復讐の後は超強くてニューゲーム   作:実験者

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4話

 

 俺は自室のデスクに深く腰を沈め、パソコンの画面を睨んでいた。キーボードを叩く音が規則正しく響き、モニターの青白い光が顔を照らす。有馬から送られてきた資料――台本の修正案、現場のスケジュール表、キャストのプロフィール、予算の内訳――を一つ一つ開き、不要な部分を削ぎ落とし、必要な箇所を強調し、全体の流れを再構築していく。

 

 指先が自然に動く。

 頭の中ではすでに次のステップが三つ、四つと先読みされている。背後で、空気がふわりと揺れた。甘い香水の残り香のような、懐かしい気配。

 

『アクア。二つ思い出した事があるよ!』

 

 アイの声が、耳元で弾けるように響く。俺は手を止めず、画面から目を離さずに返した。

 

「なんだ、いきなり」

『死んだ後に続きがある場合、死を乗り越えた回数に応じてボーナスがあるの。雨宮先生としての死、星野アクアとしての死。アクアには二つのボーナスを得ている』

 

 指が一瞬止まる。俺はゆっくりと息を吐き、椅子を回してアイの方を向いた。彼女はいつものように部屋の中央に浮かんでいて、黒紫の長い髪が微かに揺れ、瞳が星を閉じ込めたように輝いている。

 死者のくせに、こんなに生き生きとしているのが不思議だった。

 

「内容は?」

『憑依経験と脚本折り。一つ目は私を視認して、それを憑依させることで自らの技能を拡張する能力。脚本折りは、他者の能力をアクアと同じにする』

 

 俺は静かに頷いた。

 頭の中でパズルのピースがカチリと嵌まる音がした。

 

 憑依経験はパッシブ。アイが見えている限り、彼女の技能は自動的に俺のものになる。オン・オフはもちろん、グラデーション調整も可能だ。

 

 アイの「見るだけで会得して、完璧に騙せる」天才性と、俺の冷徹な分析力が融合すれば、人を騙ることに特化した完璧な欺瞞マシンになる。

 

「ちゃんと使いこなすには実験が必要になるな。コードギアスのルルーシュもギアスを授けられたときに試していた」

『さぁ? 取り敢えずそれだけは教えておくね。忘れないように!』

 

 俺は目を細め、すぐに次の質問を重ねた。

 

「待て。アイの能力は? 死の後に意識が継続していることが条件なら、アイにもあるんだろう。そういうボーナスが。そして、アイの許可があれば俺にも使える。憑依経験が本当ならばな」

『おおっとそうだったそうだった。忘れてたよ。私は大嘘憑き(オールフィクション)。全てをなかった事にする能力』

 

 胸の奥で、何かが冷たく、鋭く固まった。俺は淡々と続ける。

 

「普通の概念系のバトル漫画なら出禁レベルだな。いや、日常だからこそ悪用できるし、文字通り無法だ。そもそもその能力でカミキヒカルをなかった事にすれば良い」

『うん、そうだね。アクアはやる?』

「やるさ。カミキヒカルを『なかった事にした』」

 

 アイの瞳がぱちくりと瞬く。少し呆れたような、でもどこか楽しげな表情。

 

『即断即決!? いやまぁ排除するなら早いほうが良いだろうけどさぁ。我が息子ながら恐ろしいよ』

 

 俺は感情を乗せずに、ただ事実を並べる。

 

「問題は本当に消えたかどうか、だ。あるいは蘇る可能性も考慮するべきだろう。概念的な能力は『愛』や『気合と根性』、『別の概念系の能力による上書き』による逆転が多い。大嘘憑きで消し飛ばして安心するには早いだろう」

『やっぱり頭が良いね。回転が早い。想像力が豊かなのかな? うん、そうだよ。別の概念による干渉は想定して損はない。ヒカルくんとは無関係でもね』

 

 俺は頷き、思考をさらに加速させる。敵は速やかに排除する。

 大切な人は必ず守る。

 三度目の人生で得たのは、この冷徹なまでの効率と、懸念事項への即時到達だ。

 人を超えた超越者的な精神。それは、感情を切り捨て、最適解だけを追い求める機械のような思考回路。だが機械のように淡々としているかといえば違う。

 

 復讐という呪縛から解放された今、俺の胸に広がっているのは、純粋な「楽しさ」だった。

 

「憑依経験はパッシブだ。これは置いておく。スキルとして意図して使うなら脚本折り(ブックメーカー)だ。周りを巻き込む以上、周りに気付かれる可能性も高い。晒す前提の立ち回りだ。大嘘憑きは最終手段であり、奥の手だ。あるいはセーフティネット」

『始解や卍解だね!』

「そこは虚化や完現術だろ。BLEACHで統一してくれよ」

『でもBLEACHって卍解の上ってないじゃん』

「確かに」

『アクアのこと愛してるからね』

「怨霊であるとのは否定しないのか。っと準備完了」

 

 俺はパソコンの画面に戻り、最後のファイルを保存した。アイが首を傾げる。

 

『それなに?』

「仕事の資料だ。有馬から送ってもらった資料を基に作成した。勝手に承諾したからな、ある程度の事務作業をショートカットする資料は作っておかないと、ミヤコさんに申し訳ない」

『へぇー、大変だね』

「三度目の人生だからな、要領良くやるさ」

 

 俺は椅子から立ち上がり、窓辺に寄った。夜の闇が広がり、街灯がぼんやりと光っている。遠くで車の音が聞こえ、時折風がカーテンを揺らす。復讐が終わった。

 

 カミキヒカルという呪いは、もう俺を縛らない。代わりに生まれたのは、健全で、温かい目標――みんなを守るということ。

 

 ルビーを、アイの夢を継ぐ輝きを。

 有馬を、MEMちょを、黒川あかねを、そしてこれから出会うかもしれない人たちを。そして、もう一つ。

 この世界に追加された、新しいコンテンツ――異能とそれを扱うプレイヤーがいるオンライン要素。

 俺は小さく笑った。唇の端が、自然に上がる。

 これは中々面白い。憑依経験でアイの天才性を借り受け、脚本折りで仲間を強化し、大嘘憑きを奥の手として温存する。

 

 どう組み合わせるか、どう隠すか、どう晒すか。

 どのタイミングでどの能力を使うか。

 プレイヤー同士の駆け引き、他の死者たちの思惑、概念干渉の可能性――すべてが、頭の中で無限に広がっていく。

 

 前世の復讐は、ただの暗い執着だった。

 でも今は違う。

 これはゲームだ。

 守るためのゲーム。

 楽しむためのゲーム。

 神へ捧げる生贄と呼んでも差し支えないだろう。更にいえば、適度なイベントがあることも予想される。

 

 俺達の人生を見ている上位存在達は、平凡な世界に異能を与えた。

 

 それを見て、異能者が争わないのは『神様視点』で『つまらない』だろう。少なくとも異能がある意味があるはずだ。

 物理的であれ、精神的であれ、社会的であれ、プレイヤー同士は惹かれ合うようにイベントを仕組まれることになる。

 

 俺は窓ガラスに映る自分の顔を見た。以前より、少しだけ柔らかい目をしている。

 

「さて……人生を始めよう」

 

 胸の奥で、何かが熱く、静かに燃え始めた。

 それは、復讐の炎とは違う。守りたいという想いと、未知のルールに挑む興奮が混じり合った、新しい炎だった。

 三度目の人生は、きっと、最高に面白いものになるに違いない。

 

 

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