1989年10月 ロベルト
ホグワーツへ入学して一月ほど経ったが、学校生活そのものについて言えば、余は大いに満足していた。
授業は面白い。
教授たちも優秀だ。
特にマクゴナガル先生との議論は非常に有意義だった。
こちらが疑問を投げれば、少なくとも「魔法だから」で説明を打ち切ることはない。現在分かっていることと、まだ分かっていないことを明確に分け、そのうえで最も有力な説が何であるかを説明してくれる。
分からないものについては、分からないと言う。
これは大事だ。
前世で研究をしていた頃にも、一番困ったのは「理由は分からないが昔からこうしている」という説明だった。
もちろん経験則は馬鹿にできない。
長い年月の中で残ってきた方法なら、そこには相応の理由があることも多い。
しかし、理由をまだ解明できていないことと、理由を考えること自体を放棄することは全く違う。
その点、マクゴナガル先生は信頼できた。
こちらの考えを聞くこともある。
「では、あなた自身はどう考えるのです?」
そう問い返されるたびに、余は自分の仮説を説明し、先生が問題点を指摘し、それを元にまた考え直す。
実に楽しい。
スネイプ教授の魔法薬学も期待以上だった。
口は悪い。
尋常ではなく悪い。
材料を少し切り間違えただけで、その生徒の将来まで否定する勢いで皮肉が飛んでくるし、鍋を焦がした者など、
「ホグワーツは魔法使いを育てる学校であって、火事を起こす才能を磨く場所ではない」
と真顔で言われていた。
だが、質問の仕方さえ正確なら、彼は必ず答える。
「なぜ時計回りなのですか?」
と聞けば、
「魔法薬内部に形成される渦が素材の魔力放出方向と一致するからだ。単に液体を混ぜていると思っていたのなら、今すぐ厨房へ転校したまえ」
と返ってくる。
皮肉は余計だが、答えは極めて有用だ。
フリットウィック教授も素晴らしい。
呪文理論について尋ねれば、こちらが止めなければ教授自身が黒板を三枚使って説明し始める。
教師陣については、ほとんど文句がなかった。
問題は別にあった。
時間である。
ホグワーツでは、あまりにも時間が足りない。
授業を受ける。
課題をする。
魔法の練習をする。
ラボで実験する。
教授へ質問する。
城を調べる。
そして図書館へ行く。
特に最後。
ホグワーツの図書館は、余にとって天国であると同時に地獄でもあった。
入学した初日、初めてあれほどの書架を目にしたときには、ただ感動した。
魔法界で千年近く蓄積されてきた知識の一部が、一つの場所へ集められている。
歴史。
呪文学。
変身術。
魔法薬学。
薬草学。
魔法生物。
錬金術。
古代ルーン。
魔法理論。
書架の間を歩くだけでも、聞いたことのない題名が次から次へと目に入り、これから七年もここを使えるのだと思うと、胸が躍った。
三日も経つ頃には、どの棚を先に読むべきか考えるだけで楽しくなった。
一週間後には、少し様子が変わった。
読めば読むほど、新しく読むべき本が増えるからだ。
一冊の参考文献を辿れば、末尾に別の論文が載っている。そのうち一つを読むと、そこからさらに専門書が出てくる。変身術の本を読んでいたはずなのに、途中で魔力伝導の理論が必要になり、その理論書を開けば今度は錬金術の基礎概念へ飛ぶ。
知識は一本の道ではなく、巨大な網だった。
一つ進めば、そこから十本の道が分かれる。
最初はそれが嬉しかった。
いや。
今でも嬉しい。
ただし、一月も経つ頃には、別の問題が無視できなくなっていた。
「……これ、読み切れないのでは?」
ある晩。
余はラボの中央で、壁一面へ増え始めた本棚を眺めながら計算してみた。
一日三冊。
一年でおよそ千冊。
七年間で約七千冊。
だが、これはかなり楽観的な数字だ。
一冊の専門書を読むのに数日かかることもある。
課題もある。
実験もする。
教授との議論も必要。
睡眠も一応取らなければならない。
つまり、実際に読める量は七千冊より遥かに少ない。
対して、図書館の蔵書は膨大だった。
天井近くまで続く書架。
奥へ進んでも終わらない通路。
ほとんど誰も手に取っていないような古書。
巻数だけで十冊を超える研究集成。
さらに、その向こうには禁書区域まである。
どう計算しても足りない。
「……一生かかっても終わらん」
思わず呟いた。
これは由々しき問題だった。
本というものは読むために存在している。
少なくとも余にとってはそうだ。
そこに知識がある。
しかも、どこか遠い国に隠されているわけでも、失われた遺跡の地下へ埋まっているわけでもない。
ほんの数分歩けば辿り着く図書館の棚にあり、手を伸ばせば触れる距離にある。
それなのに時間が足りないという、ただそれだけの理由で読み切れず、知らないまま死ぬ。
そんな未来を認められるはずがなかった。
ならば、解決すればいい。
読める時間を増やすことに限界があるのなら、読む速度を上げればよい。
最初は単純な速読を試した。
前世にも似たような方法はあったし、視線を動かす回数を減らし、文字を単語ではなく意味の塊として捉えれば、ある程度は速くなる。
しかし、すぐに限界へ達した。
ページを速くめくることはできる。
文字を追うこともできる。
だが、意味の処理が追いつかない。
つまり、問題は眼ではない。
情報を認識し、意味を組み立て、既存の知識と照合して記憶へ定着させる認知処理そのものがボトルネックになっている。
「なら、読むという過程そのものを省略するしかないな」
口に出してみる。
自分でも無茶なことを言っているとは思った。
だが魔法がある。
ならば、試す価値はある。
その日から、新しい研究を始めた。
最初に利用したのは、物体の表面形状を検知するための簡単な術式だった。
対象へ魔力を通し、表面にある凹凸を読み取る。
本来は小さな亀裂を探したり、物体内部の異常を検出したりするための魔法だが、感度を上げれば印刷された文字の僅かな差まで拾える。
これを本へ応用すると、ページを一枚ずつ開かなくても、内部に記された文字列を魔法的な情報として読み出すことができた。
ここまでは簡単だった。
問題は、その先にある。
最初の実験では、取得した文字情報をそのまま視覚情報へ変換し、脳へ直接送り込んだ。
魔法そのものは成功した。
百ページ近い文章が、一瞬のうちに視界を駆け抜けた。
だが、何一つ理解できなかった。
当然だ。
文字を認識することと、文章を理解することは別物である。
一秒で百ページを「見た」ところで、それは高速でページをめくる本を横から眺めたことと何も変わらない。
余は羊皮紙へ結果を書き込んだ。
《入力速度は十分。ボトルネックは意味処理》
ならば、人間は文章を読むとき何をしている?
文字を認識する。
単語へ変換する。
文法を処理する。
意味を組み立てる。
文脈へ接続する。
既存記憶と照合する。
そして最後に概念として保存する。
必要なのは最後だ。
途中をすべて飛ばし、本から得た情報を「読後に残る形」へ変換してしまえばいい。
そこで思いついた。
記憶抽出魔法。
魔法界には、人間の頭から記憶を引き出し、外部へ保存する魔術が存在する。
ならば、その逆はできないか。
記憶を外へ出せるのなら、外部にある情報を記憶として頭へ入れられるのではないか。
理屈だけなら簡単だった。
実際に行ってみたら最悪だった。
初日は頭痛。
二日目には吐き気。
三日目には鼻血。
四日目には、取り込んだ文章の一部と自分自身の記憶が妙な具合に混ざり合い、朝食に何を食べたか思い出そうとすると魔法薬の材料一覧が浮かぶという不愉快な状態になった。
五日目。
気絶した。
そして六日目。
「ご主人様ぁぁぁぁ!」
ペンの悲鳴で意識を取り戻した。
気づけばラボの床へ倒れていた。
「……何だ」
「頭から煙が出ております!」
「煙?」
髪へ手をやる。
熱い。
そして少し焦げ臭い。
「……髪が少し焦げたな」
「少しではございません! 何をなさったのでございますか!」
「記憶注入術式の第六試験」
「名前からして嫌な予感しかしないのでございます!」
「だが術式そのものは動いた」
「動いてはいけない方向へ動いております!」
失礼な。
とはいえ、ペンの言い分も一理ある。
安全装置は必要だ。
もっとも、ここで一つ不思議なことに気づく者がいるかもしれない。
何故ペンがホグワーツの中にいるのか。
答えは単純だった。
入学初日の夜、余がラボを作ったあと、ふと思ってペンを呼んだ。
屋敷でいつも呼んでいたのと同じように。
名前を口にした。
すると。
パチン。
「お呼びでしょうか、ご主人様!」
普通に出てきた。
ホグワーツの中に。
その瞬間、余は驚くより先に感動した。
ホグワーツでは、魔法使いは姿現しができない。
城全体へ強力な移動阻害魔法が施されているからだ。
ところが。
ペンは何の抵抗も受けずに現れた。
「……今、どこから来た?」
「お屋敷でございます」
「ホグワーツの外?」
「はい」
「もう一度帰れるか?」
「もちろんでございます」
「やってみてくれ」
パチン。
消えた。
数秒後。
パチン。
また現れた。
完全に別系統だ。
魔法使いの姿現しと、屋敷しもべ妖精の転移は同じ現象に見えて、仕組みが違うらしい。
それ以来ペンは、余の秘密の補給線となった。
もちろん、表立って学校の中を歩かせるような真似はしていない。
余のラボへ直接現れ、用事が終わればすぐ帰る。
「ペン。エルンペントの角が欲しい」
「畏まりました!」
「それと銀製の細管。内径三ミリと五ミリ。それぞれ十本」
「畏まりました!」
「あとマグル用の水銀温度計を二十本」
「……二十本でございますか?」
「割れることを考えて予備が必要だ」
「ご主人様の場合、何故か予備まで全部割れるのでございます……」
「今回は割らない」
「前回もそうおっしゃいました」
ペンはダイアゴン横丁へ行く。
場合によってはマグルの町まで行く。
薬草。
金属。
ガラス器具。
書籍。
試薬。
食品。
必要なものを買い、ラボまで直接持ち込む。
学校の門も通らない。
教師の目にも触れない。
私はちゃんと代金を渡しているので窃盗ではない。
ただホグワーツの中へ許可なく物資を持ち込んでいる。
その点については。
「内緒にしておこう」
という結論になった。
ペンは最初こそ、
「先生方へ申し上げなくてもよろしいのでございますか?」
と不安そうだった。
「言う必要はない。聞かれたら嘘はつかない。ただし自分から話す必要もない」
「ご主人様がそうおっしゃるのでございましたら」
そして、もう一つ便利な使い道があった。
食事である。
実験を始めると、大広間へ行くのが面倒になる。
「ペン」
「はい!」
「夕食」
「すぐに!」
数分後。
ローストビーフ。
パン。
スープ。
紅茶。
時にはデザートまで。
どこから持ってきているのか尋ねたことがある。
「屋敷で作っております!」
「わざわざ?」
「ご主人様のお食事でございますので!」
結果として余は、ホグワーツにいながら屋敷の生活基盤まで利用できるようになった。
非常に便利だ。
――もっとも、話が少し逸れた。今考えるべきなのは、ペンの転移魔法ではなく、先ほどから改良を続けている記憶注入術式の方である。
ペンから「今度こそ脳を焦がさないでくださいませ」と、まるでこちらが好き好んで自分の脳を焼いているかのように強く念を押されたあと、余は一度、術式全体を分解して問題点を洗い出すことにした。
これまでの失敗から分かったのは、単純に大量の情報を記憶として脳へ押し込むだけでは駄目だということだった。情報そのものを保存することには成功しているのだが、それが既存の記憶と適切に結びつかないため、あとから思い出そうとしたときに別の知識と混線したり、必要な情報だけを取り出せなかったりする。
考えてみれば当然だった。
本を普通に読む場合、人間は文字を一字ずつ機械的に記憶しているわけではない。文章を読み、その意味を理解し、すでに持っている知識と比較しながら、関連する概念同士を少しずつ結びつけていく。「マンドレイク」という単語を見れば、植物という大分類、その中の魔法植物という分類、さらに薬草学で習った性質や、魔法薬の材料としての用途など、複数の既存知識へ自然に接続される。
ところが、余が最初に作った記憶注入術式は、その過程をほとんど無視していた。例えるなら、図書館の本を分類もせず床へ投げ込んでいるようなものだ。本は確かに存在する。しかし、どこに何があるのか分からない。
ならば、送り込む前に整理すればいい。
余はまず、取り込んだ文字情報を意味のまとまりごとに分解する処理を加えた。似た概念は可能な範囲でまとめ、すでに知っている内容については既存記憶と照合して重複を減らす。ただし、単純に重複部分を消してしまうと文章全体の文脈や参照関係が失われるため、どの情報がどこから導かれ、何を参照しているのかという構造そのものは残す必要がある。
そうして整理された情報全体を一度魔法的な情報構造へ変換し、圧縮したうえで記憶領域へ送る。その後、脳内で展開するときには既存知識との接続を確認しながら、一つずつ適切な場所へ配置していく。
文章にしてしまえば簡単だった。
実際に術式として作るのは、相当に難しかった。
最初の試作では、情報の分類そのものは成功したものの、展開時に複数の概念が一度に既存記憶へ接続されたため、激しい頭痛が起きた。次の試作では入力する情報量を減らしたが、今度は圧縮率を上げすぎて一部の文脈が欠落した。その次には展開順序を変更したものの、以前読んだ別の本との対応付けを誤り、まったく無関係な植物の説明が変身術の記憶へ繋がった。
そのたびに術式を書き直した。
入力する情報量を減らし、展開順序を変え、既存記憶との対応方法を修正する。失敗した原因を一つずつ切り分けながら、条件を変えてまた試す。
そうして九日目。
余はラボの机の中央へ、一冊の薄い本を置いた。
『基礎魔法植物分類学』
全部で百二十三ページ。
この本を選んだ理由は単純で、すでに一度、普通の方法で最初から最後まで読んであるからだ。したがって、術式によって取り込んだあと、自分が本当に正しく内容を記憶できているかを比較できる。
余は椅子へ腰を下ろし、本へ杖を向けた。
まず全文をスキャンし、文字列だけでなく、見出し、図、脚注、ページ構成まで含めて情報として取得する。その情報を文章構造へ分解し、概念ごとに分類したうえで既知情報と照合する。すでに知っている部分と新しい部分を分け、文脈を保ったまま圧縮し、最後に記憶領域へ送って展開する。
術式が終了するまでにかかった時間は、ほとんど一秒だった。
余は杖を下ろし、ゆっくり目を閉じた。
第一章に書かれていた魔法植物と通常植物の分類基準を思い出してみる。問題なく浮かんでくる。第二章の魔力依存性についても、用語だけではなく本文の文章までかなり正確に再現できた。第三章に載っていた擬似知性植物については、本文だけでなく図の形や注釈、掲載されていたページ番号まで思い出せる。
さらに索引を頭の中で辿ってみると、それも残っていた。
以前、自分で普通に読んだときには曖昧にしか覚えていなかった一節さえ、一言一句そのままの形で浮かんでくる。
「……できた」
思わず声が漏れた。
百二十三ページの本を、一秒。
普通に読めば少なくとも一時間ほどは必要だった内容を、ほぼ一瞬で記憶へ入れることができた。
もちろん、ページ数に比例して処理時間が増えるとしても、五百ページなら数秒程度で済む可能性がある。
そこまで考えた瞬間、頭の中へホグワーツの図書館が浮かんだ。
入学して初めてあの巨大な書架を見たとき、余は一生かけても読み切れないのではないかと思った。棚から棚へ続く本の列は、魅力的であると同時に、どう考えても人間一人の読書速度では攻略不可能な物量だった。
だが、この術式があるなら。
「あの図書館が、ようやく射程圏内に入ったな」
自分で口にした途端、笑いが込み上げてきた。
「はは……」
これは素晴らしい。
本当に素晴らしい。
昨日まで物理的な時間の制約によって諦めざるを得なかった知識へ、今なら手を伸ばせる。読むべき本が多すぎることは問題ではなくなり、どこから手をつけるかという、遥かに楽しい問題へ変わる。
世界が一気に広がったような気がした。
そして、その直後。
頭蓋骨の内側を焼けた鉄棒で乱暴にかき回されたような激痛が走った。
「ぐっ……!」
身体から力が抜け、椅子から床へ転げ落ちる。頭の奥で何かが脈打つたびに鈍い痛みが広がり、目眩と吐き気まで同時に押し寄せてきた。視界は白く霞み、耳の奥では高い音が鳴り続けている。
さすがに、これはまずい。
そう思った。
それでも、何故か笑いだけは止まらなかった。
「副作用か……」
床へ横になったまま呟く。
考えてみれば当然だった。一秒で百二十三ページ分の情報を脳へ流し込み、さらに既存記憶との接続まで一度に処理したのである。これでまったく負荷がない方がおかしい。
ならば、術式そのものが間違っているわけではない。
負荷を減らせばいい。
翌日には、情報を展開する際に脳への負担を抑えるための冷却術式を挟んだ。その翌日には、一度にすべての情報を展開するのではなく、人間にはほとんど連続しているようにしか感じられないほど短い間隔で、複数回に分けて送り込む方式へ変更した。
さらに、すでに知っている情報の割合に応じて入力する情報量を自動調整する仕組みも加えた。既知情報が多い本なら新しい情報だけを優先的に処理し、脳へかかる負荷が一定値を超えた場合には、術式そのものを強制停止する安全機構まで組み込んだ。
完全ではない。
今でも一度に大量の情報を取り込み続ければ、頭の奥が重くなり、集中力も落ちる。
だが、少なくとも最初の頃のように床へ転がって耳鳴りに耐える必要はなくなったし、頭から煙が出ることもなくなった。
ペンも、それを確認してようやく少し安心したらしい。
余はこの魔法を、《知識圧縮術式》と名付けることにした。
ただし、この術式にも明確な限界がある。
文章を取り込むことはできるし、そこに書かれている情報を記憶することもできる。しかし、記憶した内容を本当の意味で理解するところまでは、自動ではやってくれない。
例えば、高度な変身術理論について書かれた専門書を一秒で取り込めば、その中の式も説明文も、図表も参考文献も覚えることはできる。ところが、その式が何故成立するのか、どの仮定から導かれているのか、どの条件で破綻するのか、別の理論とどこで食い違うのかということまで理解しようとすれば、結局は自分で考えなければならない。
これは前世でも散々思い知らされたことだった。
論文に書かれている文章を暗記していることと、その研究を理解していることはまったく違う。式を覚えただけでは、条件を少し変えられた途端に何も分からなくなる。著者の結論を覚えただけでは、その結論がどの仮定へ依存しているのか判断できない。
魔法でも同じらしい。
それでも、文字を追い、図を確認し、内容を記憶するために必要だった時間をほとんど消すことができる。
それだけで十分だった。
いや、十分すぎる。
そして、人間というものは一つの問題を解決すると、それまで気にならなかった別の非効率が急に気になり始める生き物らしい。
「本そのものも保存したいな」
ある日、図書館から借りてきた本を見ながら、そう思った。
いくら読む速度を上げても、図書館の本をいつでも好きなだけ持ち出せるわけではない。貸出冊数には制限があるし、人気のある本なら他の生徒が借りていることもある。
ならば、自分用の複製を作ればいい。
余はラボへ真っ白な羊皮紙を大量に用意し、その横へ複数の自動筆記羽根ペンを並べた。
原本をスキャンするときには、本文だけではなく、図や脚注、挿絵、ページ構成までまとめて取得する。そこで得た情報を自動筆記羽根ペンへ送ると、羽根ペンは凄まじい速度で紙面の上を走り始めた。
文字が次々と書き込まれ、図が描かれ、脚注まで正確に配置されていく。
数十秒後。
一冊分の複製が完成した。
原本と見比べてみたが、細かい紙質やインクの濃淡を除けば、内容はほとんど同じだった。
「……便利だ」
これは非常によい。
何より、自分用の複製であれば、遠慮なく余白へ書き込める。
読んでいて生じた疑問点、著者の主張に対する反証、途中で行った計算、実験によって得られた結果、関連する別の文献などを、その場で直接書き加えることができる。
その結果、当然ながら本棚が足りなくなった。
「ペン」
呼ぶと、いつもの小さな破裂音とともにペンが現れた。
「はい、ご主人様!」
「本棚を五つほど追加で持ってきてくれ」
ペンは一瞬、余の後ろへ並ぶ本棚を見た。
「昨日、三つお持ちしたばかりでございます!」
「埋まった」
「もうでございますか!?」
「うむ」
ペンは何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わず、翌日には本当に五つの本棚を持ってきた。
そして一週間後には、それもほとんど埋まった。
こうして、実験室として作ったはずの余のラボは、猛烈な勢いで図書館へ近づいていった。
それから一週間ほど、空き時間のほぼすべてを読書と研究へ費やした。
授業が終われば図書館へ向かい、興味のある本を知識圧縮術式で取り込む。ラボへ戻れば、その内容を分類し、既存知識と照合しながら理解できていない部分を洗い出す。教授に質問できるものは次の授業後に聞き、回答を得れば関連する別の文献を探し、また読んで考える。
最初の数日は、それだけで十分満足だった。
だが、一度「読む」という作業に必要な時間を大幅に短縮すると、今度は「考える」という作業にかかる時間が目につくようになった。
ある夜、机の上に二冊の本が並んでいた。
一冊は呪文学。
もう一冊は変身術。
余は二冊を見比べながら、ふと思った。
「そもそも、一冊ずつ考える必要があるのか?」
知識圧縮術式によって、情報を頭へ入れるための時間はほとんど消えた。
しかし、理解するための思考時間は依然として残っている。
ならば、思考そのものを同時に進めればいい。
もちろん、人間の脳が右目と左目から入った情報を完全に独立した二つの思考として処理しているわけではない。その程度のことは前世の知識として分かっている。
だが、今は魔法がある。
通常の生理機能としてできないからといって、魔法を用いて人為的に情報経路を分離できないとは限らない。
そこから数日間、余は試行錯誤を続けた。
最初は二つの本を同時に見てみたが、数分もしないうちに内容が混ざった。右目で呪文学、左目で変身術を追おうとすると、視覚情報の段階で混乱して吐き気が起きたため、この方法はすぐに捨てた。
次に、知識圧縮術式によって取り込んだ二つの内容を、頭の中で別々の思考領域へ割り当てる方法を試した。
最初の頃は、片方の思考へ意識を向けた瞬間にもう片方の情報が割り込み、呪文学について考えていたはずなのに途中から変身術の式を展開していたり、その逆が起きたりした。だが、何日も繰り返しているうちに、少しずつ二つの思考の境界を意識できるようになった。
そしてついに。
二冊の本から得た内容を同時に考えながら、それぞれを最後まで混同せず維持できるようになった。
もっとも、自分の頭の中で「できている」と感じるだけでは、本当に二つの思考が独立している証明にはならない。そこで余は、より分かりやすい方法で検証することにした。
机の上へ大きな羊皮紙を一枚広げ、その中央へ縦線を引く。右側には呪文学、左側には変身術と書き、それぞれまったく異なる問題を用意した。
右手には羽根ペンを持ち、左手にも別の羽根ペンを握る。
右手では、呪文発動時における杖先から対象までの距離と魔力減衰の関係について考察を書く。一方、左手では、変身前後の質量差と術式安定性の関係を数式として整理する。
最初の数行はさすがに酷かった。右手の文章へ意識を向ければ左手が止まり、左側の計算へ集中すると右側の文章が途切れる。人間の意識は、一つの課題へ集中するよう強く習慣づけられているらしい。
だが、今回の目的はその癖そのものを壊すことだった。
右を考えている間に左を休ませるのではない。左を処理している間に右を惰性で動かすのでもない。二つを、本当の意味で同時に考える。
右側では「距離による魔力減衰は単純な反比例では説明できない」と文章を書き進めながら、左側では「質量差だけでは変身状態の崩壊率を説明できないため、素材ごとの魔力親和性を別変数として導入する必要がある」と式を変形していく。
最初のうちは、ひどく奇妙な感覚だった。
頭が二つあるわけではないし、意識そのものが二人へ分裂しているわけでもない。自分という主体は一人のままで、その一人の中を二本の思考が並行して流れている。片方で考えている内容は把握できるし、もう片方が何をしているかも同時に分かる。それでも、それぞれの情報は不用意には混ざらない。
数分後、余は両方の羽根ペンを置いた。
完成した羊皮紙を見比べる。
左手で書いた文字は普段より多少歪んでいたし、右手側にもところどころ筆圧の弱い部分があった。しかし内容そのものには問題がなく、右側の文章へ変身術の式が混ざっていることもなければ、左側の計算へ呪文学の記号が紛れ込んでいることもなかった。
「……面白いな」
思わず口元が緩んだ。
並列思考そのものは、成立している。
もちろん、まだ完成には程遠い。普通に一つのことだけを考えているときと比べれば疲労は遥かに大きく、少しでも集中力が落ちると二つの思考の境界が曖昧になり始める。特に片方で難しい問題へぶつかると、どうしてもそちらへ注意を引っ張られ、もう片方の処理速度が目に見えて落ちた。
長時間続ければ頭痛もする。
それでも、可能だった。
前世では、人間の脳が本当の意味で複数の高度な思考を同時に行えるのかについて、かなり否定的な説明を聞いたことがある。いわゆるマルチタスクも、実際には高速で注意を切り替えているだけだという話だった。
しかし、この世界では魔法がある。
ならば、人間の認知構造そのものへ魔法的に介入し、通常ならば不可能な処理様式を後天的に形成できる可能性がある。
そこまで考えた瞬間、次に試すべきことは自然に決まった。
本を二冊同時に考えられるだけでは不十分である。
余が本当に欲しいのは、魔法そのものを並列に処理する能力だった。
ラボ中央へ訓練用人形を置き、自分は数メートル離れた正面へ立った。杖を取り出し、まずは比較的維持状態を確認しやすい防御呪文を使う。
「プロテゴ」
杖先から魔力が広がり、身体の前へ透明な障壁が形成された。
ここまでは普通だ。
ここから、一方の思考だけを《プロテゴ》の維持へ割り当てる。障壁の形状が崩れないよう意識し、縁が薄くならないよう魔力を一定の流量で送り続ける。
その処理を続けたまま、もう一方の思考で訓練用人形へ意識を向けた。
対象までの距離を把握し、狙う位置を決め、必要な魔力量を見積もり、呪文構造を組み立てる。
そして、防御障壁を解除しないまま杖先を人形へ向けた。
「ステューピファイ」
赤い閃光が飛び、人形の胸へ命中した。鈍い音を立てて訓練用人形が後ろへ倒れる。
余はすぐに自分の前へ視線を戻した。
透明な障壁は少し揺れていた。
だが、消えてはいない。
「……できた」
今度は純粋な感嘆が漏れた。
一つの魔法を使い終えてから別の魔法へ切り替えたのではない。《プロテゴ》を維持した状態で、まったく別系統の攻撃呪文を新たに構築し、発動した。
これは明確な同時処理だった。
当然ながら、一度成功した程度で結論を出すつもりはない。
条件を変えながら何度も試した。
《プロテゴ》を維持しながら《ルーモス》を発動する組み合わせでは、ほとんど問題が起きなかった。小さな物体を《ウィンガーディアム・レヴィオーサ》で浮かせ続け、その状態で別の物体へ《アクシオ》を使うことにも成功した。
一方で、攻撃呪文と防御呪文のように比較的出力の高い魔法を同時に扱うと、今度は思考ではなく魔力そのものが干渉し始めることが分かった。
《プロテゴ》の障壁へ大量の魔力を送り込むと、攻撃側へ流れる魔力量が不安定になる。逆に攻撃呪文へ意識と魔力を集中させすぎれば、防御障壁が一瞬だけ薄くなった。
つまり、問題は思考を分離できるかどうかだけではない。
魔力の流れそのものを、複数の独立した経路として扱う方法も必要になる。
「なるほど」
余はすぐに実験台へ戻り、羊皮紙へ結果を書き込んだ。
《並列思考は成立する。ただし複数の術式を同時運用した場合、思考領域を分離していても魔力経路間に干渉が発生する。したがって、今後は思考処理ではなく魔力流路そのものを分離する方法について検討する必要あり》
書き終えたころには、また楽しくなっていた。
二つできたから終わりではない。
むしろ、二つできたからこそ、その先にある問題が初めて見えた。
魔力経路をより明確に分離することができれば、三つの魔法を同時に扱える可能性がある。三つできれば四つも試せる。さらに思考領域を細分化し、それぞれへ独立した魔力経路を割り当てられるようになれば、理論上はもっと多くの魔法を並行して維持できるかもしれない。
戦闘で使うならば、防御を維持したまま攻撃し、それと同時に周囲の探知まで行える。
だが、余にとって魅力的なのはむしろ研究用途だった。
魔法薬の温度を一定に保つ魔法を維持しながら、一方で複数の計測器を操作し、さらに別の思考では取得した数値を解析する。今までなら順番に行うしかなかった作業を、本当に同時に進められる可能性がある。
「鍛える価値は十分にあるな」
新しい研究項目として、《並列術式における魔力経路分離》と書き加えた。
また一つ、調べるべきことが増えた。
それが嬉しかった。
知識が増えれば、できることが増える。できることが増えれば、それまで存在にすら気づかなかった問題が見えるようになる。そして、一つの問題へ答えを出すことができれば、その答えを前提にして、さらに新しい疑問がいくつも生まれる。
以前ならば、魔法を見ても「魔法だから」で終わっていた。
だが、今は違う。
何故それができるのか、魔力はどの経路を通っているのか、何が術式を安定させているのか、どの条件を変えれば結果が変わるのかというところまで考えられるようになった。
知識が増えるということは、単に答えが増えることではない。
世界へ向けて投げかけることのできる問いそのものが増えていくことなのだ。
その感覚が、たまらなく楽しかった。
入学してまだ一月ほどしか経っていないというのに、余はすでに何度も、ホグワーツへ来てよかったと心の底から思っていた。