剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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剣聖の教え子たち

「――――ア! レクスディア!」

「あぐ……」

 

 左腕と左足が凄まじく熱い。

 右眼はもはや何も光を映す事は出来ず、身体中の骨が砕けたのかちっとも動かすことは出来ない。いつも頼りにしているエルフの魔法使いであるアルナは、涙を流しながら俺の名前を必死に呼びかけていた。

 

「り…………ゅうを……ころさ……なければ」

「もうしゃべるな!! ヒーラー!!! 頼む!! 彼を死なせないでくれ!!」

 

 誰かの手が俺の胸に触れている。

 白い光が砕けた骨を繋ぎ、裂けた肉を縫い合わせていくのが見えた。自分の肉体なのにまるで他人の身体を眺めているようだった。

 

「……毒が、回ってる……」

 

 ヒーラーの震えた声が耳に届く。

 

「普通の治癒じゃ……止まらない……これは、黒竜の……」

 

 ああ、とぼんやり思い出す。

 黒竜の鉤爪……あの一撃が致命傷になったのかと。

 奴の鉤爪には毒があるのだが普通の毒じゃない。肉体だけじゃなく魂まで蝕む猛毒はもはや呪いと呼ぶべき代物だ。傷を治しても、侵された魂は簡単には治らない。放っておけばもがき苦しみながら死に至るという、悪趣味なものだ。

 

 霞んでいく視界の端でアルナが叫ぶ。

 

「嘘よ……止まってないじゃない! どうして光が弾かれてるの!?」

「魂に食い込んでる……このままじゃ、いずれ……」

 

 これが俺の終わりか――でも不思議と恐怖はなかった。ただ、黒い巨躯がまだ空を裂いている光景だけが頭に残る。死を感じて初めて感じた未練が、俺の苦い記憶を何度も呼び起こす。

 

(あれを殺さなければならない)

 

 あの怪物を……いやそれだけじゃない。

 無辜の民を脅かす全ての存在を打倒する役割を、俺は充分に果たせていない。

 

「撤退だ!」

「今はレクスディアを優先する!」

「ふざけるな! 黒竜を逃がす気か!」

「彼をこんな所で終わらせちゃいけない! 次へ繋げるためだ!」

 

 怒号が飛び交う中で誰かが俺を担ぎ上げた。

 揺れる視界、血の匂い、遠ざかる戦場が目に映る。

 ただ俺には分かっていた。

 

 仮に生き延びたとしても――以前のようには戦えないと。

 

(俺がいなくなったら……騎士団はどうなる)

 

 世界を見渡せば、俺と同等の強者はいる――数は少ないが。

 でもこの騎士団にはいない。

 俺が立っていた場所を、そのまま埋められる者はいない。

 

「お願い……死なないで……」

 

 アルナの声が、やけに優しく響く。

 瞼が、ゆっくりと閉じていく。

 もう二度と目覚めない死の気配がすぐそこまで迫っていながら、最後に浮かんだのは()()()()

 

(――代わりが、必要だ)

 

 俺なんかがいなくても大丈夫と思える人を育てておけば良かったという後悔を抱き、意識を手放した。

 今思えばこの苦い経験こそが、俺の新しい道を決定づけたのだろう。

 

 良い意味でも悪い意味でも。

 

◇◆◇

 

 アストライア王国王都リュミエール。

 その王城西塔に隣接する巨大な要塞こそ、王立ヴァルハディス騎士団の本部である。

 

 王国最強の軍事組織であり、アストライアだけじゃなく世界中にもその名を轟かせている。そんな騎士団を率いる大団長の執務室は、質実剛健という言葉が似合う空間だった。壁には歴代の戦功旗と遠征の記録。中央には重厚な黒檀の机が鎮座している。

 

 その前に立つのは、かつて“剣聖”と呼ばれた男――レクスディアだ。

 

 長かった黒髪は肩に触れぬほどに切られ、右眼には黒い眼帯。失われかけた左腕と左足は繋ぎ直されたものの感覚は鈍く、今も杖に体重を預けている。

 まだ23歳という若さにも関わらず、その佇まいは戦いに疲れ果てた老兵のようだった。

 

「――それで?」

 

 机の向こうに座わっていた大団長ガルドレイン・バルツァークが徐に口を開く。

 白銀混じりの短髪に鋭い金の瞳、頬を斜めに走る古傷。鎧を脱いでも隠せない分厚い体躯と圧力。五十を越えてなお現役の武人であることが一目で分かる。

 

「剣聖を引退するのは本当か?」

「はい」

 

 レクスディアは静かに答えるとガルドレインは難しそうな顔をしながら腕を組み、重く息を吐く。

 

「黒竜戦から一年。呪いの進行は止まり、歩けるまで回復した。医師団は奇跡だと言った。それでも引退か?」

 

 窓の外では若い騎士たちが訓練に励んでいるのか、威勢のいい掛け声が聴こえてくる。まさか騎士団を代表する2人がこんな話をしてるとは思わないだろう。

 大団長の圧力を前にしてもレクスディアは一切表情を変えずに淡々と言う。

 

「全力で戦えば5分しか持ちません」

 

 その一言に室内の空気がわずかに張り詰める。

 

「時間を超えて無理に動けば呪いが疼き、左半身の感覚が消え、視界が歪み、肉体が損傷します。通常戦闘でも1時間が限度です」

「1時間持てば十分な戦力だ、持つのはそれこそ勇者クラスだろう?」

「だが少なくとも剣聖ではありません、有象無象はなんとかなっても……真の強者の前では致命的です」

 

 その言葉にわずかな自嘲が混じっていた。

 もう無理だ――レクスディアはすでに結論づけていた。

 

「俺は常に最前線に立つ存在でした。部下を守り、敵を斬り伏せ、背中で示す役割だった」

 

 杖を握る手に力が入る。

 普段から無表情の自覚はあるが、今この時ばかりは苦しい表情をしているだろう。

 

「今の俺に……剣聖は相応しくない。それだけは確実です」

 

 命は繋いだが呪いはまだ残っている。進行が一時停止してるだけで壊れた身体は戻らない。

 

「だからお前は教官に志願した訳か」

 

 渋々と言った様子でガルドレインは渋い顔のまま、デスクに置かれた一枚の書類へと視線を落とした。

 

 厚手の羊皮紙には、端正な筆致でこう記されている。

 

 ――教官就任願並びに特別育成隊編成申請と。

 

 その下には12人の名前が書かれていた。

 

「今年入団したばかりの若手の中でも、特に優秀と判断された者たちを直々に指名……、他の連中からしたら面白く無さそうだな」

「正直言って自分も文句は覚悟してましたが、同僚は誰1人文句言わなかったですね」

「お前の影響力は強いからな」

 

 ガルドレインは紙を指でなぞりながら続ける。

 

「剣術主席、魔力適性も全て最上、戦術理解度も上位……いずれも将来を約束されたような連中だ。まだ18で青いが、伸び代は十分すぎるぐらいある」

 

 ただこの逸材を育てるのは並大抵じゃない。

 剣聖であっても一筋縄じゃ行かないのは明白だ。

 

 

「将来有望株を12人、まとめて預かって何を教える気だ? 今更基礎を教える訳じゃあるまい」

「俺がやってきた訓練を、そのまま叩き込みます」

 

 その一言にガルドレインは固まる。

 

「実戦想定かつ、死に瀕するような鍛錬をします。甘さは排除して最後まで立っていられる騎士を作る。俺はそのつもりです」

「……ほう」

「次の剣聖を作るつもりですからね」

 

 あんまりにもはっきりと言い切ったせいで、ガルドレインの眉がわずかに上がる。

 

「1人ではありません。全員俺と同じぐらいにするつもりです。万が一俺がいなくても、ヴァルハディスが揺らがないようにしたいので」

「お前、自分が味わったものをそのまま背負わせる気か」

「……覚悟はさせます。ただ途中で脱落者がいても引き留めません。無理なら辞めればいい」

 

 だがレクスディア自身も、彼らが別の道を歩むなら応援するつもりだった。これから先の人生は長いのだ。恋も、夢も、穏やかな日々を追いかける人生もありだ。

 

 自分のように、戦場にすべてを捧げる必要は本来ないとそう思っていた。ただ大団長はレクスディアの想定していた反応とは異なる反応を見せた。

 

「レクスディア」

「はい」

「全員をちゃんと強くしろ、必ずだ」

 

 それは何とも力強い断言だった。

 

「志願時の面談記録も読んだ。家族を魔物に殺された者、名誉を欲する者、国を守ると誓った者……理由は違えど、全員覚悟してここへ来ている」

 

 机を指で軽く叩く。

 

「騎士団に入るというのはな、人生を穏やかに過ごす選択ではない」

 

 鋭い金の瞳がレクスディアを射抜く。

 

「もうあいつらは最初から背負うと決めてきた連中だ。確かにまだ若いし未来はこれからだ」

 

 だが――と続ける。

 

「だからこそ半端な鍛え方はするな」

 

 椅子から身を乗り出し、低く言い放つ。

 剣聖相手に引けを取らない迫力を出しながら、ガルドレインはレクスディアを見据える。

 

「中途半端な強さが一番危うい。徹底的にやれ」

「……!」

「お前は腹を決めているのだろう?」

「はい」

 

 レクスディアの答えに満足したガルドレインは書類を持ち上げると、優しい笑みを浮かべながら言った。

 

「この12人をお前に預ける。ヴァルハディスの未来だ……ちゃんと磨いてやれ」

「はい」

 

 短い返答を聞き届けると、ガルドレインは満足げに頷いた。

 そしてふと思い出したように口を開く。

 

「ついでだ。今のうちに顔だけでも出しておけ」

「今は休憩時間ですか?」

「ああ。あいつらは今、第一訓練所で基礎鍛錬中だ。1週間後にはお前の教え子になるが、顔ぐらい見ておけ。それに……剣聖が来たら喜ぶからな」

 

 何でもないことのように言うが、その声音にはわずかな期待が滲んでいる。

 

「……分かりました」

 

 レクスディアは一礼し、踵を返して執務室を出ると、石造りの廊下をゆっくりと歩く。杖が床を打つ、規則的な音が響く。

 

 かつてはこの距離を、誰よりも速く駆け抜けた。

 今は一歩一歩、確かめるように進む事しか出来ない。

 

「……やってるな」

 

 ヴァルハディス騎士団の広大な敷地には幾つも施設と、訓練所が点在している。新人たちがいる第一訓練所へと向かうと――

 

「はっ!」

「遅い! 足を止めるな!」

 

 教官の怒声、木剣が打ち合う乾いた音、土を踏みしめる重い足音が聞こえてきた。懐かしいなとレクスディアは感慨深く思いながら、静かに扉を押し開けた。

 

「――! 剣聖様!」

 

 視界に飛び込んできたのは、整然と並ぶ訓練生たちの姿だ。

 ひと足先に気づいた教官はレクスディアを見るなり、動きを止める。

 

「邪魔したな」

「いえ! 邪魔などとんでもない! お前たち! 剣聖様がいらしたぞ! 整列!」

「「「「はい!!!」」」」

 

 教官の号令が響いた瞬間、12人はほとんど同時に動いた。ばらけていた陣形が、まるで一本の線に吸い寄せられるように揃う。足音は最小限、視線は正面、背筋は真っ直ぐに伸びている。

 

(様々な種族出身の原石だな)

 

 レクスディアは彼らをじっと見て感心していた。

 騎士団に所属するのは何も人間だけではない。

 

 赤茶けた長い髪に、キリッとした顔つきをした人間の少女を筆頭に、銀の瞳を持つエルフの少女、犬耳を揺らす獣人の青年、小柄な少女、魔族の血が入った青年が影のようにぴたりと立つ。種族も体格も違う十二人が、まるで同じ型から削り出されたかのように整然と並んだ。

 

 

「ヴァルハディス騎士団候補生一同、剣聖レクスディア様に敬礼!」

 

 12人分の揃った声が空気を震わせる。

 

「よろしくお願いいたします!」

 

 若さゆえの張り詰めた声の奥には揺るがぬ芯があった。そんな彼らをレクスディアは無言で彼らを見渡した。

 

 ――眩しいな。

 

 表情こそ相変わらず無表情のレクスディアだったが胸の奥にはかすかに熱が灯っていた。かつての自分も、きっとこんな目をしていた。無鉄砲で、真っ直ぐで、世界を変えられると疑わなかった。

 

「面を上げろ」

 

 視線が一斉に向く。好奇心、緊張、憧れ、そして覚悟が込められている。

 

「一週間後、お前たちの剣術を俺が見ることになるのは知っているだろう?」

「「「はい」」」

「正直言って不安だったりしないか? 今は、こんな無様な姿になってるからな」

 

 そう聞くと皆答えづらそうにしていた。

 まぁ側から見たら完全に病人にしか見えないから無理もない。だけど彼はあえて隠そうとはしなかった。

 

「だけど安心しろ。技術も経験も、まだ腐っちゃいない。教えられることは全部叩き込む。こう見えて意外とランニングぐらいは出来るからな」

 

 一瞬、空気が緩む。肩の力が抜けたように、何人かが小さく笑みを浮かべた。緊張が解けたのだろう。

 

 だが次の瞬間――レクスディアの声音が低く沈む。

 

「……だけどな」

 

 全員の背筋が反射的に伸びる。

 

「俺の訓練は一番厳しい」

 

 全員の目が見開くのを確認してから話し出した。

 

「途中で俺を憎むやつも出るだろう。逃げ出したくなる夜もある。吐いて、泣いて、剣を握れなくなる日もあるかもしれない。そしていつの日か殺してやるとすら思う可能性すらある」

 

 誰かが、ごくりと喉を鳴らした。

 憧れが憎悪の対象になるなんて信じられないのだろう。

 

「だけどそれでいい」

「……!」

「甘やかしてやる気はない。中途半端な強さが一番危うい。俺はお前たちを徹底的に鍛える」

「「「……っ!」」」

「何なら俺を殺せるくらいには強くなれ」

 

 息を呑む音が重なった。

 

「それだけの可能性が、お前たちにはあると俺は思ってる」

 

 獣人の青年の耳がぴくりと立つ。エルフの少女の瞳が揺れ、強い光が灯る。

 

「俺を踏み台にしろ。使える技は全部盗め。背中を追うな、追い越せ。そして誰よりも強くなれ」

 

 刹那の静寂。

 次の瞬間――12人は同時に叫んだ。

 

「ハイ!!」

 

 訓練所の天井を震わせるほどの、力強い返事だった。

 その響きを受け止めながら、レクスディアは小さく頷いた。

 

 ――いい目だ。

 

 この12人は必ず英雄になる。

 その確信だけは、もう揺らがなかった。

 

◇◆◇

 

 そして翌週――12人は地獄を経験した。

 甘さなんて一切なかった。

 

 夜明け前の走り込みから始まり、全身に重りを付けたままの素振り1万回。魔力制御の反復、視界を封じた状態での模擬戦、三対一、五対一の連続戦闘。倒れれば水を浴びせられ、立てなくなれば這ってでも型を続けさせられた。

 

 文字通り、拷問に近い。

 筋肉は断たれ、手の皮は剥け、魔力枯渇で意識を失うなんて日常茶飯事だった。

 

「立て」

 

 レクスディアの声は常に低く、冷たい。

 反抗しようにも彼から放たれる殺気が怒りの熱をすぐに冷却させる。

 

「敵は待ってくれない」

「…………っ、はい……っ!」

 

 泣きながら剣を握る少女がいた。歯を食いしばり、血の滲む掌を隠そうとする少年がいた。獣人の青年は何度も地面に叩き伏せられ、牙を剥きながら立ち上がった。エルフの少女は魔力制御で何度も暴発を起こし、そのたびに叱責された。

 

 何度も心が折れかけた。

 夜、寮で嗚咽を噛み殺す声が聞こえたこともある。仲間同士で衝突し、互いに責め合った日もあった。

 

 だが誰一人、辞めなかった。

 互いの背を預け、傷を笑い飛ばし、倒れた者を引きずってでも訓練場に立たせた。

 

 半年が過ぎた頃には、彼らの目から迷いが消えた。

 1年後には初の実戦任務が下る。

 

 規模は小さかったが、魔物の大量発生に対応するという内容だった。それでも実戦は実戦……油断すれば死に至る。

 

「ヤァアアア!!!」

「ギャアアアア!!」

 

 初陣の空気は重かった。

 血の匂い、断末魔、仲間の叫びと教本にはない混沌が襲いかかってきた。

 

 それでも彼らは崩れなかった。

 

 獣人の青年が先陣を切り、エルフの少女が後方から精密な魔力射を放つ。連携で側面を崩し、少女が致命の一撃を叩き込む。

 

 全身怪我していない場所がないんじゃないかという状態になりながらも、彼らはなんとか勝利した。

 帰還した彼らの顔は、出発前とは別人のようだった。

 

 そこからだ――加速度的に強くなっていったのは。

 

 2年目には各々で単独での任務を任され、3年目には10歳以上離れた騎士よりも素晴らしい戦果を挙げた。4年目には国境紛争の最前線に投入されても、誰一人欠けなかった。

 

 その内彼らはこう呼ばれるようになった。

 剣聖の12人の使徒――と。

 レクスディアという主に仕える様が、まるで信徒のように見えたかららしい。

 

 これだけ聞けば皆立派な騎士になったように思うだろう。

 だけど実態は違っていた。

 確かに凄まじい強さを手に入れたことはレクスディア自身も誇らしい事だった。

 

 ただ……ちょっと育て方が良くなかったと彼は後悔していた。

 

◇◆◇

 

 レクスディアが12人を鍛えてから5年が経った。

 そんなある日のことだ。

 

 辺境の交易都市グランヴェイルが襲撃されたのだ。

 石畳の通りに炎が走り、家屋は崩れ、逃げ惑う人々を巨大な影が追い立てる。鈍重な足音と共に現れたのは、棍棒や斧を振り回すオークの群れ。その背後で、高位の魔法使いたちが不気味な詠唱を重ねていた。

 

「抵抗するなァ! 女と子どもは生かしておけ!」

 

 下卑た笑い声が悲鳴に混じって轟く。

 彼らは各地で同じことを繰り返してきた。村を襲い、奪い、燃やし、逆らう者は見せしめに殺す。オークを使役する魔法使いのギャング集団だ。よりにもよって魔法使いが参加しているせいで被害が尋常ではなく、その悪名は辺境一帯に広がっていた。

 

 そんな彼らによって破壊された街の中央には広場があり、そこでは捕虜が沢山いた。ほとんどが女子供であり、全員縄で縛られて身動きが取れなくなっていた。

 

「絶対……助けが来るからね」

「ママ……!」

 

 懸命に子を励ます母の前に、派手な外套を纏った男が立つ。

 好き放題やってきたのか、その表情は人のそれではなくなっていた。

 

「命乞いは済んだか?」

「ひ……!」

 

 涙に濡れた子どもの頬に、刃が突きつけられる。

 母は庇おうとするが男たちに取り押さえられてしまう。

 

「やめ――」

 

 このままじゃ我が子が殺される――そう思った瞬間だった。

 空を裂く銀の軌跡が一直線に走り、男の言葉は途切れる。

 

「あ?」

 

 いきなり男の首が宙を舞った。

 鮮血が噴水のように噴き上がり、広場に赤い雨が降る。

 

「なっ……!?」

 

 魔法使いたちが一斉に振り向くと遠方の屋根の上で、赤茶けた長い髪が風に揺れていた。

 その人物は白いキャスケットを被った女だった。だけど普通の人間じゃ出せないような速度で地を蹴りながらこっちに向かってきた。

 

「魔法で撃て!!!」

「なんだあいつ……!」

 

 魔力の矢が女を襲うが、彼女は軽くサーベルを振るって切り刻む。その際に顔が見えたが、可憐な顔には斜めに大きな古傷と、ナイフみたいに鋭い目つきが悪を射抜いた。

 

「死ね」

 

 またサーベルを振るうと銀の弧が次々と放たれ、オークの胴を、腕を、脚を容赦なく切断していく。分厚い筋肉も関係ない。肉塊が宙に舞い、地面に叩きつけられる。

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

 魔法使いの一人が杖を構えた瞬間、視界が赤に染まった。

 気づいたときには、上半身と下半身が分かれていた。

 それでも女は止まらない。

 着地と同時にさらに踏み込み、斬撃を放つ。

 全てにおいて無駄も躊躇もない。

 

 戦闘というより虐殺だった。

 

「うわぁあああ!!! 逃げろ!!!」

「死にたくない……!!」

 

 仲間が容易く肉片になる光景に、魔法使いたちの顔から血の気が引く。早く逃げなければと走り出したが――

 

「おせぇ」

 

 犬耳を揺らす獣人の青年が、身の丈を超える大剣を振り下ろした。圧倒的な質量と速度を保った剣は魔法障壁ごと、3人まとめて叩き潰した。

 

「安心しろ、屑ども!! 仲間達全員と同じ命日だぞ!!! 寂しくないだろ!!!」

 

 咆哮と共に横薙ぎしたせいで逃げ出そうとした魔法使いが、まとめて両断された。もうギャングたちに戦意なんて欠片もなかった。

 

「に、逃げろ!!」

 

 統制を失った集団は、蜘蛛の子を散らすように敗走するがそんな簡単に逃げきれる訳がなかった。

 

「歯ごたえのない任務だが、こいつらを許すわけにはいかない」

「そうね……師が嫌う人たちだもの」

 

 路地の奥から、背の高い魔族の青年が現れる。紫紺の瞳が冷たく光る。その隣には、背の低い少女が湾刀を構えていた。

 

「取りこぼしは無しだ」

「勿論……」

 

 魔族の青年が一歩踏み出し、滑るような斬撃と共に命を狩っていく。

 また少女は笑みすら浮かべず、軽やかに跳躍して逃走者の脚を刈り、倒れたところを迷いなく喉へ刃を差し込んだ。

 

「1、2、3、4……あと2人まとめてだから6かな」

 

 別の通りではエルフの女が長弓を引き絞り、仕留めた数を数えながら敵を物言わぬ骸に変えていく。

 

「あー…………だるい、だるい、だるいから……」

 

 

 顔色の悪い黒髪の女が静かに歩く。

 そんな彼女はずるりと巨大な鎌を取り出す。

 

「ひ、助け――」

 

 言い終わる前に鎌が切り裂いた。

 更に向こうの通りでも悲鳴が上がっていた。

 

 そして気づけば――広場に残るのは死体と血、そこから離れた場所にて意識を無くしてスヤスヤ寝ている生存者たちの集団だった。ギャングたちを殺した彼らは生存者を魔法で眠らせ、起きた後に凄惨な記憶を消すようにしていた。

 

 その様子を確かめるように、ゆっくりと歩いてくる影があった。

 

 外套を翻し数名の騎士を従えた男――レクスディアだ。

 血と死体の海を見ても、その歩みは変わらない。だが視線は鋭く、周囲を観察している。

 

 彼が広場の中央に差しかかると赤茶けた長い髪が揺れた。

 白いキャスケットの女――キアラが一歩前へ出るとそれを合図に、散開していた11人が音もなく集結した。

 

 彼らは寸分の乱れもなく、レクスディアの前に整列した。

 

「報告します、生存者は全員救助完了。精神安定処置済み、敵戦力、生存者ゼロ」

「……お前たちに怪我は?」

「我々の負傷者も、ゼロです」

 

 機械的なほどに簡潔な報告を前に周囲にいた随伴の騎士たちも息を呑む。何ならちょっと気分悪くなっている。広場なんて敵の血で染まってない場所がないぐらいだ。

 

「よくやったな、キアラ」

 

 レクスディアは短い言葉で労うとキアラは薄く笑った。

 

「これぐらいは当然です。我が師よ」

 

 彼女が軽く頭を下げると他も同時に頭を垂れた。

 

「我々は貴方の刃、貴方の敵を全て斬り殺す事こそが、我々の存在理由。何度敵が立ち塞がろうと貴方の道は我々の手で切り拓き、その道を敵の血で赤く、絢爛に染め上げてみせます」

 

 随伴の騎士が少し後退りする中で、レクスディアはその光景を無言で見つめる。

 

 5年前――訓練場で「俺を殺せるくらいになれ」と言った。

 踏み台にしろ、強くなれ、と確かに言った。

 その上で思った。

 

(うん、やり過ぎ)

 

 認めよう――育成大失敗であると。

 いやある意味では成功したけど、この方向性は違う。

 強くなれとは言ったけど殺戮兵器になれとは言ってない。

 

(そもそも血で染まった道なんて歩きたくないのだが)

 

 レクスディア自身も血に染まってはいるが、別に殺しが好きなわけじゃない。戦闘狂でもないので早めに戦いは終わらせたいし、血を流さずに済むなら普通にしばいて終わりにしたりする。

 

 でも彼らは違う。

 敵全てぶっ殺しマンなのだ。

 

(お前ら昔は使徒なんてかっこいい異名あったのに、今じゃキルマシーンとか、剣聖が育てた連中が全員目がイッてるとか、どっちが悪党かわからないんだけどって異名ついてんだぞ、おい)

 

 レクスディアは頭を悩ませていた。

 クールなキャラがブレる勢いで。

 目の前にいる愛弟子たちは、キョトンとした顔をしている。

 

「……生存者たちは預かる、それとだ……お前たちは派手にやりすぎる傾向がある。街を血みどろにして――「す……すみません……!! あぁ……失望されちゃう……! 敬愛する我が師に……!」――ちょっと落ち着いてもらおうか」

 

 しかも軽く注意すると異常なぐらい深刻に自罰的になる。

 特にひどいのが2人いるのだが、他の皆と比べてという基準な為、全然マシじゃない。おかげでレクスディアは呪いが進行しちゃうんじゃないかとすら思ってる。

 

「師よ……私たちは間違っているのでしょうか……」

「……違う、間違えたのは俺だ。だからキアラも気にするな、次からは気をつける程度でいい」

「……はい」

 

 そんなしょぼくれるな、俺がすごい悪い事言った気分になるだろ――とも言えず。なんとか地道に矯正すればと思ってはいるものの、彼らがレクスディアに向ける矢印はでかくなってクソ重くなるばかり。

 しかも最悪なことに、5年経ってそこそこ多くの後輩を持つようになった彼らは、レクスディアを絶対視するよう洗脳(きょういく)しているとか。

 

 もはやカルト宗教待ったなしである。

 

(とりあえず……こいつらを何とか一般的な感覚に戻さないと、このまま英雄に成り上がったらもっと悲惨な事になる)

 

 良かれと思ってやった事が完全に良きせぬ方向に進んだのを後悔しつつも、レクスディアは決意する。

 

 騎士団が殺戮集団にならないようにして、なおかつ彼らがちゃんとした英雄になるように影ながら支えようと。




ちなみに愛が重いのは教え子たちだけじゃない模様。
高評価、感想、ぜひぜひお願いします。

なお、この作品での剣聖は役職という形になります
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