復讐の後は超強くてニューゲーム   作:実験者

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俺は有馬かなに連絡する。

 

 

アクア:暇?      11:00

有馬かな:なに?    11:02

アクア:家行っていい? 11:02

有馬かな:良いわよ   11:30

 

 有馬かなの家のリビングは、午後の陽光がゆっくりと傾き始め、窓辺のカーテンを淡い金色に染めていた。

 

 古い木造の一軒家特有の、かすかな木材の匂いが漂い、床の畳が少し擦り切れているのが目に入る。キッチンのカウンターには、俺がコンビニの袋から取り出した肉じゃがの材料が無造作に並んでいた。

 

 じゃがいもは土がついたまま、人参は鮮やかな橙色、玉ねぎは薄皮が剥けかけ、牛肉のパックからはわずかに冷気が立ち上っている。

 

 醤油の瓶、砂糖の袋、みりんの小さなボトル。スーパーのレシートが袋の底にくしゃくしゃに丸まっていた。

 

 有馬はエプロンを腰に巻き、腕を組んで俺を睨むように見ていた。紅のストレートボブが肩に落ち、瞳が少し警戒と好奇心の間で揺れている。童顔の彼女がこんな表情をすると、どこか幼い頃の面影が浮かんでくる。

 

「何それ」

「肉じゃがの材料」

「なんで?」

「料理作ろうと思って」

「なんで?」

 

 俺は袋をシンクに置きながら、淡々と答えた。

 

「美味しいぞ」

 

 有馬は小さく鼻を鳴らし、肩をすくめた。

 

「まぁ作ってくれるなら食べて上げても良いわよ」

「お前も作るんだよ」

「なんで!?」

 

 彼女の声が跳ね上がり、キッチンの狭い空間に響いた。俺は笑わずに、じゃがいもの皮を剥き始めた。包丁の刃が土を削ぎ落とす音が、静かに続く。

 

 有馬はしばらく睨んでいたが、結局、エプロンの紐をきつく結び直し、俺の隣に立った。

 肩が触れ合う距離。彼女の体温が、薄い布越しに伝わってくる。キッチンは本当に狭かった。二人で立つと、肘がぶつかりそうになる。

 

 俺はじゃがいもを一口大に切り、かなは人参を乱切りにした。包丁の音が交互に響き、時折、彼女の息遣いが聞こえる。テレビはつけっぱなしで、どこかの昼間のワイドショーが流れている。ゲストの笑い声が、遠くから届いてくる。

 

「アクアって、意外と手際いいのね」

「一人暮らし長いからな」

「ふーん」

 

 有馬は玉ねぎを切る手を止め、俺の横顔をちらりと見た。涙が出そうになって、彼女は慌てて袖で目を拭う。

 

「玉ねぎって、なんでこんなに涙出るのよ……」

「硫化アリルが目に入るからだろ」

「知ってるわよ、そんなこと」

 

 彼女はむっとした顔で玉ねぎを鍋に放り込んだ。俺は牛肉を炒め始め、油がジュッと音を立てる。香ばしい匂いが部屋に広がり、キッチンの空気が少しずつ温かくなった。

 

 調理が終わり、二人は小さなダイニングテーブルに向かい合って座った。肉じゃがの湯気が立ち上り、テーブルの上に柔らかな白い霧を作っている。

 有馬はスプーンを手に取り、一口食べて、目を細めた。

 

「美味しい」

「それは良かった」

「美味しいんだけど……この一連の流れは何なんの?」

 

 俺は箸を置いて、彼女の顔をまっすぐ見た。

 有馬の瞳が、少し揺れている。

 

「一人は寂しいからな。この仕事は色々あるし、死にたくなるようなこともあるだろ。その時に、最後の会話をする相手くらいには仲良くなりたいんだよ。お前と」

 

 有馬はスプーンを止めた。表情が複雑に歪む。眉が寄り、唇がわずかに震える。

 

「アンタ、随分と凄いこと考えてるわね。それ同情? なら迷惑よ。腹が立つ」

「かもしれないな。まぁ、俺が勝手にやることだ。本気で嫌なら本気で断ってくれ。少なくとも今は素直に有馬かなと一緒にご飯を食べたいと思っているよ」

「……」

 

 有馬は黙って肉じゃがをもう一口食べた。頰が少し緩む。でも、すぐにまた眉を寄せる。彼女は箸を置いて、テーブルに肘をついた。

 

「なんで料理なの?」

「料理を一緒にやると色々と良いことがあるんだ。恋人関係がやる夜の営みと同じくらい幸福感があるらしい」

「恋人!?」

 

 有馬の声が跳ね上がり、顔が一瞬で赤くなった。俺は小さく肩をすくめた。

 

「勘違い男ではないから、有馬のことを俺の女だ、みたいな事は思ってないぞ」

「それは思っていいわよ」

「え?」

「ごめん、嘘」

 

 有馬は慌てて視線を逸らし、髪を耳にかけた。俺は苦笑した。

 

「じゃあ責任取ってよね」

「なんの?」

「私の始めてを奪ったことの」

「料理が該当するなら俺達は自分の子供を食べるサイコパスカップルになるな」

「カップル!?」

「反応するポイントが小学生なんだよ。大丈夫? メンタルヘルス。良い病院紹介しようか? 俺も定期的にカウンセリング受けているけど楽になるぞ」

「いらないわよ!! って、アンタカウンセリング受けてるの?」

 

 俺は箸を置いて、静かに頷いた。声は低く、でもはっきりとした。

 

「親が目の前で殺されてな。その死ぬ瞬間を最後まで看取ったから、メンタルぶっ壊れた可能性がある。妹は直接見てないが、かなりズタボロだったし、俺は抱きしめられながら母が死んだ瞬間だったからな。そうとう心配された」

 

 有馬の表情が、ぱっと変わった。気まずそうに、唇を噛む。彼女はテーブルに視線を落とし、指先で箸を弄んだ。

 

「踏み込んで悪かったわ」

「誰にも言うなよ。有馬を信用信頼しているから言ったんだから」

「ええ、墓まで持っていくわ。というか私への信頼というか評価高いわね」

「うーん、うん。高いぞ。信用と信頼。鏑木プロデューサーからも可愛がられるし、役者かどうかは別として業界からは求められている人材だ」

「一言余計よ、ぺっ」

 

 有馬は黙って肉じゃがを食べ続けた。スプーンが、時折止まる。窓の外では、夕陽がゆっくりと傾き、部屋の影が長く伸びていく。

 

 テーブルの上に落ちる赤い光が、肉じゃがの表面を優しく照らす。匂いが、部屋全体に満ちていた。俺は彼女の横顔を見ながら、静かに思った。かなは強い。

 

 子役時代から売れて、売れなくなって、それでも這い上がってきた人間だ。でも、限界はある。覚悟を決めていても、痛いものは痛い。辛いものは辛い。苦しいものは苦しい。

 

 俺は彼女の心の支えになるとまでは言えない。ただ、きっかけくらいにはなりたかった。一緒に料理をして、一緒にご飯を食べて、少しだけ、寂しさを薄めるきっかけに。

 有馬はぽつりと呟いた。

 

「……また、来なさいよ。次は私が用意しておくから」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「ああ。楽しみだ」

 

 彼女は小さく笑った。いつもの毒舌が、少しだけ柔らかくなっている。部屋に、肉じゃがの温かな匂いが残っていた。

 

 夕陽が、テーブルの上に赤い光を落とす。俺たちは黙って、ゆっくりと食事を続けた。箸の音が、静かに響く。外の風が、カーテンを軽く揺らし、部屋の空気を優しくかき混ぜていく。

 食事が終わると、かなは皿をシンクに運びながら、背中越しに言った。

 

「……今日は、ありがとう」

 

 俺は立ち上がり、彼女の隣に立った。

 

「こっちこそ」

 

 夕陽が沈み、部屋が少しずつ薄暗くなっていく。俺たちはそのまま、静かに片付けを始めた。肩が触れ合う距離で、言葉はもう必要なかった。ただ、そこにいること。

 それが、今の俺たちにできる、ささやかな繋がりだった。

 

 

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