原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者)   作:板前さん

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第11話

東京都立呪術高専、遺体安置所。

降りしきる雨の音さえ届かない地下室で、カムイは解剖台の横に座り込んでいた。

 

右腕の感覚はない。左半身もアッコロの冷気に侵され、体温を失っている。だが、そんな肉体の痛みなど、胸に空いた穴に比べれば無に等しかった。目の前には、白い布を被せられた虎杖悠仁が横たわっている。

 

「……カムイ。もう一日中、そこにいるよ。君の体も限界だ。……あとは硝子に任せなよ」

 

背後から響く五条悟の声は、重く、静かだった。眼隠しの下から溢れ出る殺気にも似た呪力。五条は、教え子を救えなかった自分への怒りと、その機会を奪った上層部への憎悪を隠そうともしていなかった。最強の男ですら、この「死」を、受け入れがたい現実として飲み込もうとしている。

 

だが、カムイは顔を上げなかった。血走った黄金の右目(カパッチリ)で、白い布の奥に渦巻く「澱み」を凝視し続ける。

 

「……死んでない。まだ、死なせない」

 

掠れた声が、地下室に響く。

 

「……カムイ。気持ちはわかるけどね、心臓がないんだ。呪力も消えた。……現実を視なよ」

 

「あんたに何がわかるッ!!」

 

カムイが吠えた。五条を睨みつけるその瞳には、狂気にも似た執着が宿っていた。

 

「六眼に視えないからって、死んだと決めつけるな。あいつ(宿儺)が……あの傲慢な呪いの王が、唯一の『器』をこんなところで手放すはずがない。生き返る。宿儺が悠仁を直す。……俺には視えるんだ。魂の底で、まだあいつらが……わらっている音が……!」

 

転生者としての知識。それは今、カムイにとって「予言」ではなく「唯一の救い」だった。そうでなければ、自分の力の暴走で友を死なせた事実に、心が耐えきれなかった。

 

「(生き返れ……生き返れ、悠仁……! お前が死んだら、俺のこの力は何のためにあるんだ……!!)」

 

カムイは虎杖の冷たい手に、祈るように自分の手を重ねた。

 

その時だった。

「――っ!! げほっ、ごほっ!! ……あ、れ? ここ、どこ……?」

 

ガバッと、白い布を跳ね除けて虎杖悠仁が起き上がった。

「……わっ! カムイ!? お前、なんでそんな泣きそうな……いや、泣いてんのか?」

 

「…………っ」

 

五条が言葉を失い、家入硝子がメスを落とす。

カムイは、目の前で心臓を再生させ、マぬけな顔で座り込む友の姿を視て、ようやく肩の力を抜いた。視界が激しく歪み、熱いものが頬を伝う。

 

「……バカ野郎。……遅いんだよ、帰ってくるのが……」

 

「え? ああ……わりぃ。なんか、宿儺と話してた気がするけど……」

 

虎杖が首を傾げる。その喉元。カムイのカパッチリは捉えていた。宿儺が残した、見えない呪力の「縛り」を。

 

救われた。だが、それは運命が好転したわけではない。カムイの無力さが、宿儺に「貸し」を作らせたのだ。

 

数日後。高専の裏山。

カムイは自らの精神の深淵――白濁した影の海へと潜っていた。

 

(……クク、笑わせるぜ。あの呪いの王にコテンパンにされて、今度は一人で反省会か? なぁカムイ、そんなに自分を責めるなら、いっそ俺がその弱気を喰らってやろうか?)

 

影の中から銀白の狼、レタㇻが不敵な笑みを浮かべて這い出した。

 

「全くだ。……情けないな、お前たちを背負っておきながら」

 

カムイが顔を上げると、そこには泰然と座す巨躯、羆のキムンがあった。彼は一言も発さない。だが、その静かな双眸が「立て」と語っていた。すると、頭上から凛として毒を含んだ声が降る。

 

『レタㇻとキムンを手懐けて、得意げね。地を這う獣を揃えて、満足かしら?』

 

黄金の鷲、カパッチリがカムイの肩へと舞い降りる。皮肉を吐きつつも、その眼は主の覚悟を試していた。そして、その輪の中心で、圧倒的な呪力の奔流――アッコロが静かに揺らめいた。

 

『……ふふ。可愛い坊や。私の愛を、どうやって形にするつもりかしら?』

 

「……分かってる。単に個別の力を出すだけじゃ、お前たちのポテンシャルを殺すだけだ。これからは『掛け合わせ』ていく」

 

カムイは、アイヌの「和」の循環と、神遺家の「呪縛」の理を脳内で編み合わせた。

 

「レタㇻの影の中に、キムンの質量とアッコロの中和を流し込む。カパッチリ、お前がその呪力のベクトルを最適化しろ。……個別の術式を、一つの複合した『拡張術式』へと昇華させるんだ」

 

カムイの呼びかけに、四柱が呼応する。

単体の顕現ではなく、互いの呪力が混ざり合い、新たな術の形を成していく。レタㇻの影はアッコロの冷気を帯びて「捕食」の性質を持ち、キムンの右腕はカパッチリの看破を得て「必中」の重圧へと変わる。

 

「……そして、これら全ての拡張術式を同時に、かつ円環状に展開することで――」

 

カムイが精神世界から現実へ意識を戻すと、周囲の空気は一変していた。

 

「神霊呪法・拡張術式『神遺・呪縛円陣(カムイ・レウキ)』」

 

それは、個別の力を掛け合わせて運用する「拡張術式」。

アイヌの「和」で四柱の出力を調和させ、神遺家の「呪縛」でその空間の法則を固定する、絶対的な秩序の結界。アッコロの膨大な呪力をレタㇻが影の回路で巡らせ、キムンが壁となり、カパッチリが理を定義する。

 

これまで暴走していたアッコロの呪力が、円陣という「型」を得ることで、初めて「対領域・対術式」の絶対的な中和空間として定着したのだ。

 

「……へぇ。個々の力を複合させて、最終的に『円陣』というシステムに組み上げたか。アイヌの巡らせる知恵と、神遺家の縛る理の融合……面白いね」

 

いつの間にか現れた五条が、感心したようにその結界の縁を眺めていた。

 

「単なる呪力同期じゃない。複合した拡張術式を円形に展開することで、小さな『世界の法則』を上書きしてる。これは君だけの、未完成の領域だ。……これなら、領域に対する一つの回答になるね」

 

「……まだ、片鱗ですよ。ですが、これでもう宿儺に『ガラクタ』とは言わせない」

 

カムイの髪は白銀に輝き、その瞳には相棒たちへの絶対的な信頼が宿っていた。

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