原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者) 作:板前さん
北海道、大雪山の深奥。外界から隔絶された神遺(かむいやり)の屋敷は、真夏でさえ吐く息が白くなるほどの霊気に満ちている。
十歳の神遺カムイは、屋敷の地下深く、幾重もの結界に守られた「神の蔵」の前に立っていた。その瞳には、子供らしい輝きの代わりに、燃え残りのような昏い情熱が宿っている。
彼は、転生者だ。
前世で読み耽った「物語」の記憶。それは彼にとって、単なる娯楽ではなかった。理不尽に抗う少年たちの輝き、散っていく命の美しさ、それらすべてを愛していた。だからこそ、今この現実として存在する世界で、愛した登場人物たちが、呪霊という悪意の塊に玩具のように使い潰される未来が、どうしても我慢ならなかったのだ。
(あいつらが、あんなに必死に生きて、笑って、もがいた結果が……あんな結末であってたまるかよ・・・)
「……いつまで、そうやって繋がれているつもりだ」
カムイが暗闇に向かって声をかけると、太い鎖が擦れ合う鈍い音が響いた。
闇の奥から現れたのは、銀白の毛並みを持つ巨大な狼の自然呪霊――レタㇻ。神遺家の伝統において、神霊は支配し、自我を削ってこそ「力」として制御できるものとされる。
カムイは、父から教わった支配の印を組む代わりに、結界の境界線をまたぎ、レタㇻの目の前で胡坐をかいた。
「俺はあんたを支配しない。神遺の古いやり方は、もう飽きただろ」
カムイはレタㇻの冷たい額に手を触れ、自身の脳内に刻まれた「地獄の結末」を流し込んだ。
「見てろよ。あんたたちがここで腐っている間に、人間の悪意から生まれた薄汚い呪いたちが、この世界を支配する。あんたたちが愛したこの大自然も、あいつらのエゴで全部塗り潰されるんだ」
レタㇻの虚ろだった黄金の瞳に、一筋の光が宿る。それは長年忘れ去られていた、自然霊としての獰猛な矜持。
「クク……面白いことを。人の子が、数年先の『滅び』に憤り、神を誘うか。……その怒り、本物であるな」
レタㇻは自らの意思で、神遺家が施した呪縛の鎖を噛み砕いた。支配という檻が壊れ、カムイと呪霊の間に、互いの命を燃料とする対等な「共犯のパス」が繋がる。
「退屈して死ぬよりは、お前の怒りに乗って地獄をブチ壊しに行く方がマシだ。……さあ、始めようか、小僧」
白狼の呪霊がカムイの影に溶け込み、少年の前髪が、契約の代償としてハラリと白く染まる。
愛した世界を、誰にも汚させない。
転生者カムイの、孤独で熱い反逆がここから始まった。