剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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モノを知らない彼は師のようにクールになりたい

 僕――アルバートは正直言って頭が良い方じゃない。

 理由は両親のせいである。S級冒険者である父と母は今まで複雑な事を考えずに英雄になった人であり、いつも力で解決して名声を手にしてきたせいで、子供を育てる時もめちゃくちゃ脳筋だった。

 

 ――とりあえず気合いで全部何とかなるから――

 

 ――むかついたら殴るのよ――

 

 ――難しい事は頭いい仲間を引き入れてぶん投げだ――

 

 そんな環境で育った僕はとりあえずごり押ししたら良いんだと理解し、()()()父と母みたいな冒険者になろうとした。

 

 だけどいざ組んだらこう言われた。

 

 ――独断専行しすぎ――

 

 ――周りに合わせて――

 

 ――飯食う時、皿舐めるのは……ちょっと――

 

 始めて気づいたが僕は育ちが悪いらしい。

 だから伊達メガネ買って賢いふりしたが、なんか余計に拗らせてしまった。それから僕は程なくして冒険者を辞めた。

 

 さぁどうしようか、金も碌に持たずに勢いで出たせいで食い扶持が見つからない。このままじゃ草とかうさぎとか捕まえて食うしかないと思ったその時だ。

 

 ――騎士団……ダメ元で入るか――

 

 多少使い物になるなら、あとはまぁ下っ端でもいいからとりあえず仕事をしないと――そんな軽い気持ちで騎士団に入った。

 

 それが僕の目標との出会いに繋がるとは、夢にも思わなかった。

 

 ◇◆◇

 

 プリメラとトトが犯人に近づく証拠を見つけたのと同時刻――

 

 リュミエールから馬で半日ほど離れた街――石造りの建物が並ぶ落ち着いた通りに、一軒の洒落た喫茶店があった。

 

 大きな窓から陽光が差し込み、店内には紅茶と焼き菓子の甘い香りが漂っている。木製の丸テーブル、白いクロス、壁には季節の花が添えられてオシャレ感が爆発してる。

 

 評判もいいので上流階級も訪れている店に、青年が座っていた。

 

 黒髪はきっちりとオールバックに整えられ、伊達メガネの奥の瞳は涼やか。背筋は真っ直ぐ、脚を組む姿も無駄がない。仕立ての良いジャケットを羽織り、カップを持つ手つきもどこか様になっている。

 

「ふむ……」

 

 彼の名前はアルバート。

 レクスディアの教え子の1人である。

 そんな彼は見た目も相まって、店内の女性客から密かに注目されていた。

 

「ねぇ、見て……あの人」

「どこかの貴族かしら?」

「素敵……」

 

 ひそひそと囁き合う声にアルバートは気づいている。気づいているが、あえて気づいていないふりをする。顎に手を添え、意味もなく窓の外を眺めたら、よりよく見えると知り合いの冒険者から教わっていた彼は、言葉通りに従って振る舞っていた。

 

 そこへ、店員が丁寧に皿を置いた。

 

「ショートケーキでございます」

 

 白い皿の上には、芸術品のようなケーキ。

 きめ細やかなスポンジ、生クリーム、艶やかな苺。粉砂糖が雪のように振られている。

 

 アルバートは静かにフォークを手に取り――グーで握った。

 

「……!?」

 

 それを目にした店員は軽く目を見開くが、衝撃はこれでは終わらない。

 

「ふん」

 

 アルバートはためらいなく、ケーキの中央へフォークを突き刺した。ふわりとした形は一瞬で崩壊。苺が横倒しになり、生クリームが皿にべったりと広がった。

 

 そのまま持ち上げ、豪快に口へ運ぶ。

 

「ん、美味い」

 

 口元にクリームを付けたまま、もぐもぐと咀嚼。

 品性もクソもない、子供みたいな食い方をかました。

 

「……え」

「い、今……」

 

 コソコソと話していた女性客の声色が変わる。

 アルバートは気づかない。いや、正確には気づいていないつもりでいる。

 さらにもう一刺し、フォークを握る拳に力が入り、皿がかたんと鳴る。

 

「やっぱ甘い物は一気に食うのが一番だな」

 

 満足げに呟くその横顔は凛としている。だが行動がすべてを台無しにしている。

 

「……なんか、思ってたのと違う」

「……育ちが悪いのかしら」

 

 女性客たちの熱は、静かに冷めていった。

 そんなのお構いなしにアルバートはクリームを親指で拭い、それをぺろりと舐めると周囲の視線が減ったことに気づき、内心首を傾げる。

 

(おかしいな……さっきまで好感触だったはずだが)

 

 一応悩んではいるが原因には辿り着かない。

 何故なら彼はレクスディアの教え子――いや騎士団の中で一番アホで、常識知らずという異名を持つ騎士だ。

 S級冒険者の両親を持つ彼は、そもそも育ってきた環境が他の人と違っていた。両親自体がなかなか型破りであり、野生に近い環境で暮らしてきた事もあって、彼は世間の常識を学ぶ機会をなくした。

 

 一応常識などは騎士団で叩き込んでは見たものの……本人の理解力が低いため、今に至る。実はこれでもかなりマシにはなったが……複雑な仕事は任せられた事はなかった。

 

「――うまかった」

「あ、ありがとうございます……」

 

 周りから引かれてることにも気づかず、アルバートは優雅に店内を後にする。後に残された一部始終を見ていた人は「人は見た目で判断出来ない」という言葉を、まさに体現したような人だったと思った。

 

◇◆◇

 

(いい街だ)

 

 店内を出て、アルバートは街を散策する。彼が何故リュミエールから離れているのかというと、休暇中だしちょっと出かけたいという単純な理由だ。何にも思惑なんてない。

 

「……1人で過ごす……教官もよく1人だ……」

 

 強いて言うなら彼はレクスディアの振る舞いを真似していた。それは彼が自分の目指すべき姿だと考えていたからだ。常に冷静で、後輩たちに剣術だけじゃなく立ち振る舞いまで教える姿は、アルバートから見て「何か賢いってこういう感じなのか」という認識を与えた。

 

 ちなみにロラーナの真似はしなかった。

 頭が良すぎる人の真似はアルバートのキャパを超えたからだ。

 

(教官はよく言っていた、目標とする奴の動きを真似しろと。それが強くすると)

 

 それに彼も他の教え子と同じように強くなりたいと思っている。アルバートが知る限り、一番強いのは教官だ。つまり教官の真似をしたら強くなる――証明完了だ。

 

(そう……これも修行、休んでるのに強くなる。なんてすごい考えだ。僕はまた一つ賢くなってるかもしれない)

 

 などとドヤ顔しそうな表情筋を引き締めて気づく。

 

「……ここどこだ?」

 

 考え事しながら歩いていたら――街の外に出ていた。

 場所的には街の近くの森にいたのだが、アルバートからしたら一瞬で転移させられたようにしか見えなかった。

 

「……まさか……罠か?」

 

 アルバートは腕を組み、森の中で真剣な顔をする――ちなみにシンプル迷子である。

 さっきまで石畳を歩いていたはずだ。なのに気づけば木々に囲まれてると変な方に思考を働かせたその時。

 

「きゃああああっ!!」

 

 鋭い悲鳴が森を裂いた。

 アルバートの眉が跳ね上がる。

 

(女性の声……しかも切羽詰まっている、助けを求めている)

 

 思考より先に身体が動いた。

 落ち葉を蹴り上げ声のした方向へ一直線に駆ける。

 木々を抜け、小さな開けた場所へ飛び出した瞬間、状況を把握する。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 そこには、淡い水色のドレスを纏った若い令嬢らしき少女がいた。金糸のような髪は乱れ、裾を掴みながら必死に走っている。

 

 その前に立ちはだかるのは、黒髪を後ろで束ねた女性。動きやすい軽装の鎧に細身の剣。護衛だろう。目は鋭く、背後から迫る気配を睨み据えている。

 

「お嬢様、下がって!」

 

 護衛の女性が叫ぶ。

 その向こうから、荒くれ者らしき男たちが三人、森をかき分けて現れた。革鎧に粗末な剣、顔には下卑た笑み。

 

「へへ、街から外れたのが運の尽きだな」

「大人しく来いよ、お嬢ちゃん」

 

 令嬢の顔が青ざめた。

 護衛の女性は一歩前へ出て剣を構えたが、呼吸が荒い。既に何度か斬り結んだのだろう。腕に浅い切り傷が見える。このままでは2人は悲惨な末路を迎える。

 

(数は三、護衛は消耗……令嬢は戦えない)

 

 アルバートは木陰から状況を見て、ほんの一瞬だけ考える。

 ちなみに助けられるかどうかじゃなくどう助けるかという、しょうもない悩みだ。

 

(教官ならどう動く)

 

 冷静に、最短で、確実に動くレクスディアの動きをトレースする。

 

「そこまでだ」

「!」

 

 突然呼び止められた事で男たちが一斉に振り向く。

 木立の間から現れたのは、オールバックに整えた黒髪、眼鏡をかけた長身の青年だった。見た目だけなら正義感に溢れてそうなため、令嬢からは魅力3割増しに見えていた。

 

「なんだてめぇは」

「通りすがりの……騎士(ナイト)さ」

(なんか痛いなこいつ……)

 

 カッコつけたつもりだが、普通の人が見たら鳥肌立つような振る舞いをかましたアルバートはゆっくりと歩み寄る。

 

 内心はわりと緊張している。

 これは果たして敬愛するレクスディアの振る舞いなのか――と。

 

(よし、まずは威圧だ。教官もよくやっている)

 

 令嬢と護衛の女性が、わずかな希望を宿した目で彼を見る。

 人から希望に満ちた目で見られるのは気分が良い、改めて実感したアルバートは自らの武器を取り出す。

 

「盾と剣……」

「オーソドックスな……」

 

 敵が驚愕するのも無理はない。

 アルバートが持っているのは小さな盾と刃渡りがそんな長くない片手剣だからだ。側から見たら駆け出し冒険者が使いそうなものを取り出した彼を見て、荒くれ者は囲って叩けば倒せると考えた。

 

 しかし彼らは夢にも思わなかった。

 このアルバート(アホ)は剣聖の弟子だと。

 

「フン……」

 

 アルバートはいきなり剣を振るおうとした。

 間合いも全然足りてないし全く意味ない動き――と思った荒くれ者だったが……。

 

「へ……?」

 

 アルバートの魔力が跳ね上がった。

 人間が持つにはあまりにも埒外な魔力を剣に乗せ、アルバートが剣を振るい終わった瞬間、魔力で出来た斬撃――というより爆風が巻き起こり、荒くれ者たちを木っ端微塵にした。

 

「な…………!?」

「ひぃ!?」

 

 目の前で荒くれ者が肉片通り越して、消し粒になった挙句、斬撃は遥か遠方の丘を爆破させ、地形を変えた。さっきまでヒーローが来たと思った2人の女は、アルバートに対して化け物という感想を抱いていた。

 

「もう大丈夫だ、2人とも」

 

 ただしアルバートは気づかない。

 彼からしたら石ころをどかした程度の認識。

 そのまま近寄ろうとしたが、令嬢らしき人物の護衛を務める女剣士が立ち塞がった。

 

「く……!」

「!」

 

 しかしここで彼女に誤算が生じる。

 彼女は万が一を考え、若干の敵意をアルバートを向けた。

 色々と普通じゃないアルバートはかつてこういった教訓を受けてきた。

 

 ――いいか、殺意や敵意を向けて来たからと言って、全員が敵とは限らない――

 

 それは訓練の時、アルバートは敵意や殺意を向けてきたら、問答無用でぶっ殺していいという曲解をしていた。厳しくやりすぎた結果、明らかに事故しか起こさない仕上がりになった彼を見て、レクスディアは頭を悩ませた。

 

 敵意や殺意の()()で、とりあえず反射的に攻撃してしまう癖の強弱を使い分けさせる修行だ。

 

 ――このぐらいの時は軽くていい――

 

 ――強い殺意はこんな感じをイメージしろ――

 

 ――どちらにせよ事故は起きるが無駄な殺生だけは減らす――

 

 そらもう必死に仕込んだ。

 アルバートの悪癖はトラブルしか起こさないが、最悪だけは回避する。そんな思いで必死に仕込んだ結果、一応アルバートは向けられた敵意に対して自動的に反撃してしまう、クソみたいな仕様を緩和することが出来たのだ。

 

 つまり何が言いたいかというと――

 

「えい」

「びゃっ!?」

「キシリアー!?」

 

 アルバートは護衛の女剣士を普通に殴った。

 敵意は軽かったため、気絶で済んだが令嬢からしたらたまったもんじゃない。

 

「うーん……」

「ちょ!? なんなんですの貴方は!!?」

「…………あ、本当にごめんなさい……」

 

 さすがに人の形をした事故みたいな奴であるアルバートも、まずいと思ったのか、綺麗に土下座をした。

 

◇◆◇

 

「ん……ん?」

 

 重たい瞼を押し上げると、視界に飛び込んできたのは見慣れた天井だった。木組みの梁、白い漆喰……どこかの宿のようだ。

 

「キシリア! 良かったですわ、目を覚まして!」

 

 勢いよく身を乗り出してきたのは、淡い金髪を揺らす少女――リリだ。女剣士キシリアの護衛対象である。そんな彼女は瞳を潤ませ、心底安堵した表情を浮かべている。

 

「……お嬢様……ご無事、ですか」

「ええ、ええ。わたくしは大丈夫。それより貴女ですわ」

「どんぐらい眠ってましたか」

「1時間ぐらいですわ」

 

 そこでキシリアはゆっくりと上体を起こそうとし――視界の端に、奇妙な物体を捉えた。

 

「………………」

 

 床に額を擦りつけ微動だにしない男――アルバートだ。

 それはそれは見事な土下座だった。

 

「……何をしているのですか、あの方は」

 

 キシリアが小声で問うと、リリは露骨に顔をしかめた。

 

「加害者ですわ」

「加害者」

「貴女を殴った張本人ですの」

「……ああ」

 

 そこでようやく記憶が繋がる。

 あの時、いきなり人間を爆散させる彼を見て敵意を向けてしまった。次の瞬間には意識がブラックアウトして――今に至る。

 

(早すぎて見えなかった……彼は一体)

 

 キシリアは軽く顎に触れる。特に腫れもなければ、鈍い痛みすら残っていない。かなり加減はしていたのだろうが、それにしたって彼は異常な強さを持っている。

 リュミエール近辺の情報に疎い彼女たちは、このアルバートが何者かまだわかってなかった。

 

「……力加減は、されていたようですね」

 

 呟くと床の男がぴくりと反応した。

 

「本当に申し訳ありませんでした……!」

 

 額を床に押し付けたまま、くぐもった声が響く。

 

「敵意を向けられたので、つい……いえ、ついではありません。条件反射で……いや悪いのは僕です、賠償とかします」

「謝り方が下手くそすぎますわ! 何なんですか! この人!?」

「……僕はまだ勉強途中だ、だけど悪い事をしたのはわかってる。本当にすまない……」

 

 声は真剣そのものだった。

 キシリアは一瞬だけリリと視線を交わし、それから深く息を吐いた。

 

「……顔を上げてください」

「いえ、まだ上げられません。許されるまで――」

「上げてください。話が出来ません」

「……はい」

 

 ゆっくりと顔を上げた青年――アルバートは、心底申し訳なさそうな顔をしていた。眉尻が下がり、目も泳いでいる。悪意は感じない。

 

 キシリアは腕を軽く回し、肩を動かす。

 

「……特に痕もありませんね。痛みもありません」

「本当ですか……?」

「ええ。恐らく“軽く”叩いたのでしょう」

「……はい」

 

 素直に頷くとキシリアは小さく苦笑した。

 

「殴られたこと自体は納得はしてないですが……混乱した状況で、私が敵意を向けたのも事実です。完全に非がないとは言えません」

「キシリア!?」

 

 リリが声を上げる。

 

「ですが――」

 

 キシリアはリリに穏やかな視線を向けた。

 

「この方がいなければ、私たちはどうなっていたか分かりません。少なくとも、あの追手は退けてくださったのでしょう?」

 

 アルバートはこくりと頷く。

 

「……石ころをどかすくらいの感じで」

「石ころ……?」

 

 リリが露骨に引きつる。

 キシリアは一瞬だけ遠い目をしたが、深くは追及しなかった。

 

「結果として、私たちは助けられています。ならば一旦は水に流しましょう」

「……そこまでいうなら……わかりましたわ」

 

 一旦アルバートとの間にあった軋轢は少しマシになった。頃合いを見ていたアルバートは、気になっていたことを聞いた。

 

「所で2人は何故追われていたんだ?」

「それは……」

「……助けていただいたとは言え、我々の問題に巻き込む訳には行きません」

 

 と2人は口を噤む。

 何かまずい事があるようだ。

 しかしアルバートからしたら問題なんてない。

 何せ彼は冒険者じゃない。

 

「大丈夫だ、むしろ……ヴァルハディス騎士団のメンバーとしては聞かない訳にはいかないからな」

「「は……?」」

「本当だぞ、これをみろ」

 

 アルバートは懐に手を入れると、革紐に通された小さな金属章を取り出した。

 

 陽の光を受けて、鈍い銀がきらりと光る。

 中央には交差する剣と盾、その背後に翼を模した意匠。縁には細かな刻印でヴァルハディス騎士団の文字が刻まれていた。

 

「ほら」

「ほ、本物ですわ……よね?」

「……少なくとも偽物には見えないですが……」

 

 ぶらりと揺らされたそれを見て、2人はコソコソ話す。

 

「ヴァルハディス騎士団って世界最強と名高い騎士団ですわよね……? この人が本当に……?」

「……偽物なんか作って騎士団名乗るにしても、命知らずですし……まぁ最悪騎士団に聞けばいいかと……」

「本当だとしたらヴァルハディス騎士団って人材不足ですの?」

 

 偉い言われようである。

 無理もないが、聞いていたアルバートの顔は見る見るうちにしょぼくれていった。

 

「ほ、本当だ……だから……助けになるから……本当に」

「すみません……とは言え、なかなか信じられない内容に聞こえるかもですが……」

 

 するとリリは意を決して語ることにした。

 

「……数日前のことですわ」

 

 リリは静かに切り出した。キシリアは彼女の隣に立ち、いつでも支えられるよう控えている。

 

「父が、遠縁であるマルケイン伯爵のことを妙だと申しておりましたの」

「……妙」

 

 アルバートは短く復唱しただけだった。

 

「ええ。最近、伯爵家の金の動きが不自然だと。領内整備や交易拡大という名目で多額の資金が動いているのに、実際にはそれらしい工事も商隊の増加も確認できない、と」

 

 リリの父は穏やかだが慎重な人物だった。

 商家とも関わりが深く、数字の裏を読むことに長けていたらしい。

 

「加えて、見慣れない人物の出入りが増えているとも。貴族というより、どこか粗野な……武装した男たちですわ」

 

 キシリアが淡々と補足する。

 

「私も街で何度か見かけました。鎧を着た騎士ではなく、私兵の類でしょう」

「……ふむ」

 

 アルバートは頷くだけだ。驚きも怒りもない。

 

「父は“念のため確認する”と、単身で伯爵邸へ向かいましたの」

 

 そこでリリの声がわずかに落ちる。

 

「ですが……戻って来ませんでした」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 

「出かける前に私は嫌な予感がして止めようとしました。だけど……結局は止める事は出来なかった……」

 

 今でも悔やんでいるのだろう。

 リリは歯を食いしばっていた。

 

「ですから、キシリアを連れてマルケイン伯爵の邸宅へ向かいました。あくまで“安否確認”という名目で」

 

 遠縁という立場もあり、門前払いはされなかった。応接間へ通され、しばらく待たされた後、伯爵は現れた。

 

「父様はどちらに、と尋ねました」

 

 最初、伯爵は笑っていたという。

 

「“急な用事で領外へ出たのだろう”と。ですが……」

 

 リリもキシリアも彼から感じるプレッシャーが増していくのを、ひしひしと感じていたという。

 

「まるでこちらの出方を測っているようでした」

 

 そこでリリは踏み込んだ。

 

「最近、資金の流れが不自然だと父が申しておりました。何か事情があるのでは?と」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 

「伯爵の表情が消えましたの」

 

 笑みが消え、冷たい視線だけが残った。

 

「そして言いました。あの男は余計なことを知ろうとしたと」

「……ふむ」

 

 リリは体をブルリと震わせた。

 

「お前のようにな――そう言って、彼は粗末な装備を纏った男たちが現れました」

「そいつがお前たちを襲っていた奴らか」

「……はい」

 

 するとキシリアが身を乗り出す。

 

「マルケイン伯爵は、彼女のお父様を拘束している可能性が高い。あるいは……」

 

 言葉を飲み込む。

 正直言って生存は絶望的だったが、口に出したくなかった。

 気持ちを落ち着かせたリリは、キシリアに礼を言った後に語る。

 

「不審な金の流れ、荒くれ者の出入り、父の口封じ……ここまでされて黙ってる訳にはいきません。どうか……お力を――」

「いいぞ、すぐ向かおう」

「へ」

 

 あまりにも早い即答にリリは面食らう。

 

「僕は騎士だ、まだまだ未熟だが……悪を許さないという心は一丁前だ」

「……文章のつ、使い方合ってるのか?」

「だいたい一緒なら何でもいい」

 

 アルバートに断るという選択肢はない。

 彼はバカだが、基本的には良い奴だ。

 ただ接してると疲れてくるだけだ。

 

「困った人を助ける……それに理由は必要か?」

「「……!」」

「先程犯した間違いを正す機会を……僕にくれないか?」

「!」

 

 アルバートはニコリと笑ってリリに手を差し伸べる。

 顔だけはいい彼の顔を見て、リリは少し頬を赤らめながらも答えた。

 

「……いいですわ! 貴方……強そうですし」

「もちろん」

 

 アルバートはドヤ顔しながら言った。

 

「僕は教官よりだいぶ弱いけど、普通の人よりはだいぶ強いから」

「……な、なんか釈然としませんわね……その言い方」

 

 本当に大丈夫か――リリとキシリアの不安は増していった。

 

 ◇◆◇

 

 マルケイン伯爵邸は、森を抜けた先の小高い丘に建っていた。石造りの外壁に鉄門。いかにも「地方貴族の館」といった威圧的な造りである。

 アルバートはリリとキシリアの案内で、少し離れた林の陰から様子を窺っていた。

 

「……やはり」

 

 キシリアが低く呟く。

 門の周囲、外壁沿い、さらには裏手へ続く小道にも、武装した男たちがうろついている。鎧ではない。粗野な格好、無精髭、無遠慮な笑い声が響いている。

 

 どう見ても正規兵ではない。

 

「数が増えていますわ……」

「私たちが逃げたことが伝わっているのでしょう」

「……かもしれないな」

 

 アルバートは淡々と返すが、合わせてるだけだ。

 

「あれは……」

 

 リリは目を凝らして声を出す。

 中庭から荷車が出てきていたのだが、大きな木箱を慌ただしく積み込んでいる。使用人らしき者たちが右往左往し、怒号が飛び交っていた。

 

「慌ただしいですわね……」

「逃亡の準備、あるいは証拠隠滅……」

「く……」

 

 リリの顔が強張る。

 

「……急がねばなりません」

 

 しかしとキシリアは視線を巡らせる。

 

「正面は無理です。裏手にも配置されています。最低でも二十はいるかと」

「二十か」

 

 アルバートは数を聞いても表情を変えない。

 

「突破は可能ですが、気づかれれば増援が来ます。内部構造も把握できていません」

「証拠を押さえるにしても、伯爵本人を捕らえるにしても、迂闊に動けばこちらが囲まれますわ」

 

 リリは拳を握る。

 

「せめて伯爵本人を捕まえられれば……。あるいは帳簿や書簡でも押さえられればいいのですが」

「……正面からは無理です」

「裏から忍び込むにしても、巡回が――」

 

 二人が小声で作戦を詰めていると。

 

「……?」

 

 ふと違和感を覚えたリリは瞬きをしながら、キシリアの隣を見る。

 

「キシリア、アルバートは?」

「……」

 

 キシリアは無言で辺りを見渡す。

 さっきまで隣に立っていたはずの青年の姿がない。

 

「え?」

「……いません」

「は?」

 

 リリの声が裏返る。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし。今ここにいましたわよね?」

「ええ。つい今しがたまで」

 

 2人は慌てて辺りを探す。

 まさか逃げやがったとかないよなとリリがキレかけてると、キシリアがリリの肩を優しく叩く。

 

「お嬢様」

「はい?」

「あそこ」

「……は?」

 

 キシリアが指指した先――ちょうど邸宅に向かう途中で、アルバートは何と普通にスタスタ歩いて正門に向かっていた。もうむちゃくちゃである。

 

「な、な、な……何やってるんですの、あのバカは!!?」

 

 思わず叫ぶがアルバートは止まらない。

 門前の荒くれ者の一人が気づく。

 

「おい、なんだてめぇ」

 

 するとアルバートは足を止める。

 

「こんにちは」

「は?」

「マルケイン伯爵に用がある」

「……はぁ?」

 

 林の陰で、リリは頭を抱えた。

 

「なんで挨拶してますの!?」

「堂々としすぎです……」

 

 キシリアも額を押さえる。

 門番役の男たちは顔を見合わせ、次の瞬間、下卑た笑い声を上げた。

 

「ここがどこか分かってんのか?」

「分かってる」

 

 アルバートはこくりと頷く。

 

「悪いことしてる伯爵の家だろ?」

「…………」

「…………」

 

 林の陰で、リリとキシリアの思考が一瞬停止した。

 

「言いましたわよ今!?」

「言いましたね」

 

 門前の空気が凍る。

 もういつ攻撃されてもおかしくない。

 

「じゃあ悪い奴がこれから何するかわかるよな?」

「ああ」

「死ね!!!」

 

 荒くれ者が剣を振るう――その瞬間、アルバートから莫大な魔力が火柱のように立ち上った。

 

「な――」

「お前ぐらいならこれでいい」

 

 そう言ってアルバートは魔力だけを放出――周りにいた荒くれ者3人を吹き飛ばし、邸宅の敷地内にクレーターを作った。

 

「な、なんなんですの!? あんな力!」

「……ただの魔力の放出……? でかすぎる……」

 

 リリはすっかりパニックだが、キシリアは意外と冷静だった。そう……彼がやった事は魔法じゃなく、ただ魔力をブッパをしただけである。

 

「よし……2人とも、ちょっと離れた位置からついてくるんだ」

 

 アルバートは平然とスタスタ歩き出す。

 彼の特徴……それは人間離れした魔力量にある。

 もともと彼の両親も人より何十倍も魔力が多く、魔法を使っても魔力切れを起こすのは稀とされるほどだった。

 しかしアルバートはそんな2人を合わせて、10倍以上のバカみたいな魔力量を持っている。

 

 最初彼を見たレクスディアは彼の魔力量を感じた感想は――こいつ何で人間の形保ってられんの――だった。あとこいつが10人いたら、エネルギー問題解決しそうだった。

 

「ちょっとアルバート!! いくらなんでもいきなりなんて――」

「質問だが、邸宅は壊しちゃダメか?」

「え?」

「……崩落はダメだ、あと執務室はダメ、扉や壁ぐらいなら大丈夫だ」

「わかった」

「キシリア……?」

 

 リリは危ない真似をしたくなかったが、キシリアはすでに思考を切り替えていた。

 

「お嬢様、もう死ぬ可能性というより……出来るだけ彼をセーブする段階です」

「は、はぁ……」

「彼のような規格外……まさか……あの噂の……」

 

 キシリアは思案する。

 彼の強さ……そして若さ、もしや彼こそが――

 

「剣聖の殺戮兵器……」

 

 教え子ではなく殺戮兵器が先に出たキシリアは先行するアルバートを見て思った。なるほど……確かに噂通りだと。

 

 そう思われてるとも知らないアルバートは邸宅の玄関前まで来ていた。すると重厚な扉の前に、再び荒くれ者たちが立ちはだかる。

 

「止まれ!」

「これ以上進んだら――」

 

 怒号と共に剣が抜かれるがそんなんでアルバートは足を止めない。

 

 代わりに体から濃密な魔力を放つ。

 目に見えるほど濃いそれは、まるで暴風のように周囲を叩きつけた。

 

「な――」

 

 言葉にならない悲鳴と共に、荒くれ者たちの身体がまとめて吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、地面を転がり、門柱にめり込む。

 

「よし」

 

 邪魔は消した――鼻を鳴らしたアルバートは何事もなかったかのように呟いた。

 

「ごめんください」

 

 アルバートはそのまま歩きながら邸宅の扉をぶち抜いた。

 蝶番ごと吹き飛んだ扉が、派手な音を立てて廊下へ転がる。

 

「ちょ、ちょっとアルバートぉぉぉ!! むちゃくちゃすぎますわー!!」

 

 後方でリリが涙目で叫んだ瞬間、待ち構えていた荒くれ者たちが一斉に魔導具を構えた。

 

「死ねや!!!」

 

 詠唱を必要としない簡易魔導具から、炎弾、氷槍、雷撃が同時に放たれて廊下が光で埋まる。どう考えても直撃してる――リリは青ざめた顔になっていたが、すぐに顔を引き攣らせた。

 

「それじゃ僕を止められない」

「な……!」

「なんで無傷……!」

 

 煙を払って現れた無傷のアルバートは片手剣を抜くと――

 

「邪魔だ」

 

 雑に一振りした。

 斬撃というより、魔力の塊が横薙ぎに飛び、衝撃と爆発音と共に正面にいた荒くれ者たちがまとめて吹き飛び、壁ごと粉砕される。

 

「きゃあああああ!?」

 

 リリの悲鳴が響く。

 

「屋敷が壊れてますわー!!」

「……制御はしている」

「嘘おっしゃい!」

「……か、加減はするから」

 

 もはや漫才みたいなやり取りをしてしまってるリリとアルバート、一方でキシリアはアルバートの戦い方を冷静に分析していた。

 

(そうか……彼は魔法なんて必要ないのか)

 

 必要ないというより、使えないがこの場合は正しい。

 彼は子供が引くぐらい、細かいことが苦手で、魔法を使う時に術式のイメージがわかない。だからレクスディアはそのバカ多い魔力量をブッパする訓練をさせ、もう細かい事はいいから量で潰す戦い方を伝授した。

 

(なんてむちゃくちゃな……でも……だからこそ圧倒的な訳か)

 

 剣士として何か盗めるものがあればと思ったが、こりゃ誰にも真似出来ないなと諦めた。

 

「さて……伯爵はどこだ?」

 

 一通り片付けた彼の声は、まるで散歩の途中で道を尋ねるかのように平坦だった。

 

◇◆◇

 

 

「ば、化け物だ!」

「囲め! 一斉に――」

「ふん」

 

 残った荒くれ者が最後の抵抗とばかりに魔導具を使おうとしるが、アルバートは面倒そうに肩をすくめた後、足を一歩踏み出して圧縮された魔力を波のように前方へ放つ。

 

「「がぁ!!」」

 

 ドンッ、と鈍い衝撃と共に男たちはまとめて吹き飛び、壁や天井に叩きつけられて崩れ落ちた。

 

「……終わりか?」

 

 静まり返った屋敷に、彼の平坦な声だけが響いた。

 遅れて追いついたリリが、壊れた壁を見て肩を震わせる。

 

「終わりか、じゃありませんわよ……本当に……本当に原形がなくなってますわよ……」

「基礎は無事だ」

「そこじゃありませんの!」

 

 キシリアはそんなやり取りを横目に、周囲の気配を探る。

 

「……伯爵の姿はありません」

「逃げたか」

 

 アルバートはあっさりと言う。

 腹立つがそのようだ。

 

「急いで出て行った、ということですわね……」

「執務室を確認しましょう」

 

 屋敷の奥、重厚な扉が半ば開いた部屋に入る。

 そこは私室兼執務室だった。

 だが整然としているはずの空間は見る影もない。

 

 引き出しは引き抜かれ、中身は床にぶちまけられ、棚の書類も半分ほど消えている。絨毯の上には封蝋の割れた手紙や破られた帳簿が散乱していた。

 

「……ずいぶん慌てたようですわね」

 

 リリはしゃがみ込み、散らばった紙束を拾い上げる。

 

「持っていく物を選別する時間もなかったのでしょう」

 

 キシリアは机を調べる。

 そのおかげで証拠はありそうだとほくそ笑む。

 

「終わったら教えてくれ」

「一緒に探しなさいよ……」

 

 リリは不満げに言いながらも、一枚の書簡に目を止めた。

 

「……これは」

 

 上質な羊皮紙。だが差出人の名はどこにもない。

 封蝋は既に割られているようだ。

 キシリアも横から覗き込む。

 

「内容は?」

 

 リリは読み上げる。

 

「……例の件、順調に進んでいる。騎士団の評判を落とし……このまま失脚に追い込めば、貴殿の望みは叶うだろう……」

「騎士団を失脚……?」

 

 キシリアの目が細まる。

 

「続きは?」

 

「混乱が広がれば、調教済みの魔物の投入も容易になる。あとは合図を待つのみ……」

 

 部屋の空気が、ひやりと冷えた。

 

「調教済み……魔物?」

 

 リリが顔を上げる。

 

「魔物を操る、ということですの?」

「通常は不可能です」

 

 キシリアは即答する。

 

「魔物は本能と魔力の塊です、そんな事が出来たらとしたら……」

「したら……?」

「……外法みたいな手段を使うしかないかと、それぐらい考えられない事です」

「……ほかにも探しましょう」

 

 三人は執務室をさらに調べる。

 床に散らばった帳簿の一部には、見慣れない項目があった。

地下設備修繕費という内容が目に入る。

 

「地下設備……?」

 

 キシリアの指が止まる。

 

「地下設備……そんなのが」

「地下倉庫ではありませんの?」

「倉庫にしては金額が大きい。しかも“防音処理”と書かれています」

 

 リリの眉が寄る。

 

「防音……?」

 

 そのときだった。

 

 ――コト。

 

 微かな音が鳴り、三人の動きが止まる。

 

「……今、何か」

 

 リリが小声で言う。

 キシリアは即座に剣の柄に手をかけ、視線を巡らせる。

 アルバートは壁から身体を起こした。

 

 ――コツン。

 

 今度ははっきりと。

 だが方向が掴みにくい。壁の向こうか、床下か。

 

「風、ではありませんわよね」

「この部屋は外壁から離れている。風で物が鳴る構造ではない」

 

 キシリアはしゃがみ込み、床板に手を当てる。

 しん、とした後……トンと下から、叩くような音が聞こえてきた。

 

「地下に誰かいます!」

「! アルバート!」

「勢いよくでいいか?」

「バカ! ちょっと穴開けるだけでいいですわ!」

 

 しかしアルバートは普通に床をパンチした。

 ちょっと、の概念を盛大に裏切る轟音とともに、床板が粉砕された。

 

「加減は!?」

「した」

 

 ぽっかりと大穴が開き、石造りの地下空間が露わになる。冷たい空気がふわりと吹き上がった。

 

「……行くぞ」

 

 アルバートが先に飛び降り、リリとキシリアも続く。

 薄暗い地下には鉄格子が並び、簡素な牢がいくつも設けられていた。その奥にいた人影を見て、リリは固まる。

 

「……リリ?」

「……お父様?」

 

 松明の明かりに照らされ、やつれた男の姿が浮かび上がる。

 その瞬間――リリはかけだした。

 

「お父様!!」

 

 リリは鉄格子にしがみつきながら嗚咽する。

 もうダメかと思った、でも最悪な結果にはならなかった。

 ここまで耐えてきたのが一気に崩壊していた。

 

「無事で……よかった……!」

「リリ……本当に、リリなのか……?」

 

 震える手が格子越しに伸びる。二人の指先が触れ、リリの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 

「助けに参りましたわ……!」

「よく、ここまで……」

 

 その横で、アルバートが無言で鉄格子を掴む。

 

「下がってろ」

 

 ギギギギ……と無理矢理引っ張って、2人は抱き合う。

 

「お父様……!」

「ああ……リリ……!」

 

 二人はそのまま強く抱き合った。

 地下牢に、安堵と嗚咽が静かに広がる中でアルバートは少しばかり、目をウルウルさせながら見守っていた。

 

「君は泣くタイプなんだな……」

「家族ものは弱い」

「家族ものって……まぁわかるがな」

 

 キシリアは意外な一面を見せたアルバートを見て思った。

 

(殺戮兵器……なんて、嘘だな……)

 

 彼も1人の立派な騎士なのだと。

 

 ◇◆◇

 

 一行は街へと戻ってきた。

 門番たちは、やつれた伯爵令嬢の父の姿を見てざわついたが、リリの毅然とした指示で道はすぐに開かれる。

 

「まずは治療院へ」

 

 キシリアが簡潔に言う。

 

「衰弱がひどい。拘束されていた期間も長いでしょう」

「ええ……お願いしますわ」

 

 リリは父の腕を支えながら、何度も安堵の視線を向ける。

 

「リリ、私は大丈夫だ。だが……これからが大変だぞ」

「分かっておりますわ。騎士団へ報告しなければなりません」

「騎士団失脚の件、魔物の件……すべて報告する必要があります」

 

 キシリアは淡々と整理する。

 

「伯爵は逃亡。背後に術者の可能性。これは地方で処理できる案件ではありません」

「……ですわね」

 

 リリは力強く頷いた

 

 一方その頃。

 

「……難しい話だな」

 

 当事者の一人であるはずのアルバートは、少し離れた街道脇に立ち、空を見上げていた。

 

 報告だの、失脚だの、政治だの。

 正直、よく分からなかった。

 

「伯爵は捕まえてないしな……逃げ足速いな」

 

 そんな感想しか出てこない。

 ぼんやりと石を蹴っていると。

 

「アルバート……ここにいたか」

「!」

 

 声を聞いた瞬間――アルバートは敬礼しながら言った。

 

「教官!! お疲れ様です!」

「本当だ全く、お前……何でこの街に……」

「……教官の強さを学ぶためです!」

「………………どうせ訳わからない超理論だろうな」

 

 もはや何も言うまい――とりあえず迎えに来たは良いが、何やら様子がおかしい。一体何があったか聞こうとした時だった。

 

「ほ、本物の……剣聖……?」

 

 キシリアがレクスディアを見て、口をパクパクさせていた。アルバートは何だその顔と言おうとしたが、キシリアは猛スピードでレクスディアの前に立つと、目をキラキラさせながら言った。

 

「剣聖様!!!」

「…………ああ」

「わ、私はキシリアと申します!!」

「…………そうか」

 

 背筋を伸ばし、目を輝かせる。

 

「あなたに憧れて剣士になりました!!!」

 

 普段の冷静沈着な姿はどこへやら。

 

「幼少の頃より武勇伝を聞き! 模擬戦百連勝の逸話も! 単騎でS級クエストを成功させた事も! 全て記録しております!!」

 

 ぐいぐいと一歩詰める。

 

「い、一度でいいのでご指導を――」

「近い」

 

 レクスディアが淡々と告げる。

 だがキシリアは止まらない。

 

「握手だけでも!! いえ、できれば立ち合いを!!」

「キシリア……落ち着いて」

 

 リリが引き気味に声をかけるが、耳に入っていない。

 アルバートはその横でぼそりと言う。

 

「……こいつこんな奴だったのか」

「……キシリアは剣聖のファンですわ……ただちょっと危ない感じの方ですわ……」

「…………まぁ僕らにも同じ奴はいる」

 

 キアラとかナハトとか……あとは後輩を洗脳する奴とか。

 アルバートの容量の少ない脳みそでも、教え子は結構ヤヴァイ奴だとは認識していた。

 

「とりあえず……後でサインとかする」

「はい!!!」

 

 ひとしきりキシリアの熱量を受け流した後、リリが一歩前に出た。

 

「剣聖様。いきなりで申し訳ございませんが……実は、耳に入れておきたい事がございます」

 

 レクスディアの視線が静かに向く。

 

「……何だ」

 

 リリは懐から、あの地下で見つけた書簡を取り出した。

 

「こちらを」

 

 差し出された紙を、レクスディアは無言で受け取る。

 流れるように目を通し――その動きが、ぴたりと止まった。

 周囲の空気がわずかに張り詰める。

 読み終えた彼は、何も言わず書簡を折りたたむと。

 

 ぽん、と隣に立つアルバートの頭に手を置き、ぐしゃりと撫でた。

 

「……お前って奴は」

「?」

「本当、運がいいのか悪いのか分からんな」

「何の話です?」

 

 きょとんとする教え子に、レクスディアは小さく息を吐いた。

 

「厄介事の中心に立つ才能だけは、一流だなと思ったのさ」

 




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