ロズワールからの尋問を切り抜けて数日。あれから私は何事もなく使用人生活に戻っていた。
当初エミリアはスバルの死に対して酷く心を痛めて帝王学の勉強どころではなく、パックと一緒に彼女を慰めるのが最初の仕事だった。
ちなみにラムとレムはあっけらかんとしており、その日のうちに通常業務に移行していた。仕事熱心というか、冷たいというか……まあ、私も人のことは言えないが。
現在はエミリアもなんとか立ち直り、私も心置きなく使用人の仕事に従事できていた。
「……今日もダメだったか」
というのも半分は建前で、私は仕事の裏でベアトリスに会う為、禁書庫の部屋を探し回っていた。
結果は連日連敗、今日も日が暮れるまで粘ってみたが、見つかる気配はない。
話では必ず屋敷のどこかと繋がっていると言うが、こうも引きが悪いと本当かどうか疑いたくなる。
(ここまで見つからないとは……スバルの引きの良さは相当すごかったらしいな)
もし彼が居てくれたら……そんな思考が不意によぎり、慌てて私は
(弱気になっては駄目だ。そもそもベアトリスに会いたい理由は、スバルの為でもあるんだ)
以前までは魔女の正体を調べる為にベアトリスを探していたが、今はそこにもう一つ新たに追加された。
スバルを殺した殺人犯の特定。これは仇を打つという他、自身の身の潔白を証明する為にも必要なことだ。
現在、私の立場は非常に危うい。誰も言及しないが、屋敷の誰かは私がスバルを殺したと疑っている可能性が高い。
過去に何度も犯人と疑われた経験があるからだろうか。屋敷の……とくにレムとラムから向けられる疑惑の視線が強い。
スパイの容疑はなんとか晴らせたが、この問題も解決しない限り、いつ屋敷を追い出されるか分からない。
(ただ、このまま回数を重ねても正解を引き当てれるのがいつになるか)
部屋に戻る間も、目についた扉を片っ端から開く。
(……また外れか。いい加減何か策を練らなければな)
通算三十九回目、また外れを引いた私はため息を零しながらそっと扉を閉める。
「……うん?」
そこで私はあることに気づき、その場で扉を何度か開け閉めする。
「……なるほど、これなら」
これなら、扉渡りを崩せるかも知れない。
▼▼▼
───それから更に数日後、
「……ようやく会えましたね、ベアトリス様」
今、私は本に囲まれた大きな書庫の中で、幼い少女と対面していた。
「お前、扉渡りを破ったのかしら」
「なるほど、気づいていましたか」
件の人物、ベアトリスは読んでいた本から目を離し、ジト目で私を睨んできた。
「なんて悪知恵の働く小娘なのかしら。ここまで早く扉渡りの破り方に気付いたのは、お前が初めてなのよ」
ベアトリスが言う扉渡りの破り方、それは開けた扉を開きっぱなしにすることだ。
確かに便利だが、【扉のある場所】という制限がある。そしてこの制限こそ、扉渡りを破る鍵だった。
恐らく部屋を密室にすることが条件なのだろう。扉を介して、禁書庫と部屋の空間を繋ぎ直す……細部は間違っているだろうが、仕組みは大方これで合っている筈だ。
(皆にバレないよう、扉を少しだけ開けるようにしたから効果があるか不安だったが、どうやら問題なかったらしいな)
「それで? わざわざこんな手間までして、ベティに一体なんの用なのかしら?」
「はい、実は……」
私はスバルの死因である呪いによる衰弱死、それを実行した者の心当たりや呪いの仕組みについて知恵を貸して欲しいと頼んだ。
「お断りなのよ。なんでベティがわざわざ手を貸さなきゃいけないのかしら」
しかし彼女は目線を持っている本に向けて、私の頼みをあっさり一蹴した。
「……」(これは、何か手を貸させる動機を示させなければいけないな)
同情を誘っても、きっと彼女は揺らがないだろう。彼女を説得するには骨が折れそうだ。
(しかしどうする? 説得するにも私は彼女のことなんて何一つ知らな……)
その時、私は過去に起こったある出来事を思い出す。
(……そういえば)
それは一仕事を終えた後、スバルから雑談の中で聞いたことだった。
『そういえばヒロはまだベア子と会ってねえのか?』
『ああ、中々機会がな』
『そっか。ベアトリスのやつ、ツンケンしてるけど意外と可愛げがあるから気にしないでくれよな。この間だって、パックとイチャコラしててよぉ───』
「……」(試す価値はある、か)
正直、成功するかは分からないが、今はなりふり構っていられない状況だ。使える手は使うしかない。
「……ベアトリス様、現在私はスバルを殺した犯人と疑われています」
「それがなんなのよ」
「もしこのまま疑いが晴れなければ、誰かが私に手をかける可能性があります。そうなればエミリアは悲しみます」
「……」
「そうなるとパックも悲しむでしょう」
「むっ」
「スバルが死んでエミリアが泣いた時も、パックはとても落ち込んでいました。……さて、ここであなたが手を貸さず、そのような結果になってしまうとしたら」
「~! こ、今回だけは口車に乗ってやるかしら!」
ベアトリスはその場で地団太を踏み、渋々といった風に私に協力してくれた。
「ありがとうございます」
「ふん! ……で、相手を衰弱死させる呪いだったかしら?」
「はい」
「確かに呪術師が使う呪術には、そういった類いの術が多いのよ。でも出来損ないばかりで、とてもまともに扱えたもんじゃないのよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ……でも呪いよりも、もっと簡単な方法もあるのかしら」
「簡単な方法……?」
ベアトリスは私の疑問に答えるように、私の胸元に手のひらを当てた。
「マナを奪うことなのよ。マナは生命力そのもの。それを強引に吸い出し続ければ、衰弱死させることだって出来るかしら」
「……なるほど」
思わず私は頭を抑えた。超常の力を使った殺人事件には何度が遭遇したが、こうも手段が豊富だと推理のしようが無い。
「そのマナを吸う力を使える人に心当たりは?」
「屋敷の中だとベティーかにーちゃぐらいなのよ。ロズワールでも出来ないのかしら」
幸い、どうやら使い手はかなり限られているらしかった。
パックはエミリアを悲しませてまでスバルを殺さないだろうし、犯人ならこんな情報をあっさり開示しないだろうからベアトリスも違うだろう。
「となると、やはり呪術師が犯人か……ベアトリス様、呪いとはどうやって掛けるんですか?」
私の質問にベアトリスは一度目をつむり、暫し思案した後に答えた。
「……呪術には、絶対外せないルールが存在するのかしら」
「ルール?」
「呪術を行う対象との接触。これが必須条件なのよ」
「対象との、接触」
それを聞いた私は、頭の中でバラバラだったピースが一気に組み合わさった。
(そういえばスバルは死ぬ前日、ふもとの村へ買い物に出て行ってたな。そこで呪術師と遭遇し、呪いをかけられていたとしら……)
───犯人は村の人間の誰か。
「何か呪いを防ぐ方法はありますか?」
「一度発動した呪術を防ぐ方法は存在しないのよ」
「そうですか……」
「ただし、発動した呪術に限定した話なのよ」
「……!」
私は彼女の続く言葉を一言一句聞き逃さないよう、真剣に耳を傾ける。
「さっきも言った通り、一度発動した呪術を防ぐ手段はないかしら。でも発動前は呪術ではなく単なる術式でしかないから、発動前の呪術ならば解呪できるのよ」
「ベアトリス様は出来るんですか?」
「当然なのよ」
「そうですか……」(だとしたら、いけるかもしれない)
動機は未だに判然としないが、ひとまず呪術師の特定方法は思いついた。
「色々お教えいただきありがとうございます。……ああ、そうだ。最後に一つだけ」
踵を返して去ろうとした際に、当初の目的を思い出した私は再び体をベアトリスの方に向けなおして質問した。
「【魔女】について、何か知っていることはありませんか?」
「……」
その単語を聞いた途端、ベアトリスは一瞬目を見開き、しばしの間黙り込んだ。
「ベアトリス様?」
「……この世界で魔女という言葉が示すのは、たった一人の存在だけなのかしら」
ベアトリスは重々しい口調で語り始める。まるで口にする事そのものが禁忌であるかのように。
「嫉妬の魔女サテラ。かつて存在した大罪の名を冠する六人の魔女を全て喰らい、世界の半分を飲み干した最悪の災厄なのかしら」
「……」
まるで御伽話の怪物のような逸話の数々を、私は黙って聞き続けた。
───曰く、彼女は愛を欲していた。
───曰く、彼女には人の言葉が通じない。
───曰く、その身は永遠に朽ちず、衰えず、果てることがない。
───曰く、竜と英雄と賢者の力をもって封印させられしも、その身を滅ぼすこと叶わず。
───曰く、
「その身は、銀髪のハーフエルフであった」
「……!」
その言葉を聞いた時、私は目を大きく見開かせる。そして、すぐに目線を下げる。
(そうか、だからエミリアは)
銀髪のハーフエルフ。そう言われて思い浮かべるのはエミリアだが、彼女が嫉妬の魔女だとは微塵も思わない。他人の空似だろう。
しかし他人の空似であっても、世間で広く語り継がれる化け物と特徴が一致しているとなったら……忌避する者が現れて当然だろう。
「正しくない」
「? どうかしたかしら」
「いえ、なんでも」
腹の奥底がカッと熱くなるのを努めて冷静に抑える。
(容姿が同じとはいえ、なんの関係もない者を化け物呼ばわりするのなんて、全くもって正しくない。許し難い行為だ)
正しさを何よりも好む私には、エミリアの境遇が許せなかった。
だが、今言っても仕方のない事だ。だから私は自分に落ち着くよう言い聞かせる。
「……で、もう用は済んだのかしら?」
「はい」
「ならさっさと行くのよ」
ベアトリスはシッシッと手を振り、コチラをあからさまに邪険にする。
「今日はありがとうございました」
「……」
去り際に声を掛けたが、彼女は本を読むばかりで見向きもしなかった。
▼▼▼
「村の買い出しに付いて行きたい?」
「ああ、駄目だろうか?」
翌日、早速私は行動に乗り出して、ラムに話しかけた。
「これまで私は屋敷の中でしか活動していない。もし私だけが村へ買い出しに行くという事になった時の為、前もって村の人達と顔合わせを済ましておきたいんだ」
「……そうね」
これは本音であり建前だ。前々から考えていた事であり、だからこそ裏があると疑われにくい。
「そういう事なら、ちょうど香辛料が心許なかったのよ……レム」
「はい、姉様」
朝食の支度をしていたレムにラムが呼びかける。
「今日のお昼、ヒロを連れて村へ買い出しに行ってくれないかしら?」
「……」
ラムの言葉に一瞬、レムは奇妙な沈黙を置き……
「分かりました」
しかしすぐに頷いて返事を返した。
(良し、これでひとまず
私が村に行きたい本当の目的、それは村人全員との接触だ。
呪術師の目的は知らない。だが、元々この世界の住人ではないスバルを殺す理由は少ない。少なくとも、スバル個人を狙った犯行ではない筈だ。
そうなると考えられるのは、スバルが今居る役職、即ち【ロズワール邸の使用人】という立場を狙っての犯行だ。
(もしそうなら、私もターゲットにされる可能性が十分あり得る。ならそれを利用して、ベアトリスに呪いを解呪させる)
そこで呪いが発生した箇所に触れた人物こそが、今回の騒動の犯人だ。
(見ていろよ呪術師、貴様の姿、私が暴いてみせる……!)
私は一人静かに意気込んだ。
それから時は流れて昼時、村にやって来た私は早々に異変を察知する。
「……なんだか、活気がないな」
「そうですね」
村に訪れた事のない私でも伝わる活気の無さ。村全体が沈んだ空気に陥っており、一体何事かと思った私は、近くに居た青年に話しかける。
「すみません、少しよろしいでしょうか?」
「……? 君は?」
「私はメイザース領に新しく仕えた使用人、名を二階堂ヒロと言います」
「ああ、そうでしたか……」
「……その、何かあったんですか? どうにも村全体の雰囲気が暗い感じがして」
私がそう言うと、青年は暗かった表情を更に暗くさせ、顔を俯かせる。
「実は一週間ほど前に、村の子ども達が行方不明になったんです」
「……」
「村人総出で探し回ったんですが、結局見つかったのは、子どもの一人が身に付けていた、血に濡れたリボンだけで……」
「……辛い事を思い出させて、申し訳ございません」
青年の拳がフルフルと震えているのを見て、私は頭を下げる。
(これも呪術師の仕業か? だとしたら許せないな)
青年と同様、私の拳も震えていた。しかしそれは青年が抱く感情とは違い、怒りから来るものだった。
「慰めにしかなりませんが、子ども達が見つかる事を願います」
「っ、ありがとう、ございます……!」
私は青年を励ましながら、村に怪しい人物は居ないかと周囲を盗み見る。
「……」
その後ろで、レムがこちらをジッと覗いている事に気付かないまま。
▼▼▼
(……結局、当初予定していた半分の村人としか接触できなかったな)
村での買い物を終えた帰り道、私は密かに落胆していた。
村の子ども達が失踪し、村人達の気分は沈んでいた。そんな中で新顔の私を歓迎するムードになんてなる筈も無く、交流の一つもままならなかった。
(どうか、今日接触できた者の中に呪術師が居てくれたら良いんだが)
「……ヒロさん」
「ん? どうかしたか?」
考え事をしていた私に、前に出て歩いていたレムが声を掛ける。
「少し、行きたい場所があるんです。付き合って貰ってもよろしいでしょうか?」
「……あ、ああ」
彼女は歩みを止めて、私の方に振り返って改まった様子で言う。それに違和感を感じつつも、私は頷いて了承する。
「ありがとうございます」
そう言ってレムが向かったのは、なんと道から外れた草木生い茂る森の中だった。
「お、おい、何処へ行くんだ?」
「……ついて来て下さい」
レムは立ち止まり、振り返らずにそう告げる。どうやら、私が来るまで動かないつもりらしい。
「……はあ、分かった。君に従おう」
私はため息を一つ溢してから、レムについて行く事に決めた。
……その先に何が待っているのかも知らずに。
「……」
「……なあ、どこまで行くつもりだ?」
森の奥を進み続けて数十分、明るかった空はすっかり茜色に染まり、その空も鬱蒼とした木々が天井となって見えなくなっていた。
「これ以上は来た道に帰れなくなると思うのだが」
「……そうですね、ちょうど【奴ら】の領域に入りましたし」
「奴ら?」
奴らとはなんだ? そう聞こうとした時……
私の右足を、何か重いもので
「───は?」
「これでもう逃げられません」
ジャラジャラと、レムの方から鎖の音が聞こえた。自分の足元を見れば、鉄球が私の右足を潰していて、
「ぁ、グァアア!?」
「洗いざらい話してもらいますよ、ヒロさん……いえ」
遅れて私は激痛に襲われる。そうこうしてる間もレムは私に話しかける。
「魔女教徒……!」
その瞳には、マグマのように煮えたぎる憎悪が込められていた。
「はあ、はあ、魔女、教徒……?」
「とぼけないで下さい!」
私が呆けた表情を浮かべると、レムは鬼の形相になって声を荒げる。
「そんなに魔女の悪臭を漂わせて、無関係だなんて白々しいにも限度があります!」
(なんだ、彼女は一体何を言ってるんだ?)
痛みと混乱の中で、私は必死にレムの言葉を聞いて思考を回す。
「姉様とあなたが会話しているのを見ている時、レムは不安と怒りでどうにかなってしまいそうでした」
「姉様をあんな目に遭わせた元凶が、その関係者が……スバルくんを殺した犯人が、のうのうとレムと姉様の大事な居場所に!」
(元凶? 犯人? 不味い、彼女は何か致命的な勘違いをしている!)
なんとか誤解を解かなければいけない。そう思って動こうとした時、周囲に生き物の気配を感じた。
「なっ……!?」
「グルルル!」
あたりを見渡せば、犬のような獣が私たちを取り囲んでいた。
「もう耐えられません。あなたのその悪臭を嗅いでいると、殺意が抑えられないんです」
「待てレム! 野生動物に囲まれてる。私たちを狙っているんだ!」
「問題ありません」
動物に襲われると言って話を有耶無耶にしようとした私だが、レムは気にしない様子で懐から緑色の結晶を取り出す。
「結界です。これがあれば魔獣は近寄りません……レムだけは、ですが」
「……っ」
それはつまり、私は無事じゃ済まないということなのだろう。……そして、
「さあ、魔獣に食い殺されたくなければ知ってること洗いざらい吐いて下さい。レムと違って、魔獣の気は長くないですよ」
「……っ」
どうにも出来ない……どうにもならない。彼女を説得する為の言葉も、獣……魔獣を倒す力も、私には何も無い。
「……知ら、ない。私は魔女教徒じゃないし、スバルを殺した犯人じゃない」
だから私は、なんの捻りもない弁明の言葉を吐き出すことしか出来なかった。
「……そうですか」
その結果どうなるかは、火を見るよりも明らかだった。
「それなら、そのまま死んでください」
レムは踵を返して、足早にその場を立ち去る。
「───グルルル」
「ひっ、く、来るな!」
そして結界を持つ彼女が居なくなったからか、魔獣共が私ににじり寄って来て、
「や、やめろ、来ないでくれ……!」
「グルァア!!」
「ああああ!?」
……いくつもの魔獣が、私の四肢を、血肉を、貪り尽くした。