原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者) 作:板前さん
五条悟という「最強」が去った後の神遺(かむいやり)家は、静まり返った雪原のような、冷徹な静寂に支配された。
アイヌ呪術連盟と神遺家が下した結論は、カムイを十六歳までこの屋敷に「隔離」し、時が来れば東京へ「厄介払い」すること。それは事実上の放逐であったが、十歳のカムイにとっては、運命を塗り替えるための力を練り上げる、至高の執行猶予となった。
「……いい。誰も来ないなら、その方が好都合だ」
カムイは屋敷の端にある、古びた離れに自らを閉じ込めた。
そこは、かつて「神」を呪縛するための檻だった場所。しかし、今のカムイにとっては、三柱の呪霊たちと魂を研ぎ澄ませるための、聖域へと変わっていた。
呪力の混濁、異形への進捗
修行は凄惨を極めた。
神遺家の正道である「呪霊の自我を削る術式」を、カムイは真っ向から否定した。彼が行ったのは、自らの精神領域に呪霊を招き入れ、一つの器を共有する「共犯」の深化である。
「(クク、いいぞカムイ。もっと影の底へ沈め。俺の視界と、お前の意識を混ぜ合わせろ)」
影からレタㇻが囁けば、カムイは音もなく闇に溶け込み、慣性すら無視した踏み込みを見せる。
右腕には、キムンの脈動。心臓の鼓動を羆のリズムに同調させると、カムイの血管には溶岩のような呪力が駆け巡り、一拳で凍てついた大岩を粉砕した。
そして右目――カパッチリの黄金。
当初、数秒の使用で脳を焼くような激痛に襲われていた視覚同期も、数年の月日が経つ頃には「呪力の流れ」を色彩の帯として読み取り、相手が術式を練り始める瞬間の火花を予読する域に達していた。
しかし、代償は肉体に如実に現れる。
十三歳を迎える頃、カムイの漆黒だった髪は、三柱から逆流する負のエネルギーに侵食され、冬のダイヤモンドダストを思わせる「純白」へと変貌した。黄金の右目、獣の呪印が刻まれた右腕。その姿は、神を宿した少年というより、人の皮を被った特級呪霊のそれに近づいていた。
伝統という名の檻、共犯という名の絆
「……カムイ様、お食事です」
震える声で膳を置く奉公人の少女は、カムイと目が合うことすら拒んでいる。彼女の目には、カムイの背後に蠢く狼の影や、室内を満たす圧倒的な捕食者の圧が見えているのだ。
神遺家の術師たちは、離れから漂う異質な呪力に、日々恐怖を募らせていた。
「あれはもう、神遺の人間ではない」
「神を飼い慣らしているつもりで、その実、呪いに喰われているのだ」
そんな陰口を、カパッチリの聴覚が拾い上げ、カムイに伝える。
「(ふん、矮小な連中。貴方を『怪物』と呼び、遠巻きに眺めることしかできない)」
「……それでいいよ。怪物じゃないと、あの連中には勝てないからな」
カムイは前世の記憶を反芻する。
かつて画面越しに見た、虎杖悠仁の絶望、伏黒恵の苦渋。それらを救うためには、人としての平穏も、美しい髪の色も、最初から捨てていた。
雪が降り積もるたび、カムイの呪力は深みを増していく。
十五歳になる頃には、屋敷内の誰もカムイに近づくことはなくなった。彼はもはや「嫡男」ではなく、神遺家という檻の中に潜む、解き放たれるのを待つだけの「災厄」そのものとなっていた。
黄金の右目が、遥か南の空を睨む。
「……あと一年。待ってろよ、アッコロ。あんたを連れて、東京へ行く」
千歳空港へ続く道はまだ雪に閉ざされているが、カムイの魂は、すでに地獄の中心地へと飛び立っていた。