剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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メスガキは師に構って欲しい

 ラフィちゃんにとって先公は1番イカしてて、おもしれぇ人だ。

 

 最初は騎士団の連中って型にハマってクソつまんねぇもんかと思ったけど、あの人が集めた連中は皆どっか壊れてて退屈しない!!

 

 特にぶっ壊れてるトトなんか、ラフィちゃんの大親友だもんね! たまにクソほどぶち殺したくなるけど、絡んでてマジで楽しい!!

 

 ラフィちゃんはね……大層な目標なんかねぇんだよ。

 ただ一度きりの人生は刺激的に過ごしたくて、ここにやってきた。思う存分に力を使って、ムカつく奴らを殺して、大好きな先公と地獄に落ちるのが夢なの!!

 

 だから皆……せいぜいラフィちゃんの人生を楽しむスパイスになれるよう頑張ってよ。教え子の中で1番になるラフィちゃんのケツでも眺めながら歯を食い縛りな。

 

 あ、でもすぐ怒鳴るゼヴルは下がってて怖いから。

 

◇◆◇

 

「――という訳で、明日はお前達を主体に伯爵を確保する」

「「「ハッ!!」」」

 

 昼前――レクスディアは12人の教え子に向けて簡単な作戦概要を話した。ただ一部メンバーは来ておらず、先に伯爵が潜伏する邸宅に攻め入る8人を対象に話していた。

 

 いや……本来ならもう2人がいる予定だった。10人で先に突入し、あとの2名には魔物が配置されている拠点に向かわせるという内容なのだが、かなりマイペースな上にその内の1人がネジ飛んでるため、簡単に「魔物しばいたら合流」としか言ってない。

 

 そんなんで良いのかと言われがちだが、それで何とかなっちゃうのが彼らだった。

 

 それはともかくとして――レクスディアは別の人物に頭を悩ませていた。

 

「ラフィエルとトトは……」

「2人なら一緒に()()にいます」

「スキップしながら向かってました」

 

 キアラとアルバートがさらりと言った。

 ちなみにアルバートには「難しい事は考えなくていいから、俺が突撃って言ったら突っ込め」としか、レクスディアは言ってない。

 

「……2人一緒かー……」

(なんか……一気に顔が老け込んだ……)

 

 レクスディアはため息混じりに部屋から出ていくのを、キアラは何とも言えない表情で見送る。無理もない、自分でもあの空間は中々疲れる――キアラは密かにレクスディアに謝りつつ、自分の修行に戻っていった。

 

「仕方ない……顔出さない訳にはいかないしな」

 

 そう言ってレクスディアは工房に向かう。

 2人の力は素晴らしいものは間違いない。

 現に言う事を聞かせられるとしたら自分ぐらいしかいない。

 

「どうせ碌なもん作ってないだろうな」

 

 遠い目をしながらレクスディアが工房に入ると――何かノリノリな音楽が聴こえてきた。例えるなら心臓を揺らすようなビートを刻む、激しいロックのような音楽だ――トトが作った魔導具もそこにある。

 

 そしてラフィエルもいた。

 

「ふんふんふーん……♪」

 

 でかい作業用デスクの前に、ピンクの髪をツインテールにした背丈の小さな少女が座っている。ゴーグルを額に引っかけ、ギザ歯をむき出しにしながら鼻歌交じりに魔導具をいじっていた。指先から魔力がちかちかと散って、机の上には怪しく光る球体がいくつも転がっていた。

 

 彼女こそ、トトに並ぶ問題児――ラフィエル。

 ドワーフの血を引く異端の騎士である。

 

「~~♪ ~~♪」

 

 彼女は完全に自分の世界に入っていた。

 そしてその隣では、トトがとんでもない笑顔でそれを眺めていた。目をギラギラさせて、肩を揺らして、今にも奇声を上げそうなテンションで「それそれそれ!!」とでも言いたげな顔をしている。

 

 レクスディアは無言で部屋を見渡した。

 机の上には魔導具らしき物体が所狭しと並んでいる。

 明らかに数が多い。

 そして明らかに威力がおかしそうなものがいくつかある。

 

(作戦に必要ないだろ……絶対)

 

 どう考えても絶対使わなくていい代物だ。

 多分命令を無視して作ってる。

 

「おい……ラフィエル」

「~~♪ ~~♪」

「ラフィエル」

「~~♪ ~~♪」

「ラフィ」

「はぁーい!! おはよう〜!! 先公!!!」

 

 ラフィという愛称で呼んだ瞬間、ゴーグルを外してぶん投げ、ノリノリになっていたトトの顔面にぶち当てる。

 

「わざわざラフィちゃんの……どっっっ素晴らしいぃ工房に来てくれて!! きゃははは!! 先公ってばラフィちゃんのこと好き過ぎな!?」

「違う、不安になったから様子を見に来たんだ。あとトト……もう歌わなくていいから」

「ガーン!!!」

 

 アタシのリサイタルが……と膝から崩れ落ちるトトを無視して、レクスディアはラフィエルに向き直る。

 

「ちなみに何を作っていたんだ」

「煙幕と光!!」

 

 ラフィエルは得意げに無い胸を張った。

 ギザ歯をむき出しにしてにやりと笑い、机の上の魔導具を一つ手に取って掲げる。

 

「新人ちゃんたちってさぁ、いざってなった時に固まったりしちゃうじゃん? だからラフィちゃんが煙と光で敵の動きを制限してあげれば、新人ちゃんたちがスムーズに無力化出来るでしょ? 気の利くラフィちゃんの最高傑作ってわけ!!」

 

 確かに理にかなっている。

 レクスディアはラフィエルの説明を聞きながら、素直にそう思った。

 

 煙幕で視界を奪い、光で一瞬の硬直を作る。その隙に若手騎士たちが動く。連携として悪くない、むしろ考えられている。

 

 ただ――

 

(じゃあこっちの怪しい光を放ってるやつは何だ)

 

 レクスディアは机の端に転がっている、明らかに他の魔導具より禍々しい光を放っている球体へ目をやった。

 

「……それは?」

「あー、それはラフィちゃんのおまけ」

「おまけ」

「うん! 新人ちゃんたちへのアシストは本当。でも先公ってば今回見てるだけじゃん? つまんなくない? だからもし先公が動くことになった時のために、ついでに作っといた!」

 

 ラフィエルはにへらと笑った。

 

「先公専用!! 威力はちょっと……おかしいかも?」

「……どのくらい」

「建物一個ぐらいなら余裕で吹き飛ぶかな〜!!」

「いらない」

「ええ〜!?」

 

 即答するレクスディアに、ラフィエルが不満げに頬を膨らませる。

 

「せっかく作ったのに!! ラフィちゃんの愛がぎゅうぎゅうに詰まってるんですけど!?」

「その愛はいらない。没収する」

「やだ!!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐラフィエルを横目に、レクスディアはため息をついた。没収は後でいい……今は本題だ。

 

「煙幕と光の魔導具の説明を続けろ」

「……ちぇ。まあいいや!!」

 

 ラフィエルは切り替えが早い。すぐにまた得意げな顔に戻ると、魔導具を次々と手に取って説明し始めた。

 

「煙幕はドワーフの技術ベースで作ったから、普通のよりずっと濃くて長持ちするよ? 風魔法ぐらいじゃ晴れない。光の方はラフィちゃんの炎の魔力を圧縮して閃光に変換してるから、目だけじゃなくて皮膚にもじわっと熱が来る。動きが止まる時間が普通の閃光弾よりちょっと長い」

 

 レクスディアは黙って聞いていた。

 聞けば聞くほど、よく出来ている。炎魔法の得意なラフィエルが、その魔力を破壊ではなく制御に転用している。ドワーフの血が生きた、細かい調整の賜物だ。

 

 こういうところは素直に感心する。

 それ以外はノーコメント。

 

「……上出来だ」

「でしょ!! ラフィちゃん天才だから!!」

 

 ラフィエルはぱっと顔を輝かせた。

 先公に褒められた、という事実だけで部屋の空気が三度上がったような勢いだった。

 

「でもさぁ先公!!」

 

 そしてすぐに、にやりとした。

 そのギザ歯が光る笑みを見た瞬間、レクスディアの中で嫌な予感が走った。

 

「せっかく作ったんだし……ちゃんと効果あるか確かめさせてもらっていいよね??」

 

 目が笑っていない。

 正確には笑っているのだが、その奥に悪戯っぽい光が灯っている。ラフィエルがこの顔をする時は、大体ろくな事にならない。レクスディアはそれをよく知っていた。

 

「……何をする気だ」

「んふふ〜!! 先公を実験台にしたいな〜って!!」

「断る」

「え〜!! でも実際に喰らってみないと本番で使えるかわかんないじゃん!! ラフィちゃんの作った魔導具だよ? 先公なら余裕っしょ!!」

 

 やはりそう来たか――レクスディアは嫌な予感が的中し、げんなりした。こいつは俺のことを頑丈なモルモットと思ってそうな節がある。トトやロラーナとはまたベクトルが違うMADぶりである。

 

「お願いだよー!! 先公〜!!!」

「アタシからも……おねしゃーす」

「人に何かを頼む言い方じゃねぇな……!」

 

 この世のカオスを頭から浴びて出来上がったような2人を、このま無視する方が厄介だ。故に彼は断れない。

 

「言っとくが……調整のためだよな?」

「もちもちもち!!」

「アタシらを信用しな⭐︎」

 

 (……まったく)

 

 レクスディアは疲れた顔で目を伏せた。

 

「……構わないよ」

「やった!!!」

 

 ラフィエルが跳び上がった。ツインテールを揺らしながら魔導具を手に取り、きゃははと笑い声をあげる。

 

「先公ってばやっぱラフィちゃんのこと好き過ぎ!! 最高!!」

「誤解するな」

 

 疲れた声でそう返しながら、レクスディアは静かに覚悟を決めた。隅ではトトが「リサイタルの次は実験!!」と謎のテンションで盛り上がっていたが、レクスディアはもう見なかった事にした。

 

◇◆◇

 

 訓練所の中央に立ったレクスディアは、静かに腕を組んだ。

 広い石造りの空間は普段と変わらない。ただ今日ばかりは、目の前にギザ歯をむき出しにしてにやにやしている少女と、訳の分からないテンションで魔導具を並べている少女がいる。

 

 どう考えても穏やかな時間にはならない。

 

「じゃあ行くよ先公!!」

 

 ラフィエルはすでに魔導具を手に持っていた。丸い球体で、表面に細かい魔法陣が刻まれている。一見すると普通の煙幕弾に見えた。

 

「……一応聞くが、調整済みか」

「もっちろん!! バッチリだよ!!」

 

 即答だった。

 その即答が逆に怪しい。

 

(……まあいい)

 

 レクスディアは目を閉じた。

 食らう覚悟を決めた。

 ラフィエルが球体を地面に叩きつけた瞬間――ボン、という鈍い破裂音が鳴る。

 

 次の瞬間には白い煙が爆発的に広がって視界がゼロになった。

 

 それ自体は想定内だった。

 だが――

 

(……熱い)

 

 煙に触れた皮膚が、じりじりと焼けるような感覚を訴えている。普通の煙幕は温度などない。だがこれは違う。煙そのものが灼熱を帯びていた。吸い込んだ空気が喉を焦がすような感覚があり、レクスディアは無言で魔力障壁を薄く展開した。

 

(炎の魔力を煙に混ぜてるな)

 

 構造は分かった。

 ラフィエルの炎魔法が煙幕に混入している。視界を奪いながら同時に熱ダメージを与える仕様だ。発想自体は悪くない。

 

 ただ。

 

(……出力、絶対に上げてるだろこれ)

 

 バッチリ調整済みと言っていたが、これは嘘だ。

 もしくは調整した結果がこれだ。どちらにせよ、本番で新人騎士に使える代物ではない。

 

(早速やらかしてくれたな)

 

 苦々しく思いながら煙が晴れるのを待っていると――背後から、足音が聞こえた。

 

 (来るな)

 

 レクスディアが振り返ろうとした瞬間、背中に何かが貼り付けられた。

 

 ぺたり、という間の抜けた音。

 

「きゃははははは!!!」

 

 煙の向こうからラフィエルの笑い声が炸裂した。

 

「先公の背中に落書きしてやったぁ!!! ラフィちゃん天才!!!!」

 

 レクスディアは動きを止めた。

 首だけ後ろに向けると、背中に紙が貼られているのが見えた。魔法で書かれた文字が光っている。

 

 読める範囲で確認すると――『先公はラフィちゃんのもの』と書いてあった。

 

「……」

 

 煙がゆっくりと晴れていく。

 その中からラフィエルが腹を抱えて笑いながら現れた。ゴーグルをずらして、目に涙まで浮かべている。

 

「煙幕の効果確認と見せかけて、隙作るのが本命だったんだよね!! 先公でも騙せたじゃん!! ラフィちゃんのことナメてたでしょ!!」

 

 トトが訓練所の隅で「天才すぎる……!!」と震えていた。

 レクスディアは背中の紙を無言で剥がした。

 それをラフィエルに向けてひらひらと見せる。

 

「わかっていたけどな」

「ほう〜? じゃあ勝負といかない?」

「ん?」

「ラフィちゃんの魔導具の仕掛けはまだまだある!! もし一撃でも喰らわなきゃ先公の勝ち! だけど食らったら……ラフィちゃんたちの大勝利!!」

「……ちなみに勝ったら何がある」

「そりゃ勿論「アタシたちとさん」何言う気だこらぁ!!! 不純異性行為はしねぇよ!!! やめい!!」

(やかましいなこいつら)

 

 ラフィエルは顔を真っ赤にして、ラフィちゃんははしたなくないよと叫ぶ。充分はしたない気がするが……あえて指摘はしない。

 

()()()()()()()()()勝ったら!!! 今日一日は甘えさせてもらうぜ!!! 本来ならラフィちゃんたちは休暇だったんだぜ!!? 任務割り込むとかクソだ!!!」

「あー……大体言いたいことはわかった」

 

 何やらいい感じに頭がおかしくなっているトトとラフィエルのコンビに、最初こそレクスディアは頭を抱えた。魔導具の調整とは名ばかりで、単純に自分と時間を過ごしたいのだろう。

 

(ままならないものだ)

 

 明日は任務なんだがな――と思いつつ、レクスディアは「わかった、付き合ってやる」と言う。これは個別で時間を作ってやれなかったことに対する、自分なりの恩返しのつもりだった。

 

(じゃなきゃ後がだるい)

 

 面倒事は早めに片付けるに限る。

 レクスディアが構えると、ワクワクしてるラフィに向かって言った。

 

「ちょっと付き合ってやる、来い」

「男女の交際か!!? 先公!!」

「違う、お前自分で言った内容忘れたのか」

「先手必勝!!!」

「良くないマイペースだぞ、それ」

 

 最初の一手は煙幕だった。

 ラフィエルが魔導具を地面に叩きつけると、先ほどより遥かに濃い白煙が訓練所を包んだ。視界が完全に消える。

 

 だがレクスディアは動じなかった。

 目を細め、魔力の流れだけで周囲を把握する。煙の中に熱源がある。ラフィエルの位置は左斜め前、距離は五歩ほど。

 

 ――来る。

 

 足音が走った瞬間、レクスディアは半歩横にずれた。

 ラフィエルの体が煙を割って飛び出してくる。手には小さな球体、閃光弾だ。至近距離で炸裂させるつもりだった。

 

「っ、速い」

 

 かわされたと悟ったラフィエルが球体を空中で起動させた。

 パン、と鋭い破裂音。白光が炸裂し、訓練所全体が一瞬昼よりも明るくなった。

 

 レクスディアは既に目を閉じていた。

 光が収まると同時に目を開き、ラフィエルを見る。

 

「もう少し起動タイミングを早くした方がいい」

「うるさい!!!」

「先生に向かってなんて口の聞き方だ、おい」

 

 ラフィエルは「今更だろ」と舌打ちしながら次の魔導具を構えた。今度は両手に一つずつ持っている。

 

「じゃあこれはどうだ!!」

 

 左右同時に投げた。

 煙幕と閃光が同時に炸裂し、視覚と熱が同時に襲いかかる。連携させる発想は悪くない。煙で視界を奪いながら閃光の光源を隠す。どちらか一方なら対処できても、両方同時は難易度が上がる。

 

 レクスディアは魔力障壁を薄く展開し、熱を遮断しながら閃光に目を細めた。完全には防げていないのかじわりと熱が腕に届く。

 

 (なかなかやる)

 

 内心で認めながら、涼しい顔を崩さない彼を見て、ラフィエルは青筋を浮かべる。

 

(その涼しい顔をいつかアヘ顔にしてやる!!!)

 

 レクスディアは背中がぞわりとした。

 

「まだまだ!! まだまだまだ!!!」

 

 ラフィエルは矢継ぎ早に魔導具を投げ続けた。煙幕、閃光、さらに足元を凍らせるタイプの罠まで混じっている。訓練所の石畳があちこち白く染まり、視界は煙で半分塞がれ、閃光が断続的に炸裂する。

 

 それでもレクスディアは当たらなかった。

 煙の中を滑るように動き、閃光を予測して目を逸らし、足元の罠を踏まずに回避する。ラフィエルの仕掛けを一つ一つ丁寧に捌き続けた。ただし涼しい顔のまま、だ。

 

「くそ、くそ、くそ!!! なんで当たらないの!!!」

 

 ラフィエルが歯噛みした。

 言葉だけ見たら怒りで荒っぽくなってるだろうが、それはブラフだとレクスディアは見抜いていた。

 

「演技はいいから来てみろ」

 

 するとラフィエルの目つきが変わった。

 

「ちぇっ、もうちょっと付き合えよ先公」

 

 背中に手を回したラフィエルが、引っ張り出したのは――斧だった。彼女の得意とするのはトトみたいに魔導具を使った戦闘スタイルじゃない。

 

 彼女はアルバートに負けず劣らずのパワータイプだ。

 

「まぁ……ラフィちゃんからしたらやりやすいけど〜」

 

 ラフィエルの背丈を優に超える巨大な両刃の斧。普通の人間が持てる代物ではない。だがラフィエルはそれを片手で軽々と持ち上げ、肩に担いだ。

 

「潰す気でいくよ、先公!!!」

 

 宣言と同時に、斧の刃に炎が灯った。

 ラフィエルの魔力が流れ込み、橙色の炎が赤く、赤がやがて白へと変わっていく。温度が上がっている証拠だ。

 

 さらに振り下ろした。

 ドォン、という衝撃音が訓練所全体に響いた。

 地面に叩きつけられた斧から爆炎が炸裂し、石畳が砕けて飛び散る。熱波がレクスディアを正面から叩き、思わず一歩後退させた。

 

(力だけなら……確かにトップクラスだな)

 

 レクスディアは内心で唸った。

 ダンピールのユアン、エルフのロラーナ、それぞれ種族の特性で突出した部分がある。ラフィエルのそれは純粋な膂力だ。魔力を一切乗せていない素の腕力だけで、あの斧を振り回している。

 

「はぁあああ!!!」

 

 ラフィエルが地を蹴った。

 斧を担いだまま突進してくる速度は、体格からは想像できないほど速い。踏み込みの度に石畳がひび割れ、炎が尾を引いて軌跡を描く。

 

 レクスディアは横に跳んだ。

 斧が真横を通過した瞬間、炎の余波が外套の裾を焦がした。

 

(ぎりぎりだ)

 

 涼しい顔の裏で、集中が最高潮に達していた。

 ラフィエルの攻撃は単純だが、その単純さが厄介だ。膂力と炎の組み合わせは読みやすい軌道でも、威力が桁外れのため完全に受けるわけにいかない。回避一択で対応する必要がある。

 

「ラフィちゃんの熱い想い(物理)を受け取ってよ!!! きゃはははは!!!」

 

 ラフィエルが吠えながら斧を横薙ぎに振った。

 炎が弧を描いて広がり、訓練所の壁に激突する。石の壁に焦げ跡がついた。

 

 斧を地面に叩きつけ、そのまま横に薙ぐ。爆炎が扇状に広がり、逃げ場を塞ぐように迫ってくる。左も右も炎の壁だ。

 

 レクスディアは真上に跳んだ。

 

「うぉ!」

「…………」

 

 着地と同時にラフィエルの懐に潜り込む。斧を振るには近すぎる間合いだ。ラフィエルが瞬時に斧を手放し、代わりに拳を振ろうとした。

 

 その手首を、レクスディアが静かに掴んで動きが止めた。

 訓練所に静寂が戻ると、あちこちに爆炎の跡が残り、石畳はひび割れ、壁には焦げ跡が刻まれているのが見えた。

 

 ラフィエルは掴まれた手首を見て、それからレクスディアの顔を見た。

 

 至近距離だった。

 

「これで勝ちだな」

「…………」

 

 ラフィエルは真顔でレクスディアを見て笑った。

 

「ラフィちゃんの勝ちぃ」

「ん……?」

 

 ニヤァと成人女性がしちゃいけない笑顔を浮かべたラフィエルを見て、レクスディアは一瞬訳わからない顔をしたが、背中にある感触で全てを悟った。

 

「アタシたちの勝利ってやつだぜ……いぇいいぇい」

 

 トトが魔導具を展開してレクスディアの背中に光をちょんと当てた。そう………つまり最初からラフィエルはトトの不意打ち狙いだった。

 

「先公〜……最初に言ったじゃん、()()()()()()()()って」

「言ってたなぁ……今思い出した」

「じゃあ……言う事聞いてくれる??? 先公?」

 

 弧を描いたような笑みを見て、レクスディアは思った。

 不純異性行為はダメだよ――と。

 

◇◆◇

 

 王都の外れにある酒場は、昼間から程よく賑わっていた。

 木製のテーブルが並び、あちこちから笑い声や酒瓶の音が聞こえてくる。冒険者や商人が入り混じる庶民的な雰囲気の店だ。

 

 その一角に、レクスディアとラフィエルは座っていた。

 

「いらっしゃい! ご注文は?」

 

 店員が愛想よく近づいてくる。

 レクスディアが口を開こうとした瞬間――

 

「エール大ジョッキ三つ! 骨付き肉の盛り合わせ! チーズの盛り合わせ! 揚げたパンのやつ! それからスープ! あとハチミツのお菓子!!」

 

 ラフィエルが先に口を開いて注文をする。

 もはやぶん投げてるような勢いだ。

 嫌な予感がして「……以上です」とレクスディアが締めようとすると

 

「あ、あとエールもう三つ追加で!!」

「まだ頼むのか」

「先に頼んどいた方が効率いいじゃん!!」

 

 店員は笑顔のまま固まっていた。

 二人客の注文量ではない。

 

「……本当によろしいですか?」

「よろしい」

 

 ラフィエルが即答した。

 

「……はい、少々お待ちください」

 

 店員が苦笑いで去っていくのを見送りながら、レクスディアはテーブルに肘をついた。

 

「遠慮とか覚えろ」

「やだよ、ラフィちゃんが勝ったんだよ?? うぃなー!!」

「最後はトトだったろ」

 

 ちなみにトトは気を遣ってここにはいない。

 その代わり「貸し一で」と言ってきたのだが、レクスディアからしたらその貸しが一番怖かった。

 

「――おー!! キタキタキタキタァア!!」

「お前まだ飲んでないのにすげぇな」

 

 しばらくして料理が運ばれてきた。

 テーブルがみるみる埋まっていく。骨付き肉の山、チーズの塔、揚げパンの丘。エールの大ジョッキが三つ、どんと並べられた。

 

 当然ながらラフィエルは目を輝かせた。

 

「最高!!!!!!」

 

 宣言と同時にジョッキを掴み、一気に半分以上あおった。

 白い泡が口の端についていてもお構い無しである。

 

「明日の事を忘れんなよ??」

「ラフィちゃん、ドワーフの血が流れてるんだよ?? 強いんだよ……くひひひ」

「よく言うわ、悪酔いしたことあんだろ」

 

 あの時の記憶は今でも忘れられない。

 こいつの悪酔いは最悪だ、それだけは阻止しなければならない。

 

 レクスディアは自分のジョッキを手に取り、静かに一口飲んだ。

 

「……美味いな」

「でしょ!! ここのエール美味しいんだよね!! ラフィちゃんたまに来るんだ!!」

「一人で来るのか」

「トトと来ることもある!! あとキアラも誘ったら来てくれた!!」

 

 それは知らなかった。

 レクスディアは少し意外に思いながら骨付き肉を一つ取った。

 

「食べていいよ先公!!」

「最終的に俺が払うんだぞ? お前が偉そうに言うな……」

「まぁまぁ……」

「ったく……」

 

 遠慮なく骨付き肉に齧りつくラフィエルを眺めながら、レクスディアは静かに食事を始めた。いいご身分だ、明日仕事だと言うのに。だけどそれでも余裕なあたり、教え子たちもすごく成長したなと感心した。

 

「ぷはぁ」

 

 しばらく無言で食べていると、ラフィエルがジョッキを置いてレクスディアを見つめる。

 

「せんこー……」

「なんだ」

「ラフィちゃんって……強くなれてる?」

 

 ちょっと酔ってるのか、顔はちょっと赤らんでいた。

 

「強くなってるよ、いきなりどうした」

「……ラフィちゃんはさー、いつか先公みたいに……剣聖と並ぶぐらいの強さを手に入れたい訳よ。ほら……ラフィちゃん……」

「故郷の復興だろ?」

 

 ラフィエルの故郷は魔物によって滅んでいる。

 彼女が名をあげようとしているのは、全ては生き残っている家族のためだ。

 ラフィエルは少しの間、ジョッキを両手で持ったまま黙っていた。

 

「……家族がさ」

 

 ぽつりと言った。

 

「故郷が魔物にやられてから、皆バラバラになっちゃって。今はなんとか生きてるけど……ラフィちゃんが稼いで仕送りしてる状況なわけ」

「知ってる」

「だからさ」

 

 ラフィエルはジョッキを置いた。

 ギザ歯を隠すように口を閉じて、珍しく真っ直ぐにレクスディアを見る。

 

「ラフィちゃんが剣聖クラスの有名人になったら……家族が楽できるじゃん。名前だけで仕事取れるし、守ってやれるし、故郷も建て直せるかもしれないし」

 

 淡々と言っているようで、その声には力があった。

 大層な目標なんかないと言っていた少女の、本当の理由だった。

 

「だからラフィちゃんは強くなんないといけないんだよ」

 

 言い切って、またエールを一口飲む。

 レクスディアは黙って聞いていた。

 急かさないで、ただ続きを待つ。

 

「……でもさ」

 

 ラフィエルの声が、少しだけ小さくなった。

 

「今日さ……わかったんだよね、ラフィちゃん」

「何がだ」

「先公……トトの攻撃、わざと食らったでしょ」

 

 静寂が落ちた。

 レクスディアは表情を変えなかった。

 ラフィエルはジョッキの縁を指でなぞりながら続ける。

 

「トトの魔導具の起動音、先公なら絶対聞こえてたはずなんだよ。背中から来てたのに、全然反応しなかった。あんな回避できない位置じゃなかったし……わざと残ったよね、隙」

 

 図星だったしレクスディアは否定しなかった。

 

「ああ、そうだ」

 

 あっさりと認めると、ラフィエルは少し目を見開いた。

 それからふっと笑みを消して、テーブルに視線を落とす。

 

「……やっぱり」

 

 声に力がなかった。

 

「まだ手加減しないとダメかー……ラフィちゃん」

 

 自嘲するような笑みが口の端に浮かんで、すぐに消えた。

 ツインテールの先が、力なく垂れる。

 

「強くなれてると思ってたんだけどな……まだそんなもんかー……」

 

 酒が入っているせいか、いつもの威勢がない。

 本音が、するすると出てきていた。

 レクスディアはしばらくラフィエルを見ていた。

 それからエールを一口飲んで、静かに口を開いた。

 

「お前は成長してるよ」

「……慰めはいらないんだけど」

「慰めじゃない」

 

 レクスディアの声は平坦だった。

 感情的でも、特別優しくもない。ただ事実を告げる口調だった。だからこそラフィエルは顔を上げた。

 

「今日の作戦……俺がわざと隙を作ったのは本当だ。だがな、ラフィ」

 

 愛称で呼ぶと、ラフィエルの肩がわずかに動いた。

 

「お前がトトと組んで俺を釣り出す構図を作ったのは、お前自身の頭だろう」

「……それは」

「魔導具で攪乱して、斧で追い回して、俺の注意を引きつけ続けた。あれだけの時間、俺を動かし続けたのはお前の実力だ。わざと食らったのは事実だが……お前が状況を作らなければ、トトが仕掛ける余地すらなかった」

 

 ラフィエルは黙って聞いている。

 

「入団した頃のお前を覚えてるか」

「……覚えてるけど」

「あの頃のお前は力任せに斧を振るだけだった。魔導具も使えたが、戦略と呼べるものがなかった。ただ突っ込んで、力でねじ伏せる。それだけだった」

 

 レクスディアは骨付き肉を一口食べてから続けた。

 

「今日のお前は違った。最初から俺の注意を前に向けることを計算して、魔導具の種類と順番を組み立てて、トトの動くタイミングを作った。全部繋がってたぞ」

「……」

「力だけじゃなく、頭を使えるようになった。それは本物の成長だ」

 

 ラフィエルはしばらく黙っていた。

 ジョッキを両手で持ち直して、中を覗き込むようにしている。

 

「でも……最後は手加減してもらわないと勝てなかった」

「そうだな」

 

 レクスディアは否定しなかった。

 

「俺に勝てるようになるまでは、まだ時間がかかる。それは本当のことだ」

 

 ラフィエルの肩が少し落ちた。

 だがレクスディアは続けた。

 

「ただ……俺がわざと隙を作る量は、半年前より確実に減ってる」

「え」

「半年前のお前と戦った時は、三回は大きく隙を作った。今日は一回だ」

 

 ラフィエルは顔を上げた。

 

「……そうなの?」

「ああ。お前が気づいてないだけで、じわじわと追い詰めてきてたぞ。煙幕の密度も、閃光の起動タイミングも、斧の踏み込みの速さも……全部半年前より上だ。俺が動く選択肢を削ってきてた」

 

 ラフィエルはぱちぱちと瞬きをした。

 

「……ほんとに?」

「嘘をついてどうする」

 

 短く答えると、ラフィエルはまた視線を落とした。

 今度は落ち込んでいるのとは違う、何かを噛み締めているような沈黙だった。

 

「ドワーフの血がある分、お前は膂力と魔導具の扱いで他より頭一つ抜けてる。だがお前の本当の強みはそこじゃない」

「どこ?」

「諦めないところだ」

 

 レクスディアはまっすぐにラフィエルを見た。

 

「今日も斧を振り回しながら、ずっと俺の動きを観察してた。回避のパターンを読もうとしてた。当たらなくても試行錯誤を止めないで、ひたすら食いつく……それで良いんだよ、ラフィ」

 

 ラフィエルは何も言わない。

 

「家族のために強くなりたいと思ってる奴が、諦めない性格を持ってる。それは武器だよ、ラフィ。じわじわと確実に伸びていく種類の強さだ」

 

 酒場の喧騒が遠くなるような、静かな時間だった。

 ラフィエルはしばらくの間、ジョッキを見つめていた。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……先公ってさ」

「ん」

「たまにずるいよね」

「何がだ」

「そういうこと言うから……調子狂うじゃん」

 

 顔を背けながら言った。

 耳まで赤かった。エールだけのせいではないだろう。

 レクスディアは特に何も言わずエールを静かに飲んだ。

 しばらくして、ラフィエルがぼそりと呟いた。

 

「……絶対強くなるから。先公が手加減しなくて済むぐらい」

「ああ」

「その時はちゃんと本気出してよ」

「出すよ」

「約束ね」

「約束だ」

 

 ラフィエルはそれを聞いてやっと、またギザ歯を見せて笑った。いつもの笑みより少しだけ、柔らかかった。

 

「じゃあデザート食べていい!? 立ち直ったから!!」

「さっきから頼んでるだろう」

「追加で!!!」

「……勝手にしろ」

 

 ラフィエルは椅子から飛び降り、カウンターへ走った。

 レクスディアはその背中を見ながら、残ったエールを飲み干した。

 

 財布の中身が更に軽くなる予感がしたけどそれでいいと、思っていた。

 

 ◇◆◇

 

 そして翌日――夜、レクスディアは建物の屋根の上にいた。

 側には10人の陰がいる、見渡した後でレクスディアはピアス越しに通信で話す。

 

「準備はいいか、ジズ、ミネルヴァ」

《ん、大丈夫》

《大丈夫ですわぁ、我が主よ》

 

 そしてレクスディアは屋根の上から見下ろし、静かに口を開いた。

 

「お前たちの仕事は単純だ」

 

 10人の視線が集まる。

 

「伯爵を確保する。部下は排除。逃がすな、取りこぼすな……それだけだ」

 

 夜風が吹き、殺気が高まる。

 

「いつも通りやれ。それで十分だ」

 

 短い沈黙の後、レクスディアは僅かに口角を上げて言った。

 

「行け……力を見せつけてやれ」

 

 返事は言葉じゃなかった。

 10人が一斉に夜の闇へ飛び出した。

 

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