ブラッドボーン主人公憑依転生→本編クリア→フリーレン世界転移 作:啓蒙61
まず、先手を打ったのはソリテールと名乗る、この女魔族の方だった。
虚空に浮かべた無数の剣のうち、4本を射出してくる。
それぞれの剣の軌道は読めた。
俺の右腕、左腕、右足、左足へ。
やつは本気で俺の両手両足を引き裂こうとしている。
このまま大人しく突っ立っていれば、やつのいう『お話』に付きあうことになるだろう。
俺はサイドステップで、2本の剣を回避する。
そして残り2本の剣を、ノコギリ鉈で打ち砕く。
すぐさま俺は、左手の獣狩りの短銃を構え、ソリテールの胴体へ水銀弾を発射する。
しかしソリテールは円形の障壁を展開し、これを防いだ。
「へえ、君の左手に持っている武器……興味深いわね。
弓や攻撃魔法よりずっと速い。魔法もしくは大砲に近い原理で、鉄の弾を飛ばしているのかな? そんな武器を使っている人間みたことがない」
おそらくやつは、剣を召喚し、それを用いて攻撃する。
ただ、こいつ自身が剣を手にして、攻撃するわけではないみたいだ。
たぶん、遠距離攻撃型のタイプではないか。
「あはは、もっと見せて。君の戦い方。君の魔法。全部、全部、お姉さんに見せて」
「<小さなトルトニス>」
それは黒獣の雷を人工的に再現してみせた、医療教会アーチボルトの最高傑作。
巨大な鉄の球体がついた棒を、地面にたたきつける。
ぱちぱち、と球体から雷光が走り、そこを起点に、ソリテールの方角へ雷が迫る。
それと同時に、俺はやつへ接近する。
ソリテールは、障壁を展開した。
そこへ稲妻が衝突し、障壁を粉々に破壊した。
やつの視界は雷光で遮断されている。
右手で握りしめたノコギリ鉈が、その内部機構を作動させ、別の姿へ変貌していく。
俺は、二倍のリーチに伸びたノコギリ鉈を、遠心力を活かして振りかぶる。
「っ!」
ソリテールはこの時はじめて、驚いたような顔をしていた。
俺を格下だと油断していたのだろう。
お前の方が、狩られる側だというのに。
ソリテールは後退する。
だが、突然変形し、リーチが伸びたノコギリ鉈の間合いに対応するのは困難だ。
無慈悲に振るわれたノコギリ鉈は、ソリテールの右肩をえぐり取る。
薄暗い森の地面に、血が飛び散った。
ソリテールの雰囲気が変わった。
やつは俺めがけて、右手をかざす。
おそらく、相手は何かを仕掛けてくる。
俺はスローイングナイフを投擲しながら、距離を取ろうとする。
ソリテールめがけて飛来するナイフが、空中で粉々に砕け散った。
俺はそこで理解した。
ソリテールの手から放たれたのは、視認できない圧縮されたエネルギーの塊だった。
おいおい、なんだこのクソ技。こんな攻撃をしてくるやつ、あの世界でも見たことないぞ。
俺はサイドステップで、攻撃範囲から逃れる。
かろうじて、エネルギー弾をかわすことができたが、その際、左腕が被弾し、傷だらけになった。
俺は、懐から輸血液を取り出し、使用する。
たちまち左腕の傷が全快する。
所持している輸血液は25個。
ひとつ使って、あと24個。
「『魔力をぶつけるだけの魔法』。私が使う、最強の魔法。これを使うつもりはなかったわ。間違って、殺しちゃうかもしれないし」
「そうか、ならもう使うな」
「……ふふ、意外と可愛いところがあるのね」
ソリテールは、切り裂かれた右肩を手でおさえながら、警戒するようなまなざしになった。
「……君って相当強いね。たぶん将軍級なら今ので仕留められていたわ」
「ああ、お前のような油断した獣を何度も狩ってきた」
⋯⋯将軍級ってなんだ? まあいい。
ソリテールは、観察するようにじっくりと俺へ視線を這わせる。
「戦士特有の闘気もなければ、いくら探知しても魔力を感じられない。そういう人間ってすっごく弱いはずなんだけど……とっても不思議」
「魔力? お前のその奇跡は神秘によるものではないのか?」
「ん……? 神秘?」
「お前のそれは秘儀ではないのか?」
「秘儀……聞いたことがないわ。あとでいっぱい教えてちょうだい」
「教えてたまるか。お前を殺した後、じっくり魔法について調べるとするよ」
ともかく、こいつに勝利しなければ、生きて帰れない。
俺がノコギリ鉈を振るい血を払い落とせば、ソリテールはこうつぶやく。
「……だめね、つい驕っちゃった。悪い癖。いつも魔族はそうやって人間に油断し、敗北してきたもの」
さっきの攻撃が、奴をしとめる絶好の機会だった。
もう奴は一切の油断もしないだろう。
数秒間、お互いにその場で立ちすくんだ。
俺たちは、それぞれ次に相手がどう出るか、思考を張り巡らせて、次にうつべき一手を準備していた。
死への恐怖より、血に酔う興奮が凌駕する。
ああ、この感覚。
これこそが、闘争なのだ。
動き出したのは、ソリテールだった。
視界を埋め尽くすほどの無数の剣を生成する。
10、20、30……数えるのも馬鹿らしいほどの、大量の剣。
「避けられるかしら?」
そう言って、ソリテールは一斉に、剣を掃射する。
10、20、30。数えきれない量の魔法の剣が迫りくる。
俺は迅速に後退する。飛来する剣の軌道をすべて読み、安全な地点まで移動する。
側面から迫る剣が、俺の右足と左肩に突き刺さる。
俺はすぐに突き刺さった2本の剣を引き抜き、輸血液を使用して、回復する。
これで、残りの輸血液は23個。
剣の雨の範囲攻撃から、脱した。
しかし、ここで違和感が頭の中を駆け巡った。
それは今まで、いくども死闘をおこなった経験が囁いたのかもしれない。
本当に、ソリテールの攻撃はこれだけで終わるのか?
あの剣の大群をうち放つという単純な攻撃が、やつの選んだ選択なのか。
俺は、背後を振り返った。
「ひっかかったね」
そこには、至近距離まで肉薄しているソリテールの姿があった。
ソリテールは、俺に手のひらを向けていた。
その手の平には、圧縮されたエネルギーの塊がある。
「────え」
間に合うはずがなかった。
だが、何度も繰り返した狩人としての戦闘経験が、俺の体を無意識に動かした。
獣狩りの短銃を、左腕で構える。
そのまま、短銃の引き金を引く。
銃声と共に放たれた水銀弾は、ソリテールの胴体を貫いた。
「あ……」
<銃パリィ>を受けたソリテールは、姿勢を崩して、そのまま地面にひざをついた。
「終わりだ」
危なかった。
あの攻撃を察知できなければ、咄嗟に銃を構えられなかったら、まちがいなく奴の一撃を受けていた。
……それを想像するだけで、じわじわと背筋が凍る。
ソリテールは、感情のこもっていない口調でこう言った。
「ごめんなさい」
「改心します」
「許してください。本当は人間と仲良くなりたかっただけなんです」
それは人間を欺こうとするおぞましい獣の囀り声だった。
それからソリテールは、作り物のような笑みを浮かべる。
「……なんて命乞いしてみたけど、君のような人間からすれば、獣の鳴き声にしか聞こえないでしょう?」
「そうだな」
「君のことをもっと知りたかったわ」
俺は、ノコギリ鉈をソリテールの腹部めがけて突きさす。
しかし刺突したノコギリ鉈の刃は、ソリテールの体に突き刺さることなく、金属がぶつかりあうような音を立てて阻まれた。
「なに?」
よく見れば、ソリテールの胴体は、うっすらとオーラのようなものを纏っていた。
おそらく、これがコイツの持つ魔力なのだろう。それを物質化させて、アーマーのようにしているのだ。
ぴしり、と音を立てて、ソリテールの魔力のアーマーが破れる。
勢いを失ったノコギリ鉈は、軌道がそれて、ソリテールの脇腹に突き刺さった。
「どうやら、君を生け捕りにすることは不可能だったみたい。それどころか勝つのも一苦労だった」
窮地を脱したソリテールは、淡々とそう告げて、俺の胸に手を当てた。
そしてゼロ距離からあの『魔力をぶつけるだけの魔法』を放った。
どん、と衝撃が俺を襲った。
胸のあたりを何かが突き抜けていく。
激痛が走り、次に口から血が噴き出す。
俺は、ゆっくりと視線を下に移動させて、自分の体を確認した。
俺の胸に風穴が空いていた。
互いの命をかけた殺し合いの末、俺はやつに敗北したのだ。
「最期に、死に際の言葉を聞かせてちょうだい。君は何をしゃべってくれるのかな?」
しかし、と思う。
このままでいいのだろうか。俺はこの結果を受け入れられる?
いや、認められるわけがない。こんな末路を迎えるなら、イカもどきの上位者になるほうがマシだ。
「……え? なんで動けるの?」
あと20秒……いや、10秒あればいい。
右手の、ノコギリ鉈を固く握りしめる。
ソリテールの脇腹に突き刺さったノコギリ鉈を、残されたわずかな力を使って、引き抜く。
ソリテールは、俺が何をしようとしているのか悟ったのだろう。
その場から距離を取ろうとする。
だが、それよりも俺の方が速い。
ノコギリ鉈を、全身全霊で振りかぶる。
ソリテールの体を、斜め一文字に切り裂いた。
やつから、噴水のように鮮血があふれだす。
どこぞの古狩人はこう言った。
死にたくなければ、攻撃をしろ。それが最大の防御となる。
俺は血の雨を浴びた。
するとたちまち、胸に空いていた風穴が塞がっていく。
<リゲイン>。
それは狩人がその身に宿す異能の力。
たとえ敵の攻撃で己が傷を受けても、すぐに反撃をおこない敵の返り血を浴びれば、傷を回復させることができる。
今放ったノコギリ鉈の一撃は、やつを戦闘不能にするほどの致命傷を与えるものだった。
だからそれを対価として、<リゲイン>が働き、俺の胸にできた穴は半分ほど修復される。
すかさず輸血液を使って、完治。
傷を癒した俺は、ソリテールに一歩ずつ近づく。
ソリテールはというと、先ほどの攻撃で失血し、地面に倒れている。
もう、やつに戦える力は残されていない。
ソリテールの首筋に、ノコギリ鉈を押し当てた。
「……君の名前を教えて」
「狩人だ」
「ううん、違う、それは君の仮の名前でしょ? 本当の名前は?」
「本当の……」
「あ、もしかして、自分の名前が嫌で名乗りたくない? 大丈夫、私は魔族だから、君の名前がいくら変でも気にしないよ」
なんなんだ、こいつは?
これから殺されるというのに、この化け物は、恐怖すらしていない。
「だから、死ぬ前に教えて? 君のことをひとつでも」
興味、感心、好奇心。
ソリテールの瞳には、それらの感情が浮かんでいた。
「君の本当の名前は?」
死ぬよりも、自分の知的好奇心を満たしたいがために、俺に問いを投げているのか。
この化物を理解できないし、理解すらしたくない。
今すぐ、首を跳ね飛ばして、おわりだ。
そう思いつつも、俺は思考を止められなかった。
本当の名前……。
そう、現代日本にいた頃、本当の名前があったはずだ。
だけどもう、あのヤーナムの終わらない地獄で、すべてが摩耗してしまっている。
家族も、交友関係も、自分が何者だったのかも、ほとんど思い出せない。
俺の名前……名前……名前。
ふと、疑問に思った。
なんで、俺はここにいるんだ? どうして戦っているんだ?
『貴公、良い狩人だな』
聞こえるはずのない、声が聞こえた。
俺は、振り返り、唖然とした。
俺の視界に映ったのは、薄暗い森の中の情景ではなかった。
死臭と、血と、狂気に、包まれた夜の街。
そこら中に、かつて人だった獣が無数に転がっている。
ここにいるやつらは、すべて俺が殺したのだ。
『引き返したまえ! 上の人々に何の被害があろうか! 引き返したまえ!』
獣と化した人間をかばう狩人がいた。
彼はその世界で生きるには、あまりにも優しすぎた。
その忠告を無視し、俺はその狩人を倒して、狩人がかばった獣たちをすべて殺した。
いったい、なんのために?
視界が切り替わる。
薄暗い森の中、そこは現実の光景だ。
目の前に、血だまりの中で倒れるソリテールがいる。
人とよく似た姿をした、獣だ。
狩人ならば、これまで何百回と繰り返してきた作業のように、この獣を殺すべきだ。
なのに、俺はこう思ってしまった。
もう、疲れた。
自分の中にあった闘争心が、薄らいでいく。この魔族に対する敵意も。
ソリテールの首にあてていたノコギリ鉈を離す。
それから、武器をしまった。
「なんで……?」
ソリテールは、かすれた声でつぶやく。
俺はソリテールに背を向けて、歩き出す。
「なんで、私のことを殺さないの?」
俺は、振り返らなかった。
「どうして? 私は魔族で、君たちの敵なのに? なんで私を生かすの?」
引き留めるような、どこか必死な声だった。
「知りたいよ。君のこと、君の全てを、教えてよ」
それは人間を欺くための、獣の鳴き声なのか。
はたまたソリテールの本心なのか、俺には分からないし、どうだってよかった。
★
それから、俺は薄暗い森を歩き続けた。
やがて立ち並ぶ木々が途絶えて、視界が開ける。
俺は、息をのんだ。
地平線まで広がる、緑豊かな平原。
雲一つない、快晴の青空。
そして、大地を照らす太陽。
ずっと長い間、狂気と血で満ち溢れた、あの夜の世界で戦いつづけてきた。
いつか戦いの果てに、夜明けの世界にたどりつけると、信じていた。
「本当に、あいつを生かしてよかったのか……?」
思い返すのは、ソリテールについてだ。
あいつのことは詳しくは知らない。
一見すると可愛らしい少女だが、見た目は恐ろしく強い化け物だということしか分からない。 ただ、間違いなく人を害する存在だろう。
それなのに、どうしてあいつにとどめを刺さなかったのか。
「……もう、嫌なのかもな」
俺は、ヤーナムの世界から解放された。
もう狩人ではない。獣を狩る責務も存在しない。
俺は世界を救う勇者でもなければ、世のため人のためと思い、正義を成す人間でもない。
もう人間によく似た獣を殺すのは、うんざりだ。
ただそれだけのことだった。