剣聖「騎士団の教官になったから、気合い入れて厳しめに鍛えたら教え子全員殺意マシマシのガンギマリ集団になった」   作:アスピラント

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かつて護国の騎士だった男は師に新たな道を示された

 私……ドラスケル・カスケイドの一族は皆、アストライア王国を守ってきたヴァルハディス騎士団に所属してきた。実はこういった家系は珍しくなく、その数は7つに及ぶ。その中で最も古く騎士団の創設に関わってきたカスケイド家は、皆才能あふれていた。

 

 そんな家に生まれた私が騎士団に所属するのは当然であり、この国を守るために命を尽くすと決めていた――剣聖レクスディア様に出会うまでは。

 

 彼の経歴は異端だ。

 黒竜に家族を殺された後、彼は独学で剣を学び、更には外法のような鍛え方で肉体を改造、何回も死にかけながら無理矢理強くなっていった彼は、騎士団に入った時には既に騎士団幹部クラスの強さを持っていた。

 

 そのまま彼は当代の勇者と懇意になると、冒険者ギルドが指定するSクラスのクエストを単騎で達成、騎士団の中で100年間空席だった剣聖に任命された。

 

 経歴を聞いて私は魔道に落ちた者という認識しかなかった。そんな人の剣を学んでしまえば、私の騎士道は歪められてしまうのではと。

 

 そして実際歪められた。

 騎士道精神という古めかしい考えは戦場では通じないと叩き込まれるだけじゃなく、お前の才能は正々堂々立ち向かうスタイルに向かないと、一族から培ってきたものすら否定された。

 

 だけど彼が私を否定したのは、何も嫌味が言いたかった訳じゃない。

 

 ――お前は手数がある――

 

 ――だが唯一無二のものがある、それは敵の弱点を見抜き、的確に刺す力だ――

 

 レクスディア様は私に啓示をもたらした。

 私がより高みに上れるようにと、私自身が気づかなかった才能を見出した。

 

 それから私は国の為ではなく、私に道を示してくれたレクスディア様の為に力を振るうと決めたのだ。

 

◇◆◇

 

「――魔物を操っていた奴の一味がわかりました」

 

 騎士団本部――作戦室にて、プリメラは資料を会議に出席している全員に配り終わってから言った。会議にはベテランから若手まで出席しており、物々しい雰囲気となっていた。

 

「資料を参照しながら説明します」

 

 続けて彼女は手元の水晶型魔導具を示した。

 

「押収した通信用魔導具を解析したところ、マルケイン伯爵と何者かとの定期的な交信記録が残っていました」

 

 卓上に置かれた魔導具が淡く光る。

 

「内容の一部を復元済みです」

 

 壁に投影された文字列に、数名がじっと睨む。

 

『準備は整ったか』『騎士団の評判を落とす』『出来るだけ沢山の魔物がいる』

 

 騎士団に対する強い悪意が伺えた。

 しかし皆は資料にあった名前を見て、ある種の納得をしていた。

 

「相手の素性は?」

 

 年配の騎士が低く問う。

 

「名乗りはありません。ただし、魔物の制御について具体的な指示を出していることから、術式の主導者は相手側と見られます」

 

 プリメラは冷静に続ける。

 

「さらに伯爵は、魔物騒ぎ発生後の“後始末”を担当する協力者も確保していました」

「後始末だと?」

「はい。暴走を騎士団の不手際として糾弾し、治安悪化の責任を押し付ける手筈が整えられていました」

 

 地図の一部に印が打たれる。

 

「魔物出現予定地点、避難誘導の偽情報、さらにはギルド関係者への働きかけまでと……極めて計画性が高い」

 

 室内の空気がさらに重くなる。

 

「マルケイン伯爵は黒幕、ということでしょうか……?」

 

 若手の騎士がやや緊張気味に口を開いた。

 マルケイン伯爵は王国の中で大物とはいかなくても、議会に働きかけぐらいは出来る影響力を持つ。一般的な犯罪ならそれなりに大物扱いされるだろう。

 

 しかし今回ばかりは違った。

 

「いいえ。現時点では単なる協力者と見るのが妥当かと」

「協力者?」

「伯爵は資金、拠点、政治的影響力を提供している。しかし、魔物制御の理論・実行に関しては、通信相手が主導しています。つまり……単なる駒です。非常に扱いやすくて……捨てやすい意味でなら、良い駒と言えるでしょうね」

 

 別の資料がめくられる。

 

「昨日、アルバートが発見したマルケイン伯爵邸の地下から、唆されたことを示す書簡が見つかりました」

「……誰が発見したと?」

「アルバートです」

 

 この時――会議に出席した全員の顔が固まった。

 そして全員が思った。

 マジで言ってるのと。

 

「残念ながら本当です」

 

 プリメラは言い切った。

 残念ながらが余計な気もするが。

 

「すみません、話を戻します」

 

 室内にはまだ微妙な空気が漂っているが、すぐに彼女は話を本題へ戻す。

 

「いずれにせよ、マルケイン伯爵の関与は間違いありません。優先事項は彼の確保です」

 

 地図の上、伯爵領に赤い印が打たれる。

 

「しかし、すでに伯爵は逃走中。屋敷からは最低限の荷物のみが持ち出されており、事前に退路を準備していた可能性が高い。現在、街道・関所・港湾すべてに通達を出していますが……足取りは掴めていません」

「議会方面は?」

「探りを入れています。ただし、露骨に動けばこちらの意図を察知される恐れがある」

 

 低い唸り声がいくつか漏れる。

 

「厄介だな……」

「ですが」

 

 プリメラは視線を上げる。

 

「手掛かりがないわけではありません」

 

 別の資料を彼女は参照して話す。

 そこに写っていたのは禿頭の男だ、見た目だけで言ったら40代は言ってそうだ。

 

「伯爵の逃亡を助けたと見られる人物がいます。リュミエール郊外に居を構える商会の幹部――アブラクサスと呼ばれる男です。表向きは穀物と魔導具の取引を行う中規模商会です」

 

 地図が切り替わり、王都アストライアから離れたリュミエール郊外に印が灯る。

 

「この人物は、伯爵邸と頻繁に出入りしていた記録があり、魔物騒ぎの直前に大量の保存食と馬を手配しています」

「逃走支援か」

「その可能性が高いでしょう」

 

 プリメラは頷く。

 

「現在、この商会幹部を確保するための部隊編成を検討中です。彼を押さえれば、伯爵の逃走経路、さらには通信相手へと繋がる可能性があります」

 

 会議が重なり、自然と議論は一つの方向へ向かった。

 

「目立たず潜入し、静かに確保する部隊……」

「戦闘力よりも、隠密と情報収集能力を優先すべきだ」

「誰が適任だ?」

 

 皆の意見が飛び交う中、それまで一言も発していなかった男が、椅子にもたれたまま口を開いた。

 

「……俺の教え子を一人出す」

 

 ざわりとした空気の中、プリメラが慎重に問い返す。

 

「……どの教え子?」

「隠密に長け、気配を殺せる奴だ。戦闘になっても単独で突破できる。ドラスケルが適任だ」

 

 その一言に周りは「まぁ……あいつなら大丈夫だけど……色々な意味で大丈夫か」と話す。粗方犯人殺しちゃうんじゃないか問題だろう。だがそこは強く言えば問題ない奴だと判断していた。

 

「ドラスケルのサポートで若手を3〜4人ぐらい入れてやれ、俺からも強く言っておくし、後輩の経験にもなる」

「……レクスの個人的な意地があって教え子を割り当てようとしてるのは分かるよ、ただ……やりすぎないようにはしてね」

 

 プリメラは同期としての顔を見せながら言うと、レクスディアはしっかり頷いた。

 

「任せろ」

 

 かくしてアブラクサス確保に向けて、騎士団は動き出したのだった。

 

◇◆◇

 

「――という理由から、お前に任務を託したい」

「ハッ!!! 承知しました!」

 

 騎士団の談話室にてビシっと姿勢を正し、水色の髪が特徴的な青年は師匠(レクスディア)の命令を受け入れた。彼の名前はドラスケル――実はヴァルハディス騎士団の創設メンバーの子孫であり、非常に家柄が良くて育ちがいい。

 

 騎士団に入った時は堅物で柔軟性はないが、人当たりはよく、まっすぐな騎士になるのだろうと期待されていた。

 

 だが残念なことに剣聖の弟子になってから彼は変わった。

 剣聖の命令なら何でも従い、汚れ仕事すら構わなくなったという正反対な方に行った。彼はいつもレクスディアの事を様付けするため、騎士団の中でレクスディアの訓練はもはや洗脳であるという噂が立った。

 

 というか何なら第一人者に近い。

 レクスディアの頭痛の種をせっせとばら撒いている犯人でもあった。

 

「レクスディア様から任せられたという事実だけで、私はもう幸せです! 例えそれが非道かつ冷酷な任務であっても、私は躊躇なく執行します!!!」

(目がキマりすぎてる)

 

 そんな任務なんか任せるわけないだろとレクスディアはため息を吐く。暗殺を任せた事があるからだろうが、政治的な理由でとかじゃなく、もう殺さなきゃいけない奴だったから任せただけで、裏工作までは任せたりはしない。

 レクスディアの中でもそこの線引きだけはしてきたつもりだったのだが、育成失敗して彼は偏った方に成長した。

 

「ねぇおししょー……ボクはいけないのー?」

「残念だが今回はドラスケルと、後輩の騎士に任せる想定だ」

「ちぇ」

 

 すると「暇だったから」という理由で談話室で寛いでいたナハトが割り込む。何でこうなっているのかというと、最初レクスディアはドラスケルと現在2年目になる後輩騎士3人を呼びつけていたのだが、指定した時刻の30分前にドラスケルが入り。たまたまドラスケルを見かけて、なんかおもろそうだからという浅い理由ナハトが入ってきたからだった。

 

「フッ……ナハト、だいたいお前に隠密は無理だ。派手だし目立つ」

「あぁん? んなもん関係ないってば、全部まとめてボクが死なない程度に潰せばいいじゃん」

「わかってないはお前は」

「……まーた始まったよ、2人ともよく飽きないなソレ」

 

 後輩が来るまでの間、こいつらが戦い出さないか不安で仕方ない。この2人も他の教え子の例に漏れず、どれだけ役に立つかマウントを師匠の前でする。

 

「だってぇ! ボクおししょーとの時間が最近少ないんだよ!? しれっと任務同行したいじゃん!」

「大元を叩く時は全員連れてくから」

「2人っきりがいい!!」

「デートじゃない」

 

 ナハトに軽く拳骨を入れるとナハトは「ぎゃふん」と言って、座り込む。でもなぜか光悦としている――レクスディアは心配になった。

 

「フン……そんな腑抜けているからお前は個別の時間が作れていないのだ。私のように慎ましくいろ」

「……どこが慎ましいんだよ、ヴァーカ」

「…………女だからと言って加減すると思うなよ」

「そっちこそ女を理由にすんなよ?? ボコボコにして奇形にしてやる」

「や・め・ろ」

「「はい……」」

 

 2人が殺気を纏い始めるとレクスディアが心底呆れた様子で注意する。流石にふざけすぎたと2人は反省したその時――ドアがノックされた。

 

「すみません、入ってもよろしいでしょうか」

「大丈夫だ」

「ありがとうございます」

 

 扉が静かに開き、三人の若い騎士が室内へと入ってきた。

 先頭に立っていたのは、長い耳を持つエルフの青年だった。淡い金色の髪を後ろで束ね、すらりとした体格をしている。

 

「第二小隊所属、アーセルと申します。任務の件で参りました」

 

 続いて一歩前に出たのは、同じくエルフの青年。こちらはアーセルとは対照的に、やや癖のある銀灰色の髪を無造作に伸ばしており、細い目がどこか飄々とした印象を与えていた。

 

「同じく第二小隊、リュノークです。よろしくお願いします」

 

 軽く肩をすくめながら名乗るその様子は、隣の真面目なエルフとはずいぶん雰囲気が違う。

 

 最後に前へ出たのは、人間の若い女性だった。肩口で切り揃えた栗色の髪に、澄んだ青い瞳をしていた。

 

「第三小隊所属、ミレナです! 本日はお呼びいただきありがとうございます!」

 

 三人はいずれも騎士団に入ってまだ二年目の若手だったが、礼儀正しく、まだ粗削りながらも将来を期待されている世代でもあった。

 

「うはぁー……わけぇ……」

 

 ナハトは若干の初々しさを感じて、笑顔になっていたがレクスディアからすれば、教え子達も充分若すぎるぐらい――ただしレクスディアも28――だと思っている。

 

「ナハトさんがなぜ……」

「あ、いやボクは面白そうだから来ただけよ。話してどうぞ」

「は、はぁ」

 

 ミレナが困ったように言うと、レクスディアがナハトの肩を優しく叩いて退出を促す。気が散って仕方ないからという理由だ。ナハトは「ちぇ、んじゃ……頑張ってねー」と言って出ていく。

 

「すまないな」

「いえ、大丈夫です。ナハトさんも来てくれるのかなとちょっと思いました」

 

 リュノークは肩を竦めながら答える。

 これだけでいい子だなとレクスディアは確信した。

 

「さて……早速だが、今回の作戦概要について話す」

 

 そしてレクスディアはアブラクサス確保という任務に到った経緯を語る。魔物を操る杖、それを使う野盗のリーダー、マルケイン伯爵の関与と逃走、要点だけを伝えるとドラスケルと3人の若手騎士は大体の状況を理解した。

 

「――マルケイン伯爵……まぁ騎士団に対して敵対的なのは有名ですから、不思議じゃないですが……まさか魔物と組むとは」

 

 アーセルが顔を顰めながら言った通り、マルケイン伯爵は元々騎士団を良く思っていない派閥の貴族である。

 なぜよく思っていないかというと、騎士団は王家直属の武力であり、国内の治安維持や魔物討伐において大きな権限を持つ。そのため地方貴族の私兵とはしばしば縄張りが重なり、権力の均衡を巡って軋轢が生じることも少なくない。

 

 マルケイン伯爵もその典型だった。

 

 彼の領地は古くから独自の兵力を保持しており、領内の治安維持も自前の兵で賄ってきた歴史がある。だが近年、魔物の活動が活発化したことで王国騎士団が度々介入するようになり、領地の治安維持の主導権が半ば騎士団側へと移り始めていた。

 

 それを伯爵は面白く思っていなかった。

 

 騎士団は表向きこそ協力関係を保っていたが、水面下では小競り合いのようなものが何度も起きている。今回の一件も、その延長線上にあると見られていた。

 

 レクスディアはそこで一度言葉を区切る。

 

「――そして問題の人物だが」

 

 机の上に一枚の紙が置かれる。

 そこには簡素な似顔絵と共に、いくつかの情報が書き込まれていた。

 

「アブラクサス……こいつがターゲットだ」

 

 三人の視線が自然と紙へと集まる。

 

「伯爵が逃亡する直前、この男と接触していた記録がある。さらに伯爵の逃亡経路の一部が、この男の物流網と重なっていた」

「だから逃亡の手助けをした可能性が高いということですか」

 

 アーセルが静かに言った。

 

「そういうことだ」

 

 レクスディアは頷く。

 

「現在、この男の動向は冒険者ギルドからの情報で追っている」

 

 騎士団の情報網は広いが、街の裏事情や怪しい商人の動きに関しては、むしろ冒険者の方が詳しいことも多い。酒場や市場、裏路地に至るまで、彼らは日常的に街のあらゆる場所を出入りしているからだ。

 

「数日前、港湾地区の倉庫エリアでこの男の姿が確認された」

 

 レクスディアは地図を広げる。

 港湾区画、その一角に赤い印がつけられていた。

 

「ここだ。倉庫番号は第三十二。表向きは香辛料の保管倉庫だが、所有者はマルケイン伯爵の関連企業になっている」

 

 リュノークが口笛を吹きそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。

 

「わかりやすいな……」

「堂々としすぎて逆に怪しいくらいですね……レクスディア様」

(様呼びしてる……)

 

 ドラスケルが腕を組みながら言うと、皆剣聖の教え子ってマジで剣聖崇拝してるんだと生暖かい目になった。

 

「……情報の裏は取れている。アブラクサスは現在そこに滞在している可能性が高い」

 

 妙な空気になったのを誤魔化すためにレクスディアが言った。

 

「倉庫には護衛がいる可能性がある。私兵か、あるいは雇われのならず者か……いずれにせよ戦闘になる可能性は高い」

 

 机に指先を軽く置き、トントンと叩く。

 下手すれば魔物もいる可能性だってある。

 どこまで見つからずに迫れるかが肝心だと彼は見ていた。

 

「アブラクサスの確保がマスト。それ以外の敵に関しては()()()()()()()無力化して構わない」

 

 短い沈黙が落ちるのも仕方ない事だ。

 アーセルの表情がわずかに引き締まり、ミレナも小さく息を飲む。だが異論を口にする者はいなかった。

 

 レクスディアは続ける。

 

「今回の隊長はドラスケルだ」

 

 三人の視線が一斉に向く。

 ドラスケルは壁際に立ったまま、静かに腕を組んでいた。

 余裕っぷりをアピールしたいだけである。

 

「作戦中の指揮はすべてドラスケルに従え。フォーメーション、侵入経路、突入のタイミングも彼が判断する」

 

 ドラスケルは軽く顎を引くだけで応じる。

 

「お前たち三人はサポートだ。各自の役割は現地でドラスケルが決める」

 

 レクスディアは一度言葉を切ると、部屋を見渡した。

 

「……以上が作戦概要だ、何か質問はあるか?」

「あの、すみません」

 

 手を挙げたのはミレナだった。

 少し遠慮がちな仕草だったが、声ははっきりしていた。

 

「一点だけ、確認してもよろしいでしょうか」

「構わない」

 

 レクスディアは頷く。

 ミレナは一度だけアーセルとリュノークの顔を見てから、再びレクスディアへ視線を戻した。

 

「倉庫にいるというアブラクサスですが……戦闘能力はあるのでしょうか」

「ない――筈だ」

「筈……?」

「ゼヴルの一件があってな……」

 

 人間の魔物化と見られる現象を見て以来、このアブラクサスも妙な力を手に入れてる可能性は拭いきれない。ゼヴルが瞬殺したあのレベルなら問題ないが、もっと強力な隠し球があるかもしれない。

 

 その場合はドラスケルに頑張ってもらうしかなかった。

 レクスディアは視線でドラスケルに「わかるな?」と伝えると、彼はピシッと言った。

 

「問題ありません、誰1人欠けることなく、かつ負傷者すら出さずに完了してみせます」

「……頼んだぞ」

「ハッ!!」

 

 振る舞いはちょっと矯正してほしい所もあるが、腕に関しては心配してない。この任務は必ず達成させるだろうが、メインの目的はまた別にある。

 

(教え子達も……後輩を引っ張っていけるぐらいにはなって欲しいからな)

 

 それは将来の騎士団全体のレベルの底上げである。

 レクスディアの教えを受けた彼らが、今度は後輩に還元していく。そうすればきっと……騎士団はより強くなり、もっと助けられる人も増える。

 

(まずはドラスケル……お前が背中を見せてやれ)

 

 そんな期待を彼に託し、レクスディアは見守ることにした。

 

◇◆◇

 

 そして夜――港湾地区の倉庫エリア。

 

 海から吹き込む風が、古びた倉庫の屋根をかすかに鳴らしていた。波の音と遠くで軋む船の帆柱の音が混ざり合い、夜の港特有の低いざわめきを作っている。

 

 その倉庫群を見渡せる位置にある石造りの建物の屋根の上に、四つの影が静かに伏せていた。

 

 全員が闇夜に溶け込むための隠密装備に身を包んでいる。

 光を反射しない黒を基調とした軽装鎧。可動域を重視した造りで、胸や肩、前腕など急所だけに薄い金属装甲が仕込まれている。上から羽織るのは長めの黒いクロークで、布の縁には風切り音を抑える細工が施されていた。

 

 顔の下半分は薄い布で覆われており、遠目にはほとんど人影として認識されない。

 

 その中でも、中央に立つ男だけは一目で指揮官と分かる雰囲気を持っていた。

 

 ドラスケルである。

 黒いクロークの下、背中には二本のスティレットが逆手で抜きやすい角度で固定されていた。刃渡りは短いが、暗殺や近接戦闘に特化した鋭い武器だ。腰にも短剣が一振りあり、必要に応じて投擲にも使える。

 

 彼は膝をつき、片手で単眼望遠鏡を構えて倉庫エリアを観察していた。

 

 夜目の利く者ならともかく、通常の視力ではほとんど闇にしか見えない距離だが、望遠鏡の向こうでは焚き火の灯りや巡回のランタンがはっきりと動いている。

 

 しばらく無言で観察したあと、ドラスケルは望遠鏡をゆっくりと下ろした。

 

「……予想通りだな」

「傭兵ですか……?」

 

 隣で伏せていたアーセルが小声で尋ねると静かにドラスケルは頷いた。

 

「少なく見積もっても百人前後。倉庫周辺に三十、外周の巡回が二十、残りは内部か待機だろう」

 

 彼の視線の先では、鎧の形状がまちまちな男たちがランタンを持って歩き回っている。見た目からして典型的な雇われ傭兵の集団だった。

 

「ずいぶん太っ腹な人数だな……1人を守るためにここまで……」

「どうせ閉じこもっているんでしょう」

 

 ミレナが小声で言った。

 強ち間違いではない。彼は騎士団を恐れていて、いつ突撃してくるかわからない恐怖から、過剰に用意していた。

 

(まぁ……無意味だがな、伯爵もお前らも終わりだ)

 

 ドラスケルはそんなことを考えながらもう一度倉庫群を見渡す。大きな倉庫が十棟ほど並び、そのうち中央の一つだけ警備が異様に厚い。巡回の頻度も明らかに多い。

 

 そこが目的地だ――アブラクサスが潜伏していると見られている倉庫。ドラスケルは望遠鏡を腰のポーチへ戻すと、三人の方へ体を向けた。

 

「……潜入前に流れを確認する」

 

 三人の視線が一斉に集まる。

 任務に慣れている者ほど、この「確認」が重要だと理解していた。

 

「侵入ルートは南側。海沿いの積み荷置き場から倉庫裏へ回る」

 

 ドラスケルは指で屋根の縁を軽く叩きながら、下の地形を示す。

 

「外周の巡回は六人単位で回っている。だが私たちのルート上に当たるのは四人」

 

 アーセルとリュノークの目が鋭くなるとドラスケルは二人を順番に見た。

 

「この四人を処理する。お前たち二人でだ」

「了解」

 

 アーセルは即座に頷くとリュノークも小さく笑う。

 

「静かに、ってやつですね」

「そうだ」

 

 ドラスケルの声は淡々としている。

 

「騒ぎを起こすな。倒すなら一撃。見張りの交代が来る前に処理して、影に隠す」

 

 アーセルは短剣の柄を軽く握り直した。

 リュノークは腰の剣を少しだけ抜いて、刃の滑りを確認する。

 

 二人とも緊張しているが、それ以上に集中している。

 ドラスケルはその様子を一瞥してから、今度はミレナへ視線を向けた。

 

「ミレナは私の側に……わかってるな?」

「はい……!」

 

 最後にミレナだが、彼女はこの中で一番戦闘能力が低い。ただ治癒や認識阻害の魔法の精度が高く、脱出の要として非常に大事な役割があった。

 

「いいか、あくまでも目的はアブラクサスの確保だ。敵の全滅ではない、自分の命が危うくなったら退却していい。私を置いて行っても構わない」

「そんなことをしたら――」

「大丈夫だ、私は強い。これでも私はカスケイド家の人間だ。何とかなる」

 

 そう断言する彼を見て、3人は安堵すると同時に疑問に思った。カスケイドの人間がこんな任務に就くなんて――定型的な騎士といったイメージが強いだけに、意外だった。

 

「カスケイドの人間には似つかわしくないと思ったか?」

「あ……いえ」

「誤魔化さなくていいリュノーク、自覚はある」

 

 するとドラスケルは薄く笑ってから言った。

 

「ちょっと時間はある、少し話すとしよう……私が自らを見つめ直す必要になった瞬間を……!」

「あ……なんか変なスイッチ入れたパターンですかね……これ」

 

 ミレナの後悔虚しく、ドラスケルは任務中に自分語りを始める暴挙に出た――

 

◇◆◇

 

 ドラスケル・カスケイドははっきり言うと、教え子達の中では一番火力のない騎士だった。理由は彼が扱う魔法が水属性を主体にしたものという事、あとは単純な魔力量が他と比べて少なく、アルバートと比べたらツヨツヨドラゴンと普通の冒険者ぐらいの差だと、アルナは言っていた。

 

 ちっともピンとこない例えを出されて、最初はムカつくよりわけわからんが先に来たドラスケルだったが、それでも腐らずにレクスディアの訓練に食らいついた。

 だけど周りは規格外の才能の持ち主ばかり、ドラスケルは名家に生まれたプライドが砕け散った音を聞いた。

 

「――く、そ!」

 

 新人の頃――ドラスケルは訓練が終わっても、1人で居残りをよくしていた。皆もしていたが、回数で言ったらドラスケルが一番だった。

 

「私は……弱い!」

 

 残りの11人との模擬戦で一番負けている上に、何もかも能力が劣っているとわからせられたドラスケルは、微塵も余裕はなかった。

 

(……才能……)

 

 カスケイドに生まれて自分は恵まれてる。

 人より強く生まれた。

 ならきっと勇者みたいに……そう夢想したかつての自分が腹立たしくなっていた。

 

 彼はこう思っていたが、それでも一般的な騎士にはない才能はある。周りが異常なだけで彼も悪くはないのだ。

 

「はぁ……」

 

 これからやっていけるのか――そう思って落ち込んでいた時だった。

 

「無理しすぎるなよ」

 

 背後から聞き慣れた声がした。

 ドラスケルは振り返る。そこには腕を組んだまま立っているレクスディアの姿があった。いつから見ていたのか、彼は訓練場の隅で剣を握ったまま立ち尽くしているドラスケルを静かに眺めていた。

 

「……()()

「居残りか。熱心なのはいいが自罰的になりすぎるな」

 

 その言葉にドラスケルの肩がわずかに震えた。

 しばらく黙っていたが、やがて彼は力なく笑った。

 

「……やはり、わかりますか」

「顔を見ればな」

 

 ドラスケルは剣を地面に突き立て、両手で柄を握ったまま俯いた。

 

「私は……これまで誰かに劣っていると思ったことがありませんでした」

 

 ぽつりと吐き出すように言う。

 

「カスケイドに生まれ、剣も魔法もそれなりに出来た。周囲の貴族の子弟と比べても、負けたことはほとんどない」

 

 声は静かだが、どこか苦い。

 

「だから……きっと貴方の下でもやっていけると思っていた」

 

 ドラスケルは拳を握る。

 

「ですが、それは間違いでした」

 

 言葉と共に、膝から力が抜けた。

 その場に崩れるように膝をつく。

 

「皆……強すぎる」

 

 魔力量、剣技、反応速度、戦闘勘――何を取っても自分より上がいる。気付けば模擬戦の勝率は最下位――国の為にと戦っても、自分なんかじゃ守りたい人も守れないと呟く。

 

「外すなら今です」

 

 ドラスケルは力なく言う。

 

「私は……場違いだったんです」

 

 その言葉をレクスディアは静かに聞いていた。

 

「確かに奴らの才能は本物だ」

 

 ドラスケルの肩がわずかに震える。

 だがレクスディアの言葉はそこで終わらなかった。

 

「魔力量だけなら、お前より遥かに上の者もいる。剣の速度が化け物じみている奴もいる。戦闘勘が異常な奴もいる」

「……っ」

「だがな」

 

 レクスディアは一歩近づいた。

 

「お前にも光るものがある――だから選んだ」

「……それは、何ですか」

 

 ドラスケルは顔を上げた。

 

「まず剣術から話そう」

 

 ドラスケルの眉がわずかに動く。

 

「お前の剣は派手じゃない。力も速度も突出していない。だが――無駄がない」

 

 レクスディアは地面に落ちていた木剣を拾い上げた。

 

「足運び、重心移動、間合いの詰め方……お前はその気になれば全部使えるだろう?」

「……ですが一流にはなれません」

「でも攻撃手段が多彩だ、トトのあれとは違ったベクトルでな」

「……!」

 

 さっきまで落ち込んでいたが、いつの間にかレクスディアの話に聞き入っていた。

 

「基礎が徹底している奴は強いぞ……ドラスケル」

「……褒めすぎですよ」

「まだもう一つあるぞ?」

 

 真っ直ぐ彼を見据える。

 

「お前は敵の弱みを見抜くのが異様に早い」

「……!」

「模擬戦で何度も見た。相手の癖、重心、呼吸。そういう小さな隙を嗅ぎ取るのが、お前はやたら上手い」

 

 それはドラスケル自身、自覚していなかった部分だった。

 

「魔力量が少ない? 火力が低い? なら真正面から戦わなければいい」

 

 その言葉にドラスケルは目を見開く。

 

「不意を突け。罠を使え。位置を取れ……常に周りを意識しろ」

「お前の水魔法を使えば、自分に有利な状況を作れる」

 

 そして最後にレクスディアは言った。

 

「お前は勝ち方を作れる騎士となれ」

 

◇◆◇

 

「――あの人は私ですら気づかない才能に気づいていた」

 

 話し終えた彼は静かに準備をする。

 残りの3人も同じように準備していたが、その目はドラスケルに向けられていた。

 

「燻っていた私を……皆と同じステージに上げてくれた」

「意外です、ドラスケル先輩にそんな悩みがあったなんて」

「新人の頃だからな、そら壁にぶち当たりまくる」

 

 今になって思う。

 きっとレクスディアはわざと現実を突きつけた。

 突きつけた上で、成長機会を作り、より高みへと引っ張りあげてくれたと。

 

「あの人は私含めた12人を全員変えてくれたのだ、そりゃあの人に忠誠を誓う」

 

 世間は自分たちを殺戮兵器と呼ぶものがいたが、それは違う。我々は剣聖が持つ剣でしかないと考えていた。

 

「我々……剣は使い手(レクスディア様)のためにある、それだけが唯一出来る恩返しなのだからな」

「……ドラスケルさん」

「そろそろ行くぞ、早く終わらせよう」

 

 そしてドラスケルは先頭を走り、3人は追従する。

 倉庫エリアへ続く道は夜の湿気を含んだ冷たい空気に満ちていた。石壁の隙間から風が入り込み、どこかで木材が軋む音がかすかに響く。

 

 ドラスケルは足を止めない。

 影のように低く身を沈め、迷いなく進む。

 背後から三つの足音が静かに続いた。

 

 倉庫街は広い。荷車の通れる道を中心に、木造の倉庫が整然と並んでいるが、その多くは夜の闇に沈んでいた。灯りはところどころに吊るされたランタンだけで、明るさは心許ない。

 

(待て)

 

 ドラスケルは小さく手を上げた。

 全員が即座に止まる。

 視線の先、二つ先の倉庫の角。

 そこに人影があった。

 

 槍を肩に担いだ男が、欠伸を噛み殺しながら歩いている見回りの傭兵だ。そしてもう一人、建物の影に背を預けている男がいる。恐らく交代の相手だろう。

 

 ドラスケルは振り返らず、指を二本だけ立てた。

 

(行こう、リュノーク)

(ああ)

 

 左右の影が、地面を滑るように動いた。

 二人は地面に吸い付くような低い姿勢のまま、ほとんど音を立てずに距離を詰める。普通の人間なら気付くはずの距離に入っても、見回りの傭兵は気づいてない。夜の闇が上手く隠してくれていたようだ。

 

「――」

 

 最初に仕掛けたのはアーセルだった。

 背後に回り込んだ瞬間、男の口を片手で塞ぐ。

 同時に短剣が首筋に走る。

 ぐ、と喉の奥で潰れた音がしたが、それ以上の声は出なかった。男の体から力が抜ける。

 

 そのまま静かに地面へ倒された。

 

 一方――リュノークは影から一歩踏み出した。

 

「……ん?」

 

 壁にもたれていた男が顔を上げる。

 だが次の瞬間には胸元に鋭い衝撃が走った。

 短剣が心臓へ深く突き立っていた。

 声を上げる暇すらなく男は事切れた。

 

「上出来だ」

 

 ドラスケルに褒められたリュノークは男を支えるように抱え、そのままゆっくり地面に横たえる。

 

 全てが数秒以内の出来事だった。

 ドラスケルはこの2人はいい騎士になると確信した。

 

「……霧よ」

 

 そしてドラスケルは狩りに最適なフィールドを作るべく、魔法を唱えた。

 

◇◆◇

 

「我々もここをそろそろ去らないと……」

「わかっている……!」

 

 苛立ちを含んだ声が倉庫の中に響いた。

 

 禿頭の男――アブラクサスは、額に浮いた汗を手の甲で乱暴に拭った。ここ数日の緊張のせいか今の彼はかなり老けて見える。深く刻まれた皺と、落ち着きのない視線がそれを物語っていた。

 

 倉庫の奥には木箱や樽が積み上げられ、その隙間に数人の傭兵たちが集まっている。だが誰も落ち着いてはいなかった。武器の柄を意味もなく握り直したり、扉の方を何度も振り返ったりと、明らかに気が立っている。

 

 それも当然だった。

 

 少し前、マルケイン伯爵から直々に告げられた言葉が、まだ頭の中にこびりついている。

 

 ――騎士団が動いた。お前も狙われている。

 

 あの時の伯爵の顔は、今思い返しても妙だった。普段は余裕を崩さない男が、どこか焦りを隠しきれていなかったのだ。

 

(……畜生)

 

 アブラクサスは舌打ちを飲み込んだ。

 

 自分はこういう裏仕事を長くやってきた。密輸、情報の横流し、汚れ仕事の仲介。表では語られないが、社会の裏側では珍しくもない役割だ。ただ騎士団にバレないよう、派手な動きを見せないでいた。

 

 それがどうだ――今や自分は明日消えるかもしれない存在になった。

 

 (連中は早い……)

 

 決断から行動までの間が極端に短い。

 動いたと知った時には、すでに包囲が始まっている――そんな連中だ。

 

 本来なら、伯爵から警告を受けた瞬間にでもこの場所を捨てて逃げるべきだった。

 

 だが、それが出来なかった。

 マルケイン伯爵自身が、判断を誤ったからだ。

 

 

 焦っていたのだろう。

 情報が錯綜し、指示は二転三転した。逃げるのか、証拠を消すのか、戦力を集めるのか――方針が定まらないまま時間だけが過ぎていった。

 

 その結果がこれだ。

 倉庫の中で不安そうに立つ傭兵たちを見て、アブラクサスは小さく舌打ちする。

 

「いいか、何か異変があったらすぐ知らせろ。物音でも、人影でもいい」

「……はい」

 

 何人かが頷くがその返事もどこか弱々しい。

 アブラクサスはそれ以上何も言わず、背を向けた。

 

(とにかく準備だ)

 

 このままここにいても仕方がない。最低限の荷物をまとめ、いつでも逃げられるようにしておく必要がある。

 

 そう思い、倉庫の奥にある自室へ向かおうとした――その時だった。

 

「……あれ」

 

 ぽつりと誰かが呟いた。

 振り返ると若い傭兵が扉の隙間から外を見ている。

 

「どうした」

 

 アブラクサスが聞くと男は首を傾げた。

 

「いや……こんなに霧、濃かったかなと?」

「……霧?」

 

 アブラクサスも歩み寄り、外へ視線を向けた。

 倉庫の通路には確かに、白い靄のようなものが漂っていた。

 夜の湿気で霧が出ること自体は珍しくない。だが――

 

(さっきまで、こんなじゃなかったはずだ)

 

 ランタンの灯りがぼやけている。

 さっきまで見えていた向かいの倉庫の輪郭が、少し曖昧になっていた。

 

「気温のせいじゃないですかね……」

「海も近いですし」

「……そうかもしれんな」

 

 アブラクサスは腕を組んだ。

 確かに不自然と言うほどでもない。

 夜霧が出ることはある。

 

 だが――妙に広がるのが早い。

 

 気付けば、霧は倉庫街の通路を這うように広がっていた。地面近くから立ち上がる白い靄が、徐々に高さを増していく。

 

 その白の中で――ある1人の傭兵が、ふと肩越しに振り返った。

 

 巡回のために通路の端へ離れていた男だ。霧のせいで視界が悪くなり、周囲の様子を確かめようとしたのだろう。

 

「……なんだ、この霧」

 

 ぼそりと呟いた瞬間だった。

 背後から影が滑り込んだ。

 男が気付くよりも早く、腕が首に絡みつく。硬い手袋の感触と同時に、口が強引に塞がれた。

 

「――ッ!?」

 

 叫ぼうとした声は、喉の奥で押し潰された。

 霧の中から現れた何者かは、迷いのない動きだった。

 もう片方の手が、男の胸元へ滑り込むと見えたのは鈍く光る細身の刃――スティレットだった。

 

 それが躊躇なく突き込まれた。

 

 ぐっ――という、空気の抜けるような音と共に男の目が見開かれる。

 

 胸の中央に突き立った刃が更に押し込まれた瞬間、骨の隙間を正確に抜け、心臓を貫いた。

 

(……あ)

 

 何が起きたのか理解した時には、もう遅かった。

 体の力が抜けて視界が傾く。

 最後に見えたのは、自分の胸に突き立った刃がゆっくり引き抜かれる光景だった。

 

「――――!」

「あ――――」

 

 そして同じことが、別の場所でも起きていた。

 霧の奥で短い鈍音、何かが倒れる。

 だがそれに気付く者はいない。

 白い霧が音を吸い込み、視界を閉ざしている。

 倉庫街の通路で、傭兵たちは次々と姿を消していった。

 

 誰も悲鳴を上げないし、上げられない。

 気付いた時には口を塞がれ、刃が心臓を貫いているからだ。

 

(このまま標的へ向かう)

 

 霧の中を、二つの影が滑るように進んでいた。

 アーセルとリュノークだ。

 地面に吸い付くような低い姿勢で、倉庫街の奥へ踏み込んでいく。すでに数人を始末していたが、動きに乱れはない。

 

 少し後方には霧を押し分けるように、ドラスケルが歩いている。足音はほとんどなく、感知されないように魔力の流れを淡くして霧を維持していた。

 

(順調だな)

 

 視界を奪われた敵は、状況を把握できていない。

 各個撃破には最適な状態だった。

 やがてドラスケルは、目的の倉庫の前に到達する。

 

(ここだ)

 

 アブラクサスがいる建物だ。

 ドラスケルは静かに扉を押し、内部へと滑り込んだ。

 倉庫の中には、まだ何人かの傭兵が残っている。

 霧は完全には入り込んでいないが、入口付近は白く霞んでいた。

 

 ドラスケルは影に紛れて進むが倉庫の奥から、微かな音がした。

 

「ぐぁっ――!」

 

 押し殺しきれなかった声だ。

 正体はアーセルが仕留めた傭兵だった。

 完全に喉を潰す前に、わずかに声が漏れたのだ。

 

「……敵だ!」

 

 その叫びが倉庫の空気を裂いた瞬間、場の緊張は一気に爆発した。剣が抜かれ、傭兵たちが一斉に身構える。

 

 だがその直後――

 

「ミレナ」

 

 低い声が霧の奥から響いた。

 ミレナはすぐにその声の主を理解する。

 

「ドラスケルさん」

「アーセルとリュノークに合流しろ。二人のカバーに回れ」

「了解です」

 

 向かう寸前、彼女は一瞬だけ視線を向けた。

 

「……ドラスケルさんは?」

 

 霧の向こうで、わずかに口元が動く。

 

「犯人を捕まえに行くのさ」

 

 次の瞬間――ミレナの周囲で魔力が動いた。

 

 白い霧がさらに濃くなった。

 まるで生き物のようにうねりながら倉庫の中へ流れ込み、視界を完全に奪っていく。

 

「くそっ、なんだこの霧!」

「見えねえ!」

 

 傭兵たちが混乱している内にドラスケルの体が、弾けるように前へ出た。静かだった男の動きが、一瞬で獣のような速度へ変わる。

 

 床を蹴る音すらほとんどない。

 スティレットを握りしめたまま、最前列にいた傭兵に向かう

 

「――あ?」

 

 次の瞬間――ドラスケルの腕が閃いた。

 右手の刃が男の眉間へ突き刺さる。

 骨を貫き、脳に届くと男の体がその場で崩れた。

 同時に、左手の刃も動く。

 

「――ぅえ」

 

 隣の男の額へ寸分違わず突き込まれた。

 二人が倒れるまで、ほんの一拍。

 その間にドラスケルはすでに次の一歩を踏み出していた。

 

「なっ――」

 

 三人目の傭兵が剣を振り上げるがドラスケルは剣の軌道を体をひねって避け、そのまま懐へ滑り込むとまず肘で喉を打つ。

 

「ご――」

「死ね」

 

 男の呼吸が詰まった瞬間、スティレットが顎下から脳へ突き上げられた。

 

「――くそ!」

 

 遠くから声が聞こえた。

 ドラスケルはすぐに駆け出すと、逃げ出すアブラクサスの背中が見えた。

 

「逃げ切れるとでも?」

 

 ドラスケルの目が細くなる。

 彼はそのまま地面をふみ砕く勢いでダッシュした。

 

「くそがぁ!!」

 

 叫びながらアブラクサスは魔導具の杖を引き抜き、背後に向かって魔力の光線を放つが、ドラスケルは首を傾けるだけで避ける。

 

「うわぁぁぁ!!」

 

 やけになった彼は杖から魔力の光線をあちこちに放ち、周りを燃やす。自分さえ焼きかねないぐらい延焼させるつもりだったが、彼には通用しない。

 

「……私は水を操る」

 

 身体に水を纏わせたままドラスケルは火の壁を突き抜けた。

 まっすぐに猛スピードで飛び込んだドラスケルは、眼前までアブラクサスの前に迫ってすぐに――

 

「お前の抵抗など無意味と知れ……!」

「あが!?」

 

 そのまま跳び膝蹴りをアブラクサスの顔面に食らわせ、意識を奪った。鼻や頬骨を砕かれ、白目をむいたアブラクサスへ2回か3回、地面を跳ねるように転がった後に沈黙した。

 

「我々に狙われた時点で……詰んでいるのだよ」

 

 かつて護国の騎士を目指した彼は、気絶したアブラクサスの自由を奪うと、仄暗い笑みを浮かべて任務達成を喜んだ。

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