原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者)   作:板前さん

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山の王、痛覚の盟約

レタㇻとの契約から数日。神遺(かむいやり)の屋敷内には、凍り付くような緊張感が漂っていた。嫡男カムイが、当主の許しなく「神の蔵」の封印を解き、白狼を支配下から解放したという噂は瞬く間に広がったのだ。

 

「カムイ……お前、何を血迷った」

 

広間に呼び出されたカムイを待っていたのは、父、神遺ゲンと、並み居る親族たちの冷ややかな視線だった。

父の周囲には、細く削り取られた呪霊の断片たちが、意思のない兵器として浮遊している。それがこの家の「正しさ」だ。神を削り、檻に入れ、安全に力を掠め取る。

 

「血迷ってなんかいない。檻に入れた力じゃ、足りないんだ。俺は『本物』が欲しい」

 

「不遜なり!」

長老の一人が杖を叩きつける。「ならば証明せよ。支配を捨てたお前が、山の主の逆鱗に耐えられるのかをな」

 

突きつけられたのは、家系内でも最も暴虐とされる自然呪霊、キムン(羆)の再調伏だった。キムンは数代前の当主に深手を負わせ、現在は地下の特級忌庫に厳重に封印されている。本来なら数十人の術師で数日かけて行う「支配の儀式」を、カムイ一人で完遂しろという、事実上の死刑宣告だった。

 

地下忌庫。

重い鉄の扉が開くと、そこには「暴力」そのものが形を成したような巨躯が鎮座していた。

五メートルを超える黒い影。山に踏み入る人間を喰らう羆への畏怖から生まれた呪霊――キムンは、首に巻かれた無数の呪縛の鎖を軋ませ、憎悪に満ちた咆哮を上げた。

 

「(……おい、カムイ。あいつはレタㇻみたいに話せねぇぞ。支配されすぎて、心まで獣に戻っちまってる)」

 

影の中からレタㇻが警告するが、カムイは歩みを止めない。

彼は手にした呪縛の呪符を、床に投げ捨てた。

 

「キムン。あんたが怒っているのは、人間に負けたことじゃない。その鎖で、あんたの『誇り』を縛られていることだろ」

 

キムンの巨大な爪が、空気を切り裂きカムイに襲いかかる。カムイは避けない。あえてその一撃を、呪力を込めた右腕で正面から受け止めた。

 

「が……っ、は……!」

 

凄まじい衝撃。右腕の骨が軋み、筋肉が裂ける。だがカムイは、その激痛に顔を歪めながらも、キムンの瞳を真っ向から見据えた。

 

「俺は……あんたを縛らない。その代わり、俺の右腕をあんたの新しい居場所にしてやる。あんたの怒りも、痛みも、俺が全部半分持ってやるから……!」

 

カムイが提示した契約の代償は、「痛覚の共有」。

呪霊が傷つけばカムイも痛み、カムイが傷つけば呪霊も狂う。主従ではなく、同じ痛みを分かち合う「半身」としての契約。

 

キムンの動きが止まった。

数百年、鎖で繋がれ、力を奪われるだけだった孤独な怪物にとって、自らの痛みを「分かち合う」という少年の狂気は、何よりも救いとして響いた。

 

ドクン、と巨大な鼓動が重なった。

キムンの巨躯がドロリと溶け、カムイの右腕へと吸い込まれていく。皮膚の下を、山そのもののような重厚な呪力が駆け巡り、右腕には羆の毛並みを思わせる禍々しい呪印が刻まれた。

 

「……っ、あ……あ、はは……。あぁ、これだ。これが本物の『力』だ」

 

激痛と共に右腕に宿る、圧倒的な破壊の衝動。

カムイは荒い息をつきながら、地下から這い上がる。広間で待っていた父たちは、無傷ではなく、呪霊と血を分かち合った異形の姿で戻ってきた息子を見て、恐怖に震え上がった。

 

伝統を壊し、呪いと心中する道を選んだ少年。

その噂は、雪風に乗って、北海道を視察中の「最強」の耳に届こうとしていた。

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