剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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長いです


師の刃になりたい傷ありの女

 あの人が教えてくれる――それがわかった時、私の心は弾んだ。第9代目の剣聖……しかも歴代最年少かつ、初代と肩を並べられるほどの強さを持つとされる彼の下なら、きっと私の()も叶えられると。

 

 だけど彼の教えは厳しいという言葉では言い表せられないほど苛烈で、実際最初の頃は嫌いになりかけた。何でこんなに辛い事ばかりするのか、あの人は私たちが嫌いなのか、それとも期待していないのか……と悪い事ばかりが頭の中を堂々巡りしていた。

 

 でも一年が経って私たちが初めて任務をこなした時――あの人は優しく私たちを褒めてくれた瞬間に、今まで抱いた負の感情は消え失せた。12人全員が多分同じ事を考えていたと思う。

 

 師に一生ついていくと。

 あの人が厳しくしていたのは、これから何度も降りかかる困難に耐性をつけて、身も心も誰よりも強くする為であり、不器用なあの人なりの愛だったと気づいた。

 

 そして今私たちは騎士団の中でもトップクラスになった。

 だけどまだ私たちは満足なんかしていない。

 恩を返せてないのだ。

 

 あの人を苦しめた忌々しい黒い竜を殺して、私たちは初めて彼に報いることが出来る。

 

 だから私――キアラはあの人の刃となって、奴を殺す。

 

 ◇◆◇

 

「――大団長、今回はどのような用件で」

 

 重厚な扉をノックし、レクスディアが執務室へと足を踏み入れる。

 

「おー……来たか」

 

 机の向こうで腕を組んでいたガルドレインが、いつものように低い声で応じた。ただ今回は大団長だけではなかった。

 

 デスクの前に女騎士が綺麗な姿勢で佇んでいたのだ。

 

 水色の髪を高い位置でポニーテールに結い、軽装の鎧に身を包んでいる。そんな彼女は振り返ると明るい琥珀色の瞳を細めてレクスディアがやってきた事を認識すると、ぱっと明るい笑みを浮かべた。

 

「やっほー、レクス」

「……プリメラか」

 

 彼女はレクスディアの同期――同じ年に入団し、同じ戦場をくぐり抜けてきた騎士だ。剣聖となった彼とは違い、彼女は部隊長として若手のみならず、従士たちの教育も担当している。

 

「なんでお前がここにいる」

「ひどっ。同期なのにそんな言い草はなくない? もー」

 

 わざとらしく頬を膨らませるプリメラ。

 そんな彼女を嗜めたレクスディアは視線をガルドレインへ向けると、大団長は困ったようにこめかみを掻いた。

 

「……無関係じゃないというか、まぁ被害者に近いからな」

「被害者?」

 

 その言葉にレクスディアの眉がぴくりと動くと同時にプリメラは「あー」と頭を掻いた。

 

「実はさ、ちょっとクレームっていうか……いや、クレームってほどでもないんだけどさ。ちょっと困ったことが起きちゃって」

「何があった」

 

 するとプリメラは腕を組み、思い出すようにして語っていく。

 

「うちの部隊ってさ、サポートとか支援がメインだったりするじゃん?」

「まぁ俺たち全員魔法剣士だしな」

 

 ヴァルハディス騎士団の最大の特徴は、ほぼ全員が“魔法剣士”であることだ。ただ剣を振るうだけではなく、魔力で身体能力を強化し、刃に術式を込めながら接近戦と中距離戦を自在に切り替える。剣と魔法の双方を極めることを理念とする、戦闘特化集団である。

 

 だけど何も全員が戦闘特化というわけじゃない。

 プリメラの部隊は支援が主な役割であり、治癒や身体強化など他の騎士を含めた味方をより強くしたりして、彼らが戦いやすい環境を作るのが主な役割だ。

 

「うちらはヒーラーとかのサポートができる上に、普通に前線で戦えるハイブリッド部隊なわけ。回復、強化、結界とか色々」

「知っている」

「でしょ?」

 

 プリメラは肩をすくめる。

 

「それでついこないだ、魔物被害にあった村の治療に行ったのよ。生き残りの人たちの回復と精神安定、あとは調査とかしたんだけどさ」

 

 そこで、深々とため息を吐いた。

 

「村人にめちゃくちゃビビられた」

「……は?」

「だから、ビビられたの――殺戮集団の騎士たちが来たって」

 

 するとガルドレインが補足するように口を開く。

 

「村人の中に……お前の弟子たちが担当した任務を見ていた奴がいたんだ。助けてくれた人なのは知ってるけど……皆目が据わってて、魔物より怖かったんだとよ」

「……………………」

「いやうちら治療しに来たんだってばって何度説明してもさ、怖がって近寄ってくれなくて。怪我人追いかけ回して回復魔法かける羽目になったんだから」

「…………」

「中には“命だけは助けてくれ!”って土下座された人もいたよ? これって……誰の話なんだろうね、レクスディア♪」

「ちなみに他の部隊も同じ扱い受けたぞ、レクスディア」

 

 プリメラは笑顔でレクスディアに迫っていたが、目は一切笑ってなかった。おかげで部屋の空気が微妙に重くなると()()()()に覚えがある彼は無言で片手を顔に当てた。

 

「……俺の教え子のせいか」

「いやそれ以外いないわよ!」

 

 というか思い当たる節しかない。

 十中八九……教え子たちのせいだ。

 いや……自分の責任か――とレクスディアは胃がキリキリ痛む思いをしていた。

 

「正直言って今更感はあるがな、レクスディアの弟子たちがぶっ飛んでるのは」

「……強く育てるだけで俺はサイコパスを作りたかったわけじゃないんだがな」

「でも結果的にサイコになってるからな。ただ善性があるだけマシだ。任務達成率も9割超え、市民は必ず助け、後輩の面倒見もいい。普通に話す分ならいい子たちだ。だけど敵を前にしたら別人になる。しかも基本的に皆殺しだしな……」

「あと最近あの子達かなりの数の任務受けてるってのもあって、クレームが増えたんだと思う」

 

 大団長もプリメラも疲れた様子でぼやく。

 余談だが後始末しに来た騎士も、凄惨な現場見てから他の騎士が対応した現場にしてくださいとお願いする始末。

 

「やる事はやってるが、実害が出ているのも事実……そこでレクスディアにはちょっと変わった命令を出す」

「何でしょう……」

「あいつら一人一人のために時間を作って、ちょっとガス抜きがてら矯正してくれ」

 

 そう……これこそが本題だった。

 

「今奴らには2週間の休暇を出してる」

「素直に頷きましたか……?」

「めっちゃくちゃ渋い顔していたが、納得してくれた。だけど普通に鍛錬してるから、休んでるかと言われたら微妙だ。最近特にあの子達のクレームが目立ってきたのは、いつも以上に仕事をこなしているからだろう」

 

 だろうな――と彼は容易に想像ついていた。

 12人を一番理解してるレクスディアは、彼らの異常なまでの力への執着をその身で知っている。休みの日でも鍛錬は欠かせないし、任務も手早く完璧にこなす。そしてまたすぐ仕事に取り掛かるといったように、休む暇すら自ら無くしている。

 

「あいつらはずっと動いてばかりだ、だから余計に気が立っている。そのまま働けば騎士団がいよいよ殺戮集団扱いされて、イメージダウンだ。もう遅いかもしれないが……あいつらが唯一心を許せるお前が、この2週間を使ってちょっと解してやれ」

「わかりました……ただ矯正は難しいかと」

「わかってるよ、でもこまめにやってくれ。じゃないとこっちの身が持たない――俺もう還暦だよ?」

 

 そう言ったガルドレインの顔はいつも以上に老けていた。

 流石に恩人をストレスで亡き者にする訳にはいかないので、レクスディアは承諾した。

 

「出来る限り……頑張ります」

「がんば! 剣聖様!」

 

 そう言うとプリメラはレクスディアの肩をバシバシ叩きながら応援する――めっちゃ形だけだが。

 

「……まぁあれだ、たまには気分転換に出かけてやったりしろ。お前の教え子たちはお前に()()だからな」

「団長、お熱って表現なんか古いです」

「まじかよ……」

(プリメラも大概だぞ……)

 

 何か色々と申し訳ない感じになったが、こうしてレクスディアは久しぶりに訓練関係なく、12人との時間を作ることになった。

 

◇◆◇

 

(まず誰と過ごすか……)

 

 本部を出てすぐレクスディアは最初に時間を作る子は誰がベストかを考えた。はっきり言って皆あんまし変わらないのだが、まだ落ち着きのある奴がいい。特に後輩巻き込んでレクスディアの信者を作ろうとしている奴は最後にしたい。

 

「キアラにするか」

 

 結果……消去法でキアラにした。

 あの中なら一番マシだ。

 ()()()()()

 

「あいつのことだ、きっと……訓練所に入り浸って――ああ、やっぱりな」

 

 訓練所の中央――乾いた土が踏み固められ、幾度となく剣戟を受けてきた木柱が立ち並ぶその場所で、キアラは一人、悠然と立っていた。

 

 剣聖の弟子の中でリーダー的存在――キアラ・ハルウィンド。顔に斜めに入った切り傷が特徴的だが、その傷を加味してもかなりの美人であり、入団して間もない頃はアイドルみたいな存在だった――ちなみに今は違う。

 

 年齢は23という若さでありながら、剣聖を除いた騎士団メンバーの中では最強格に入り込む実力者だ。扱う武器はサーベル、風の魔法を組み合わせて繰り出す斬撃はかなり凶悪で、鋼鉄すら簡単に切り裂いてしまう。

 

 レクスディア曰く――一番現場を血みどろにしてるのはこいつとの事。

 

 そんな彼女は動きやすさを重視した軽装に身を包んでいた。袖のない上衣に、膝丈のズボン。長い髪は高い位置でまとめられているが、汗ひとつかいていない。手にしているのは、使い込まれた木剣だ。

 

 対するのは新人の騎士団員が5人。まだ装備も真新しく、握る真剣がぎこちない。だがその刃は紛れもなく本物だ。鍛え上げられた鋼の光が、陽を反射して鋭く瞬いている。

 

「本当に大丈夫ですか……? 刃を潰したものじゃないですよ?」

「木剣が折れたりするんじゃ……」

 

 ひそひそと交わされる声に、キアラはくすりと薄く笑った。

 

「心配してくれてるの?」

「はい……貴女は騎士団の中でも特別な人です」

「万が一があるといけないですし……!」

「ありがとう、君たちは優しいね。私はいい後輩が出来て嬉しいよ」

 

 柔らかな声音に答える彼女は新人5人をドキリとさせる笑顔を浮かべていた。同性の子すら顔に朱が混じるほどだ。

 

「でも必要ない」

 

 いきなりその双眸がすっと落ちる。

 それまで澄み切っていた綺麗な瞳が、まるで何かの重石を落としたかのように“ゴン”と沈み、昏い色を宿す。

 

 空気が変わり、目に見えぬ圧が新人たちの肌を刺す。

 凄まじい殺気だ。

 だが遠くから見ていたレクスディアは加減してることを見抜いていた。本気の彼女はあんなもんじゃないからだ。

 

「もちろん加減はするよ」

 

 キアラは木剣を肩に担ぎ首を傾けると5人はごくりと息を飲む。

 

「でも、私たちのやり方は貴方達が受ける鍛錬とは内容が違うんだ」

 

 キアラは木剣を軽く振るう。

 ひゅ、と風を裂く音が鳴った後に鋒を新人たちに向けて言った。

 

「殺す気でこい、もし来なかったらこっちが君たちを半殺しにする」

 

 その言葉に新人たちの背筋が凍る。

 この人はガチだ――気を引き締めた彼らは、拙いながらも敵意を剥き出しにする。

 

「気合い入れるよ、皆!」

「「「応ッ!」」」

 

 5人は一斉に魔力を巡らせた。

 足元から青白い光が立ち上る。筋力、反応速度、視力――あらゆる能力を底上げする騎士団の基礎技術である身体強化を施したのだ。

 

「行くぞ!」

 

 号令と同時に、五方向から一斉に踏み込む。

 正面から二人、左右から一人ずつ、後方に一人。包囲。悪くない判断だ。

 

 だがキアラは一歩も動かない。

 すると最初に少年が切りにかかった。

 

「……ヤァ!!」

 

 しっかりと力のこもったその剣を、彼女は木剣の腹で軽く弾いた。

 

 ――ガンッ!

 

 鈍い衝撃音と共に真剣が大きく軌道を逸らされる。

 バランスを崩した彼はキアラのソバットを喰らった。

 

「ぐぁ!」

「力みすぎ。肩に力入れたら初動で読まれる。脱力も大事だよ」

 

 そう言いながら半歩横に滑り、左からの突きを身体をひねるだけでかわし、手首を返して柄頭で相手の籠手を小突く。

 

「うっ!」

「突きは悪くない。でも足が流れてる。踏み込みは短く」

 

 小突かれた新人はバランスを崩し、転びかける。

 その隙を埋めるように、背後からの斬撃が迫る。

 キアラは振り向きもせず、木剣を背中側に回し――

 

「バレバレだよ」

 

 刃と木がぶつかる音が高く鳴る。

 新人たちは思った――この人背中に目玉ついてると。

 

「後ろ取ったら殺気は抑えな、あと気配もガンガンに出てる。息を顰めて冷静に斬りかかれ」

「あぅ!!」

 

 そのまま身体を回転させ、木剣の峰で相手の腹を打つ。すると強化しているはずの身体が容易く吹き飛ぶ。

 

(この人……身体強化してないよな!? どっからこんな膂力を……!)

 

 とてもじゃないが女性に出せるパワーとは思えなかった。

 残る二人は戦慄しながらも同時に踏み込む。

 

「ふっ!!」

「ヤァ!!」

 

 一人は下段から斬り上げ、もう一人は上段から叩き斬る挟撃。新人にしては中々の練度だとレクスディアも感心していた。だが甘さを消すほどじゃない。

 

「お、連携はいいね」

 

 キアラの口元がわずかに上がる。

 だが次の瞬間――2人の前にいたはずの彼女の姿がぶれる。

 

「はっ!? 消え――」

「死角に入ったのさ、消えてはない」

 

 彼女は強化なしの脚力とは思えぬ速度で懐へ潜り込み、下段の剣を、木剣の側面で滑らせて逸らしながら――

 

「刃を交差させるな。味方の軌道を殺す」

 

 上段の相手の脇腹に肘を叩き込む。

 呼吸が止まり、上段の剣が止まる。

 その剣を足で踏みつけ、柄を蹴り上げて――

 

「視野も狭い、常に周りに気を張って」

 

 最後に木剣の切っ先が、最後の一人の喉元にぴたりと止まった。

 

「……!」

「はい、終わり」

 

 時間にしてほんの十数秒だ。

 五人は地に転がるか、膝をつき、息を荒げている。

 キアラはゆっくりと木剣を下ろし、昏かった瞳を元の澄んだ色へ戻した。

 

「うん、よく動いてる。まだまだ及第点とはいかないけど、見込みはあるよ」

「ほ、本当ですか……? 全然何も出来なかったんですが……」

 

 イテテとまだ少女のあどけなさが残る新人騎士が、自信無さ気に言った。頑張って足掻いてはみたが、ここまで簡単にボコられると褒めれるポイントなんかゼロだろとしか思えなかった。

 

「うん、私は嘘つかないよ。君らは見込みある、腐らずに今言われた事を取り入れて、また必死に鍛錬したらちゃんと強くなる」

「「「「……!」」」」

 

 その言葉は新人たちの胸に刺さった。

 五人の新人たちは顔を見合わせる。打ちのめされ、地面に転がされ、自分たちの未熟さをこれでもかと叩きつけられた直後だったのに、一瞬で活力が湧いて出てきた。

 

「……はいっ!」

 

 誰からともなく声が上がる。

 キアラの瞳には嘲りも、社交辞令もなかった。ただ事実を述べているだけだとわかるからこそ、その一言は重い。

 

 いつか、この人と肩を並べられるように――

 あの木剣で真剣をいなす背中に、追いつける日が来るのだろうか。

 

 そんな淡い期待が胸の奥で小さく灯ったその時だ?

 

「……教え方うまいな、キアラ」

 

 落ち着いた、低い声が訓練所に響いた。

 振り向いた新人たちの視界に入ったのは、見慣れぬ――いや、見慣れてはいるが、実際に目にすることは滅多にない人物がいた。

 

「え……」

「あ、あれって……」

 

 ざわり、と空気が揺れた。

 何せ剣聖レクスディアがいたからだ。

 その名を知らぬ騎士団員はいない。訓練課程で幾度も語られる伝説の当人だ。

 

「ほ、本物だ……」

「やば……」

 

 完全に超有名人を前にして浮かれるファンの反応である。目を輝かせ、ひそひそと興奮気味にささやき合う様子は、まるで憧れの武勲譚の主人公に出会ったかのよう。

 

 ただキアラは違った反応を示した。

さきほどまでの柔らかな指導者の雰囲気は霧散し、代わりに張り詰めた鋭さが走ると背筋を伸ばした。

 

「ハッ!!!」

 

 乾いた気合とともに、踵を鳴らし、ぴたりと姿勢を正して敬礼する。まるで独裁国家の軍人が絶対的指導者へ忠誠を誓うかのような、完璧すぎる敬礼だった。

 

「我が偉大なる師よ! 本日の鍛錬、滞りなく遂行しております!」

「「「!?」」」

 

 声音まで硬質に変わっている。

 先ほどまで「うん、見込みあるよ」と微笑んでいた人物と同一とは思えない変貌ぶりに新人たちは目を丸くする。なかにはぽかんと口を開ける者までいる。

 

(俺がとんでもなくやばい奴みたいに見えちゃうな、これ)

 

 この忠誠全開の態度。

 周囲から見れば、完全に信奉者である。

 レクスディアは内心で頭を抱えた。

 もうそんな真似しなくていいと3年前に言っても、彼らは辞めなかった。あまり強く言ったら辞めたら死ぬまで言い出してしまいそうだ。

 

(……新入りにまたビビられそうだ)

 

 いつになったら直してくれるのやら。

 結構落ち込んだが顔には一切出さない辺り、レクスディアも中々である。

 

「……楽にしていい」

「は……!」

 

 キアラが敬礼を解いた辺りでレクスディアは改めて本題に移る。

 

「キアラ、最近長期休暇をもらったらしいな」

「はい、なぜこのタイミングかはわからないですが……大団長から直々の指令でしたので、致し方なく……」

「そうか、皆もゆっくりしてるか?」

「ええ、ですがご安心を。私たちは如何なる場合においても鍛錬は欠かしておりません。我々はただの刃です故」

「……ほどほどにな」

 

 相変わらずのストイックぶりだ。

 適度に休めよとも教えてるが、彼らは止まらない。

 昔なら付きっきりだった為、適度に注意は出来たが今は彼らも強くなり、前ほど一緒にはいない。だから余計に拍車がかかっていた。

 

(そういう意味じゃちょうどよかったかもな)

 

 せっかくの休みだ。

 ちょうど団長からも一緒に過ごせ命令が出てる。

 ここは昔みたいに過ごすのも悪くないと思ったレクスディアは、何も()()()()に言った。

 

「キアラ、この後は何も予定はないか?」

「はい、ないですが……それが何か?」

「ならちょうどいい、俺も何もないからこの後街に出かけないか? 2()()()()()()

「………………ぇ」

 

 すると時間が停止した――キアラ視点で。

 

「最近は俺も付きっきりじゃなくなってただろ? 滅多にない機会だから出かけたいなと思ったんだが……キアラ?」

「……ぇ、ぇ、ふぇぇ!?」

「キアラ……?」

 

 キアラは後退りしながら、顔を一気に真っ赤にすると目が激しく泳いでいた。もう眼球の北半球から南半球まで何十往復する勢いだ。

 

「……ゆめ? いや……違う、うそ……本当?」

「…………キアラ?」

「――ハッ!?」

 

 キアラはやっと我に返る。

 振り返れば新人たちがキョトンとし、前を向けばレクスディアが不思議そうな顔をしている。いけない、浮かれてしまった――そう考えた彼女は()()()()することにした。

 

「フンッ!!」

「「「!?」」」

「……キアラさん?」

 

 キアラはいきなり自分の顔面をぶん殴った。

 鼻が折れ、滝みたいに鼻血が出るとキアラは深呼吸してから真剣な顔に戻ると、レクスディアの目を見ながら言った。

 

「ぜひお願いします」

「鼻折れてるよ」

 

 ◇◆◇

 

 騎士団本部の正門前。

 石造りの重厚な門柱にもたれかかりながら、レクスディアは静かに腕を組んでいた。

 あの後――自ら鼻を盛大にへし折ったキアラに治癒魔法をかけて骨を整復し、出血を止め、痕一つ残らぬように治してやった後、キアラは「す、すみません……その、着替えと……あと身体を洗ってきてもよろしいでしょうか」と真っ赤な顔でそう言ってきたため、レクスディアは彼女が来るまで待っていた。

 

 あと新人たちは何故か生暖かい目で2人を見ていた。

 レクスディアは見ないふりをした。

 

(……そういえば)

 

 ふと思う。

 キアラが普段どんな服を着ているのか知らないと。

 というより弟子たちが訓練以外でどんな会話をしているのかも、ほとんど把握していなかった。

 

 騎士としての鍛錬、任務、心構えには踏み込む。

 だけど流石に私生活までは干渉しなかった。

 特に女の子の教え子相手だと下手に踏み込めば不快に感じたりするだろう。年頃の娘たちにとって、師がずかずかと入ってくるのは苦痛以外何でもないと彼は思っていた。

 

(嫌な思いはさせたくないしな)

 

 だから距離は守ってきた。

 それが正しいと思っていた。

 

「……見ろよ」

「わ……すごい……」

 

 すると門前を行き交う団員が、ちらちらとこちらを見ていることに気づいた。何か目立つ何かがあったのかとレクスディアが視線の方に顔を向けると――

 

「お待たせいたしました」

 

 レクスディアは目を見開いた。

 そこに立っていたのは、見慣れた彼女ではなかった。

 淡い色合いのワンピースに、上品な短い外套。足元は動きやすさを残しつつも女性らしい靴。髪はいつもの高い位置ではなく、柔らかくまとめられ、揺れるたびに光を受けてきらりと輝く。

 

 可憐という言葉が自然と浮かんだ。

 キアラはそんな彼の視線を受け、みるみるうちに頬を赤く染めた。

 

「そ、その……どうでしょうか……?」

 

 指先が落ち着きなく裾をつまむ。

 不安げな瞳をしていた。

 先ほど自ら鼻を折るほど豪快だった人物とは思えないほど、か細い声だ。

 

 そんな不安を察してかレクスディアは彼女を見ながら言った。

 

「よく似合っている、綺麗だ」

 

 キアラの顔が、ぼっと音を立てそうな勢いで赤くなる。

 

「~~~っ!」

 

 口をぎゅっと結び、何かを必死に堪える。

 跳ね回りたい衝動か、叫びたい衝動か。

 肩が小刻みに震えていた。

 

(これで合ってるかもわからん)

 

 対するレクスディアはセクハラじゃないよな……と見当違いな不安すら浮かべていた。やはりこいつも大概である。

 

(落ち着け、私……落ち着け……!)

 

 キアラは心の中で何度も唱えながら、どうにか理性を繋ぎ止める。ここでまた自分の顔を殴るわけにはいかない。何せ今からするのはずっとしたかったことだからだ。

 

「……ありがとうございます。じゃ、じゃあ……早速いきましょう」

「ああ」

 

 レクスディアは小さく頷き、門の外へ歩き出す。

 その半歩後ろを、キアラが並ぶように歩いた。

 訓練でも任務でもない。

 ただの外出のはずなのにキアラの胸は、さきほどの実戦訓練よりも、よほど激しく高鳴っていた。

 

◇◆◇

 

 王都の石畳を、二人並んで歩く。

 比較的ラフな格好をした剣聖と、可憐なキアラ。

 大団長やレクスディアの同期や先輩が見たら、こんな格好とかできるんだと思うだろう。

 

 そんな中でレクスディアは――

 

(綺麗だよはセクハラに入らないよな……?)

 

 などと見当違いな不安を抱えていた。

 褒めただけだ。事実を述べただけだ。問題ない、はずだ。

 だが弟子相手に軽率だったかもしれない、と真顔で悩んでいるあたり、やはり彼も大概である。

 

(…………心臓が爆発四散しそう、いつもはさせる側なのに)

 

 一方キアラは隣を歩いているだけで心臓が暴走気味だ。

 ただちょっと血生臭い思考回路はしていた。

 

「……そんなに緊張しなくていい」

 

 ふとレクスディアが横目で言った。

 

「今日は任務じゃないから今ぐらいは“師”と呼ばなくていい」

「え……?」

「普段通りでいい。いや、普段通りだとそれはそれで困るか」

 

 信奉モードを思い出し、彼は軽く咳払いする。

 

「とにかく、気楽にしろ」

 

 キアラは耳まで赤く染めながら、ぎこちなく頷いた。

 

「で、では……レ、レクスディアさんと」

 

 その呼び方に、自分で耐えきれなくなりそうになる。

 だが彼は特に気にした様子もなく「ああ」と返した。

 もうちょっと気にしてくれないかなーと思ったが、まぁ及第点とキアラは自分で納得した。

 

「行きたいところはあるか?」

「は、はい!」

 

 キアラは少し考え、勇気を出して口にする。

 

「中央通りの……えっと、最近できた雑貨店と、その向かいの菓子店に……」

 

 おしゃれな通りの名をいくつか挙げる。

 普段は任務帰りに横目で見るだけだった場所だ。

 

「わかった、じゃあそこへ行こう」

「……!」

 

 二人は賑やかな中央通りへ向かった。

 色とりどりの布地を扱う店、香水や装飾品が並ぶ小さな工房、焼き菓子の甘い匂いが漂う店先。

 

 キアラは最初こそ遠慮がちだったが、レクスディアが自然に隣を歩き、時折「これは似合いそうだな」と商品を眺めるものだから、次第に緊張がほどけていった。

 

「これ……可愛いですね」

 

 小さな髪飾りを手に取る。

 

「買えばいい」

「い、いえ! 見るだけで十分です!」

「キアラ、遠慮はしなくていい」

「……じゃ、じゃあ……お言葉に甘えます……」

 

 慌てる姿に、レクスディアはわずかに口元を緩めた。

 戦場では血に濡れ、容赦なく敵を斬る少女が、今はただ年相応の娘として笑っている。

 

 それを見ていると不思議と胸が軽くなった。この優しい時間もやっぱり必要だとレクスディアは痛感した。

 

 そして2人はひとしきり店を巡った後、二人は落ち着いた雰囲気のレストランへ入った。

 木目調の内装に、柔らかな灯り。騒がしすぎず、静かすぎない、居心地の良い空間だ。

 

 向かい合って席に着くとキアラは背筋を伸ばしすぎて、店員に「楽になさってください」と微笑まれる始末だった。

 

 料理が運ばれ、湯気が立ちのぼる。

 

「……美味しいですね」

 

 一口食べたキアラが、ほっとしたように言う。

 

「ああ、悪くない」

 

 穏やかな時間がただ流れる。

 だがキアラの胸にはずっと引っかかっていることがあった。 

 

「あの……」

「ん?」

「どうして……私をデー……」

 

 言いかけて、慌てて言い直す。

 

「お出かけに、誘ってくださったんですか?」

 

 真正面からの問いにレクスディアは一瞬だけ視線を落とし、グラスに口をつけてから答えた。

 

「……最近、お前たちは異常に働いてる。無意識のうちに周りへ殺気を振り撒くぐらい余裕ないだろ?」

「……! それは……そうですね?」

 

 クレームがあったとは伝えない。

 とりあえず自分に出来る事は彼女たちの矯正のために、ガス抜きをさせながら気持ちに余裕を持ってもらうことだ。

 

「特にならず者や魔物相手を雑に間引いたりしてるな、仕事はちゃんとしてるが雑になってきてる。そろそろ丁寧に仕事をするようにしろ」

「……それは……まぁ、そうですね」

 

 嘘は言っていない。

 とりあえず彼らは皆殺しにして解決する悪癖がある。

 いやどんな悪癖だよとはなるが……。

 

「何か焦ってないか? 話は聞いてやれるぞ」

「……レクスディアさんは何でもお見通しですね」

 

 ふっとキアラは悲しそうに笑う。

 

「ええ、私に限らず……全員が焦っていますよ」

「何に?」

「強さの伸び代ですよ」

 

 キアラは目を伏せながら言った。

 

「私の夢、ご存知ですよね」

「勿論だ、汚名を着せられた冒険者の英雄である父と母の名誉を取り戻すためだろう?」

「はい……」

 

 キアラには夢があった。

 それは冒険者の大英雄として名を馳せたキアラの両親のことだ。彼女の両親はこの世界を滅びをもたらすとされる「十の厄災」の1つ、魔神の落胤と呼ばれる魔物に挑み、最後は敗走して逃げた先で死んだと言われている。

 

 その際に民間人を見捨てて逃げたという根も葉もない噂があるのだが、勿論そんな事はしていない。ただ噂というのは広まりやすい。キアラはそんな両親の誇りを取り戻すために、冒険者ではなく騎士団として人々を守りながら、いつの日か魔神の落胤を倒し、英雄になることを目指していた。

 

「レクスディアさんは……十の厄災の1つを勇者様と倒して偉業を成し遂げ、剣聖になりました。その年齢は私たちと同じ……というか、ちょっと下の頃ですよね?」

「まぁ……な」

「でも今の私は貴方の足元にも及んでません、強くはなりましたが……世界最強クラスにはまだ足りない」

 

 彼女の焦りの原因――それは自らの師と比較して、自分たちが遅いということだ。特に最近任務の数をやたらこなすようになったのは、早く強くなりたいという焦りの現れでもあった。

 

 その結果、悪党や魔物は容赦なく虐殺。

 周り回って周囲へ無意識に悪影響を広げていた。

 

「だから……私たちは倍以上に努力しなきゃいけないんです。よりたくさんの敵を駆逐して、私たちは貴方の刃にならなきゃいけない」

「俺の……?」

「だって私たちまだ恩返し出来てないんですよ?」

 

 昏い瞳がレクスディアを射抜く。

 

「私たち……許せないんです、貴方を傷つけた黒いクソトカゲが。師の未来を奪った奴を殺せる力を手に入れて、貴方に報いたい。貴方に恩を返さなきゃいけないのに……」

 

 普通の人なら飲み込まれかねない闇を放つキアラ。

 焦りはより彼女を追い詰め、本当の意味での殺戮兵器へと駆り立てようとしていた。そんな彼女の闇を受けたレクスディアは――

 

「よしよし……」

 

 ぽん、とキアラの頭に、優しく掌を乗せた。

 

「――え」

 

 そのままふわりと撫でる。

 戦場で剣を握る硬い手だが、キアラはかなり心地よく感じていた。

 

「ふぇ……?」

 

 キアラの口から、間の抜けた声が漏れる。

 昏く燃えていた瞳が、一瞬で揺らぐ。頬がみるみる赤く染まり、思考が追いつかないまま固まる。

 

 レクスディアは何も言わず、ただ撫で続ける。

 焦りも、怒りも、復讐心も――すべてを落ち着かせるように。

 

「そんな風に自分を追い詰めるな」

 

 キアラの肩が、びくりと震える。

 

「心配しなくても、お前たちは俺より強くなる」

「……本当、ですか?」

「本気で言ってる」

 

 その間も撫でる手は止まらない。

 

「鍛錬の時、俺はお前たちを追い詰めすぎていた。強くなってくれるならと、心を鬼にしてな」

 

 キアラは黙って聞いている。

 

「だが、それだけじゃダメだった」

 

 ほんのわずかに、自嘲を滲ませる。

 

「強さは追い込むだけで伸びるものじゃなかったんだ」

 

 この気づきはレクスディアが彼らを鍛えてからのものだった。肉体はボロボロになり、前より弱くなってからレクスディアは新たに気づいた。

 

「心にゆとりを持つことも大事だ。張り詰めすぎた糸が切れてしまうように……適切な余裕が必要だったと、お前たちにきづかされたんだ」

 

 師もまた弟子から教わっていたのだ。

 だからこそその気づきをレクスディアは共有する。

 

「今よりもう少し、気持ちに余裕を持て。視野を広げろ。きっとまだ見ぬ気づきがあるから」

 

 キアラの胸の奥で何かが軋む。

 自分は足りない、もっと敵を倒さなければならない。

 もっと、もっと――そんな焦燥が彼女を突き動かしてきた。

 

「レクスディアさんは……それで、強くなりましたか?」

 

 優しさを持つことで。

 余裕を持つことで。

 あなたは本当に強くなれたのか、と。

 レクスディアは少しだけ遠くを見る。

 

「ああ」

 

 彼は杖を握りしめて言った。

 

「優しさは時に凄まじい強さをもたらすんだ。守りたいと思えるものが増えた時、限界を超えるように」

 

 勇者と並び立ち、厄災と戦ったあの日々。

 守るべき仲間がいたからこそ、振るえた剣。

 背負うものがあったからこそ、折れなかった心。

 

「今後は……そのゆとりを意識すればいいんじゃないか?」

「……はい!」

 

 昏い光を宿していた瞳に、わずかな柔らかさが戻る。

 レクスディアは最後にもう一度、くしゃりと彼女の頭を撫でた。

 

◇◆◇

 

 夕暮れの王都は、茜色に染まっていた。

 石畳が柔らかく光を反射し、昼間の喧騒も少しずつ落ち着きを見せている。

 

 本部へと続く道を、レクスディアとキアラは並んで歩いていた。彼女の表情は、さっき昏い目をしていた人物と同じと思えないぐらい明るい。

 

 まるでどこか憑き物が落ちたような、肩の力が抜けたような雰囲気すらあった。

 

「……今日は、ありがとうございました」

「ああ。少しは気が紛れたか?」

「はい。すごく」

 

 その素直さに、レクスディアは小さく息を吐く。

 

(少しは、肩の荷が下りたか)

 

 これで皆殺しじゃなくて、五体満足な状態で捕まえたりする頻度も高くなってくれたらいいなと思ったその時だった。

 

「きゃあああああっ!!」

 

 甲高い悲鳴が、通りの向こうから響いた。

 二人の足が同時に止まる。

 視線を向けると、買い物袋を抱えた女性が地面に尻餅をつき、その前を黒い外套の男がこっちに向かって走り抜けていくのが見えた。

 

「ひったくりだ!」

「捕まえろ!」

 

 周囲がざわめいているが、犯人がこのままこっちに来るなら軽く転ばせたら終わりだろう。

 

「……やれやれ」

「チッ」

 

 杖で足を引っ掛けてやるかと動くより前に、キアラが舌打ちしながら先に動き出した。

 

(まずい!)

 

 キアラはすでに犯人を射程範囲に入れて、ちょうど迎え撃てる位置についていた。そして腰を落とし、右手に力を込めている。レクスディアはめちゃくちゃ焦っていた。

 

(あの体勢……脳漿ぶち撒け手刀の構え……!)

 

 説明しよう。

 脳漿ぶち撒け手刀とは、魔力で強化した手刀で顔面を真正面から穿ち、そのまま頭蓋をぶち抜いて脳漿を辺りに撒き散らす技である。

 

 街中で使ったら1発で恐慌状態になるから、良い子は真似しちゃダメな技である。

 

「キアラ……! 待て!」

 

 レクスディアが叫ぶもキアラの眼前には犯人がいた。

 キアラは一瞬で目をナイフのように鋭くさせると――

 

「最後は気分良く帰らせろ、クソがァァ!!!」

「ぶべぇ!?」

 

 そのまま手刀――じゃなくパンチを顔面に食らわせた。

 ただぶち抜いたりはせず、顔面陥没パンチというランクが低い技を使ってくれていた。

 

「おお……!!」

「何だあの嬢ちゃん!? ちょーつええ!!」

 

 市民はただひたすらに圧倒されていた。

 しかし彼女からしたら今はデートの帰り。

 パンチ1発はまだ足りない。

 よってキアラは倒れた犯人に対して、更に――

 

「顔面全部クレーターの刑!!」

「おご――」

 

 顔面に向かってエルボー・ダイブ。

 犯人は生きてはいるが、顔面があれなことになった。

 

「おおお!! 犯人捕まえたぞ!!」

 

 誰かが叫んだのを皮切りに、周囲からわっと歓声が上がった。

 

「すげえ! 一瞬だったぞ!」

「さっきまで逃げてたのに、あの嬢ちゃんがドン!だぞ!?」

「さすがヴァルハディス騎士団だ!」

 

 口々に称賛が飛び交い、通りの空気が一気に明るくなる。泣きそうな顔で立ち尽くしていた女性も、ようやく我に返った。

 

 そこへレクスディアが駆け寄る。

 

「キアラ、無事か?」

「はい、問題ありません」

 

 キアラは涼しい顔で答えると、倒れた犯人の手からひったくった袋を回収し、ぱっぱっと土埃を払った。さきほどまで鬼神のごとき形相でエルボーを叩き込んでいた人物と同一とは思えない丁寧な所作である。

 

「こちら、あなたの物ですよね」

「は、はい……! あ、ありがとうございます……!」

 

 女性は震える手で袋を受け取り、何度も何度も頭を下げた。

 

「本当に……助かりました……!」

 

 キアラは少しだけ視線を逸らし、

 

「いえ。騎士として当然のことをしたまでです」

 

 と、ほんのり頬を染める。

 そのまま彼女はレクスディアの元へ戻ってきた。先ほどまでの猛々しさは影を潜め、どこか気まずそうに指先をいじっている。

 

「……レクスディアさん」

「ああ」

「その……これからは、もっとやり方を見つめ直してみます」

 

 ぽつり、と続ける。

 

「さっきみたいな軽犯罪者は……軽く痛い目に遭わせるだけにします」

 

 それを聞いたレクスディアはちらりと背後を見やる。

 そこには顔面が赤と紫で芸術的に彩られ、地面にめり込み気味の犯人がいた。生きてはいる。生きているだけという表現が正しい。

 

 レクスディアはこめかみを押さえた。

 

(軽く……? うーん……まぁ軽いことにしよう)

 

 考えるのをやめた彼はゆっくりと息を吐き、キアラの頭に手を置く。

 

「そうだな。今までのお前なら、確実に仕留めにいっていた」

「……」

「ちゃんと止めた。それは大きな進歩だ」

 

 キアラの瞳が、ほんのわずかに揺れる。

 

「優しさを持つってのは、力を鈍らせることじゃない。制御することだ」

「……はい」

 

 彼女は素直に頷いた。

 さきほどの昏い光はもうない。代わりに、どこか晴れやかな、軽い表情がそこにあった。

 

「このまま、少しずつでいい。普通になってくれれば、それでいい」

「……はい!」

「さぁ……帰ろうか」

 

 とレクスディアとキアラがいい感じに締めた一方、たまたま事件を見ていた巡回中の騎士は思った。

 

(え……? 全然まだやりすぎてない!?)

 

 それはもう全力のツッコミをかました。

 普通にまだ全然やり過ぎの範疇だが、レクスディアの感覚もアホになってきてるだけだった。

 

「今日は……楽しかったです」

「そうか、なら良かった」

 

 どこか穏やかな空気を纏いながら、本部への道を進む二人。

 その背中を見送りながら、巡回騎士はぽつりと呟いた。

 

「……何かもううちの騎士団、殺し屋集団になっちゃいそうだなぁ……」

 

 通りにはまだ、犯人のうめき声が微かに響いていた。

 

 ――平和である。たぶん。




さて次はどんな教え子が……
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