復讐の後は超強くてニューゲーム 作:実験者
恋愛リアリティーショーに参加する。
その理由は黒川あかねのフォローだ。前回の世界では、ジャンル違いの仕事に参加したことによる不協和音で爆発炎上して大火傷だ。幸い事後処理によって持ち直したが、死ぬ可能性は十分ある。
恋愛リアリティーショーに参加する権限があるのは鏑木プロデューサーだ。彼のお眼鏡に叶えば、向こうから誘ってくるのだろうが、今回は『脚本折り』によって現場全体のクオリティを上げるという方法で名シーンを作り出した。故に鏑木プロデューサーの俺は記憶に残らない。
ならば、今から『俺しか目に入らない』ようにしてやる。
「アイ、憑依を頼む」
『いいよ』
俺は鏑木プロデューサーを遠くから様子を見る。心臓の鼓動が少し速いのは、俺のせいじゃない。
母さんが俺の中にいるからだ。同意の上で、ちゃんと話して決めたことだ。しかし『星野アイ』の力は息子とはいえ扱いが難しい。
立ち止まって、息を吐く。
頭の中で母さんの声が小さく響いた。
『大丈夫だよ、アクア。笑って。そして堂々と。貴方が一番だから』
「……わかってる」
煙草を吸うためにその場を離れる。それを追跡して、喫煙室へ入る。幸いなことに人がいない。
「君、未成年じゃない? 駄目だよ。入ってきちゃ」
「鏑木プロデューサーとお話があったので」
鏑木プロデューサーの声はいつも通り低くて、少し煙草臭い。俺は軽く頭を下げて、向かいの椅子に腰を下ろした。
「鏑木さん。時間取らせてすみません」
声が出た瞬間、自分でも少し違和感があった。
いつもより柔らかくて、甘い余韻が残る。
母さんの癖だ。
無意識に相手の心を掴もうとする、あの声の出し方。鏑木さんは顎に手を乗せたまま、じっと俺を見てる。
目が笑ってない。
でも、興味はある。
それがわかった。
「鏑木さんに、俺を売り込みに来ました」
鏑木さんの眉がピクリと動いた。
「……売り込み? 確かに今回の仕事では良くやってくれたし、顔も良い。かなちゃんの推薦だけあって演技も上手かったよ」
「ありがとうございます」
俺は自分の顔を指で差した。
「似ていませんか? ある人と」
「うん? そうだね、あるアイドルと似ている」
鏑木さんの目がわずかに見開かれた。驚きじゃなくて、計算が始まった顔だ。俺は淡々と、でもはっきりと続けた。
「母さんの最大の武器は、人を惹きつける力です。
嘘みたいな愛を、本物みたいに届ける力。ステージに立った瞬間に、観客の心を全部持っていく、あの力」
指を一本立てて、言葉に区切りをつける。
「一方で俺は、医大に合格できるレベルの頭を持ってます。数字も確率もリスクも利益も、全部計算できます。不利益を極限まで削って、利益を最大化する歯車として機能できます」
ここで少し間を取った。
「つまり『人を惹きつける能力』と『最大利益を計算し続ける知能』を同時に使えるタレントは、俺しかいません」
鏑木さんは黙って聞いてる。
その沈黙は嫌なものじゃなかった。
値踏みされてる実感があった。俺はもう一歩踏み込んだ。
「鏑木プロデューサー。俺を、貴方の手駒として使ってください。貴方の優先順位を最上位に置きます。他のどんなオファーよりも、鏑木さんの仕事を最優先に動きます」
最後に、静かに付け加えた。
「恋愛リアリティーショーに出させてください。あそこを、俺の試金石にしてください。そこで結果を出せば、次に鏑木さんが俺をどこに投入しても、必ず利益を生む歯車になります」
胸の奥で、母さんが小さく笑った気がした。
『上手く言えたね、アクア』
俺は最後に、ほんの少しだけ声を落とした。
その瞬間、視界の端で星が瞬いた。
母さんの瞳だ。鏑木さんは長い間黙ってた。やがて、ゆっくり背もたれに体重を預けて、口の端を歪めた。
「……面白い」
彼は立ち上がって、右手を差し出してきた。
「わかった。試してみよう。あと利益に関しては期待していない。君の……カリスマ性と呼ぼうか。それで全て染め上げられたら意味がない。どちらかといえばバランサーとしての役割を期待するよ」
俺は静かに立ち上がって、その手を握り返した。
『良かったよ! アクア!!』
俺は鏑木プロデューサーの手を握ったまま、わずかに視線を上げた。握手は短く、でもしっかりとした力があった。彼はすぐに手を離すと、再び椅子に深く腰を下ろし、指を組んで俺を正面から見据えた。
「さて、星野アクアくん」
鏑木さんの声は低く、探るような響きを帯びていた。
「面白い売り文句だったよ。アイの『惹きつける力』と、君の『計算する頭脳』。確かに魅力的だ。
だけど……僕は長くこの業界にいる。そんな都合のいい話には、必ず裏がある。あるいは落とし穴がある」
彼はゆっくりと息を吐き、目を細めた。
「だから率直に聞こう。僕が『星野アクア』を使うメリットとデメリットを、君自身がどう見積もっている?」
俺は一瞬、胸の奥で母さんが小さく身じろぎするのを感じた。でも、俺は表情を変えなかった。冷静に、理路整然と答える。
それが俺のやり方だ。
「メリットは三つあります」
俺は指を一本ずつ立てながら、淡々と説明を始めた。
「一つ目。視聴率と女性ファンの獲得力。母さんの『人を惹きつける力』は、画面越しでも機能します。特に恋愛リアリティーショーみたいな感情がむき出しになる番組では、俺の表情や声の端々に自然とそれが滲み出る。計算上、通常のタレント比で1.5〜2倍のエンゲージメントが見込めます」
鏑木さんは小さく頷いた。まだ疑いは消えていないが、興味は深まっている。
「二つ目。リスク管理と利益最大化。俺は感情で動かない。番組内で何が起きても、視聴率・スポンサー反応・炎上の可能性をリアルタイムで計算しながら動けます。不必要なスキャンダルを避け、必要な話題だけを意図的に残す」
三本目の指を立てる。
「三つ目。長期的なブランド価値の構築。一過性のバズじゃなく、母さんの『愛されるイメージ』を継承しつつ、俺の知性で『信頼できるタレント』というレイヤーを重ねられる。結果、CM、ドラマ、映画……次のステージへのステップが格段に早くなる」
鏑木さんは顎を軽く撫でながら、俺をじっと見つめていた。やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……デメリットは?」
俺は迷わず答えた。
「デメリットも三つ。一つ目は、『母さんとの相似性』が強すぎること。俺の笑顔、声のトーン、間……どうしても星野アイを連想させる。一部の視聴者からは『二代目アイ』『アイのコピー』と呼ばれ、オリジナリティを疑われるリスクがあります。特に古参のファンからは反発が出る可能性が高い」
鏑木さんの目がわずかに鋭くなった。
「二つ目。感情の欠如が仇になる場合。俺は基本的に冷めています。母さんの『愛』は嘘でも本物でも届くけど、俺はそれを『演技』としてしか出せない。長期間同じ番組にいると、『心がない』『計算高いだけ』という内外からの批判が蓄積する恐れがあります」
そして、最後の一つ。
「三つ目……血縁の匂わせがバレること」
俺はそこで、わざと視線を少し落とした。
「俺が母さんとあまりにも似すぎている。仕草、話し方、笑い方……全部。視聴者やマスコミが嗅ぎつければ、『星野アクアは星野アイの息子なのか?』という憶測が一気に広がります。そうなると、俺の『商品価値』は一時的に跳ね上がるかもしれないけど、同時に『アイの遺児』というレッテルが貼られ、自由なキャスティングが難しくなる。それはアイドルを目指す妹のスキャンダルに繋がる。俺にとっては……それが一番のデメリットです」
鏑木さんは長い沈黙を置いた。やがて、ゆっくりと息を吐いて、口元に薄い笑みを浮かべた。
「……血縁、ねぇ」
彼は俺の顔をまじまじと見つめ、首を軽く傾げた。
「似すぎだと思ってたんだよ、最初から。いや、似すぎてるってレベルじゃないね。まるでアイ君がそこにいるみたいだ」
俺は答えなかった。ただ、静かに鏑木さんの目を見返した。鏑木さんは小さく笑って、椅子の背もたれに体重を預けた。
「面白い。本当に面白いよ、星野アクア君。君みたいな商品は、そうそう出てこない。しかも跳ねる前の大安売りだ」
彼は立ち上がり、喫煙室から外に出る。
「よし。そのメリットとデメリット、全部ひっくるめて、賭けよう。恋愛リアリティーショーから始めよう。応援しているよ、アクア君」
俺も時間をあけて外に出る。
『今日は色々あったねぇ。恋愛リアリティーショー。やることはいっぱいだ』
「でも充実している感覚はある。しなければ、ではなく、したい、だからな。復讐が虚しいって言われるのはストレスフルで脳が破壊されるからだろう。怒り、妬み、憎むのはハイパワーな反面、カロリーを消費する」
『痩せるかな?』
「ズレてるズレてる」