復讐の後は超強くてニューゲーム   作:実験者

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 時間稼ぎは伏黒甚爾と星野アイ。

 火力不足の二人は作戦会議をすることになる。

 

「星野アクアくん。君の背景は知っています。目的は?」

「みんなを生き残らせる」

「信じましょう」

「二人は死者の後があったプレイヤー。七海健人と伏黒甚爾であっていますか?」

「ええ、私も同じように参加者の星野アイと星野アクアとして認識してます。自己紹介は終わりにして戦力の確認です。こちらは術式と近接格闘です。そちらは?」

「まずアイを憑依させて、世界を騙す嘘を使う憑依経験。そして周囲の人間のステータスを俺と同じにする脚本折り。アイは純粋なパワーと、大嘘憑き(オールフィクション)というなかった事にするスキルが使えます」

 

 「大嘘憑き」の本質は、「指定した事象を、完全に『なかったこと』にする」 という一点に集約される。あらゆるものを対象にできる。

 傷、病気、死、存在そのもの、記憶、因果、概念——理論上、この世のほぼ全てを「無かったことに」して消し去り、あるいは「無かったことに」して蘇生・修復・改変できる。

 死んだ人間を「死んだ事実を無かったことに」すれば蘇生。

 敵の攻撃を「当たった事実を無かったことに」すれば回復。

 相手の存在を「最初からいなかったことに」すれば抹消。

 世界のルールすら「そんなものは無かったことに」して書き換え可能。

 これが本来の万能性だ。

 

 人間の枠組みを超え、時間ではなく因果律そのものに干渉する領域。

 最強ですら、理屈の上では対抗手段が存在しない隔絶した能力。

 

「大嘘憑きの使用は避けてください。なかった事にする対象が、黒沐死ではなくゴキブリに適用された場合、世界の生態系が一変してしまいます」

 

 この術式「大嘘憑き」を、本来の万能性を解き放ち、乱用し続けた場合——その危険性は、もはや呪術の範疇を超える。

 

 まず、因果の崩壊。死を「なかったこと」にし続ける。傷を、病を、存在を、記憶を、因果そのものを次々に虚構へ還す。

 一度「なかったこと」にした事象は、二度と元に戻せない。

 それは不可逆の改変だ。

 世界は少しずつ、「本来あるはずだった歴史」が欠落した穴だらけの抜け殻になっていく。

 

 味方の死を蘇生し続ける。人間の死への価値観に変化して、意味や意義が失われ、価値が崩壊する。

 敵の攻撃を「当たらなかったこと」にし続けると戦いの因果が途切れ、因果律が歪む自身の死を何度も否定 すると本来の「死」が積み重なり、魂の摩耗が加速する。

 世界のルールすら「そんなものはなかったこと」に 物理法則、呪力の流れ、時間軸そのものが崩れ始める。

 

 次に、術者の精神崩壊。

 無限の可能性を前に、「何でもなかった」ことは、逆に何も選べなくなる苦しみを生む。

 全てを「なかったこと」にできる男は、やがて「あること」の意味すら失う。喜びも、悲しみも、愛も憎しみも——全てを虚構に還せるなら、何が本物なのかわからなくなる。そして極めつけは、「なかったこと」にしたことを、さらに「なかったこと」にできないという絶対の縛り。

 

 乱用すればするほど、「この能力で消した事実」が積み重なり、それは永遠に残る傷跡となる。

 世界は「なかったこと」の山で埋め尽くされ、術者自身もその山の下敷きになる。

 

 最悪の場合——彼は世界そのものを「なかったこと」にし、自分すら「最初からいなかったこと」にして消える。だがそれは、「消えた」という事実すら残さない完全消滅ではない。

 

「消した」という痕跡だけが、虚空に永遠に残る乱用は、世界の終わりと、自身の終わりを、同時に招く。

 それが、大嘘憑きの真の代償である。

 

 

「わかりました。俺はどうすれば良い?」

「何も。アイさんと伏黒さんが何とかするでしょう。広範囲技がない私たちと黒沐死の相性は最悪です」

 

 黒沐死はゴキブリを撒き散らしながら、伏黒甚爾と星野アイの近接攻撃を耐えている。ゴキブリは本物のゴキブリであるが黒沐死により強化されており、苦戦している。

 天与の暴君である伏黒甚爾の近接攻撃。

 星野アイの世界を騙す嘘によって繰り出される演出効果の摩訶不思議な攻撃すら苦もなく耐えている。

 

「何か仕掛けが在りますね」

「ええ。黒沐死が特級呪霊とはいえ、相対する二人も特級レベルです。その攻撃が決定打にならないならば、それはヤツの能力が関係しています。ヤツを使うルールを解き明かし、ヤツの弱みを突きます」

「ルール。攻撃が通用しない。バリア。概念的に攻撃が不可能」

「五条さんみたいに攻撃が届かないわけではない。当たっているが威力が低い。異次元の超再生や超耐久というわけでもない」

「死滅回游のきっかけとなった渋谷事変に参戦した呪詛師のあべこべの能力。強い威力が弱くなり、弱い能力が強くなる術式を、死後意識継続ボーナスとして引き継いでいるとか」

「あべこべ。なるほど、普通のゴキブリにも適用されている。アイさんの嘘による範囲攻撃で、死亡するゴキブリにムラがあった。確度はあります」

「ならば次に考えるべきは上限と下限の範囲ですね」

「超火力で上限に越えるか、あるいは高火力と低火力を当てて下限を見極めるか……こちらに特級レベルが二人いますが有効打にならない。上限はかなり高いと見るべきですね」

「下限も同様でしょう。なら、上をぶち破りましょう。俺が怪物になります」

 

 俺は即座に決断した。

 

「縛りを刻みます。俺は大嘘憑きの無かった事にする能力を『傷』にしか使わない。死や、人間の存在、現象などには使わないことを宣下する。これは自らであり、アイであり、世界に対して宣言する。構わないか? アイ」

『いーよー!!』

「汎用性を捨てて回復限定的の能力へ。死すら無かった事にする無法を自ら捨てる縛り。これほどの対価を払ったならば」

 

 この星野アクアに取り憑く星野アイの術式は「大嘘憑き」。

 あらゆる事象を指定し、死すらも「無かったこと」にして蘇生させる。

 敵も、味方も、自身すらも。その万能性は、理論上、呪術という枠組みそのものを超越する領域にまで及ぶ。

 自身はどんな重傷も即座にゼロに戻す不死性に近い耐久。

 出血多量も内臓破壊も「傷」として無効化する。

 

 死の否定も、事象の完全改変も、存在の抹消も——すべてを捨て去った。代わりに得たものは、常軌を逸したフィジカルと、底なしの呪力の奔流。

 圧倒的な汎用性を自ら放棄した代償として、「一点突破」の極致へと到達した。 

 

 なぜか? 一点特化こそが逆転の一手になるという極端な信念があればこそ。万能性を捨てた代わりに得たものは、異常なまでの呪力総量と身体能力の爆発的強化。

 底なしの呪力奔流と、特級呪霊すら一撃で屠るフィジカル。

 それだけだ。だがその「だけ」が、今この瞬間、最強クラスの者ですら息を呑むほどの脅威となるだろう。

 

「俺の全ての能力が上昇してます」 

 

――フィジカル、呪力量、反応速度、術式の精度、精神の耐久。

 

 一点特化の極致だった身体が、今度は全方位で爆発的に膨張する。そして、もう一つの鍵。

 俺のスキル「脚本折り」。

 本来は、弱者が強者に使うための精神破壊の刃。

 相手に「弱者の視点」を強制的に体感させ、心を折り、闘志を根こそぎ奪う。だが、今の彼は違う。

 大嘘憑きの万能性を「傷」に縛り、その代償で得た異常な精神の静けさ。

 

 嵐のような闘争心と、湖のように凪いだ冷静さが、完全に融合した状態。

 そこに「脚本折り」を逆手に取る。

 対象は、七海建人。

 ――かつて「時間外労働」を嫌い、淡々と仕事をこなすサラリーマン呪術師。だが根底に、揺るがぬ責任感と静かな闘争心を抱えていた男。

 

 彼に「脚本折り」を放つ。しかし、それは弱者の視点を押し付けるものではない。逆だ。「俺と同じレベルの能力上昇」を、七海建人に強制的に与える。

 

 七海のフィジカルが跳ね上がり、呪力量が奔流となり、「比率術式・十劃呪法」の精度が、もはや人間の域を超える。  

 

 七海建人の心に、「星野アクア」が流れ込む。

 高い闘争心と、極限まで研ぎ澄まされた冷静さ。それらが、七海の中で完全に一体化する。

 七海建人は目の前の敵を、ただ淡々と、しかし圧倒的な速度と威力で、切り刻むだけの存在へと変貌を遂げた。

 

 二人は、師弟でもなく、上下関係でもない。ただ、同じ静けさを抱えた、二つの殺戮機械。

 

 戦場に立つ二人の姿は、鏡のようにシンクロしていた。

 

 七海の十劃が閃き、俺の拳が空を裂く。

 

 敵は傷を負う前に消滅する。

 新たな領域。全てを上昇させ、味方すら同じ高みへ引きずり上げ、そして共に、ただ傷を刻み続ける。冷静で、闘争的で、静かで、残酷。

 この二人が並んだ瞬間、世界の天秤は、完全に傾いた。

 敵に負ける姿は想像できない。

 

「火力は足りてますね。雑魚が散らせてます」

「ええ、協力すれば黒沐死も落とせます」

 

 風が低く唸り、ゴキブリの群れが這い回る音が、遠い雨のように絶え間なく響いている。

 黒沐死の気配は、もう空気そのものになっていた。

 

 重く、湿り、息苦しい。アイの温もりが胸の奥で静かに脈打っている。かつての「嘘」は、今やただの嘘ではなく、俺の体を構成する骨格そのものになっていた。

 

 大嘘憑きは「傷」に縛られたまま、別の道を極限まで掘り下げていた。呪力量は底なしに膨れ上がり、体術は風を切り裂く速さへ、反応は時間の隙間を縫う精度へ。そして何より、「嘘」を信じさせる力が、異常な領域に達していた。

 

 俺は静かに息を吐き、息を乱さず雑魚ゴキブリを退けた七海健人を見た。

 彼は壁に背を預けたまま、いつものようにネクタイをわずかに緩め、疲れた目で俺を返していた。

 

「お二人とも。一度、撤退しましょう。作戦会議が必要です」

 

 言葉が空気に溶けた瞬間、七海の体が一瞬、揺れた。いや、揺れたのは世界の方だった。十劃呪法の比率が、空間そのものを切り裂く刃へと変わる。

 

 呪力の奔流が彼の肉体を包み、特級呪霊すら凌駕する存在感が、そこに生まれた。七海は小さく息を吐き、眼鏡の位置を直した。表情は変わらない。ただ、わずかに唇の端が上がった。

 俺、星野アイ、伏黒甚爾、七海健人が揃う。

 

「アイと俺。伏黒甚爾と七海健人。全員特級レベルです」

 

 俺の声は静かだったが、それはもう単なる言葉ではなかった。脚本そのものだった。世界を書き換える、薄い紙のような嘘。

 

 伏黒甚爾は少し離れたところで、両手をポケットに突っ込んだまま、ぼんやりと俺を見ていた。口元に薄い笑みが浮かんでいる。

 

 アイの存在が、俺の視界の端で優しく笑う。七海がゆっくりと歩み寄ってきた。足音が埃の上に小さく響く。

 

「今、皆さんに『最強』という嘘を騙ります。けど性能が上昇が解除されるタイミングはわかりません」

 

 俺はそう呟いた。七海は立ち止まり、俺の顔をじっと見た。眼鏡の奥の瞳が、静かに光る。

 

「分かりした。短期決戦で行きましょう。メインは私と伏黒さんがやります。星野アクアくんは死なないように」

「はい、お願いします」

『私はー?』

「アイさんも前衛でお願いします」

『おっけー! サラリーマンさん!』

 

 俺は小さく頭を下げた。言葉の裏に、誰もが認めたくない真実が沈んでいる。俺の嘘は、いつか必ず綻びる。

 

 脚本折りで無理やり生み出された「特級」たちは、現実へと還る。特級という枠組みすら、俺の嘘で上書きされただけの存在だ。だが今、この瞬間——この布陣は、理論上あり得ない最悪のシナリオを実現していた。

 

 最強の者たちが、互いに補完し合う。敵は息を呑むだろう。黒沐死でさえ、一瞬、動きを止めるはずだ。

 

 外のざわめきが、一瞬、静かになった。

 ゴキブリの音が途切れ、風だけが低く唸る。七海がネクタイを締め直した。ゆっくりと、しかし確実に。

 

「戦闘開始です。各員、最善を尽くしましょう」

 

 その言葉が落ちた瞬間、体育館の空気が変わった。俺の体が動く。アイの笑顔が、俺の視界に重なる。伏黒甚爾が一歩踏み出し、七海の十劃呪法が空間を切り裂く。

 嘘が、現実を塗り替える。

 

 

 

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