原作でも謎に包まれたアイヌ呪術連からの転入生(転生者) 作:板前さん
カムイコタンの最奥、切り立った断崖に囲まれた聖域。
連盟の長老、そして各支部の筆頭術師たちが、カムイを包囲するように立ち並んでいた。
アッコロを宿したことで白濁し、冷気を纏ったカムイの髪。その黄金の右目は、もはや彼らと同じ地平を見てはいない。そこに立つだけで周囲の空気が凍てつくような、圧倒的な「個」の圧。
「……神遺カムイ。貴殿は、ついにその身を完全に呪いへと捧げたか」
長老が杖を突き立てる。その瞳にあるのは、自分たちが守ってきた「秩序」を嘲笑うかのような異形への、激しい拒絶だった。
「捧げたわけじゃないですよ。……俺が、こいつらを飲み込んだんだ」
カムイは口角を僅かに上げ、不敵に笑った。その態度は傲慢に見えるが、その実、自分を追い出そうとしている彼らに、余計な未練を残させないための「怪物」としての振る舞いでもあった。
「お前の力は強すぎる。だが、強さとは独りで振るうものではない。全員、印を結べ! 異端の少年に、我らがアイヌの、真なる『和』の力を刻み込むのだ!」
長老の号令と共に、数十人の術師たちが一斉に呪力を練り上げる。
それぞれが火を、氷を、風を操る固有術式を持つ精鋭たち。だが、彼らが真に恐ろしいのは、それらを一つの巨大な事象へ昇華させる『同祈祷(カムイノミ)』の時だ。
「「「カムイノミ――『レラ・タプカル(風の舞)』」」」
数十人の呪力が重なり、咆哮となってカムイを襲う。
それは個人の術式を遥かに凌駕する、自然そのものの意志。押し寄せる暴風は、カムイの体を切り刻もうとするのではなく、「ここはお前の居場所ではない」と、この地から強制的に排除しようとする巨大な防壁だった。
カムイは一歩も引かず、その暴風を正面から受け止めた。
黄金の右目(カパッチリ)が、緻密に編み上げられた連盟の呪術構成を捉える。
(……ああ。相変わらず、綺麗すぎるな、あんたたちの術は)
カムイは内心で嘆息した。誰かを守るための、和を尊ぶ「正義」の術。
だが、これから来る地獄では、その「綺麗さ」こそが命取りになる。
「……いい術だ。だけど長老、これじゃ『嵐』は防げても、『呪いの王』は殺せないぜ」
カムイが軽く右腕を振るうと、宿るキムンの重圧が風の一部を無理やりこじ開けた。
連盟の術師たちが驚愕に目を見開く。数十人の合議による術を、たった一人の「腕」が揺らしたのだ。
「あんたたちは、この綺麗な空の下で、ずっと祈っててくれ。……泥にまみれて戦うのは、俺みたいな怪物だけで十分だ」
その言葉は、連盟を突き放すようでいて、彼らの平穏をも自分が守るという、独りよがりで不器用な誓いでもあった。
風が止み、静寂が戻る。連盟の術師たちは、肩で息をしながら、自分たちの「正義」を真っ向から受け流した少年に、畏怖を超えた絶望を感じていた。
「行け、カムイ。……二度と、この地を跨ぐな」
長老が、震える手で道をあける。
カムイは不敵な笑みを消し、最後に一度だけ、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……お世話になりました」
それは、神遺家の異端児としてではなく、北の大地に育てられた一人の術師としての、短い訣別。
振り返ることなく、カムイは凍てつく泥道を歩き出した。
影には狼、右腕には羆、右目には鷲、そして魂には深海の蛸。
四柱の神霊を引き連れた少年の背中は、もはや誰の手も届かないほど、孤高で、そして強大だった。
「……。空気が、淀んでるな」
数時間後、羽田空港。
降り立った瞬間に肺を焼くのは、北海道の冷気とは真逆の、ドロリとした悪意の混じった熱気だった。
「やあ、カムイ君! お待ちかねだよ!」
喧騒の中で、場違いなほど軽やかな声が響く。現代最強の術師、五条悟がそこにいた。
「……。五条さん。わざわざ最強が直々に出迎えですか」
「はは、照れるねぇ。君みたいな特大の『爆弾』、伊地知に任せたら気絶しちゃうでしょ?」
五条はカムイの肩に手を置く。その瞬間、五条の「六眼」は、カムイの魂と四柱の境界線がかつてないほど曖昧に、かつ強固に混ざり合っているのを看破した。
「……随分と呪霊に好かれちゃったね。君、もう半分くらい人間辞めてるでしょ」
「いいんですよ。それよりも案内してください、呪術高専へ」