剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」 作:アスピラント
申し訳ないです!
そして誤字報告ありがとうございます!
感謝してます!
剣聖、勇者、エルフの大魔法使い……そんな世界最強の存在と肩を並べられる事が出来る存在というのは、生まれつき他者とは隔絶した才能がある事で知られている。
ならその隔絶した才能があれば絶対になれるのかと言われたら――否だ。
才能というのは肉体、魔力量、センス、運……などバラバラで決まった形はない。要するに何でもいい……が出来るだけ強さに直結してる方が望ましいだろう。
我――ゼヴルは自分で言うのもあれだが、その
我の姉……剣聖のライバルと言われている魔剣士はこう言った。
――まだまだだな――
――ワタシとお前は違う、並びたければワタシの
――渇望が足りないぞ、お前は何のために剣を取る――
上から目線でいうな、いつか吠え面かかすと決めて、我は騎士団に入った。考えてみれば他の連中と比べてかなり未熟で、動機も弱い。
案の定……我は壁にぶち当たる。
どうすれば強くなる、何が足りないと悩み苦しんだ。
ただそんな迷いに、貴方は答えをくれた。
そして同時に、我は貴方の教え子になった原点を思い出させてくれた。
◇◆◇
「――魔物を率いる謎の集団ですか」
「ああ、先日お前が出した依頼があったろ? 冒険者たちから報告が上がってきた。きな臭い動きをしているのは間違いなさそうだぞ」
大団長の執務室は、普段よりも重苦しくて濃厚な空気に満ちていた。レクスディアは差し出された報告書を受け取り、無言で目を走らせている。
「……目撃地点は、リュミエール近郊の北東の平原……ですか」
地図に視線を落とす。
赤い印がつけられた位置は、街道からやや外れた森と平原の境界地帯だ。
「妙ですね」
「わかるか」
「はい、報告にある魔物の構成がやっぱり気になりますね」
紙面を指で叩く。
「灰色の肌をしたゴブリンにオーク、それに――ブラッドウルフ。いずれもこの地域を主な生息域にしていない」
本来ならもっと南方、あるいは山岳地帯に多い種だ。
自然発生的に集まるには不自然すぎるし、ゴブリンやオークというのは知性が高いため、軍隊としても併用が可能である。
「意図的に集められたと見ていいですね」
レクスディアの声音がわずかに低くなる。
これは単なる犯罪者の域を超えている。
「縄張りを越えてまで移動させる手段があるとすれば……相当な使役能力を持つ統率者がいる証明になる」
「冒険者の証言でも、フードの集団が後方にいたらしいしな。素性がわからないから何とか突き止めたい」
大団長は腕を組む。
「緊急で追加調査を頼みたい。状況次第では――危険と判断した場合、その集団の殺害は許可するが、出来る限り逮捕で決着つけたい」
「なるほど……」
これはかなり難易度が高い。
任務自体の難易度ではない。
それは決着の付け方だ。
「逮捕が一番難しいです」
「……比較的理性的な判断出来る奴だ、あとは単独でも何とかなる奴」
それはほぼ教え子の誰かという選択になる。
無論騎士団はかなり大所帯であり、単純な任務なら2人だけで何とか出来る奴はいる。ただこの謎の集団の実力は実態がわからない以上、確実に無事に任務をちゃんと達成出来る精鋭が求められる。
(キアラは無理だ、確か予定がある。他は絶対殺してしまうから論外。キアラの次に理性的な奴を――)
教え子は優秀だが敵ぶっ殺しマンばかりだ、扱いづらい。
キアラが無理なら……もう選択肢は1人しかない。
それに――
(手紙預かったし、渡すついでに頼めばいい)
用事ついでに済ませた方がわざわざ他の人を探す手間が省けるからだ。
「俺も同行という形にして、ツーマンセルで調査に向かってもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろんだ。というかお前がいなかったら犯人殺すだろうしな」
「……あいつらの信頼ないな……」
いや無くさせたのは自分か――とレクスディアは目頭を押さえる。優秀なのはありがたいが、キアラみたいに加減を覚えてくれるようになるまでは、自分の世話が必要になりそうだなと思っていた。
「わかりました、とりあえず候補はいるので承諾を貰えたら、今日の夜あたりにでも確認しに行きます」
「おう、休日中だったのにすまないな」
「まぁ今に限った話じゃないので」
むしろ2週間は長すぎて体が鈍ると思っていた。
根っからの社畜とまではいかないが、やはり騎士団の仕事をしている方が活き活きするのは確かだった。
「ちなみに誰を連れていく予定だ?」
「ゼヴルです」
大団長は固まる――だがすぐに再起動して言った。
「……過剰戦力だな」
「過剰がちょうどいいです」
◇◆◇
騎士団本部の一角――最奥に位置する静謐な区画。
そこにゼヴル専用の瞑想室がある。
余計な装飾は一切ない。床は磨き上げられた木材、壁には魔力の流れを整える簡素な紋様のみ。外界の喧騒を遮断し、己の内と向き合うためだけに作られた空間だ。
レクスディアが音もなく襖を引くと、室内の中央に濃紺の長い髪を背に流し、二本の角を静かに天へ向けた美青年が、坐禅を組んでいた。
未完の魔剣士――ゼヴル。
ヴァルハディス騎士団の中で唯一の魔族かつ、教え子の中で最強と言われている。レクスディアの目線から言うと、キアラとゼヴルの二強と見ている。
(まさに明鏡止水……だな)
彼の鍛錬はかなり異端だった。
単純に体を鍛えるより、精神的な強さを重視しており、瞑想の時間を設けている。ただ騎士団本部に瞑想が出来る部屋がなかったため、ゼヴルが自費で瞑想用の部屋を作ったのだ。
そんな彼の傍らには、紺色の刀が横たえられていた。鞘に収まってなお、冷えた殺気を帯びているように見えた。
(……並の騎士や冒険者なら挫けそうな殺気を垂れ流して……下手したら公害だぞ)
ただそこにいるだけなのに、無意識に殺気をばら撒くゼヴルに呆れながらも、レクスディアは無言で観察する。
この後の展開が読めているから、あえて動いていないという理由もあるが。
(来る)
レクスディアが僅かに目を見開いたのと同じタイミングでゼヴルの瞼が開く。
「――――――!!」
同時に、床を滑るような動きで刀を掴み――抜刀。
鞘走りの音が静寂を裂いた。
もはやほぼ瞬間移動に近い踏み込みで、レクスディアの間合いへ侵入したゼヴルは、そのまま居合い斬りをする。
「!」
「速くなったな」
だがレクスディアは表情一つ変えず、手にした杖でその一太刀を受け止めていた。
「この程度で終わると?」
「まさか――見せてみろ」
レクスディアに挑発されたゼヴルは続けざまに横薙ぎを放ち、更には逆袈裟や喉元を狙う鋭い突きを繰り出す。どれも綺麗に躱されてしまってはいたが、ゼヴルの剣筋は速く、重く、無駄がなかった。
(殺すために最適化された連撃……なかなかエグいな)
訓練とは名ばかりの殺し合いだ。
だけどレクスディアからしたらこんなのは慣れっこだ。
最小限の動きで杖を滑らせ、弾き、受け流すと距離を取る。
――しかしこの動作自体はブラフだ。
「……」
ゼヴルの瞳がわずかに細まる。
刹那、踏み込みをさらに深くとレクスディアの足が前に出た。
「……!」
「まだ甘いぞ」
懐へ侵入し刀の間合いを殺したレクスディアは、目にも止まらぬ速さで掌底を突き出し、ゼヴルの腹部を強く突いた。
「チッ」
ゼヴルの身体が数歩分、後方へ滑る。
足裏で床を削りながら衝撃を逃がして転倒は防ぐが、レクスディアがもしダガーを仕込んでいたら、腹をぶち抜かれていた。
「ふぅ……」
それでも彼はすぐに体勢を立て直す。
刀を水平に構え、呼吸を整えた。
「もうここまでにしておけ」
「……始まってすらいないぞ先輩、仮に腹をぶち抜かれても我は再生出来る。実戦に当て嵌めても戦闘続行は可能だ」
ゼヴルはあえて敬語を使わない。
もちろん師匠として尊敬はしているが、他の弟子みたいに崇めたり、尊敬したり、思慕の類を持ったら超えられないと考えているからだ。
必ず超える――そんな彼がこれしきの戯れで退く訳がない。
ただレクスディアからしたら、普通に話がスムーズにいかないのは鬱陶しい。
「ゼヴル、俺が来たのは手合わせじゃない」
「先輩、久々に手合わせしよう。ここまで来てお預けは無しだ」
「仕事の話だ」
「他の奴に押し付けろ、どうせ簡単な仕事だ。我の経験値にもならない」
(話聞かないのだるいからやめて欲しいんだが……)
レクスディアは思わず遠い目をする。
血の気の荒さはファングの比じゃない。まず前提として彼には憧れがあるが、ゼヴルからしたらライバル視というのがある。本気で超えるつもりがあるのはもちろん嬉しいが、時と場合を選んで欲しいのが本心だ。
とは言え、彼を引かせる手段がないわけじゃない。
ゼヴルにはどんな命令も聞かせられる魔法の言葉がある。
「さぁ……先輩、あんたも剣を取れ。存分に――」
「お前の姉ちゃんにゼヴルが話を聞かないって言いつけるぞ」
「すみません、姉に伝えるのだけは勘弁してください」
すぐに謝罪して座り込むゼヴルを見てレクスディアは思う。
あんなクールな奴が一瞬でカッコ悪くなるのって、結構見ていられないな――と。
◇◆◇
「……なるほど。魔物を操る集団、か」
先ほどまで床に正座していたとは思えぬほど、ゼヴルは一瞬で表情を引き締めながら答えた。内容が内容だけに、濃紺の前髪の隙間から覗く双眸が静かに細め、少しの間だけ思案する。
「統率の規模次第では厄介だな。野良の術者ではあるまい」
「ああ。今日の夜には向かう。犯人がいたら、その場で捕まえておきたい。だから出来るだけ殺さない方針で」
「……まぁ構わない、だけど雑魚はいいだろ」
「ああ」
するとゼヴルは立ち上がり、刀を鞘に収めた。
「普通なら誰かに押し付ける。雑魚の処理に我の時間を割く義理はない」
だが、と一拍置く。
「先輩がいるなら、共に行こう。貴方からまだまだ学びたい事はあるからな」
その声音は淡々としているがわずかに熱を帯びていた。
素直じゃない奴だとレクスディアは苦笑する。
「……助かる」
感謝を述べつつ、レクスディアは実質これで任務は成功も同然だと確信する。ゼヴルは誰よりも冷静で、誰よりも過激な手段を取る事もあるが、少なくとも自分がいる限りは加減をしてくれる。
五体満足かは別の話だが。
「あ、そうそう」
話がすぐ纏ったあたりでレクスディアは思い出す。
彼からしたらあまり嬉しくないだろうが、蔑ろにする訳にもいかない。
「そういや昨日、お前の姉から手紙が来てたぞ」
「――は?」
何気なく思い出したように言ったその一言に、ゼヴルはめちゃくちゃ顔を引き攣らせる。
「な、内容は……」
「愚弟が連絡を寄越さないし、あとはイキり散らかしてないか心配です。貰って1週間以内に連絡寄越さなかったら、四肢を切断した後、全部反対側にくっつけます――と」
「サイコブラコンが……くそ……」
忌々しいと顔を顰めるゼヴルを見て、レクスディアも表情を同じように顰めていた。
(バアルの奴……俺にも送ってたからな――いつワタシを殺しに来てくれるのです、ワタシの殺し手って……歪みすぎだろ)
ゼヴルの姉――バアルは簡単に言うとサイコよりのメンヘラである。しかも魔族国家の中で勇者や剣聖と並ぶ強者でもある。
(まぁ無理もない……魔族の国家は閉鎖的だし、バアルは国の中でも重要なポジション、簡単に連絡取れないし会う事も出来ない)
魔族は現在、複数の国が連合を組んだ国家連合体を形成している。外部への干渉は最小限。領土も文化も独自性が強く、他種族にはその内情がほとんど知られていない。
ただレクスディアはかつて黒竜討伐の任務にあたって、彼らと接触した事がある。その際にゼヴルの姉に会ったのだが、レクスディアを見てすぐに抜刀――3日間ぐらい殺し合いをしたら、貴方ならワタシを殺してくれるという謎のデレをかまされたのだ。
全く持って嬉しくないアプローチに、レクスディアだけじゃなく一緒にいた勇者も「同じ女として言うけど、中々イっちゃってるね!」と言っていたぐらいだ。
「仕事終わったら返事を書く、じゃないとここまで来そうだ」
「そうだな……わりかしあり得なくはないからな、お前も家族は大事にしろよ。例え姉がサイコでも」
「……わかっている」
一応歪んではいるが愛はある。
あるだけマシとも言える。
「先輩、我はちゃんと強くなれているか……?」
「どうした急に」
「さっきもそうだが、どうにも最近は強さが停滞しているように感じている。気のせいだと思いたいが……」
ゼヴルはそう言って、刀を撫でる。
強くなるという一点において言えば、彼はずば抜けていると言っていい。現に騎士団に入った理由も、姉を越す為に姉のライバルから学びたいという願いがあったからだ。
「強くなっている、心配しすぎだ」
「……そうだろうか、我はさっき貴方の掌底を食らった。以前ならあんなミスはしなかった」
地味にあれ引きずってたんかい――とレクスディアは思った。完璧主義も行き過ぎると良くないと前に教えたはずだが、そう簡単には抜けきらないようだ。
「……何に迷ってる、聞くから」
レクスディアはこれまでの雰囲気からガラリと変え、親切な教官モードになった。
「最近の任務といい、どうにも簡単なものが多い。こないだは我々全員で街を救ったが、正直言って1人で片付けられる奴らだった」
「だけど人質安全確保の観点で皆と行かざるを得なかった。そこは納得してくれ」
「理屈はわかる、だけど……言い方は悪いがぬるい任務だ。強くなるには……やはり物足りないと感じてしまう。我は強くなりたい……誰よりも。なのにこんな場所で燻っていいのか……」
ゼヴルの悩みはわかる。
レクスディア自身もそんな時期あった。
成長が止まったような感覚に陥ると、やはり盲目的にやる鍛錬ばかりになってしまう。そんな時期に簡単な任務だけやってると、焦りばかりが募るのも分かる。
「
「俺か……」
「貴方は自分の事をあまり話さない、だから……気になった」
真剣に教えを請う時、ゼヴルは呼び方が変わる。
それを察知したレクスディアは少し悩んだが、ヒント程度なら問題ないとして話すことにした。
「まぁ……そうだな、俺には何が何でも強くならなきゃという気持ちが強かったからだな。黒竜を倒すために俺は強くなった訳だから」
「……何がなんでも、それって――」
「俺の家族は黒竜に皆殺しにされたからだ」
その一言を聞いてゼヴルは固まる。
「復讐か……」
「ああ、そもそも強くなると決めたのは復讐心だ。人が強くなる一番の原動力はやはり、何か大切なものを失う事だと俺は思う」
だが――とレクスディアは続けた。
「復讐を果たした後、抜け殻にならないようにするために、復讐以外に生きる理由を見つけなきゃいけない。俺はやられたらやり返していいし、復讐は肯定派だが……それだけではダメだ」
「……我は……それじゃ」
そんな強い動機で強くあろうとしてない自分は、やはり到達出来ないのか。そう考え始めたゼヴルに対してレクスディアは手を伸ばすと。
「……っ、なぜデコピン……」
「違う違う、お前……復讐心なかったらダメとかって言ってない」
「……」
ズビシィ――というデコピンにしてはあまりにも激しい効果音が走った。ゼヴルは軽く額を摩りながら不満を露わにすると、レクスディアは優しい目を彼に向けながら言った。
「お前……強くなること自体が目的になってる、きっかけが何かを思い出せ」
「きっかけ……」
「お前は多分それを忘れてる、初心に帰るって意外と大事だぞ」
原点……ゼヴルは再び固まった。
そう言えば自分は何のためにがむしゃらに力を――そこまで考えていると、レクスディアは徐に立ち上がって部屋から去っていく。
「今すぐとは言わない、ただ自分でそこは思い出しておけ」
「……わかった」
「じゃあ、また夜に」
そう言って去っていく彼の背中を見ながらゼヴルは再び刀を見る。
「きっかけ……か」
何気なく呟いたその一言は、心なしか寂しげだった。
◇◆◇
深夜。
月明かりに照らされた北東の平原は、不気味な静寂に包まれていた。
かつて文明が栄えていた名残――崩れかけた石柱、半ば地中に埋もれた回廊、風雨に削られた古い遺跡群。その地下空間に、異様な熱気が渦巻いていた。
低い唸り声と荒い呼吸、ぎらつく無数の眼が暗闇に浮かんでから姿を現す。その正体は灰色の肌をしたゴブリン、巨躯のオーク、涎を垂らすブラッドハウンド、そして鈍重ながら膂力に優れたトロルだった。
種族も生息域も本来は異なる魔物たちが、まるで整列する兵のように遺跡内部へ待機させられている。
その数――およそ200。
通路の奥で、その光景を眺めていた野盗の一人が、感嘆混じりに呟いた。
「……信じられねぇな。まさかこんな簡単に制御出来るなんてよ」
以前は街道を荒らしていた小規模な野盗団でしかなかった。
騎士団に追い詰められ、壊滅寸前だった彼らが、今やこれだけの戦力を手にしているのは、しっかりとした理由があった。
彼らは支援されていたのだ。
もっと大きな何かに。
「まるで犬みたいに言う事を聞きやがる」
魔物たちは時折牙を剥くが、一定の距離以上は踏み越えない。目に宿る凶暴さとは裏腹に、統制は保たれている。
そんな遺跡中央の広間には野盗団のリーダーが、フードを目深に被った人物と向かい合っていた。
フードの人物は顔は影に隠れ、性別すらわからなかった。
そういう仕掛けがあるからだ。
「――説明は以上だ」
くぐもった声が、石壁に反響すると野盗団リーダーの男はじっと魔物たちを見る。
「その杖を用いれば、制御下に置いている二百体すべてを操れる。通常個体はもちろん、強化個体も含めてだ」
差し出されたのは、黒い金属でできた細身の杖だ。
先端には淡く赤い魔石が嵌め込まれ、不気味に脈打っている。
リーダーはそれを受け取り、重みを確かめた。
「……本当に、こいつで全部か?」
「ああ、
「随分な戦力だな……」
「目的は混乱だ。破壊と恐怖が広がればそれでいい……単純なのは好きだろう?」
「……まぁ、な」
暗に見下された気がしたリーダーは顔を顰めるが、この場で逆らう前をしたとこで意味ないのを理解しているため、歯向かうことはしない。
「街道沿い、村落周辺、そして平原一帯。暴れてもらう」
「……なぁ」
リーダーは杖を肩に担ぎ、訝しげに目を細めた。
普通なら裏があると疑う。
200体の魔物を操る力など、破格の力だ。
しかし――
「お前たちは目立てばいい」
フードの人物はそれしか答えない。
「騒ぎは大きいほどいい。火消し役はこちらで手配している」
「……」
「成功すればお前たちはちゃんと大金を得られる」
こんな仕事をしている理由――それは報酬の高さにらあった。しかも新たな拠点や逃亡経路の確保もしてくれている上に、騒ぎの後始末まで請け負うと言う。
つまり彼らの力はそんじょそこらのギャング団なんかより力も、金もあるということ。
(……わかっている、自分たちはこいつらの歯車みたいなものだと)
奴らが何か大きな計画を企ているのは察している。
だからといって逃げられる状況ではない。
悪事を働く上で覚悟もしていた彼は、深く息を吸ってから言った。
「……わかった」
リーダーは杖を握り直す。
ただでやられてたまるか、生き足掻いて金ぶんどってやるとフードの人物を睨む。
「やってやるよ。どうせ派手に暴れりゃいいんだろ?」
「それでいい」
短い返答の後、広間の奥でトロルが唸り声を上げ、ゴブリンたちの目が一斉に赤く瞬いた。
月明かりが遺跡の割れ目から差し込み、杖の魔石を照らすと不気味な光が脈打った。
「……騒ぎの火消し役、ってやつが本当にいることを祈るぜ」
リーダーは乾いた笑みを浮かべる。
フードの人物はそれ以上何も言わず、闇へと溶けた。
「おい……お前ら」
リーダーはそのまま自分の配下に配置に着くように命じる。
こうした大掛かりな計画だからこそ、警備には注意を払う。事前に台無しにされることがないようにと、野盗たちもまた静かに刃を研ぐのだった。
◇◆◇
「しかしよ、あの杖は本物だな」
「トロルまで言うこと聞くとか笑えるぜ」
「終わったら山分けだ。久々にいい酒が飲め――」
遺跡外周の哨戒に出ていた野盗たちは、緊張感こそあれどどこか浮き足立っていた。やはり200の魔物を従えているという事実が、妙な万能感を与えていたのが大きい。
一方、少し離れた岩陰で見張っていた男が、ふと背後に違和感を覚えた。
「……?」
振り向くより早く、腕が首に絡みついてそのまま拘束される。
「――ッ!?」
口を塞がれ、声が潰れ野盗はパニックに陥る。
そして次の瞬間、喉元に紺色の淡い光が走った。
魔力で形成された刃だ――そう気づいた時には音もなく、自らの皮膚と肉を裂く感触を味わい、温い血が溢れるのを見届けた後、身体から力が抜けた。
「……」
ゼヴルは無表情のまま、その亡骸を静かに地面へ横たえる。
そしてほぼ同時刻――
「……ん?」
談笑していた集団の一人が、何かに気づきかけた。
だが遅い。
闇の中に溶けていた影が、一歩踏み出すと抜き放たれた剣が、月光を弾いた。
一閃――それだけだった。
空気が裂け、次の瞬間、野盗たちの身体は遅れて理解する。
斬られた、と。
肉と骨が寸断され、血飛沫が夜に舞う。声を上げる暇もなく、数人分の身体が崩れ落ちた。
「質が悪い」
惨状を作り出した犯人――レクスディアは軽く剣を振って血を落とすと、茂みから出てきた教え子に視線を移す。
ゼヴルは先ほど仕留めた野盗を踏み越え、レクスディアの隣へ並んだ。
「野盗がどうしてここに」
「誰かから雇われたかもな、身分わからないし、始末されても足がつきにくいという利点がある」
「同情する」
ゼヴルはそんな事を微塵も思ってない、気休めな言葉を吐きながら遺跡へ続く通路に視線を向ける。
「……それなりの数がいそうだ」
「死体は一応隠して、魔物の存在を確かめるぞ」
二人は同時に気配を沈めた。
呼吸を浅く、足音を殺し、魔力の波長すら抑え込む。存在感が夜の闇へ溶けていく。
進路上に立っていた見張りが、ふと肩を震わせた。
「……今、何か――」
最後まで言い切ることは出来なかった。
ゼヴルが刀を使って心臓を刺し、即座に意識を刈り取る。倒れかけた身体を支え、音を立てずに地へ横たえる。
「――――っ!?」
別の曲がり角では、レクスディアが背後から一太刀。
急所のみを断ち、絶命を確認すると素早く物陰へ引きずり込む。
仕留められた野盗はただ運がなかった。
進路上邪魔だったから――そんな理由だけで呆気なく死んだ。
「……ぬるい」
ゼヴルが小声で呟く。
歯ごたえの無さで言えば過去一かもしれない。
「油断はするなよ」
「それはしない」
レクスディアの注意に対して短く返し、さらに奥へ行くと視界が開けた。崩れた石柱と半壊した門構え――古い遺跡の正面入口が見えた。
苔むした壁面には、かつての文明を示す紋様が刻まれているが、今は月明かりに照らされる廃墟でしかない。
二人は視線を交わし、内部へ滑り込んだ。
何かを隠すならこの中だ。
(複雑な構造だが、利用すればバレずに入れるな)
入り組んだ通路、崩落しかけた天井といった迷路のような構造を利用し気配を遮断しながら進む。そして奥へ行くにつれ、空気が変わったのを2人は感じ取った。
「……臭うな」
ゼヴルが眉をひそめた。
血と腐肉と汗が混ざった、鼻腔を刺す匂いが急に飛び込んできたのだ。それに混じる、濃密な魔力の圧が肌を刺す。
「想像より数が多そうだな」
レクスディアの目が細くなる、これは割と大事になる予感がしていた。出来れば予感が当たらないでくれと思いなかまら角を曲がり、最後の回廊を抜けて足を止めた。
「これは……」
「なるほど……」
広大な地下広間には夥しい数の魔物が押し込められていた。
灰色のゴブリンが群れを成し、オークが棍棒を握り、ブラッドハウンドが唸り、トロルが天井に届かんばかりの巨躯を揺らす。
ざっと見積もっても100を優に超える。
だが2人は別の存在に目を向けていた。
「先輩……あいつ」
ゼヴルが小さく呟いて指を指す。
一段高い瓦礫の上に立つ男、革鎧に身を包み、片手に黒い杖を携えている。周囲には6人ほど体格が屈強な男たちが固めており、明らかに他とは格が違っていた。
「奴がリーダー格だろうな、じゃなくても重要な人物なのは間違いない」
「確保するなら奴だけで良さそうだ」
「……杖もな」
あれが恐らく鍵になるとレクスディアは見ていた。
魔物を従わせる何かを秘めたあれを解析すれば、タネも割れるかもしれない。
「……にしても胸糞悪い魔力だ」
ゼヴルの声が低くなるのも無理はない。
魔族、エルフ、精霊など神秘の力が普通の人間より強い彼らは、魔力の質をダイレクトに感じ取りやすい。その感覚によるとあの杖に宿る力が今まで感じたことのない類いだと判断していた。
「どうする、先輩」
静かな問いに対して、レクスディアは一瞬だけ目を閉じ、再び開く。
「俺が魔物の注意を引く、お前は首謀者の確保を」
「了解、護衛の奴らは殺していいよな」
「何か知ってそうなら確保して欲しいが、最悪杖だけでもいい」
暗に首謀者が未知の力を使った場合は致し方ないとレクスディアは指示を下すと、ゼヴルはすぐ動き出す。彼の背中を見ながらレクスディアはボソリと呟いた。
「さて……鈍った体を動かすか」
◇◆◇
「――なら手筈の通りに……はい」
リーダーが耳についたピアス――通信用の魔導具――で会話しながら準備を進めていた。周りには
「お、お頭ぁッ……!」
血に塗れた野盗が、よろめきながら駆け込んできた。
全身が赤黒く染まり、片腕はだらりと垂れ下がり、焦点の合わぬ目が恐怖に見開かれていた。
「何があった」
瓦礫の上の男――野盗団の首領が眉をひそめる。
緩んでいた警戒心が一気に引き締まった。
「し、侵入者……! 騎士団の――」
言葉は最後まで続かなかった。
ぶつり、と鈍い音と共に首が落ちたのだ。
血飛沫が篝火の光に照らされ、地面を濡らし、首を失った胴体が二、三歩進んでから崩れ落ちる。
数瞬――静寂があってから周囲を固めていた幹部格の男たちが、反射的に武器を抜いた。
「どこだ!」
「姿を見せろ!」
殺気が張り詰めたその時――石床を打つ、規則正しい音が響いた。
コツ、……コツ。
広間正面の暗がりから、ひとりの青年が姿を現した。
黒髪に光のない瞳、すらりとした長身に、簡素な外套を着ている。
そして手には一本の杖。
篝火に照らされた顔を見た瞬間、首領の瞳が見開かれた。
「……まさか剣聖、レクスディア……!」
全員に戦慄が走る。
かつて名を轟かせた最強の剣士。
今は第一線を退いたと聞いていた男が、なぜここにいる。
レクスディアは杖を軽く突きながら、淡々と口を開いた。
「最近、この辺りで野盗団の目撃情報があってな」
視線で魔物の群れと黒い杖をゆっくりと舐める。
一通り見てから野盗たちを睨む。
「覗いてみたら……お前たち、何か面白そうなことを企んでるじゃないか」
広間の空気が凍りつく――冷たい殺気が首にかかっていた。
「今なら五体満足で捕まえてやれる。大人しく縄につくなら助かるんだが」
声音は穏やかだが、無理やり意志を底に沈ませるような圧があった。普通ならここで投降するが、彼らは普通じゃなかった。
「……く、くく……」
首領が肩を震わせると堪えきれぬとばかりに、高笑いを上げた。
「はははははッ! お前1人で来るとは間抜けな奴だ!!」
(すごく雑魚みたいなムーブするな……こいつ。実際雑魚だが)
何やらいい気分になってる野盗に対してレクスディアは冷めた目を向ける。舐められてると知らない彼は黒い杖を高く掲げ、振り下ろす。
瞬間――赤い魔石が禍々しく発光した。
「「「オオオオ!!!」」」
ゴブリン、オーク、トロル、獣型の魔物たちが一斉に牙を剥き、地を踏み鳴らす。
「見ろ! 魔物は全部で200!」
「全盛期の貴様ならともかく、弱り果てた今の身体で凌ぎきれるか!?」
挑発と恐怖が入り混じった声で叫びながら彼らの足は、既に後退していた。レクスディアは
「行くぞ! 魔物を押し付けろ!」
首領は瓦礫の裏手へ跳び、逃走経路へ駆け出す。
幹部たちも散開し、魔物の群れを壁にするように退却していく。
怒号と咆哮が渦巻く中でただ一人、動かぬ男がいた。
「……ふぁ」
レクスディアが、軽くあくびを漏らす。
迫り来る魔物の大軍を前にしてなお、その表情は変わらない。というか呆れ顔になっていた。
「たかが200ぽっちで倒せると、みくびられるとはな」
大群がやってくる中で剣を弾き抜きながら言った。
「俺を殺したかったらその100倍は持ってこい」
ただしそれで殺せるとは言ってないが――内心で付け加えた彼は魔物に切先を向けた。
◇◆◇
一方――逃げた野盗たちは遺跡の外と続く細い回廊を出て、崩れかけた石壁の隙間を縫うようにして走り抜けていた。
「クソ……クソがッ! 本当に来やがった……!」
手にした小型の魔導具に怒鳴る。
掌に収まる黒い板状のそれは、淡く光を放ち、遠隔の相手と念話を繋ぐ代物だ。
『早いな、さすが騎士団だ』
「何呑気に言ってやがる!! 計画は失敗だろ!!」
息を荒げながら、背後を振り返る。
咆哮と衝撃音が遠くから響いてくる。すでに戦闘は始まっているのだろう。
『いやある意味……予想外の形だが達成してる』
そして通信が途切れた。
野盗たちは苛立ちを露わにした。
捨て駒だ――初めからこうなると知っていたのだ。
「チッ……!」
どうすれば良いと思案していると前方の曲がり角の影が、すっと揺れた。
首領の足が止まる。
護衛たちも反射的に足並みを揃え、武器を構えた。
ひとりの青年が、静かに立っていた――ゼヴルだ。
彼は刀の鍔に指をかけていた。
「……行き止まりだ」
ゼヴルは起伏のない声で淡々と告げた。
その静けさがかえって彼らの神経を逆撫でした。
「チッ、もう一人いやがったか!」
「時間を稼げ! お頭を通す!」
即座に陣形が変わった。
5人が前へ出て、1人だけが首領のすぐ傍に残る。
そして前に出た5人は、ほぼ同時に剣を引き抜いた。
「起動……」
簡易的な詠唱の後、刀身に刻まれた紋様が淡く発光する。
魔導具だ。
特定の魔法術式を封じ込め、魔力の質や技量を問わず発動できる兵装であり、この世界に広く流通してる技術でもある。
使用者がたとえ戦うほどの魔力を持たない一般人であっても、魔導具によっては容易く殺戮を可能にするものもある。
ただ基本的に生活に使えるもの以外は厳しく制限されており、専用の許可証が必要だったりする。そして彼らみたいな犯罪者は違法な手段で手に入れた代物であり、当然ながら殺傷能力も高い。
「やれ!」
掛け声と同時に、紋様が強く輝く。
圧縮された魔力弾、灼熱の熱線、風属性を付与された衝撃波など様々だ。
個人に向けるものにしてはかなり過剰だったが、ゼヴルは一歩も退かず、むしろわずかに踏み込んでいた。
「邪魔だ、死ね」
――カチリ
刀が半ばまで引き抜かれた次の瞬間、蒼白い電光が刀身を走り、空気が爆ぜるような音ともに一閃を放つ。
「な――!!」
迫る魔力弾が真っ二つに裂け、熱線が斬り断たれ、衝撃波が中心から割れる。居合いからの踏み出しで一気に魔法を斬ったゼヴルは、刀を握り直して構える。
「撃ち続けろ! 止めるな!」
リーダーが指示をする。
こいつは巷で有名な剣聖の弟子だと気づいたのだ。
ある意味剣聖より容赦がないと知られる彼らは、恐怖の対象だった。
「こなくそ……!」
生き残るためにと術式を起動するが、すでに1人目は終わっていた。
「――え?」
雷光が瞬き、最前列の男の胴が斜めに滑った。
遅れて、血が噴き出して頽れた。
「あ――」
「ぎゃ――」
振り返る間もなく、2人目の喉が裂ける。
3人目は剣を振り上げた姿勢のまま、上半身と下半身が泣き別れた。
「ば、化け物……!」
電光が軌跡を描くたび、命が消える光景を見て、すっかり戦意を無くしていた。ただ1人――リーダーの側にいる人物以外は。
「うわぁぁあ!」
「ま、まて! 置いてくな!」
死にたくない――残り2人が敗走するが、ゼヴルは手に雷を惑わせると指先をまるで銃のような形にして突きつけて、狙いを定める。
「逃すわけないだろ」
「「――!!」」
そのまま無詠唱で雷の弾丸を2発放ち、2人の頭を吹き飛ばした。
「く……!」
「……」
あっという間に仲間がやられた事に野盗団のリーダーは冷や汗をかいている。ここまではいい、当然の反応だからだ。
ただゼヴルはやけに冷静な1人を強く警戒していた。
(……早めに終わらせるか)
ゼヴルが一歩、踏み出す。
狙いは二つ――黒い杖とリーダーの確保だ。
刀をわずかに下げ、最短距離で峰打ちする算段を描いた、その瞬間。
「――起動!」
リーダーが叫んだ。
同時に、彼の傍らに立っていた最後の護衛の胸元が赤く発光した。
「あ?」
骨が軋む音と共に肉が膨張する護衛を見て、ゼヴルはガラ悪い不良みたいな声を出す。
皮膚が裂け、下から荒々しい毛並みが噴き出した。
腕が肥大化し、指先が鉤爪へと変わる。顎が突き出し、牙が伸び、瞳孔が縦に裂けた。
見た目は人狼のようだが、一部がまた人の状態を残した醜い生き物が現れた。
「グォォォオオオッ!!」
咆哮と共に、巨体が弾丸のように突っ込む。
ゼヴルが刀を上げるより先に、分厚い腕が叩きつけられ――
「……ちっ」
視界が跳ね上がった。
自分の体が宙に浮いていることに、わずかに目を見開いて舌打ちした。
「なるほど……人間じゃなかった訳か」
ただゼヴルは咄嗟にガードしていたためダメージはない。
空中で体勢を整え、壁を蹴ってくるりと回転し、軽やかに着地すると、半目になって睨む。
「……腹立つな」
力を測る――格上ではない。
簡単に殺せるはずなのに、ちょっと手間かかってしまった自分に腹が立ってきたゼヴルは、その苛立ちをぶつけるために動き出した。
「時間はかけたくないんだがな……!」
人狼の懐へ一瞬で潜り込み、刀が横薙ぎに閃く――肉を断つ確かな手応えがあった。深く食い込むような感触を手のひらで感じたが、刃は屈強な腕を切り落とすまでには至らなかった。
「――はは、ご苦労だったな」
「!」
その隙にリーダーの男は杖を持ったまま、
「待て!!!」
「さらばだ」
黒い霧のようなものに包まれ、消えていく男――ゼヴルの殺意のボルテージは上がった。
「邪魔だ……!!!」
「グォオオオ!!!」
食い込んだ刀を引き抜き、ゼヴルは距離を取る。
何たる不覚、逃した、師の前で、しかも100%自分のせいで――
「生きたまま腸引き摺り出して、ぶち殺してやる…………!!」
「グォオオオオオオオ!!!」
もはや冷静ではなくなったゼヴル。
雑念が混じった刀を振るおうとした瞬間だった。
「――お前の悪癖だぞ、ゼヴル」
「!!」
ゼヴルの背後にレクスディアが現れた。
急いでやってきたのか、着衣に乱れがあった。
「先輩……! 魔物は――」
「全部始末した、しかし……首謀者が逃げたか」
「……すみません」
低く、押し殺したような声を漏らしながら頭を下げた。
悔恨と怒りがない交ぜになり、ゼヴルの肩がわずかに震えている。
すると――
「グォォオオオッ!!」
魔物化した護衛が、血走った目で突進してした。床を砕き、天井の砂塵を震わせるほど踏み込んだ怪物は、そのままゼヴルに飛び込む――が。
「うっせえ!!!」
「ギャオ!!?」
振り向き様にヤクザキック――怪物は木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。
「邪魔すんなやゴラァ!! 今反省中なんだよ!! 終わってから死にに来い!!!」
(ガラ悪い……あとちゃんと落ち着いていたら倒せたんだから、こういう時に明鏡止水の心を思い出しなさいよ)
レクスディアはこめかみを押さえ、深くため息を吐いた。
下から怒りっぽい性格である彼がクールぶってるのは、こうした弊害があるからだ。最初からレクスディアは常に言っていたが、ヘマをしちゃうとすぐこうなる。
アンガーマネジメントちゃんとしなきゃなと、改めて決意する一方でレクスディアは軽く指導に入る。
(首謀者逃げたしな……面倒だが調べるしかない、とりあえず今はゼヴルだ)
「ゼヴル、今こそ冷静になって……原点を思い出した方がいい」
「……原点」
「ああ、お前は最初……人のために強くなると言っていたのを忘れたか?」
そこまで言われて――ゼヴルは固まる。
「強くなる事ばかりに固執して、お前は見失ってる。違うはずだ……お前には最初芯があった」
「芯……」
「それを忘れず、今一度強くなった理由を思い出せ」
「……そういえば」
そこまで言われてからようやくゼヴルは思い出した。
何故強くなったのかを――
◇◆◇
――思い出す。
鉄の匂いと焼けた屋敷、怒号と嘲笑を。
自分たちの一族は、古くから続く家系だった。
力も、血も、誇りもあった。
だがそれは同時に、疎まれる理由にもなった。
魔族の国は内輪の派閥争いが激しく、権力のためなら何でもする連中が多かった。
そんな社会の中で父と母は珍しい穏健派だった。
争いを好まず、対話を選ぶ人だった。
だからこそ隙をつかれてしまったのだ。
ある夜――屋敷は炎に包まれた。
対立していた権力者が刺客を送り込み、ゼヴルの両親を殺したのだ。幼いゼヴルの目に焼き付いているのは、血に濡れながらも最後まで自分を庇った両親の姿だ。
――父さん、母さん――
伸ばした手は届かなかった。
泣き叫ぶことしかできなかった。
残されたのは、子供だけ。
まだ小さなゼヴルと姉……バアル。
静まり返った焼け跡で、震える弟の肩を抱いた少女は、泣いていなかった。
――ゼヴル、ワタシは強くなって貴方を守るからね――
その言葉の意味を、当時のゼヴルは理解していなかった。
だから縋った。
姉の服を掴んで泣き叫ぶことしか出来なかったせいで、バアルは選んだ。
いや――選ばせてしまった。
力を求める道を選ばせた事で、優しかった少女は、剣を取って怪物になった。
――ワタシがあいつらより怪物になればいいの――
血に濡れ、心は削れ、瞳の奥から無邪気さが消えていったバアルを見て、ゼヴルは思った。
自分が弱かったせいだ。
我が弱いせいで家族を守れなかった――と。
◇◆◇
「――ああ、そうか」
すんと苛立ちが消えた。
ゼヴルは自分が蹴り飛ばした怪物が、ゆっくり戻ってきているのを見ていた。
「思い出したか?」
「ああ……いや――はい、しっかりと我は思い出しました」
自らの師に感謝を示してゼヴルは刀を握り直す。
余分な力は抜けた彼の目は、冷たい光を宿していた。
(我は後悔していた、姉を1人にした事に)
もっと強ければ置いていかれる事はなかった。
もうあんな過ちを犯したくない、置いていかれないようにするために力をつけたのだと。
「グァアア!!!」
咆哮と共に、怪物が地を抉って迫る。
対照的にゼヴルは静かだった。
今の彼を支配していたのは強さを求める原点を気づかせてくれた感謝だけだった。
それが彼に落ち着きをもたらした。
「すぅ……はぁ……」
呼吸が整い、心拍が落ち、余計な思考が、すべて水面の下へ沈みこむようにしてなくなっていく。
まさに明鏡止水――その領域に入ったゼヴルは上段から一気に振り下ろした。
「――――!?」
怪物は縦から真っ二つになった。
自分が死んだ事すら気づかないほど、研ぎすまれた斬撃を喰らったソレは、物言わぬ肉塊になった。
「最初から出来るんだよ、お前は」
「いってぇ……頭叩くな……」
「叩くだろ、倒せる相手にちょっと時間かけたんだから」
「……くっ」
目に見えてしょぼくれるゼヴル。
レクスディアはため息を吐くとがしがしとゼヴルの頭を撫で回す。
「でもよくやった、逃してはいるが……そんな落ち込むな。全然間に合う」
「はい……精進します」
「ふん」
その返答にレクスディアは満足げに鼻を鳴らすと、斬り裂かれた死体を観察する。
「幸い痕跡はまだあるな」
「追いますか」
「いや……一旦現場を調べる。あと遺跡の周り全部惨殺した魔物と野盗しかいないから、調べ物だらけだ」
「……うえ、見たくないな」
ゼヴルは一瞬想像して気分悪くなった。
ただレクスディアの目は本気だった。
「久々にしてやられたんだ、この借りは俺たちで返すぞ」
「というと?」
ゼヴルが不思議そうに聞くと、レクスディアは振り向いて言った。
「俺の教え子を総動員して、舐め腐った奴らを叩き潰す」
ちなみにその時の彼は、訓練時に見せた怖い顔になっていたという。
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