ブラッドボーン主人公憑依転生→本編クリア→フリーレン世界転移 作:啓蒙61
俺がハイターの屋敷を訪れてから、数か月が経った。
ハイターに雇われてから、俺は、ヤーナムにいた頃とは比較にならないほど穏やかな毎日を過ごしていた。
おぞましい敵との戦闘もなければ、気が滅入るような血に塗れた世界を歩くこともない。
それは、俺が望んで止まなかった平穏な時間だった。
ところが、ヤーナムでの日々は俺に後遺症を残した。
毎晩、悪夢を見る。
その内容は、代わる代わる上位者やら獣やら狂信者やら怪物などが現れて、俺はそいつらになすすべもなく殺される。
ヤーナムでは、一日最低でも1回は死んでいた。
というかあの世界は、ずっと夜が続く。
ところが、この世界では一度も死んでいない。
そのせいなのか、どうにも心と体に違和感を感じている。
だから夢の中で、毎晩死ぬことで、自分の心と体が帳尻をあわせているのだろうか。
ともかく俺の精神状態を置いておくとして、護衛としての一日を説明しよう。
朝。
目を覚ます。
毎朝訪れる悪夢で最悪の目覚めを感じつつ、重い体を引きずって、寝台から起き上がる。
そしてフェルンとハイターと共に朝食を取る。
朝食については、俺が来る以前、フェルンが自分とハイターの分を作っていたらしい。
まだ9歳なのにとても賢い子だ……。
「手伝わせてくれ。ひとりでは大変だろう」
俺がフェルンにそう提案すれば、彼女は能面のような表情を作る。
なぜだ、なぜ、そんな顔をする。
「ありがとうございます。狩人様はお座りください」
「俺は客人ではない。ハイターに雇われているしがない男さ。雇われているならば、何か仕事をしなければな」
俺がそう言えば、彼女はうつむく。
「はい、わかりました……」
なんというか、どこか拒絶されたような雰囲気があった。
子どもに避けられるのは、結構、こたえる。
時刻は流れて、昼。
俺は屋敷の周辺を歩き回り、警備する。
不審な何かがないか。危険な存在が来ないのか、目を光らせる。
これは、俺の得意分野だ。
あのヤーナムの世界では、死角から敵が襲ってくるなど日常茶飯事だ。それにより惨殺された経験が何度もある。
あの地獄の経験が活きてしまっているのが、なんとも皮肉だ。
毎日毎日、これを繰り返す。
何か魔物が出てくるわけでも、魔族が不意打ちをしかけてくるわけでもない。
さぼりたいが、契約はしっかり守らねば。
ハイターは、屋敷で果汁水を飲んでいる。
酒ではないか、と一瞬思ったが、彼が酒など飲むわけがない。
あれほど素晴らしい聖職者なのだ。生まれてこの方、飲酒などしたことなどないだろう。
一方フェルンはというと、屋敷から少し離れた雑木林で、ひとり魔法の鍛錬をしている。
「稽古を頑張っているみたいだな」
俺がフェルンに近づき、話しかけた。
「失礼しました。狩人様」
するとフェルンは、何を考えているのかわからない仏頂面で、そそくさと稽古場所を移動していった。
……どうやら、俺はフェルンに苦手意識を持たれているらしい。
つづいて夕方。
「おかわりをお願いします」
「はい、ハイター様」
フェルンはシチューの鍋をテーブルに置いて、おたまですくったシチューをハイターの器に継ぎ足していく。
「お前の器も空だろう。ほら、俺が代わりに入れてやる」
フェルンはまたしても顔を固くしてから。
「もうお腹いっぱいなので、いりません。お気遣いありがとうございます」
とうつむきながら言う。
もしかしすると……この子に嫌われてます?
最後に夜。
屋敷の隅で、俺は虚空から仕掛け武器を取り出し、作業机の上に置く。
それから俺は工具を取り出して、毎晩おこなう『日課』にとりかかる。
本日は『回転ノコギリ』の番である。
古狩人、獣喰らいのヴァルトールの得物として知られる仕掛け武器だ。
かつての世界では武器の整備や修理は、狩人の夢の工房でおこなわれていた。
それがないこの世界では、仕掛け武器等のメンテナンスは自分でおこなう必要がある。
血でさびてしまえば、刃がこぼれてしまえば、いくら優れたものでも朽ちていく。
それは、かつて仕掛け武器の所持者だった、狩人たちへの冒涜だ。
木製の柄も、ギザギザの刃も、美しく象られた紋様も、すべてを綺麗に整える。
傷も、汚れも、なにもかもを修繕していく。
作業に集中していると、ふいに何者かの気配を感じた。
俺はすばやく振りかえる。
誰かいる。
壁の柱の裏。死角から、何者かの息遣いがする。
気が付かないわけがない。
身を潜めた獣に、いったい何度殺されてきたのやら。
どくん、と自分の鼓動が早まる。
そして、声が聞こえた。
──獣だ、獣がいる。
──狩れ、狩れ、狩れ、狩れ。
俺はいつのまにか、修繕途中だった回転ノコギリを手にしていた。
そしてゆっくりと、何者かの元へ近づく。
そこにいる、獣を殺せ。引きずりだして、首を掻ききれ。
そう、狩人としての自分の声がささやく。
俺はその声に従い、回転ノコギリを振りあげようとする。そして柱に隠れている獣めがけて────
まて、本当に獣なのか?
手が止まる。
壁の裏側から、その何者かが正体を現す。
俺は冷や汗をかく。
そこには、こちらをおそるおそる覗き込むフェルンの姿があったからだ。
「……なんだ。見たいなら、こっちに来い。お前になら見せてもいい。偉大なる古狩人たちの英知の結晶を」
俺がごまかすように言う。
フェルンは、あいかわらず、何を考えているのかよくわからない顔で離れていく。
「まて、今のはちょっとびっくりさせようとしただけだ。落ち着いてくれ」
それからバタバタと廊下を走ったフェルンは、ぺたん、とその場で転んだ。
「転んだのか? けがはないか?」
そうたずねると、フェルンは目をオロオロさせて、早足で離れていった。
★
「ハイター、俺をクビにしてくれ」
その日の深夜、俺はハイターにそう言い放った。
「いきなり、どうしたんです!?」
「やはり俺はお前たちの護衛にふさわしくない。いままでの給料は全部返金する」
「落ち着いてください。なぜそう思ったのか、話してごらん」
そう宥めてくるハイターに、自分の考えを伝えた。
まず、俺は血と狂気の臭いをまとった男である。
そしておかしな黒装束を身にまとっている。
しかも毎晩、自分の得物を代わる代わる、研いでいる。
ハイターを殺すために送りこまれた刺客だとでも思われているんじゃないか?
彼女の態度がそれを表している。
それに、さっきフェルンを危うく攻撃しかけた。
しかし、このことについては、この場で伝えられなかった。
もしそれを白状すれば、きっとハイターとの関係性は破綻するだろう。
……それに、実際に実行したわけではなく、あくまで心の動きにすぎない。
フェルンも、気が付いてはいないだろう。
だがそれでも、あと1秒でも自制が間に合わなければ、あの子を斬り殺していたかもしれない。
ハイターは呆れたようにこう言った。
「……ああ、私からもなるべく治すように言っているのですが、あの子はついそうしてしまうんです」
「やはり、俺を疎んでいるせいか」
「いいえ、違いますよ」
「では嫌っている」
「違いますよ」
「ならば、憎んでいる」
「それも違います」
では、いったいなぜ、フェルンは俺を避けるのか。
「あの子はただ、あなたとどう接すればいいのかわからないだけなんですよ」
「なんだと⋯そんなバカげたことがあるものか」
「バカげたもなにもありませんよ」
ハイターは、どこか遠くを見るような目つきになった。
「あの子は戦災孤児なのです。南側諸国の戦争で、家族をすべて失っている。私は、身寄りのないあの子を引き取ったのです。
彼女は、私以外の身近な人がいない。
だから他の誰かとどう深く関わればいいのか、困っているのです」
「そんなものなのか?」
それにしては、あまりにそっけないというか。なんというか。
「まぁ、あなたが他人を寄せ付けないような雰囲気をまとっているせいも、多少はあります」
「……やはり、俺のせいだったのか」
俺のような血が匂いたつ存在が傍にいることは、あの子の発育にとって悪影響なのかもしれない。
するとハイターは、俺の言葉を否定するように、力のこもった声でこう諭した。
「私の言葉を信じられませんか?」
「……」
「もし私を信じていただければ、貴方の方から、あの子へ歩み寄ってもらいたいものです」
このような人間の機微を考える必要など、あのヤーナムの世界にはなかった。
とりあえず道行く先で遭遇した者は、敵か。
裏切者か。
誰かに殺されるか。
正気を失い獣になり果てるか。
そもそも最初から獣か。
この5パターンのうちのどれかにあたる。
なので出会った人間は逃げるかあるいは殺すか。それが向こうの世界では最も安全な行為のひとつだろう。
……それでも最期まで、俺はそんな血も涙もない人間になれなかった。
★
辺りを一望できる崖先。下をのぞけば奈落が広がっている。
そこにフェルンがいた。
彼女の視線の先には、遥か遠くにある岩室にある、巨大な岩盤がある。
フェルンは杖を構えていた。杖の先に魔方陣が展開されて、白い光線が射出される。
そう呼ばれる、この世界で広く普及した攻撃魔法だとかなんだとか。
彼女は、毎日のようにここで岩盤を打ち抜こうと、必死に
「夜だ。子供は早く寝ろ。獣が襲ってくるかもしれない」
俺は、そっと近づいて、彼女に声をかけた。
フェルンはいつものようにビクッと肩を震わせて、距離を取ろうとする。
「いたっ」
だがその時、フェルンは再度つまずいた。
それから泣きそうな顔を浮かべて、必死に立ち上がろうとしているようだが、その場から動けずにいる。
俺は近寄って、彼女の足元に触れた。
右足が腫れている。捻挫をしているみたいだ。
「戻ってハイターに治してもらおう」
俺は、フェルンに両手をさしだした。
「背負ってやる。歩けないだろう」
フェルンはきょどきょどしたあと、ゆっくりと頷いた。
「ありがとうございます」
「気にするな」
俺はフェルンをおぶって、歩き出した。
屋敷に戻る道すがら、俺はこうたずねた。
「俺が恐いか」
「……」
「当然だ。お前はまっとうな人間だから、そう思うのが正しい」
それから俺はつづけた。
「お前に言わなければならない」
勇気がいった。だけど、これを言わなければ自分の気がすまない。
「俺は今日、お前を殺そうと思った」
「!」
俺の背後から激しく息を飲む音がした。
そして背中にいるフェルンがじたばたと暴れる。
「ああ、違う! 聞け、俺は別にお前が憎いだとか、嫌いだとか、そうではないんだ」
俺はフェルンをなんとか宥めた。
「敵が隠れている……そう無意識に思ってしまったんだ」
「どうして、なのですか?」
落ち着いたフェルンは、質問してくる。
「俺がいた場所では……そうだな、一言でいえば、とてもひどい場所だった。
正常な人間なら、正気を保てないところだ。
そこにいるやつらは、気が狂ったやつか朽ち果てる寸前のやつしかいない。
俺はそこに長い間、閉じ込められていた。
だから、その地獄から抜け出した今でも、気を抜けば当時の自分に戻ってしまう」
フェルンはじっと黙って聞いていた。それからこう言った。
「……ごめんなさい」
「なんで謝る?」
「だって、とても辛そうなのですから」
「辛い……?」
「そんな方を怖がっていた私が、悪いのです」
よくわからなかった。
絶望も苦しみも痛みも、浴びるほど受けて。
だから自分が今どう思っているのかなんて、気が付くと、鈍感になってしまう。
「……いいや、お前は悪くないよ」
だからそう答えるしかできなかった。
それから、俺はフェルンをおぶって、屋敷に戻る。
フェルンの捻挫は、ハイターの治癒魔法により一瞬で治った。
俺はその時、強く罪悪感を覚えた。
自分はこの少女を殺しかけた。
その事実が、自分の心に棘のように突き刺さって、いつまで経っても抜けることはなかった。
その日は不思議なことに、悪夢にうなされることはなく、熟睡することができたのだ。
また明日から、毎晩悪夢に苦しめられるのだろう。
それでも次の日の朝は、気分良く目覚められたのだから、悪くはない。
なにより翌日から変化があった。
次の日から、ぽつぽつとフェルンが口をきいてくれるようになった。
最初は、朝の食卓での会話。
次は、昼に巡回中に、稽古中の彼女との会話。
夕方は、廊下ですれ違った彼女と言葉を交わした。
「狩人様」
フェルンは決まって、まず初めに俺の名前を呼ぶ。それから何かを喋るのだ。
日が経つにつれ、お互いにあった溝が埋まっていったように思える。
ただ、ひとつ不満がある。
「どうだ、今日は<パイルバンカー>について教えてあげよう。触ってもいいぞ。こんな機会はめったにないからな」
「え、いやです」
フェルンは、今でもあの仏頂面を作る瞬間がある。
俺が仕掛け武器をこの子に見せるたびに、そうなってしまう。
そのたびに、俺はひどく落胆するのだ。
なぜこの良さがわからない。
仕掛け武器は、全人類のロマンだというのに。
1時間語って聞かせてあげようか?
フェルンにそう言えば、彼女は死ぬほど嫌そうな顔をする。
なぜだ、なぜそんな顔をする。
最高じゃないか、仕掛け武器。
ハイターだって、見せびらかすたびに気に入ってくれる。
特に仕込み杖が一番良いと彼は言った。ハイターのやつ、センスがあるよ。
「ちょうど良かった。お気に入りの杖が壊れてしまって」
だがちょっと待て、ハイターさん。それを杖替わりにしようとするのはやめてくれ。
それはあくまで獣を殺す武器なのだから。
「そう言っても杖ですからねぇ」
とハイターは言い訳をする。
だから、俺は仕込み杖の、仕掛けを作動させる。
かちり、と内部に機構が変形し、杖の内部から刃が表出する。それはまるで鞭のようにしなる、鎖状の刃だ。
ハイターもフェルンも、この手の込んだ仕組みには感嘆しているようだった。
フェルンは、ことりと首をかしげていた。
「しかし……それならば、なぜわざわざ杖を模しているのですか?」
たしかにそれはもっともだ。
仕込み杖は、れっきとした狩人の武器である。
だから、それ相応の理由がある。
「決まっている、様式美の類だからさ」
「なるほど」
とハイターは、どこか納得したような表情をして。
「うーん」
とフェルンは、イマイチピンと来ないといった風な顔をするのだった。
★
それから1年の時が過ぎた。
俺は、自分自身の致命的な弱点に気が付く。
あのヤーナムの世界で長い時を過ごし、俺は狩人になってしまった。
しかし異常な世界で戦いつづけた代償は大きかった。
普通の人間として生きようとしても、狩人としての自分に戻りそうになる。
何か気配を感じたり、動く物体があれば、それを狩るべき獣だと断定し、無意識に殺そうと考える。
それは、普通の人間として生きるには大きな欠陥だ。
もしハイターに雇われず、どこかで働いていれば、これがなんらかの大きな問題を起こしていたのは間違いない。
この世界に転移して、俺は平穏な時間を手に入れた。
なので当面の目標としては、自分が抱えているこの問題を解決するために、注力していこうと思う。
「こんにちは、ハイターの家はここで会っている?」
「あんたは誰だ?」
「私はフリーレン、ハイターの友達だよ」
ある日、屋敷の玄関口を、旅行鞄を手にした白髪のエルフがノックした。
彼女は、ハイターの旧友。勇者一行の魔法使いフリーレン。
俺はそんなフリーレンの姿にひどい既視感を感じる。
頭の中に眠る記憶が、はげしく揺さぶられるのだ。
なにか、この世界の流れが進みだしたような気がする。
この世界において異物だから、それを知覚できたのかもしれない。
彼女と関わっていくうちに、俺はこの世界の記憶を思い出すことができる可能性が高まってきた。
「そうか、上がっていきな。茶を出す」
「わかった」
ふいに、ソリテールの姿が浮かんだ。
この世界に転移して、初めて殺し合った魔族。
やつは、今もどこかで生きている。
記憶が回復すれば、やつのことも分かるだろうか。
……まあ、考えても無駄か。
あいつと出会ったのは、はるか遠くの北の地だった。
やつと出会うことは、二度とないはずだ。
「見つけた」