原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者)   作:板前さん

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第7話

氷点下の海水が、全身の熱を奪い去る。

噴火湾の深淵。そこは、神遺家が数百年、家の不祥事、術式による反動、そして「手に負えぬ呪い」を投げ込み、隠蔽し続けてきたである。

 

潜るほどに重圧は増し、肺は潰れそうになる。しかし、カムイの「黄金の目」は、濁った暗闇の奥でうごめく山のような影を捉えていた。

 

(……来たわね)

 

声ではない。直接脳髄を震わせるような、甘く、冷たい思念。

最古の自然呪霊――アッコロ(大蛸)。

島一つを容易に引き裂く巨大な触手が、カムイの細い体を優しく、しかし逃れられぬ強さで絡め取った。

 

「……アッコロ。あんたを連れに来た。俺の『器』になれ」

 

海水の中で、カムイの口から気泡が漏れる。

アッコロは、他の三柱のような怒りもプライドも持っていなかった。彼女にあるのは、永劫の時を深海で過ごしたことによる、底知れぬ「虚無」と、それを埋めるための狂気じみた「愛」だ。

 

巨大な触手の吸盤が、カムイの皮膚に吸い付く。

その瞬間、アッコロの意識がカムイの魂の深淵へと、濁流のように流れ込んだ。

 

(ああ……なんて冷たくて、なんて綺麗な。……貴方、この世界の人ではないわね?)

 

彼女は触れたのだ。十六歳の少年が、その幼い胸の内に隠し持っていた「前世の記憶」に。

自分が愛した物語が、地獄へと突き進んでいく未来。それを一人で背負い、破滅を食い止めようとする孤独。その「異質さ」こそが、アッコロにとって何よりも甘美な生贄(いけにえ)だった。

 

(いいでしょう。貴方のその『重すぎる孤独』、私が半分食べてあげましょう。その代わり……貴方の『喜び』も、『温もり』も。私がすべて、飲み干してあげる)

 

契約の代償。それは、『感情の減退』。

カムイが誰かを救いたいと願い、絆を深めるほど、その時に生じる「喜び」や「幸福感」はアッコロに吸い取られ、彼の心は凪いでいく。

 

「……あ、あ、あああああああッ!!」

 

カムイの絶叫が、水泡となって消える。

彼の純白の髪は、光を反射しないほどに白濁し、黄金の瞳からは「熱」が失われていく。

精神が冷却され、人間としての情緒が削ぎ落とされていく感覚。

代わりに、彼の呪力は底なしの深淵そのものへと変質していった。

 

数刻後。

月明かりに照らされた海岸に、一人の少年が這い上がった。

 

「(……クク、成功かよ、カムイ。……おい、返事しろ。……カムイ?)」

 

影の中から、レタㇻが不安げに声をかける。

カムイは濡れた髪を無造作にかき上げ、ゆっくりと立ち上がった。

その表情には、もはや一欠片の揺らぎもなかった。親に捨てられ、故郷に追放された怒りさえも、今は遠い霧の向こう側の出来事のように感じられる。

 

「……ああ。大丈夫だ、レタㇻ。……少し、静かになっただけだ」

 

カムイの背後には、凍てつく海を支配する巨大な影が寄り添っていた。

アッコロ(大蛸)を宿したことで、彼はついに「四柱」を完遂した。

それは、アイヌの歴史上、誰も成し遂げられなかった――そして、誰も成し遂げてはならなかった、異形の完成だった。

 

カムイは、自分の胸元に手を当てた。

かつてそこにあったはずの「孤独への恐怖」は、もう、どこにもない。

ただ、冷徹なまでの使命感と、これから地獄を塗り替えるための殺意だけが、凪いだ心に深く沈んでいた。

 

「……行こう。連盟に、最後の挨拶をしなきゃならない」

 

少年の足取りは、氷の上を滑るように軽やかで、そして残酷なまでに迷いがなかった。

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