事情を知らないってぇ言うんだから」
「国の状況って、何か不味いことになってんの?」
「穏当な状態ではないねぇ……」
スバルが投げかけた疑問を皮切りに、ロズワールは今のルグニカ王国について説明を始める。
王が不在であるという事、その後継ぎが現状
「エミリアが」
「王様候補ぉ!?」
エミリアが、その王候補の一人であるという事。この事実を知った時には流石の私も狼狽えた。
「ま、待ってくれ、まさかだが、エミリアが失くしていた例の徽章は」
「ん〜、やっぱりヒロくんは聡い子だぁーね。そぉーうだとも、エミリア様が持つそれは王選参加者の資格かぁな」
「な、失くしたなんて人聞きの悪い! 手癖の悪い子に盗られちゃったの!」
「いやそれ一緒ぉ!?」
エミリアの反論にスバルは即座に突っ込んだ。悪いが私も同意見だ。
「っていうかマジでそれ失くすとどうなっちゃうの? 役所で再発行とかできんの?」
「仮に出来たとして、それほど重要な徽章をすんなり盗られてしまう人間に、国を統治して欲しくはないがな」
「うぅ……」
私の言葉にエミリアは涙目になってしまう。少し可哀想だが、それほどのやらかしを彼女はしてしまっているのだ。
「お、おいヒロ」
「おやおや、手厳しぃーね。んけどまぁ実際ヒロくんの言う通り、小さな徽章一つも守れない者に国を任せられない……なぁーんて思われたらそれでおーしまい」
「ご、ごめんなさい……」
エミリアがどんどん体を縮こめていくのを見たスバルは、あたふたしながら口を開く。
「け、けどほら!
「……まあ、見過ごせる状況でも無かったしな」
「うんうん、これはもうご褒美に期待が高まっちゃうな〜?」
「……うん、そうなの、スバルとヒロは私にとってすごく恩人。だから何でも言って?」
エミリアの言葉にロズワールもうんうんと頷き、ばさりと両手を大きく広げる。
「褒美は思いのまま、さぁ〜なんでも望みを言いたまぁーえ!」
(……なんでも、か)
言葉通りに受け取る訳にもいかないだろう。ただ、ある程度の要望が通じそうなのも確かだ。
(戸籍を偽証して……いや、流石に怪しまれるか。なら食客になって、旅立つまでの準備を)
「ふっふっふっ……だったら俺の願いは一つだ!」
私が考えていると、スバルが不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「俺をこの屋敷で……雇ってくれ!」
「……」
一瞬、沈黙が流れる。
「へくちっ」
直後、メイドの一人がクシャミをした。
(……なるほど、使用人になるという手か)
その間、私はというとスバルの答えに一考の余地を見出した。
(確かに、身分を持つならそれが一番手っ取り早い。懸念点は、一度仕えたら抜け出すのが簡単じゃないという事だが……)
私の目的は、元の世界……牢屋敷に戻る事だ。その目的を達成するという事は、この世界での生活を手放さざるを得ない。
ただでさえエミリアという王選候補者の後ろ盾になっている所だ。退職なんてしようものなら、口封じで殺される事になってもおかしくない。
(そこでもう一つの手だが……)
私は、懐に入っているスマホにこっそりと触れる。どうやら没収はされなかったらしい。
(食客となり、かつロズワールを通してこのスマホを換金して貰う)
スマホの価値は、以前にスバルの携帯電話の件で破格な金額であることが証明済みだ。
これをロズワールという大貴族を通して売って貰えれば、二束三文で叩き買いされることも無いだろう。
そのお金を使えば、屋敷から出ても暫く生活には困らない。その間に自立できる程度まで足場を固めて、当初の目的である元の世界の帰り方を調べる。
(長い目で見て食客になるか、安全を取って使用人になるか)
私は───
第二章開幕! まのさば小ネタ要素として選択肢を作ってみました。
別に読者の選択で物語が変わったりはしないけど、よければ考えてみてね。