剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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ちょっと間空きましたが、4話目です!

ちょっと甘い話になってしまった


ボクっ子な彼女は師を独り占めしたい

 あの人と一緒にいたい――それがボクの入団理由だった。

 

 ボクは幼い頃から魔力量が多くて、無意識に身体を強くしていたから腕っ節も強かった。ただその傲慢さがボクの生まれた場所では命取りだった。

 

 何故ならボクはスラムで生まれた子供だった。

 不必要に敵を作って、毎日誰かを殴って痛めつけては、殴られたりするという闘争の日々を送っていた。

 

 そんな荒んだ日々を送っていたのが災いして、ボクは見た目が良いからと言って、人身売買をしている悪い奴らがボクを攫っていった。

 

 ――お前はこれから一生弄ばれる――

 

 ――もって半月かな――

 

 何をされるのかわからないけど、それが死より惨たらしいものだと予感したボクは絶望したのと同時に、理解してしまった。

 

 これは報いだと。

 ボクに訪れた裁きの時だと。

 

 覚悟したボクだったが、そんな不安は杞憂に終わった。

 騎士団が悪い奴らを蹴散らしてくれたからだ。

 そして同時にボクは運命的な出会いをする。

 

 ――子供を食い物にする下衆はここで消えろ――

 

 突入していく騎士たちに混じって、ゆったりと歩いてきたあの人の存在感は異質だった。見た目だけで言ったら誰よりもひ弱に見えるのに、実は世界で一番強い剣士の1人って何の冗談かと思うのが当然だ。

 

 でもあの中で一番強かった。

 たった一振り……杖にしか見えなかったそれを勢いよく振った瞬間、悪い奴らは切り裂かれた。

 

 ――もう大丈夫だ――

 

 一見すると無表情で冷たいけど、声や目がすごく暖かい。

 同時にこの人に惹かれたのだ。

 

 まさかあんな環境にいて、人生が変わったのが一目惚れなんて、昔のボクなら鼻で笑っていただろうな。

 

 でもおかげで目標が決まった。

 ボクこそがあの人の一番になるのだと。

 

 ◇◆◇

 

「おししょー」

「……なんだ」

「かまって」

 

 背中に張り付きながら言うセリフか――とレクスディアは現在進行形で背中にへばりつく教え子に、ジト目を向けた。

 

「おししょーしかボクを満足させられないのー」

 

 目には大きな隈、腰に届きそうなほど長い黒髪、そして病人みたいな顔色をした彼女の名前はナハトという。彼女も剣聖の教え子の1人であり、大鎌を操る異端なる剣士である。

 剣聖の教え子というだけあって、その実力は確かなものであり、戦闘経験だけで言えばトップクラスだ。

 

 ただ困った癖があり――

 

「満足って……戦いたいだけじゃないのか」

「当たり前じゃん」

「……鍛錬で手合わせするだろう」

「滅多にしないじゃん」

 

 豊満な胸を意図的に背中に押しつけながら枝垂れ掛かる彼女は、戦闘狂の気質があるのだ。だが誰でも良い訳じゃなく、自分を片手間で倒せる存在だけである。強いやつを見つけたらとにかく戦いたいと言い出す始末であり、レクスディアはそれを解消すべく何回も手合わせはしているのだが――

 

(ボディタッチが激しいな、はしたないって何回も言ってるのに……全然聞きやしない)

 

 とにかく2人きりの時にやたらひっついてくる。

 そりゃもう距離感がバグってるレベルだ。

 レクスディアはその癖はお前の為に言っておくけど、絶対やめろと言ったら「おししょーにしかやらん」と言って聞かない。

 

 レクスディアは彼女の精神年齢が幼いことが原因と見ていた。

 

「時間は作るが、差し込みの用事があるから一日中は無理だ」

「おししょーも休みじゃないのー?」

「だと思っていたんだがな、騎士団の団員が気になる事象を確認した。今日は諸々書類をまとめたら冒険者ギルドに、騎士団からの依頼(クエスト)を張り出してもらう予定だ」

 

 レクスディアは背中に張り付いたままのナハトを半ば引きずるようにして椅子へ座らせると、机の上の書類を一枚手に取った。

 

「これだ」

 

 紙面には騎士団の紋章とともに詳細な報告が記されている。

 

 ――ヴァルハディス騎士団・魔物調査隊報告書。

 

 先日足を運んだ黒影の森、南方丘陵、さらには王都近郊の街道沿いに至るまで、複数地点で確認された魔物の異常増殖。

 

 発生時期、生態系を無視した出現分布などが細かく書かれており、更には不自然な魔力反応まであったことが書いてあった。

 

「……ふぅん?」

 

 ナハトはレクスディアの肩に顎を乗せたまま、書類を覗き込む。

 

「読みにくいだろ、離れ――」

「やだ」

 

 即答だった。

 レクスディアは小さくため息を吐き、続ける。

 

「調査隊の報告では、自然発生とは考えにくいらしい。魔力の流れに加工痕がある」

「加工痕……ってことは」

「誰かが意図的に魔物を誘導、あるいは増殖させた可能性が高いということだ」

 

 ナハトは瞳を僅かに細めてから艶やかな笑みを浮かべる。

 

「単独犯か、組織かは不明だ。だが規模から見て、相応の資金と技術がある連中だろう」

「へぇ……面白そう」

「面白がるな」

 

 軽くナハトの頭をぽふっと優しく叩きながら、レクスディアはため息を吐いた。

 

「魔物を操る……その力が十の厄災に向けられてみろ。世界は容易く滅び去るぞ」

「そうなる前に殺さなきゃ」

「そう思うだろ? だから今のうちに手を打たなきゃいけない」

 

 暗に仕事があるから、ちょっとしか時間を作れないよみたいな匂わせをしたつもりだった。しかしこのナハトは教え子の中でも図々しいタイプだ。これしきで諦める訳もなく――

 

「ねぇ」

「なんだ」

「ボクもついて行っていい?」

「……えぇ?」

 

 まじかよみたいな声を無表情で出したレクスディアは、付いてくるなんて正気かみたいなトーンで言う。ただナハトはレクスディアの想定よりガチだった。

 

「おししょー」

「なんだ」

「ボク、おししょーの隣にいるの好き」

「……」

「戦ってる時も、こうやって仕事してる時も……だから行きたい」

 

 目をうるうるさせながら彼女は懇願する。

 普通の男なら陥落しそうなポーズを前にしてレクスディアは――

 

 ◇◆◇

 

 ――2時間後。

 

「――だからナハトさんも来られてるんですねー……」

「……まぁ、な」

「いぇい」

 

 リュミエールにある冒険者ギルド総本部の中にある、幹部用の集会室にてレクスディアはナハトに引っ付かれたまま、ギルド総本部マネージャーのエリシアと対面していた。結局鍛錬以外では甘いレクスディアは、そのままナハトに押し切られてしまい、変に暴れないとか仕事内容に口出ししない事を条件に、レクスディアに今日一日ついて行く事になった。

 

「なんだかんだで優しいんですね、剣聖様は」

「……生暖かい目で見るな」

「おししょーったら素直じゃないんだからー」

「……鍛錬厳しくするぞ」

「すんません」

 

 伝家の宝刀を使ってナハトの口撃を防ぐと、普通に仕事の話を進めようと言って、エリシアに促す。

 するとエリシアは栗色の髪をきっちりまとめ、理知的な眼差しを向けてから言った。

 

「では騎士団側からの受注条件はございますか?」

 

 ナハトが腕にぶら下がっているにもかかわらず、レクスディアの声音は即座に切り替わる。

 

「ああ、ある」

 

 机上の書類を指で軽く叩く。

 

「今回は何が出るか分からない。単なる魔物使いならまだいいが、組織的な動きとなれば戦力も情報戦も必要になる」

「依頼対象は?」

「最低でもA級以上の冒険者に限定したい」

 

 冒険者のランクは最上をS、一番下がFとなる。

 A級以上となると数は少ないが、そんじょそこらの奴らには遅れを取らない。何が起きるか分からない以上は、実力者の方が圧倒的にいい。

 

「加えて」

 

 レクスディアは続ける。

 

「アストライア王国の信頼があることを示せる実績を提示できる者に絞る」

「具体的には?」

「王国発行の正式称号、あるいは国家依頼の達成記録があるとたすかる」

 

 そのままレクスディアは指を折りながら挙げていく。

 

「たとえば王都防衛功労章の受章者。王立魔術院合同討伐任務の完遂記録保持者……あるいは王家直轄依頼の達成履歴が三件以上とか……かな」

 

 いずれも虚偽では取得できない実績だ。

 エリシアは素早く書き留めていく。

 

「つまり、単に強いだけでなく、国家案件を任せられる信頼性を重視する、と」

「そうだ。実力と同時に素性の透明性も必要だ。騎士団が1からやれたらいいが……こっちも何かと仕事が立て込んでいる。信頼できる外部協力者を使っておきたい」

 

 今回の件は下手をすれば内通者や裏組織との接触もあり得る。金で動く連中では困るのだ。

 

「報酬は通常の広域調査より上乗せを提案する。危険度が未知数だからな」

「騎士団からのサポートは?」

「必要に応じて受けられると明記してほしい」

 

 レクスディアは淡々と言う。

 

「情報共有、補給支援、緊急時の増援。ヴァルハディス騎士団の魔物調査隊と連携できる体制を整える」

 

 エリシアはペンを止め、顔を上げた。

 

「では特別クエストとして張り出しておきますね、目立つ位置にどーんと貼っておきます」

「そうしてもらえたら助かる」

 

 と一通りの会話を終えるとナハトが袖を引っ張る。

 

「おししょーの仕事ぶりに感動しました」

「ただの会話だぞ」

「でも良かった、うん……さすがおししょー」

 

 何故かふんすふんすと鼻を鳴らすナハト。

 それを見ていたエリシアはくすりと笑う。

 

「かの剣聖の弟子とは思えないですね」

「どういう意味だそれは」

「だって……ねぇ? 何かと有名ですからー」

 

 何がとは敢えて言わない。

 レクスディアも心当たりしかないが、一応ナハトたちの名誉のために、言い訳ぐらいはしておく事にした。

 

「言っておくが、こいつらは普段から殺伐としていない。任務以外は普通だぞ」

「だぞだぞ」

「……にしては師匠に向ける矢印がデカすぎる気がしますけどね。キアラさんなら淑女って感じしますけど……」

「キアラの普段なんて窮屈だよ、思考回路に貞操帯付けたような奴だし」

 

 偉い言われようである。

 キアラとナハトは別に仲悪くはないが、衝突することは割とある。その度にお前は品がないだの、お前は自分を押し殺しておきたいやつか、むっつりか白黒つけろとか変なやり取りをしてる。自室でやる分には構わないけど、人の往来でやるのは堪忍してくれというのが、レクスディアの最近の悩みだった。

 

「……とにかく」

 

 咳払いを一つして空気を切り替える。

 

「中途半端な腕前の者を送り込めば、無駄に死人が出るだけだ。選別は厳しく頼む」

 

 エリシアは静かに微笑む。

 

「承知しました。ギルドの信用にかけて、条件に見合う者のみへ通達します」

 

 打ち合わせが終わった後、レクスディアは席を立つ。

 ナハトはやっと仕事が終わったという顔をすると、待ってましたと言わんばかりにレクスディアの腕にしがみつく。

 

「じゃあおししょー、せっかくだし二人でどっか――」

 

 ナハトがぐいぐいと袖を引っ張りながら外へ向かおうとしたその時だった。

 

「よぉー! レクスディアとナハトちゃんじゃねえか!」

 

 酒場の方角から、やけに通る大声が響く。

 

 振り向けば、長い角と褐色の鱗を持つ竜人の戦士の男が豪快に手を振っていた。その背後には、弓を背負ったエルフの女、重装の大盾使い、ローブ姿の女魔法使いが酒盛りをしていた。彼らを四人組のパーティを見たレクスディアは、騒がしい連中だなと思いながらも柔和な顔を浮かべていた

 

「久しぶりだな、剣聖殿! ちょっとこっち来なよ!」

 

 竜人の男が白い牙を見せて笑う。

 どうやら遠征帰りらしく、卓上には空のジョッキがいくつも転がっている。

 

「……エルサドルか、悪い。ちょっとあいつらと話していいかナハト」

 

 とレクスディアが聞くとナハトは明らかに不満そうに頬を膨らませた。

 

「……むぅー……まぁ、いいよ」

 

 袖を掴む力が、ぐっと強まる。

 にこやかに手招きする竜人たちと、無言でムスッと頬を膨らませるナハト。対照的な空気の中、酒場の喧騒が一段と騒がしく感じられた。

 

 ◇◆◇

 

 結局エルサドルたちに捕まったレクスディアは「人付き合いも大切だからな」と言い訳じみたことを言いつつ、軽く一杯だけ付き合うことになった。

 

 竜人の戦士エルサドルは豪快に笑い、遠征での武勇伝を語る。弓使いのエルフは淡々と補足し、大盾使いは静かに頷き、女魔法使いは時折辛辣な突っ込みを入れる。騒がしいが、悪い連中ではない。

 

 ナハトはその隣で終始むすっとしたまま。

 ジョッキを傾けるレクスディアの袖を、さりげなく掴み続けている。

 

 やがて酒場を後にし、騎士団関連の細かな確認事項や書類の受け渡しを済ませているうちに、窓の外はすっかり茜から群青へと変わっていた。

 

「……遅くなったな」

 

 廊下の窓越しに夜空を見上げるレクスディア。

 その隣で、ずっと無言だったナハトがぽつりと呟いた。

 

「……手合わせ」

「ん?」

「手合わせ……して」

 

 小さな声だったが、今日一番で強い意志が滲んでいた。

 

「こんな時間からか?」

 

 時計を見れば、もう騎士団員の大半は持ち場を離れ、夜番だけが残る時間帯だ。それでもナハトは俯いたまま、ぎゅっと拳を握る。

 

「……教え子のわがままぐらい、聞いてよ……」

 

 顔を上げたその目は、普段の無邪気さとは違っていた。

 拗ねた色、焦り、苛立ち、不安、独占欲――様々な感情が溶け合い、濁流のように渦巻いている。

 ドロドロに混ざった感情を隠そうともせず、ただ真っ直ぐにレクスディアを射抜いていた。

 

 レクスディアは一瞬言葉を失う。

 

(……構ってやれなかったこちらに非があるか)

 

 今日一日ナハトはずっと隣にいた。

 だが、自分は仕事や旧知の冒険者との付き合いに時間を割いた。置いていかれたと感じたのだろう。

 

 レクスディアは小さく息を吐いて言った。

 

「……分かった」

 

 ナハトの頭にぽん、と手を置く。

 

「空いてる訓練所を借りるか」

「……ほんと?」

「ああ。あっという間に終わったりするなよ」

 

 その一言で、ナハトの瞳に熱が宿る。

 

「望むところ」

 

 騎士団本部の奥へと足を向ける。

 普段は教え子たちを筆頭に騎士団の中でトップクラスの実力者にしか使わせない、より広い区画――闘技場のような円形の訓練場がある。

 

 高い天井、石造りの観覧席、中央には傷だらけの床と激しい戦闘の跡が色濃く残るこの空間にて、レクスディアは手合わせをしている。

 

「よいしょ……」

 

 鍵を開け中へ入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。

 

「ここなら、多少暴れても問題ない」

 

 レクスディアは外套を脱ぎ、壁際に置く。

 ナハトもゆっくりと距離を取り、手をかざすと地面に広がっていた影からゆっくりと大鎌が現れる。

 

「ふふふふ……やっと、やっと……おししょーがボクを見てくれた」

 

 先ほどまでの拗ねた空気は消え失せ、代わりに張り詰めた殺気と粘つくような情念がナハトから発せられた。

 

 広い闘技場に二人だけ。

 彼女が彼との闘争を好むのは……何も強者と戦えるからという、簡単な理由だけじゃない。

 

「……ちゃんと、見てよ。おししょー」

「ああ……」

「ボクの……殺気も、溢れ出る感情も……全て……」

 

 この擬似的な殺し合いだけが、彼の意識全てを独り占め出来るからだ。

 

「おししょーのモノにしていいから!!!」

 

 次の瞬間、夜の闘技場に鋭い踏み込みの音が響く。

 そして同時に、ナハトの足元から影が爆ぜるように広がった。

 

 石床に貼りついていた影が泡立ち、粘土のように盛り上がり――次の瞬間異形の輪郭を成した。

 狼型、鳥型、四腕の人型、刃のような尾を持つ蛇。輪郭は不明瞭で、実体と影の境界が曖昧な召喚獣たちが、ずるり、と地面から引きずり出された。

 

「行けぇっ!!」

 

 号令と同時に、影の群れが一斉に襲いかかる。

 ナハト自身も大鎌を振りかぶり、一直線に突撃した。

 

「シッ――!!!」

 

 漆黒の刃が唸る。

 振るわれた軌跡から放たれるのは、純粋な斬撃ではない。影そのものを物質化して空間に延長された概念の刃だ。間合いを無視して伸びる影は、闘技場の石床を易々と抉り、観覧席の縁を削り取った。

 

 並の戦士なら最初の一閃で両断されている。

 だが彼女の前にいるのは勇者と肩を並べる世界最強の剣士だ。

 

「……前よりはマシになってる」

 

 レクスディアは半歩だけ身体を傾けた。

 それだけで必殺の斬撃が鼻先を掠めて通り過ぎる。

 すると狼型の召喚獣が横合いから喉元を狙う。レクスディアは視線すら向けず、手にした杖を軽く振った。

 

 

 コン――と小さく突く。

 それだけで狼は霧散する。

 続けざまに四腕の人型が殴りかかる。死角から蛇が絡みつこうとする。

 

 レクスディアは一歩、二歩と最小限の移動で包囲網をずらし、杖の柄で弾き、足払いで崩し、時に肘で軌道を逸らす。

 

 大技なんて必要ないと言わんばかりに、彼は些細な動作でナハトの攻撃を捌いていた。

 研ぎ澄まされた身体操作と、常軌を逸した空間把握能力のみで、少なくともA級冒険者以上の実力者であるナハトの猛攻に対処していた。

 

(……やっぱり、いい!)

 

 ナハトの背筋に、ぞくりとした震えが走る。

 これでも全盛期ではないというのだから恐ろしい。

 身体能力、継戦能力に至ってはもはや4割程度とレクスディアが言っていたが、それでも十分すぎるほど。

 

 ただ彼はその分――技術を磨き上げた。

 過剰な魔力に頼らず、最低限で最大効率を叩き出す。

 呼吸一つ、視線一つ、重心移動一つに至るまで、洗練させることで一撃で勝負を終わらせることに重きを置いた。

 

(斬撃のキレや速度は前より出せるようになったって言ってたから、もうとんでもないよね。すき)

 

 溢れ出した感情を大鎌に乗せた彼女は、力一杯横薙ぎに振るった。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 影の刃が半円状に広がる。

 闘技場の床が一線に裂け、瓦礫が宙を舞う。

 だがレクスディアは、砕けた石片を踏み台にしてわずかに跳ね、斬撃の“厚み”のない一点を抜けた。

 

 着地と同時に、杖の石突きがナハトの鎌の柄を正確に叩く。

 力を込めたはずの軌道が、ほんの数センチ逸れる。

 

「……っ!」

「いつになく熱くなってるな、おかげで読みやすくなっているぞ――ナハト」

 

 そのわずかなズレで次の連撃が繋がらなくなった。

 

「まだまだだよ……まだボクを見てくれないとダメなんだから」

 

 咄嗟に影の召喚獣が再び湧き上がらせる。今度は数を増やし、上下左右から同時に圧をかける。

 

 闘技場はもはや影で埋め尽くされていた。

 逃げ道などない状況に置かれたレクスディアだったが、焦りの感情は一切ない。

 

(底が、見えない……)

 

 ナハトは歯を食いしばる。

 悔しい――けどワクワクしている。

 彼は何を見せてくれるのだろうか。

 

「ヒヒヒ――」

 

 ナハトは任務の時にしか見せない顔をする。

 弧を描くような笑みを浮かべると影が蠢く。

 上下左右、死角という死角を黒が埋め尽くし、闘技場はまるで深淵に沈んだかのようだった。

 

 その中心で――レクスディアは静かに息を吐く。

 

「……ハイになる前に終わらせるか」

 

 握っていた杖を、くい、と捻る。

 

 次の瞬間――杖の柄がわずかにずれ、内部から細身の刃が滑り出た。

 

 ――バチリ。

 

 空気が弾けると紫電が刃を走り、闘技場の空気を焦がす。

 

「あは――」

 

 ナハトが目を見開いたその刹那。

 レクスディアは一瞬だけ剣を振るった。

 

「サービスだ」

 

 抜き放たれた神速の居合い斬りが一閃。

 ただ一閃のはずなのに、斬撃の線は何十、何百と重なって響いた。

 

 ジジジジジッ――!!

 

 紫電を纏った斬撃が、無数の細かな軌跡となって空間を走り抜けた。狼型も、人型も、蛇も、鳥……影で構成された召喚獣たちが、次々と焼き切られていく。

 

 黒が裂け、蒸発する。

 紫の閃光が網の目のように広がり、闘技場を覆っていた闇を一瞬で浄化した。

 

「……これで終わってくれたらいいんだが……」

 

 中央に立つレクスディアはすでに刃を鞘に納めているが、ナハトがこの程度で止まるとは考えていない。

 

「すごい……すごいすごいすごい!! 今の何!? どこから斬ったの!? 何回斬ったの!?」

 

 大鎌を握りしめながら狂喜乱舞するナハト。

 目は爛々と輝いていて、殺気すらも混じっていた。

 

「もっと……もっと見せてよ……!」

 

 影が再び足元で泡立つ。

 彼女のボルテージがますます跳ね上がっていた。

 

「ナハト」

 

 しかしレクスディアの視線は冷静に真っ直ぐに彼女を射抜く。

 

「これ以上は、騎士団本部を吹き飛ばしかねない」

 

 闘技場の床には、焼け焦げた無数の線が刻まれている。

 ほんの少し出力を上げていれば、結界を貫き、建物ごと両断していた。これ以上はここでは出来ないし、ここでブレーキをかけないとナハトが暴走しかねなかった。

 

「力は抑えろ」

 

 あくまでもナハトを気遣った発言だが、この言葉をきっかけにナハトの感情が爆発した。

 

「嫌だ!!」

「……!」

「せっかく……せっかく二人きりなんだよ!?」

 

 濁った目が、レクスディアを睨む。

 怒りでも悲しみでもなく、独占欲や焦燥、愛情と執着が、ぐちゃぐちゃに混ざっている。

 

「もっとボクを見てよ……! もっと、本気で……ボクだけを相手にしてよ!」

「……ナハト」

「ボク……こんなに……おししょーのことを思ってるんだから、もっとボクを見てよ」

 

 ぞわりと影がナハトを包みこむと、彼女は一直線にレクスディアへ向かって突撃した。

 

「今日一日ぐらいは見てよ!!!」

「――すまなかった」

 

 ナハトがレクスディアに接触する瞬間――光が彼女の視界を覆った。

 

 ◇◆◇

 

 懐かしい記憶がナハトの中に蘇っていた。

 

 騎士団に入団したばかりの頃だ。

 まだ子供だったナハトは、従士時代は友達が誰もいなかった。いつも訓練場の隅で木剣を振ってはカン、カン、と乾いた音が虚しく響かせる毎日を送っていた。

 

 そもそも従士になれたのは奇跡みたいなものだった。スラム出身。身元も曖昧。まともな教育も受けていない子供だったが、剣聖の同僚たちの計らいもあって、騎士団で預かる事になっていた。

 

 しかし周りの子供達は大人みたいに物分かりがいいわけじゃない。いじめこそはないが、周りはナハトを怖がったりして話しかけたりしなかったのだ。スラム出身は子供の身でありながらも犯罪に染めたりする子も多く、ナハトも例に漏れず犯罪をした事があった。

 

 だからナハトは入って間もない頃は誰にも馴染めなかった。

 

(……どうすればいいんだろ)

 

 じゃあ強くなれば認められる――そう思った。

 でも、強くなればなるほど、余計に距離ができた実感があった。まさに八方塞がり――子供の精神を傷付けるには充分は状況に置かれていた。

 

 そんな時だった。

 

「……それ以上は身体を壊すぞ」

「ひゃ――!」

 

 不意に背後から声がして、ナハトの身体が跳ねた。

 振り向いた先にいたのは18歳になったばかりのレクスディアがいた。当時――まだ剣聖と呼ばれていない時期――すでに天才と呼ばれ、騎士団内でも頭角を現していた存在であり、ナハトを救った彼が現れたことで、彼女はすっかり舞い上がってしまった。

 

(あ……あの時の……)

 

 脳裏に蘇るのは、スラムで絡まれていた自分を助けてくれた彼の姿だ。殴られ、蹴られ、それでも睨み返していた自分の前に立ち、あっさりと悪漢を追い払った人。

 

 その背中に、憧れた。

 強くて、迷いがなくて、眩しかった。

 だから騎士団を目指した。

 だからここにいる。

 その本人が、目の前にいる。

 

「悪いな、驚かせて」

「だ、大丈夫です!」

 

 慌ててナハトは姿勢を正す。

 決して貴方が悪いなんて事はないんですよと、言い訳したかった。一体何しに来たのかと思っていると、レクスディアは心配そうに聞いた。

 

「どうだ、周りには馴染めたか?」

「……」

 

 その一言を聞いてナハトは露骨に落ち込んだ。

 するとレクスディアはそっと近づくとしゃがんで視線を合わせた。

 

「良かったら話してくれないか?」

「……」

 

 何も言わずごくりとうなづいた彼女は、ポツポツと話始めた。

 

「……ボクがスラム出身だからか……皆、ちょっと怖がったり……引いたりして……」

 

 声が小さくなるにつれ、木剣を握る力が強くなる。

 

「いじめられてるわけじゃ、ないんです。でも……どうやって話せばいいのか、分からなくて」

 

 情けないと思う。

 強くなりたいのに、こんなことで落ち込んでいる自分が嫌だったし、何よりも自分の問題なのに大好きな彼を巻き込むのが、一番情けなくて……とにかく申し訳なかった。

 

「……俺も同じだった」

「ぇ……」

 

 すると意外な言葉が返ってきた。

 思わずナハトは顔を上げる。

 

「俺も最初は浮いてたよ」

 

 レクスディアは淡々と話す。

 

「剣しか取り柄がなくてな。周りより強くなればなるほど、距離ができた。天才だの何だの言われて、勝手に壁を作られてた」

「……そうだったんですね」

「俺も最初はそれでいいとすら思った、1人でも……いいじゃないかと。だけど……後からわかった事だが、人は1人じゃ生きていけないんだ」

 

 何か辛い事があったのか定かじゃないが、レクスディアは少しだけ目を伏せながら言った。

 

「辛い時、苦しい時、1人で抱えていると……どんなに強くても限界が来る。心が摩耗するんだ」

「……!」

「そんな場面になって……やっとわかった、1人だと誰も気づかないし助けてくれないと」

 

 その内容はまるで自分の未来を暗示してるようで、ナハトは気が気じゃなかった。じゃあ……貴方はどうやって乗り越えたの、そんなセリフが喉から出かかった辺りで、レクスディアは口を開いた。

 

「そんな時に……あまり話して来なかった同僚がやって来て、こう言った――何かあったの? 話してみてと」

「……話してこなかったのに?」

「ああ、だけどそいつは俺に悪感情を抱いた事はなかった。俺が勝手に話してなかっただけだ。だから最初はわからなかった……何故話しかけてきたのか」

 

 するとレクスディアは懐かしむように言った。

 

「そしたらそいつ――別に一度も嫌ってない、ただ同僚として心配だったし、それにお前が誰かの助けを求めてるように見えたからと言ったんだ」

「え……」

「つまりな、周りはお前が言うほど悪感情を抱いてなかったんだ」

 

 レクスディアは改めてナハトに向き直る。

 

「騎士団に入るにあたって、俺たちは精神面の試験をかなり厳しく行う」

 

 レクスディアは穏やかな口調のまま、はっきりと言った。

 

「どれだけ素行が真面目に見えてもな……学校でいじめをするような奴はいる。だが、うちではそういう芽は事前に摘む。試験で弾くんだ」

 

 この騎士団において、仲間を大切にできることは絶対条件だ。出自は関係ない。スラム出身だからという理由だけで入団を拒むことはない。

 

 魔法による精神鑑定で、表面ではなく“内側”を見極める。潜在的な悪意や歪みまで確認するからこそ――騎士団内でいじめが起きたことは、これまで一度もない。

 

 つまり。

 

「ナハト。怖いかもしれないが……自分から話しかけてみろ」

 

 まっすぐな視線が向けられる。

 

「きっかけさえあれば、あいつらは君を仲間として受け入れる」

「……ほ、本当ですか?」

 

 不安が滲む声が出ていた。

 頭では理解できても心はすぐには追いつかない。

 そんなナハトの頭に、そっと手が置かれた。

 大きくて温かな手だった。

 

「心配なら、俺が付き添う」

「へ……!?」

 

 思わず間の抜けた声が出る。

 

「俺はお前を見捨てない」

 

 その言葉は誇張も慰めもなく、ただの事実のように告げられた。

 

「……わ……あ、ありがとう……ござい……ます」

 

 声が小さくなる。

 胸の奥がいっぱいになって、どう反応していいのか分からない。嬉しすぎて、息すらうまく吸えない。

 抑えきれない感情に突き動かされるように、ナハトは一歩、前へ踏み出した。

 

「れ、レクスディア様……!」

「ん?」

 

 見上げると、優しい瞳がこちらを見ている。

 その視線を失うことが、急に怖くなった。

 

「……も、もし……友達、出来ても……ボクのこと、見てくれますか……?」

 

 どうしても聞かずにはいられなかった。

 淡い期待と、不安が入り混じった視線を受けたレクスディアは、迷いなく答えた。

 

「もちろんだ」

 

 即答だった。

 

「俺が救い出した君が……一人前になった後も、ちゃんと見ている」

 

 ◇◆◇

 

 ――まぶたの裏に残っていた温もりが、ゆっくりと薄れていく。

 

「……ん……」

 

 ナハトが目を開けると、視界いっぱいに整った顔立ちが映った。

 

 近い、近すぎる。

 

「……え?」

 

 そして数秒の思考停止。

 それから、自分の後頭部に感じる柔らかな感触と、太腿の安定した支えに気づく。

 

 膝枕されてると。

 

「えっ、えっ、えええっ!?」

「……もう大丈夫か? 軽く気を失っていたぞ」

 

 レクスディアは闘技場の床に座り込み、ナハトを膝に乗せていた。どうやら、あの光の直後に意識を刈り取られたらしい。しかもその後起きるまで見てくれていた。まぁ気絶したナハトを置いたままなんて、天地がひっくり返っても有り得ないが、膝枕とは予想外だった。

 

「……う、うへへ……」

 

 パニックと羞恥と幸福が一気に押し寄せ、口元が緩む。

 にやける頬を抑えようとするが抑えきれない。23歳の女がしていい顔ではなかった。

 

「な、ななな、何これ……ご褒美……?」

「……ナハト」

 

 少しだけ困ったようにしながらレクスディアは言った。

 

「すまない。お前を寂しがらせて」

 

 その言葉にナハトの笑みが止まり、口をきゅっと結ぶ。

 

「……本当だよ」

 

 ナハトは目を逸らして拗ねる。

 

「おししょーが構ってくれないの、辛いよ」

 

 視線を逸らしながら続ける。

 

「キアラもファングも、ちゃんと予定作ってもらってたのに。ボクは片手間みたいなの……許されないんだから」

 

 レクスディアは静かにナハトの髪を撫でると、少し遠くを見るようにしながら、言葉を選んで言った。

 

「……俺はなお前たち……12人全員が自分の足で立てるようになるぐらい強くなったら、もうあまり干渉すべきじゃないと考えたんだ」

「……」

 

 レクスディアは師としての距離感がわからなかった。

 何せ弟子を取る事自体が初めてであり、しかも12人同時だ。年だってめちゃくちゃ離れてるわけじゃない。だからこそ鍛錬や任務以外は距離を一定に保ち、いつか自分なんか見なくなるぐらい成長してほしいとすら考えた。

 

 だけどそれは弟子側からしたら、ふざけるなという話だった。

 

「ボクら12人はさ……みんな、おししょーに救われてるんだよ」

 

 キアラも、ファングも、もちろん他の仲間たちも。

 皆剣聖に心酔してるから、()()()()()

 

「ただの仕事上の後輩じゃないんだよ?」

「……そうだったな……」

「ボクは……できればさ」

 

 するとナハトは少しだけ頬を赤らめて、薄く笑った。

 

「ボクを、一人の女の子として見てくれたら……嬉しいな」

 

 軽い口調ではあったが、本音を隠さず言った彼女を見て、レクスディアは一瞬見惚れる。そして同時に真正面から突きつけられた彼女の感情に、向き合わなきゃいけないと自覚した。

 

「……そうだな、もっと、ちゃんと向き合うよ」

「――!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ナハトは勢いよく起き上がった。

 

「よし!」

「……ん?」

「だから!」

 

 びしっと指を突きつける。

 

「また別日に、一日中ボクのための時間を作ること!」

「……あ、ああ」

「作らなきゃ泣く!」

「!?」

「王都のど真ん中で!」

「!!?」

「破ったらおししょーに泣かされたって叫ぶ!!」

「絶対守る」

「よろしい!!」

 

 子供のような宣言ではある。

 だけど先ほどまであった目の濁りは薄れている。

 それがわかっただけでも充分だろう。

 

「じゃあ約束ね」

「ああ」

 

 夜の闘技場で静かに2人は約束した。

 先ほどまでの激しい戦闘の跡とは裏腹に、そこにある空気はどこか穏やかだった。

 

 師と弟子ではない、少しだけ新しい関係へと踏み出した瞬間だった。

 

 ――ちなみに。

 

「お前ら闘技場ちゃんと片しておけよ」

「「……かしこまりました」」

 

 すっかりめちゃくちゃになった闘技場を放置してしまった2人は大団長に絞られた後、1日かけて修復作業に入ったという……。




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