原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者)   作:板前さん

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第6話

網走での戦いから数日。神遺(かむいやり)家の本邸へと戻ったカムイを待っていたのは、勝利を祝う宴ではなく、凍り付くような沈黙だった。

 

廊下を行き交う奉公人たちは、カムイの姿を認めると一斉に視線を逸らし、縋るように胸元で契印を結ぶ。彼らにとって、特級をたった一人で粉砕して帰還した少年は、もはや敬うべき嫡男ではなく、いつ牙を剥くか分からない「檻のない猛獣」だった。

 

「……カムイ。奥座敷へ来い」

 

父・神遺ゲンの声が、重苦しく響く。

案内された広間には、父だけでなく、アイヌ呪術連盟から派遣された監察官たちの姿もあった。彼らは一様に、網走の雪原を消し飛ばした少年の力を、連盟の「秩序」に対する脅威だと結論づけていた。

 

「カムイ。網走での働き、連盟より報告を受けた。……見事であった、と言いたいところだが」

 

父・ゲンは、カムイの「黄金の右目」を直視できないまま、手元の書状に目を落とした。

 

「お前は、我らアイヌの術師が最も尊ぶ『同祈祷(カムイノミ)』を軽んじ、あまつさえ個の暴力によって神霊(カムイ)を屈服させた。それは、自然との対話を重んじる連盟の理念を根底から覆す、冒涜的な所業だ」

 

「……対話? 泥の化け物に喰われそうになっていた連中の、どこに対話の余地があったって言うんだ」

 

カムイの冷淡な言葉に、監察官の一人が激昂して机を叩く。

 

「黙れ! 我らは集団で祈りを捧げ、自然の怒りを鎮めることでこの地を守ってきた。それを貴殿は……独りで神を従え、独りで災厄を薙ぎ払った。そんな『個』の強さは、連盟には必要ない。それは、大和の呪術師、あるいは呪いそのものの在り方だ!」

 

監察官の目は、剥き出しの恐怖に染まっていた。

個人の術式がどれほど優れていようとも、最後は『同祈祷』という絆に帰結するのが連盟の正義。その「和」の輪から外れ、独りで完結してしまったカムイは、彼らにとって理解不能な、排除すべき異物でしかなかった。

 

「……結論を言おう」

 

父・ゲンがようやく顔を上げ、絞り出すように告げた。その瞳にあるのは、かつての期待ではなく、怪物に対する絶望だった。

 

「神遺カムイ。本日をもって、お前を神遺家の籍から除名し、アイヌ呪術連盟からの追放を決定した。……お前はもはや、この北の大地の守護者ではない」

 

事実上の絶縁。しかし、カムイの心は不思議なほど凪いでいた。前世の記憶が、こうなることを予見していたからかもしれない。

 

「追放……。いいよ。ちょうど、このカビ臭い屋敷にも飽き飽きしてたんだ」

 

カムイが立ち上がると、室内を満たす圧力が一気に膨れ上がった。右腕の呪印が脈打ち、影がどろりと広がる。監察官たちは椅子を蹴って立ち上がり、反射的に「個の術式」を展開しようとしたが、カムイの放つ捕食者の気配に指先が震え、印を結ぶことすらできない。

 

「(……クク、笑わせるぜ。命を救ってもらった相手を、寄ってたかって追い出そうってか。なぁカムイ、こいつら今ここで全員喰っちまおうぜ)」

影からレタㇻが牙を剥く。

 

「……やめておけ、レタㇻ。こんな連中の血で、あんたの口を汚す必要はない」

 

カムイは一度も父を振り返ることなく、広間を後にした。

 

屋敷を出たカムイは、真っ直ぐに南へと向かった。

向かう先は、噴火湾。神遺家が数百年にわたり「穢れ」と「生贄」を投げ込み続けてきた、最古にして最凶の深淵。

 

「(……いいカムイ。アッコロを宿せば、もう引き返せないわ。あなたの心は、本物の氷になって消えてしまう)」

 

カパッチリの黄金眼が、行く手の海に渦巻く不吉な呪力を捉えていた。

 

「引き返すつもりなんて最初からないよ。……俺は、人間として死ぬつもりもない」

 

雪が雨へと変わり、視界が滲む。

家族を捨て、故郷に捨てられ、カムイは独り、冬の荒海を見下ろす断崖に立った。

前世で愛した物語のキャラクターたちが、地獄のような戦場で笑い、死んでいく。その悲劇を書き換えるための代償が、自分自身の「人間らしさ」であるなら、喜んで差し出そう。

 

「……待ってろよ、東京。本当の『怪物』が行ってやる」

 

カムイは躊躇なく、渦巻く噴火湾の深淵へと、その身を躍らせた。

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