地平線から這い出した太陽が砂漠を焦がし始める頃、窓から差し込む斜光の中で、一人の少女が拭い去ることのできない過去の残滓を彷徨っていた
「見て! ホシノちゃん! フットボールフロンティアの広告だよ!」
記憶の中のユメは、いつだって眩しい。色褪せない笑顔で一枚のポスターを広げる彼女の瞳は、まだ見ぬピッチへの希望でキラキラと輝いている
「……私達には出る資格も人数も足りないですし、関係ないですいいですよ」
対照的にホシノは冷ややかに応え、手元のサッカーボールに視線を落としていた。皮革の感触を確かめ、メンテナンス用の布を無機質に動かす。指先に伝わる使い古されたボールの毛羽立ちが、今の自分たちの立ち位置を象徴しているようで忌々しく感じた
「もー、また夢のないこと言って……。いつかは5人揃って、この大会に出られるかもしれないんだよ!」
「…5人も揃うなんていつの話ですか。……現実、見てくださいよ」
不機嫌を隠そうともせず頬を膨らませるユメに対し、ホシノの内側では苛立ちの棘が鋭く育っていく。返すあても見つからない膨大な借金、削られる練習時間、砂に呑み込まれていく校舎。目の前の地獄は熱い言葉だけで変えられるほど甘くはない
「出たところで借金は減らないし、何の意味もないですよ」
「ふふふ、そうかな? 優勝すれば有名になって、少しでも借金完済への近道になるかもしれないよ♪」
脳天気な理想論。それがホシノの堪忍袋の緒を切らせた
「いい加減にしてください!!」
ガダン!!
乱暴にメンテナンス道具を机へ叩きつける。鋭い金属音が静かな部室に木霊し、先ほどまでニコニコしていたユメの体が、石像のように硬直した
「この廃校寸前の学校に、5人も揃うなんて奇跡みたいなことが起きるわけないんです! 先輩の夢物語に付き合ってる暇なんてないんですよ!」
逃げるように視線を逸らすユメの前に、ホシノは威圧するように踏み出した。そして、彼女が宝物のように握りしめていたポスターを、その手から奪い取る
――ビリッ、ビリビリィッ!!
渇いた音を立てて、華やかな広告が砂にまみれた床へと散っていく
「いい加減……夢を見るのはやめてください!!」
「……ほ、ホシノちゃん…………ごめんね……?」
ユメの悲しそうな、今にも泣き出しそうな歪んだ笑顔。それが、ホシノの視界を白く染め上げていく
(ジリリリリリ!!)
けたたましい目覚まし時計の音が、歪んだ追憶の幕を強引に引き剥がした
ホシノは跳ね起きるように上身を起こす。背中を冷たい汗が伝い、心臓が早鐘を打っている
(……また、あの夢……)
震える手でアラームを止め、ホシノは膝を抱えて顔を埋める
カーテンの隙間から漏れる朝日は、あの日破り捨てたポスターの突き抜けるような青空を思い出させる、無慈悲なほどに澄み渡った輝きを放っていた
(……ユメ……先輩……)
2年前のあの日から、この悪夢は何度も繰り返される。大好きだったはずの先輩に投げつけた、刃物のような言葉。守りたかったはずの人の夢を、自らの手で引き裂いた辛い過去
過去の自分が、鏡写しの今の自分を責め立てるように、何度も、何度も、何度も……
「……練習……行かないと」
チラリと壁の時計に目をやる。仲間たちが待つ練習の時間は刻一刻と迫っていた
ホシノは一度、自分の頬を両手で強く叩く。掌に残る痺れるような熱さが、わずかに意識を現実に引き戻す
支度を終え、ふと部屋の片隅に置かれた写真立てに目を留めた
そこには、無愛想に視線を逸らしたかつての自分と、隣で太陽のように楽しげな笑顔を浮かべるユメ先輩が収まっていた
(もう一度、あの頃に戻れたら……。今度は、ちゃんと……)
浮かび上がりそうになる「もしも」という名の甘い逃避を、ホシノは奥歯を噛み締めて必死に抑え込む
「行ってきます、ユメ先輩」
短く、自分自身に言い聞かせるように告げると、ホシノは部屋を出た
砂漠の熱気が陽炎となって揺らめく中、ホシノは慣れ親しんだはずの通学路を急いでいた。朝の夢の残滓が、鉛のように足取りを重くさせる。しかし、グラウンドから響いてくる活気に満ちた声が、その沈鬱な思考を強制的に現実へと引き戻す
「セリカちゃん、行きますよー! 次は回転数、倍です!」
「いつでもいいわよ!」
アヤネの鋭い合図と共に、砂塵を巻き上げてピッチングマシンの射出口からボールが放たれる。
それは唸りを上げる砲弾のようだったが、待ち構えるセリカの瞳に迷いはなかった。彼女は地を蹴り、高く跳躍する。空中で全身のバネをしならせ、右拳に燃えるような「気」を凝縮させる
「――『いかりのてっつい』!!」
黄金の光を纏った拳が、飛来するボールを真正面から捉える。凄まじい衝撃波と共にボールは地面へと叩きつけられ、めり込んだ衝撃で砂が円形に吹き飛んだ
「うへぇ……セリカちゃん、必殺技を完全に物にしてるねぇ」
ホシノが感心したように声をかけると、真っ先に気づいたアヤネがパッと顔を輝かせた
「あ、ホシノ先輩!おはようございます! そうなんですよ、今のセリカちゃんならゴールキーパーとして頼もしい限りです♪」
「や、やめてよアヤネちゃん……私はまだまだ初心者なんだから……。というよりホシノ先輩!遅刻したのは誤魔化せないわよ!」
アヤネの称賛に頬を赤く染めつつも、セリカは即座に表情を厳しくしてホシノに指を突き出した。その顔には、照れ隠しと生真面目さが絶妙に混ざり合った、セリカらしい複雑な色が浮かんでいた
「あはは、ごめんごめん。ちょっと寝坊しちゃってさ……そういえば、シロコちゃんとノノミちゃんは?先生の姿も見えないけど」
「先生はシャーレの端末を使って、『フットボールフロンティア』の正式な大会登録の手続きに行っています。ノノミ先輩とシロコ先輩は、一度グラウンドに顔を出したあと、何かを思い出したようにどこかへ行ってしまいました。……私もそろそろ必殺技の練習をしたいのに」
分析官としてサポートに徹しながらも、自分だけが固有の「必殺技」を持たない焦りからか、アヤネは不満げに頬を膨らませた。
そんな少女たちのやり取りを見守るように、校舎の影から苦笑いを浮かべたノノミと、全身砂だらけになったシロコが姿を現した
「し、シロコちゃん、大丈夫ですか? まさかあんなに砂が落ちてくるなんて思いませんでしたね……」
「ん……まだ服の中までザラザラする……」
「二人ともおはよ〜。って、シロコちゃん、一体何があったの?」
ホシノの問いに、シロコは無造作に髪についた砂を払いながら、無機質な、しかし確かな興奮を孕んだ瞳で答える
「……掃除してたら、上から降ってきた。でも、凄いところ見つけたよ」
「凄いところ……?」
セリカとアヤネが顔を見合わせる。シロコは短く「ん、着いてきて」とだけ告げると、迷いのない足取りで旧校舎の奥へと歩き出した。
到着したのは、長年放置され、蔦が絡まりついた旧体育館の隅にある備品倉庫だった
錆びついた扉をシロコが力任せに引き開けると、積年の埃が舞い上がり、セリカとアヤネは激しくむせ返る
「けほっ、けほっ……な、何なのよ、こんな埃っぽい場所……」
「先生に頼まれて、学校の古い構造図を調べてたんだけど……アビドスが最強だった頃の『伝統』が、ここに眠ってるらしい」
シロコは倉庫の奥、壁に固定された古い手動式の点数ボードの前に立った。
彼女は迷うことなくダイヤルを回し、数字を**「1-20」**へと合わせる。かつてのアビドスが歴史的大勝を収めた時のスコアだろうか
カチリ、と重厚な機械音が響いた瞬間、倉庫全体が地震のように激しく揺れ始める。背後の壁が複雑な歯車の回転音と共に左右に割れ、闇の奥へと続く隠し通路が出現した
「な、なによこれ!? こんな仕掛け、アヤネちゃんの調査でも出てこなかったじゃない!」
「……っ、そんな。隅々まで捜索したつもりだったのに、構造上の死角にこんな空間が……」
驚愕に震える二人を余所に、ホシノだけがその暗闇を見つめ、記憶の底に眠る名前を呼んだ
「……もしかして……『アビドス修練場』?」
「知ってるの?」
シロコの問いに、ホシノは唸りながら後頭部を掻いた。
「前に古い見取り図を見た時、チラッと名前だけね。場所までは記録されてなかったけど……。アビドスがまだキヴォトスの頂点に君臨していた頃、選ばれた選手たちだけがここで血を吐くような特訓をして、伝説のチームになったって聞いたことがあるよ」
その言葉に、5人の間に緊張と期待が走る。
今の自分たちに足りないもの。ヒナの化身に対抗し、どんな相手をも打ち砕くための「力」。それが、この暗闇の先に眠っているかもしれない
意を決して、5人は階段を下り始めた
ひんやりとした冷気が肌を刺し、階段を下りきった先には、戦車すら通さないような分厚い鋼鉄の扉が立ちはだかっていた
そして、その扉の中央には、一通の手紙が貼り付けられていた
「手紙……これ、先生からだ」
ホシノがそれを拾い上げる
地下に響くのは、ホシノが手紙を読み上げる淡々とした声だった
「なになに? 『ここは昔使われていた修練場を、私と一部の協力者の力で君たちにピッタリな訓練場に改造したよ。セリカにはもっとキーパーとして自信をつけて欲しい。ノノミとシロコには基礎体力をあげる特訓を。アヤネにはここで自分の必殺技の兆しを掴んで欲しい。……必ず1回戦、みんなで勝とうね』だって」
読み終えたホシノが手紙を折りたたむと、通路の空気は一瞬にして熱を帯びる
先生の、一見おっとりとしていながらも、自分たちの弱点と進むべき道を正確に見抜いている言葉。それが、あの日ヒナ達に見せつけられた圧倒的な絶望の影を、じりじりと焼き払っていく
「基礎体力……確かに今のままじゃ必殺技の威力も足りないし、基本的な練習をもっと徹底したほうがいいかも。ん、やる」
シロコが静かに拳を握る。その隣で、アヤネが眼鏡の奥の瞳をかつてないほど激しく燃え上がらせた
「私も、ここで初の必殺技を掴めるようになるんですね……! 分析だけじゃなく、私もピッチで戦う力になります!」
「そうね……。正直、この前の試合で少し自信を失いかけていた気がするけれど。私も、もっとキーパーとしてみんなの背中を支えられるようにならないと」
セリカが自分の手を見つめ、決意を口にする。ノノミもまた、いつもの優雅な笑みを湛えながらも、その奥にプレイヤーとしての鋭い光を宿していた
「私も、もっとこう……相手をあっと言わせるような、新しい必殺技のアイデアが欲しかったので助かります♪」
少女たちは各々、自分の中に巣食う課題を見据え、闘志を静かに燃え上がらせていた。特にアヤネの熱量は凄まじく、データ分析に没頭していた時とは違う、純粋なプレイヤーとしての渇望が彼女を突き動かしていた
「あはは、みんな頼もしいねぇ。それじゃあおじさんはここで待ってるから、みんなは中に入ってみてよ〜」
「え? ホシノ先輩は入らないのですか?」
全員が鋼鉄の扉の向こう側へと足を踏み出そうとした瞬間、ホシノは眠そうな目を細め、ひらひらと手を振ってその場に立ち止まった
「おじさんには向かない特訓みたいだからさ。手紙にも『ホシノは無理せず外で見守っていて欲しい』って、先生のお墨付きも書いてあるし。お言葉に甘えて、ここでゆっくり休ませてもらおうかな〜って」
「……そう言って、ただサボりたいだけなんじゃないの?」
「そ、そんなことはないよ〜? ほら、後輩たちの成長を見守るのも、先輩の大事な仕事でしょ?」
ジト目で睨みつけるセリカから、ホシノはあからさまに視線を逸らす。その逃げ腰な態度にセリカは呆れたように溜息をついたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる
「まぁ、いいわよ。特訓が終わる頃には、腰を抜かすほど成長した私たちの姿、絶対に見せてやるんだから! 覚悟しておきなさいよね!」
「ん、終わる頃にはまた来て。……待ってる」
シロコが短く、けれど深い信頼を込めて告げると、ホシノは「分かったよ〜、みんな頑張ってね」と柔らかく応えた
4人が扉の奥へと消えていくと、重厚な鋼鉄の扉が**ドォォォォン!!**という地響きと共に閉ざされた。それと同時に、扉の脇に備え付けられたデジタルタイマーが静かにカウントダウンを開始する
「……うへぇ、この時間が終わるまでは、外からも中からも出られないってことね。これ、大丈夫かなぁ……」
ホシノが独り言を漏らした、その直後だった
「ちょっ、なにこれ!? 死ぬ、死ぬー!? 先生、聞いてないわよ、こんなの!!」
防音性の高いはずの扉を突き抜けて、セリカの悲鳴に近い叫び声が地下廊下に木霊した。続いて、凄まじい風切り音や爆発音、そして何かが激しく激突する音が響いてくる
「……あはは。少なくとも、セリカちゃんは元気そうだね」
ホシノは頬を掻きながら、困ったような、それでいてどこか安心したような苦笑いを浮かべた
自分だけが特訓に参加しない理由。それは、先生が気を利かせてくれたこともあるが、何より自分自身の中に燻る「過去の影」が、まだ新しい一歩を完全に踏み出させてくれないからだと、ホシノは自覚していた
ユメ先輩と見た、かつての夢。
そして、今、扉の向こうで未来に向かって足掻いている後輩たち。
「……さてと。おじさんも、ただ寝てるわけにはいかないかな」
ホシノは立ち去り際、一度だけ扉を見つめた。
その瞳には、いつもの気だるさではない、かつて「アビドスの暴龍」と呼ばれた頃の、鋭く冷徹な闘志がわずかに宿っていた
砂漠の太陽が最も高く昇り、暴力的な熱量で世界を焼き尽くそうとする昼下がり。蜃気楼がゆらゆらと地平線を歪める過酷な時間帯に、ホシノは一人、地図にも載っていない廃墟の深部へと足を踏み入れていた。かつては華やかな賑わいを見せていたであろう商業施設の残骸は、今や熱を孕んだ乾いた風が吹き抜けるだけの、巨大な石の墓標と化していた
崩れかけたロビーを抜け、ホシノは一台のエレベーターの前に立ち止まった。ボタンを押すと、死に絶えたはずの機械が「ポーン」という場違いなほど軽快な電子音を響かせ、重厚な扉を開く
中に入り、ホシノは無表情にパネルを操作した
「F1」「F5」「F7」
特定のシーケンスを入力し、閉ボタンを押し込む。本来なら屋上へ向かうはずの籠は、物理法則を無視するように重い加速を伴って、地底のさらに奥深くへと下降を始めた
扉が左右に割れると、そこには埃一つない、無機質な純白の空間が広がっていた。そしてその中心に、「それ」はいた
「おや……。誰かと思えば、かつての『暁のホルス』ではないですか」
黒いスーツに身を包み、顔全体を覆う亀裂から不気味な光を漏らす男。黒服は、チェスの駒を動かす手を止めることなく、感情の読めない声を響かせた
「白々しいよ。私がここに来ることなんて、最初から分かってたくせに」
ホシノの瞳から「いつものような」柔和な光は完全に消え去っていた。射殺すような鋭い視線が、黒服という名の虚無を貫く
「……単刀直入に言うよ。もう、あの学校に手を出すのはやめて」
「おや、心外ですね。私は誰かに襲撃を命令した覚えなどありませんよ。すべては、ただの『需要と供給』の結果に過ぎない。ですが……。あなたがそう捉えたのでしたら、あなたの中ではそれが真実なのでしょう」
「何度も何度もヘルメット団を嗾けてきたり、便利屋を差し向けたり……。その便利屋に釣られる形でやってきたゲヘナの風紀委員。こんな不自然な偶然が続けば、嫌でもお前の顔が浮かぶんだよ」
ホシノの言葉に、黒服はくすくすと、喉を鳴らすような笑い声を漏らす
「ふむ……。では、合理的な取引(ディール)といきましょうか。今後アビドスには一切干渉しない。その代わりに……。あなたには、私の組織が作り上げる特別なチームに入っていただく。それなら、いかがですか?」
「…………っ」
ホシノの喉が微かに鳴った。その提案が意味するものを、彼女は瞬時に理解する
黒服の駒になるということは、対策委員会のみんなと決別するということ。今の穏やかで、眩しいほどに幸せな日常を、自らの手で破り捨てるということ
「答えは今すぐでなくていい。ですが……。あとの4人が『無事』でいられるかどうかは、あなたの賢明な判断に懸かっているということも、お忘れなきよう。良いお返事をお待ちしておりますよ、暁のホルス…いえ、小鳥遊ホシノ」
ホシノは何も言い返せなかった
黒いスーツの男が放つ重圧を背に、彼女は逃げるようにエレベーターへと引き返した
もし、自分の身を差し出すだけで、シロコやセリカ、ノノミやアヤネの未来が守れるなら
かつてユメ先輩が愛したアビドスの青空が、二度と濁らないですむなら
それは――
重い覚悟を胸に秘めたまま、ホシノは夜の砂漠を走り、特訓場となっている旧体育館倉庫へと急いだ
到着した頃には、扉の脇のデジタルタイマーは残り「5秒」を刻んでいた
カウントがゼロになると同時に、プシュッという排気音と共に鋼鉄の扉が解錠される
中から転がり出てきたのは、もはや原型を留めていないほどボロボロになった4人だった
「みんな!? 大丈夫!?」
ホシノの悲鳴に近い声が、埃っぽい倉庫に響く
「し、死ぬ……。あんな、視認すらできない超高速弾、本当に人間が取れるものなの……?」
セリカは全身から湯気を出しながら床に這いつくばり、ゴールキーパーグローブは煙を上げている
「お、お茶……。誰か、高級な茶葉で淹れた冷たいお茶をください……」
ノノミはいつもの優雅さをどこかに置き去りにしたまま、虚空を掴むように手を伸ばしている
「……ん。なんで特訓用の丸太が、あんな速度で回転しながら飛んでくるのか、先生を問い詰めたい……」
シロコは全身砂だらけ、ジャージの至る所が破れており、まるで猛獣と戦ってきたかのような有様だった
「…………(真っ白)」
「アヤネちゃん!? 息してる!? 目を覚ましてアヤネちゃん!!」
アヤネに至っては、白目を剥いて気絶していた
修練場の中で一体どんな「地獄」が繰り広げられたのか。その凄惨さは、憔悴しきった彼女たちの姿が何よりも雄弁に語っていた
「あはは……。先生、一体どんな特訓メニューを組んだんだろ……」
ホシノは苦笑いしながらも、彼女たちの背中に手を置いた
特訓開始から数週間
地下修練場の「地獄」にもようやく体が慣れ、セリカのキーパー技術やシロコたちの連携が目に見えて鋭さを増してきた頃
「今日は特訓おやすみ!みんなで1回戦の抽選結果を見るよ!」
対策委員会室。ホシノがどこからか持ってきた、アンテナの角度を合わせないと砂嵐が混じる古いブラウン管テレビを囲み、5人は固唾を呑んで画面を見つめる
そこには、巨大なスタジアムの特設ステージで、ガチガチに緊張して肩を震わせている先生の姿が映し出されていた
「先生、あんなに震えて大丈夫かしら……」
「慣れない大舞台ですからね。……あ、引きますよ!」
セリカとアヤネが心配そうに見守る中、画面の中の先生は覚悟を決めたように、巨大な抽選箱へと手を突っ込んだ
『決まりました! アビドス対策委員会の1回戦の相手は……トリニティ総合学園所属、**「補習授業部」**の皆さんです!』
「……ホシュウ、ジュギョウブ?」
ノノミが不思議そうに首を傾げた
「ええと、データによると、補習授業部は部活動というより……成績が振るわない生徒が集められて、連帯責任で試験を受けさせられているグループだと聞いていますね」
アヤネの解説を聞いて、セリカが拍子抜けしたように苦笑いを浮かべる
「えっ? そんな人たちが1回戦の相手なの? ……なんだか、ちょっと拍子抜けしちゃうわね」
アビドスを襲ったこれまでの脅威――便利屋68やゲヘナ風紀委員会。それらに比べれば、ずいぶんと「普通」の相手に思えた
だが、その時。画面の隅に映り込んだ対戦相手の代表者の顔を見て、シロコが小さく呟いた。
「ん。ヒフミがいる」
「え、シロコ先輩、知り合いなんですか?」
アヤネの問いに、シロコは当然のように頷いた
「この前、個人的にブラックマーケットの下見……じゃなくて調査に行った時、強盗計画に巻き込んだ。私より手際が良くて、頼もしかった」
「何してるのシロコちゃん!?悪いことはダメって言ったよね!?」
普段はどんな事態にも動じないホシノすら、椅子から転げ落ちそうになって絶叫した。
「ん……ちょっと訳あり。マーケットで限定グッズを転売してる人たちを、般若のような目で見つめていたから、誘ったら付いてきた」
「どんな訳ですかそれ……」
セリカが顔を覆って溜息をつく。アビドスのエースストライカーは、いつの間にか他校の生徒を裏の仕事にスカウトしていたらしい
「でも、どんな相手でも、私たちが勝つのは変わらない。相手に事情があっても、ピッチの上では関係ないから」
シロコの力強い言葉に、みんなも呆れ顔を引っ込め、力強く頷き合う
補習授業部。一筋縄ではいかない予感がするが、アビドスにとっての「公式戦1回戦」という歴史的な一歩が、今まさに踏み出されようとしていた
「それじゃあ、大会に向けて最後の調整、頑張ろう!!」
「「「おー!!」」」
補習授業部…対戦相手にしたのはいいけどどんな技を使わせよう…