復讐の後は超強くてニューゲーム 作:実験者
面接を終えた校庭は、まだ桜の花びらがちらちらと舞っていた。淡いピンクの花びらが風に乗り、ゆっくりと回転しながら地面に落ちていく。
新入生たちの笑い声や興奮した話し声が遠くから聞こえてくるが、俺とルビーの周りだけは少し静かだった。
制服のブレザーが少し重く感じる。新しい季節の匂いが、空気の中に混じっている。ルビーが不思議そうに俺を見上げてくる。大きな瞳が好奇心で輝いていた。
「なんで学校探検なんてするの?」
「これから三年間過ごす場所だろ。どんな設備があるか、どこに何があるか、知っておいて損はない。非常口の位置とか、図書室の雰囲気とか、屋上の鍵がかかってるかどうかとか……全部、意外と役立つ」
ルビーは少し首を傾げて、鼻を小さく鳴らした。いつもの子供っぽい仕草だ。
「うーん、あんまり意味なくない? 関係ない教室とかいっぱいあるじゃん。美術室とか家庭科室とか、使わないかもよ?」
「そうだな。意味がないかもしれない。でも、意味を見つけられる可能性もある。知らない場所にいきなり放り込まれるより、事前に把握しておいた方が心の余裕ができる。面倒なら先に帰ってもいいぞ」
ルビーは少し考えて、肩をすくめた。唇を軽く尖らせながら。
「うーん、じゃあ帰ろうかな。気をつけてね、おにーちゃん。迷子にならないでよ?」
「お前もな、ルビー。家に着いたら連絡しろ」
ルビーは小さく手を振って、軽い足取りで校門の方へスキップ気味に去っていった。後ろ姿が遠ざかるのを見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
一人になると、周りの喧騒が少し遠く感じる。
俺は静かに校舎の奥へ進んだ。階段を上がって三階の美術室の前を通りかかったとき、窓の向こうに懐かしい顔が見えた。
有馬かな。
彼女は窓辺に立って、外の桜をぼんやり眺めていた。長い髪が肩に落ち、午後の柔らかい光を受けて淡く輝いている。
頰に落ちる影が、どこか寂しげだ。俺は軽く手を上げて、気安く声をかけた。
「久しぶりだな、有馬」
有馬はびっくりしたように振り返り、目を丸くした。手が無意識に胸元に触れる。
「あ、アンタ!! この学校に来てたのね! 芸能科?」
「残念ながら一般だ」
「なんでよ!? アンタの演技力なら芸能科でも余裕で……」
「裏方志望なんだ。自分が表に出るより、周りを支える方が今の俺には合ってる。演出とかプロデュースとか、そっちの方が面白い」
有馬は少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。頰に小さなえくぼが浮かぶ。
「そうなの。勿体ないわね。……ってか、よく覚えてるわね、私のこと」
「ああ、懐かしいな。お互いに」
有馬の表情が少し曇る。視線が窓の外に戻った。
「そっちも覚えてるとは意外だ。共演したのは一回くらいだろ」
「え。全部覚えてるの?」
「覚えてるさ。俺の演技を見て泣いて、『もう一回撮らせろ!』って叫んでいたのを。あの時の顔、結構印象的だった」
「ぐはっ……」
有馬は苦々しい顔をして、唇を噛んだ。過去の自分がどれだけ痛々しかったか、彼女自身が一番わかっているのだろう。
俺は少し間を置いて、言葉を続けた。
「俺は演じることは少ないが、演じられないってわけじゃない。メンツに困ったときは声をかけてくれ。一定のスキルは保証する。必要なら、現場で調整役もやる」
有馬は少し目を伏せて、それから小さく頷いた。声が少し柔らかくなる。
「……ありがとう。でも、なんか変な感じがするわね。まぁ困ったときは頼らせてもらうわよ」
「ああ。有馬のためなら融通する」
有馬は照れくさそうに笑って、軽く手を振った。
俺も小さく会釈して、スマホを取り出して連絡先を交換した。互いの名前が画面に表示されるのを確認して、その場を後にする。
背中で有馬の視線を感じながら、階段を降りた。家に帰ると、リビングのソファにルビーが座っていた。
膝を抱えて、しょんぼりしている。肩が小さく落ち、いつもの元気がない。テレビは消えていて、部屋は静かだった。アイの声が、耳元で優しく響いた。
「慰めてあげたら? アクアなら簡単でしょう」
俺は頷いて、ルビーの隣に腰を下ろした。ソファが少し沈む。クッションの感触が柔らかい。
「オーディション、落ちたか」
ルビーは小さくうなずく。声が細い。
「うん……。全然ダメだった……」
「そうか。だが、まあうちの事務所でアイドルをやればいい。裏方としてアイドル部門を再稼働させてみせるさ。ルビーの歌、ちゃんと活かせるようにする」
ルビーの顔がぱっと明るくなった。瞳に光が戻る。少し涙が浮かんでいた。
「おお、お兄ちゃん頼りなる! でも……いいの? お兄ちゃん、無理してない?」
「さて。どうかな。それを見極めるためにやっている面もある。俺はどこまで動けるか、少し試している部分もある」
俺は静かに息を吐いた。前回の人生と比べて、自分の能力ははっきりと自覚できている。アイの天才性を補助輪のように借り受けられる感覚がある。
見ればすぐに真似できる。演技も、演出も、プロデュースも。すべてが、少しずつ鮮明に繋がっていく。
「有馬かな、MEMちょ、黒川あかね。あとは家族たちか。守るべき人達は」
『なら、頑張らないとね。死を体験してアクアには【愛/呪い】が見えるはず。その力を、どうするかは自分で決めないと』
殺人鬼の正体はもうわかっている。前回は探すところから始まったが、今は違う。正体もわかっているし、排除する余裕がある。同じ境遇の連中は不安要素ではあるものの危険視するほどではない。
ルビーが俺の袖を軽く引っ張った。小さな手が温かい。
「おにーちゃん、ありがとう」
俺はルビーの頭を軽く撫でて、静かに微笑んだ。
「ああ、応援する。ルビー。絶対に、輝かせてやる」
窓の外では、夕陽がゆっくりと沈んでいた。オレンジの光がカーテンを透かし、リビングを柔らかく染めていく。
新しい日常が、静かに、しかし確かに始まろうとしている。今度こそ、守り抜くために。失わないために。何度でも。