原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者) 作:板前さん
アイヌ呪術連盟。それは、大和(本土)の呪術界とは異なる独自の発展を遂げた、北海道を拠点とする呪術師たちの集まりである。彼らの役割は、広大な北の大地に眠る「自然呪霊(じゅれい)」の管理と、それらが引き起こす災害の抑止。
その中でも神遺(かむいやり)家は、連盟内で最も古く、最も禍々しい役割を担っていた。彼らは強力な自然呪霊を、家の地下や禁足地に「檻」として封じ込め、その力を神として祭り上げることで、北海道の呪力バランスを無理やり均衡させていたのだ。
十歳のカムイは、その「檻の番人」として育てられていたが、家系が重んじる支配の術式をことごとく無視し、呪霊との「対話」を始めていた。
「……ふん。レタㇻとキムンを手懐けて、得意げね。地を這う獣を揃えて、満足かしら?」
屋敷の背後にそびえる針葉樹の頂。そこから、冷ややかな声が降ってきた。
見上げれば、逆光の中に黄金の翼を広げた大鷲の呪霊――カパッチリが、枝に爪を立ててカムイを見下ろしている。
カパッチリは、神遺家が代々追い続けてきた、未だ調伏できぬ「空の主」だった。神遺家の術師たちは、彼女を檻に入れようとして多くの命を失い、今はただ「不可侵の神」として屋敷の周辺を旋回することを許しているに過ぎない。
「満足なんてしてないよ。あんたを狙いに来たんだ」
カムイは、キムンとの契約によって強化された脚力で、一気に樹上へと跳躍した。
「支配しに来たのではないわね、その目は。……気味が悪いわ、人の子のくせに、私と同じ高さに立とうとするなんて」
カパッチリの周囲に、鋭利な呪力を持った「氷の羽」が展開される。
カムイは、自身の右目を指差した。
「支配じゃない。契約(ウカリ)だ。あんたの目になって、あんたが一生届かない『地獄の底』を見せてやる。その代わりに、あんたの翼を俺に貸せ」
カパッチリは黄金の瞳を細めた。この十歳の少年は、神遺家の長老たちが抱くような「敬畏(おそれ)」を持っていない。あるのは、これから世界を襲う「嵐」を何としても御さんとする、狂気にも似た責任感だ。
「……面白いわね。死ぬまで、私に空を教えなさい」
黄金の羽がカムイの右目に吸い込まれ、視界が爆発するような熱を帯びる。
カパッチリの視覚を共有する。それは、十歳の脳には耐え難いほどの膨大な空間情報の流入。しかし、カムイは歯を食いしばり、左目で現実を、黄金の右目で「全方位の呪力」を捉え、その場に立ち続けた。
その「異質」な契約の瞬間を、屋敷の門前から眺めている男がいた。
黒い目隠しに、場違いな軽装。現代最強の術師、五条悟である。
五条は今回、アイヌ呪術連盟本部との「特級自然呪霊の移動制限に関する協定」の見直しのために北海道を訪れていた。だが、彼の「六眼」は、連盟がひた隠しにする神遺家の離れで、三柱の特級相当が十歳の少年に「懐いている」異常事態を捉えていた。
「いや〜、びっくりした。連盟のジジイたちが『神遺の跡取りが狂った』って泣きついてくるから見に来たけど……これ、狂ってるんじゃなくて、君が規格外なだけだね」
五条は、現れた父・ゲンの制止を片手で制し、カムイの目の前に降り立った。
「君、名前は? ……カムイ君か。いい術式だね、支配を捨てて共犯者になるなんて。神遺の相伝を自分でアップデートしちゃったわけだ」
「……五条、悟」
カムイは右目の激痛に耐えながら、最強の術師を見つめ返した。
「お、僕を知ってるんだ。光栄だね。……ねぇカムイ君、君はここで終わる器じゃない。六年後……君が十六歳になったら、僕の学校に来なよ。君のその『共犯者たち』を、存分に暴れさせてあげられる場所を用意しておくからさ」
それは、連盟への外交としての顔ではなく、一人の術師としての純粋なスカウトだった。
「……六年、待ってろ。全部揃えてから行ってやる」
五条は満足げに笑い、ひらひらと手を振って去っていった。
それを見送るカムイの背後には、狼の影、羆の腕、そして鷲の眼。
神遺家の「厄介者」が、世界を変える「爆弾」へと変わるための、六年に及ぶ過酷な修行の日々が幕を開けた。