スタジアムの地下、ピッチへと続く薄暗い入場通路。コンクリートの壁に反響する観客の地鳴りのような歓声が、戦いへの高揚感を容赦なく煽る
アビドス対策委員会の面々が、それぞれの覚悟を胸に緊張した面持ちで整列していると、反対側の通路から、どこか浮き足立った様子の補習授業部が姿を現した
「あ……シロコさん!」
ペロロの反射キーホルダーをカバンで揺らしながら、阿慈谷ヒフミがパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる
「ん、ヒフミ。……今日は敵同士だね」
「はい! まさかこんなに早く、しかも公式戦の舞台で再会できるなんて……。あの、今日は覆面は被らないんですね?」
その不用意な一言に、背後にいたセリカとアヤネの肩が跳ね、鋭い視線がシロコへ向けられた
「……ふ、覆面!? 何の話よヒフミ! 試合前に不穏な単語を出さないでよ?!」
「シロコ先輩、やっぱり他校の生徒を強盗に巻き込んだっていうのは本当だったんですか……!?」
アヤネの詰め寄るような声にも、シロコは視線を逸らさず淡々と答える
「ん。嘘は言わない。……でも、ヒフミは筋が良かった。逃走経路の確保も、状況判断も。帰宅部にしておくにはあまりに惜しい人材だった」
シロコのあまりに真面目な「強盗スカウト評」に、ヒフミは困ったように、けれどどこか懐かしそうに頬を掻いた
「えへへ……。私、あの時までは本当にただの『帰宅部』だったんですけど、シロコさんに誘われて転売ヤー……じゃなくて、ブラックマーケットの不正流通を正す『電撃作戦』に参加したじゃないですか。あの後、すっごく達成感があったんですけど……」
そこまで語ると、ヒフミはがっくりと肩を落として深い溜息をつく
「……その作戦に夢中になりすぎて、翌日の大事な試験をすっぽかしちゃいまして。それで学校から目をつけられて、気づいたらこの『補習授業部』に入れられていたんです。だから私、この大会で勝って、汚名を返上しないといけないんです!」
「どんな理由よ……。シロコ先輩、やっぱりこの子を犯罪……じゃなくて、強盗に引きずり込んだのが原因じゃない!」
セリカの至極真っ当なツッコミが、地下通路に虚しく響く
「ん。でも、結果的にヒフミは『部活』を見つけた。……あの時教えた『退路の確保』、今日はディフェンスに活かしてる?」
「はい! アズサちゃんたちと一緒に、どんな攻撃も通さない『鉄壁の包囲網』を勉強しました。シロコさんに教わった、相手の裏をかく動き……今日はそれを使って、恩返しします!」
「…………」
アビドス陣営に、なんとも言えない重苦しい沈黙が流れる。エースストライカーが他校の生徒を補習に追い込み、さらに強盗のノウハウをサッカーの戦術として伝授していたという衝撃の事実に、監督である先生さえも思わずこめかみを押さえている
そこへ、トリニティ側から白洲アズサが鋭い視線で一歩前に歩み寄ってくる
「……シロコ。ヒフミからあなたたちのことは聞いている。過酷な砂漠で戦い続けている高潔な戦士だと。……だが、みんなで補習の沼から抜け出すためには、この一戦、譲るわけにはいかない」
「ん。私たちも、学校を守るために負けられない。……全力でいく」
二人の戦士が視線を交差させる中、浦和ハナコがクスクスと不敵な笑みを浮かべ、ホルスのような鋭さを隠したホシノの隣に寄り添うように囁く
「あらあら、アビドスの皆さんは随分と『情熱的』な……いえ、法に触れそうな特訓をされてきたようですね♪ 特にそちらのお姉さん、隠された瞳の奥にどんな『罪』を隠しているのか……とっても、そそられます♪」
「うへぇ……。トリニティには、おじさんより上手な食わせ者がいるみたいだねぇ」
ホシノはいつもの緩い笑顔を浮かべつつも、その奥にある闘志の火を絶やさぬよう気を引き締める
「死刑! エッチなのは死刑よ、ハナコ! 試合前に相手をハレンチな言葉で惑わすのは禁止よ!」
下江コハルが顔を真っ赤にしてハナコを引き剥がし、アビドス勢に向かってビシッと指を突き出す
「あ、あんたたち! 試合中にいやらしい技……特に、強盗みたいな卑怯な動きをしたら、私が全部止めて、即・死刑にするんだからね!!」
そんな賑やかな、けれど互いの譲れない「日常」が火花を散らす会話を聴きながら、先生は一歩前に出る
「みんな。……ヒフミも、アズサも。事情はそれぞれだけど、ピッチの上では全員が対等なプレイヤーだ。アビドスも、トリニティも、積み上げてきたものを全部ここへ置いていこう」
先生の言葉に、両チームの生徒たちが一瞬、真剣な表情で頷き合う
「……ん。行こう」
シロコの声と共に、両チームが眩い光の差すスタジアムへと足を踏み出す
『会場の皆さん! 実況の川流シノンです! 今回の大会のルールを説明しますね! 予選では2点を、決勝では3点を先取したチームの勝利となります! 皆さん、気合を入れていきましょー!』
シノンの弾むような実況がスタジアムを駆け巡る中、両チームがそれぞれのポジションに散っていく
アビドス側が固唾を呑んで相手の布陣を見つめる。補習授業部の守護神、GKには顔を強張らせたコハル。DFラインには余裕の表情を崩さないハナコが構え、中盤のMFにはアズサともう一人、おかっぱ頭の部員が鋭いプレッシャーを放っている
そして注目のFW。最前線に立つヒフミは、なぜか大事そうにペロロのバックを背負ったまま、戦う意志に満ちた瞳でボールを見つめていた
「……ん。あのバック、邪魔じゃないの?」
「シロコ先輩、そこは気にしたら負けです!」
アヤネの叫びと共に、運命の1回戦が今、始まった
ピィィィィーーッ!
開始の笛が鳴り響く。その瞬間、おっとりした普段の姿からは想像もつかない鋭さで、ヒフミが前線へと駆け上がった。
「通しませんよー!」
そんなヒフミの前に、十六夜ノノミが優雅かつ重厚なプレッシャーを伴って立ち塞がる
「ふふ、ヒフミちゃん。シロコちゃんの知り合いだからって容赦しませんからね?」
「望むところです! でも、簡単には止められませんよ! 『ペロロシャッフル』!!」
ヒフミが気合と共に右足を振り下ろすと、ボールが意志を持ったかのように地面へと深く潜り込んだ。直後、ノノミの左右から土煙を上げて二つの光の塊が飛び出し、別々の方向へと転がり始める
「ええっ!? ぶ、分身……!? ……こっちです!」
ノノミが驚愕に目を見開き、迷いながらも左側の光へと体を投げ出す。しかし、そこから飛び出してきたのは実体を持たないペロロ様の幻影だった
「本物はこちらです♪ ペロロ様の可愛さを、ピッチ全体に布教させてもらいますね!」
「……っ、あのこ……強い!」
ベンチで見守る先生も、予想外のテクニックを見せるヒフミに驚きの声を上げる。膝を突き、背後を見送ることしかできないノノミを尻目に、ヒフミはぺろっと舌を出して鮮やかに抜き去る。彼女の瞳は、すでにゴールネットだけを捉えていた
「いきますよ! 『ペロロ・シュート』!!」
ヒフミが大きく右足を振り上げると、背後に巨大なペロロ様のオーラが降臨する。放たれたシュートはペロロ様の質量を伴ったかのような重圧で、ゴールマウスを守る黒見セリカへと迫る!
「くっ……これくらいなら、止めてみせるわよ! 『熱血パンチ』!!」
セリカが気合を込めて踏み込み、右拳に爆発的な熱量を集約させる。迫りくる重低音のシュートに対し、迷うことなく渾身のストレートを叩き込んだ!
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃波がゴール前に吹き荒れる。しかし、ボールはセリカの拳に弾かれ、勢いそのままにセンターライン付近まで真っ直ぐに跳ね返された
「……ふぅ、これが特訓の成果よ!」
セリカが少し荒い息を吐きながら、誇らしげに胸を張る
修練場での想像を絶するスピード……あの暴力的なまでの「速さ」に対応し続ける中で、彼女は一つの答えに辿り着いていた。**『いかりのてっつい』**のような絶対的な威力こそないが、予備動作を極限まで削ぎ落とし、超反応でボールを弾き出す電光石火の迎撃技
「やるじゃん、セリカちゃん!」
ホシノの声が飛ぶ。アビドスのゴールは、この猫耳の守護神が健在である限り、容易には割らせない
「おーっと! ヒフミ選手の『ペロロ・シュート』を、セリカ選手が新技『熱血パンチ』で見事に粉砕! 試合は一進一退の攻防、今度はアビドスのカウンターだぁーっ!」
セリカが弾き返したボールは、中盤の戦略的要衝で待機していた奥空アヤネの足元へ、寸分違わぬ精度で吸い込まれた
「――っ、見事なコントロール! ここからは私達のターンです!」
アヤネは吸い付くようなトラップでボールを収めると、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、自ら前線へと駆け上がる。しかし、トリニティも甘くはなかった。
「ふふ、そんなに急いでは、美味しいものも味わえませんよ?」
「……敵の司令塔、ここで断つ」
即座に左右から詰め寄るハナコとおかっぱ頭の部員。逃げ場を奪う完璧な挟み撃ちのマークに、スタジアムが息を呑む。だが、アヤネの口角は微かに上がっていた
「っ……まだ実戦での完成度は低いですが……試させてもらいます! 『ひとりワンツー』!!」
「なっ……!?」
アヤネが放ったのは、誰もいない空間へのパスだった。ミスかと思われた直後、ボールは凄まじい逆回転(バックスピン)によって地を這い、弧を描いてハナコたちの背後へ。そこへ一気に加速して守備網を抜き去ったアヤネの足元へ、まるで魔法のようにボールが戻ってきたのだ。
「シロコ先輩! お願いします!」
「ん。完璧なパス。……任せて」
アヤネの執念がこもったボールを引き継いだシロコが、一気にトップスピードへ乗る
「いくよ…… 『ツナミブースト』!!」
シロコがボールを蹴り上げると、スタジアム全体を飲み込むような巨大な蒼い波がピッチに出現する。シロコはその奔流をサーフボードのように乗りこなし、波の頂点から弾丸のようなオーバーヘッドキックを放つ
「これはエッチ……じゃないけど、絶対に止めてみせるわ!! 『ゴッドハンド』!!」
ゴールマウスに立つコハルが、顔を真っ赤にしながら右手を高く突き出した。まばゆい黄金の光が巨大な手の形を成し、波を割って迫るシュートをギリギリのところで受け止める。凄まじい水しぶきと光が弾け、スタジアムに衝撃波が吹き荒れる
「おおっとーー!! 試合開始直後から信じられない攻防だぁ! どちらも一歩も譲りません!!」
解説のシノンが叫び、観客席の熱気は最高潮へ。コハルは歯を食いしばりながら、掴んだボールを前線のアズサへと全力で投じる
「アズサ! お願いっ、繋いで!」
「了解。ここから反撃に転じる……!」
ボールを収め、鋭い反転でカウンターを仕掛けようとしたアズサ。だが、その影を、さらに深く冷たい影が飲み込んだ
「うへ~、ここでおじさんの登場だよ~」
「!?」
気配を完全に殺し、死角から音もなく近づいていたホシノが、軽やかな足捌きでアズサの足元からボールを掠め取った
「シロコちゃん、もう一回お願い!」
「ん。今度こそ、ゴールを奪う……。これが私のもう一つの必殺技、『ノーザンインパクト』!!」
シロコが不敵に腕を組み、冷徹な視線でコハルを射抜く。その瞬間、灼熱のスタジアムに幻想的なオーロラが揺らめき、ピッチの温度が急速に氷点下へと叩き落とされた。シロコが舞うように放った回し蹴りは、絶対零度の冷気を纏い、空間を凍らせながらゴールへ突き進む
「ご、『ゴッドハンド』!! ……あ、あれっ!?」
再び展開された巨大な黄金の手。しかし、シロコの冷気は正義の光さえも凍りつかせる。黄金の掌に亀裂が走り、パキパキと音を立てて粉々に砕け散る。勢いを失わないボールは、そのままゴールネットを激しく揺らす
「決まったぁーー!! アビドスのエース、砂狼シロコ選手! 凍てつく一撃で、ついにトリニティの堅陣を打ち破りました!!」
「ナイス、シロコちゃん」
「ん。ホシノ先輩のカットがあったから」
ゴール前で合流した二人は、静かだが確かな信頼を込めて、パチンと力強いハイタッチを交わした
「くぅぅ……止められなかったぁ……っ」
「ごめん……。私が中盤で油断したせいだ……」
膝を突くコハルと、自責の念に駆られるアズサ。だが、その中央でヒフミが二人を勇気づけるように拳を握る
「まだまだ! 一点差なら逆転できますよ! 最後まで諦めずにいきましょう!」
ヒフミの真っ直ぐな言葉に、沈みかけていた補習授業部の士気が再び燃え上がる。その様子を、最後方から目を細めて見つめるハナコ。彼女の脳内では、アビドスの「計算外の連携」に対する新たな攻略法が編み出されようとしていた
スコアは1-0。
試合は補習授業部ボールのキックオフで再開される。だが、そのピッチの片隅で、ホシノだけが何かを察知したように、不穏な影が蠢く観客席の最上階へ一瞬だけ視線を送っていた
「絶対に、負けられないんです! 私たちの日常を、試験の結果なんかで終わらせたくありません!」
再開のホイッスルと共に、ヒフミが悲痛なまでの決意を込めて突進する。先ほど一点を奪われた焦燥感が、彼女の脚をより鋭く、より力強く加速させていた。しかし、その行く手を阻むのは、アビドスの母性的な包囲網――十六夜ノノミだった
「二度は通しませんよ、ヒフミちゃん。……『ザ・タワー』!!」
ノノミが優雅に、かつ断固とした意志を込めて両手を広げると、ピッチを割って巨大な塔がそびえ立った。天を突くその塔から激しい電撃が放たれ、ヒフミの行く手を物理的な衝撃と威圧感で遮断する
「きゃっ!? ……か、カミナリ……!?」
「ふふ、いただきです♪」
感電の衝撃で一瞬動きを止めたヒフミから、ノノミは鮮やかな手際でボールを奪い取る。そのまま重戦車のような安定感でドリブルを開始し、カウンターの火蓋を切る
「シロコちゃん! もう一点、決めちゃってください!」
「ん。いつでもいける」
前線で獲物を狙う狼のように構えるシロコ。だが、その背後から忍び寄る「桃色の影」を、ノノミは完全に見落としていた
「ヒフミちゃんが本気なんですから……私も少し、真面目に遊んであげないとですね♪ ……『マジカルフラワー』♪」
「えっ……きゃあぁぁっ!?」
ノノミの耳元で、ハナコが甘く熱い吐息を吹きかける。その瞬間、ノノミの足元から色鮮やかな巨大な花々が爆発するように咲き誇り、その花弁の奔流に押し上げられるようにして、ノノミの身体が宙へと打ち上げられた。
「あはは、空の旅はいかがですか? ボールは私が預かっておきますね」
ハナコは落下してくるボールを、まるでダンスのステップを踏むようにしてつま先で完璧にトラップ。そのまま反転し、再び前線のヒフミへと繋ごうとする
「うへ~、おじさん、また奪っちゃうよ~?」
そこへ、アビドスの最終防壁、小鳥遊ホシノが滑り込む。経験に裏打ちされた完璧なインターセプト。だが、ハナコの瞳が妖しく光る
「ふふ、それは読めていましたよ? 『プリマドンナ』❤」
「!?」
ハナコがバレエのように軽やかに、ホシノの周囲を円を描くように舞い始める。その指先がホシノの顎に触れ、至近距離で見つめられたホシノは、ハナコのあまりに優雅で、そして抗いがたい「誘惑」に思考を停止させてしまった
「さあ、私と一緒に踊りましょう?」
「う、うへぇ……おじさん、つい……」
気がつけば、ホシノはハナコの手を取ってピッチの上で華麗なターンを決めていた。その勢いのまま、ハナコはホシノの横をすり抜け、完全なフリー状態で前線を見据える
「ホシノ先輩!? 何やってるのよー!」
「ごめん、今のは不覚……おじさんとしたことが、完全にペースを握られちゃったよ……」
セリカの絶叫を背中に受けながら、ホシノはその場にがっくりと膝をつく。ショックを隠しきれない守備の要を尻目に、ハナコは最前線のヒフミへと鋭いキラーパスを放つ
「任せましたよ、私たちのキャプテン!」
「そ、それは恥ずかしいのでやめてくださいっ……! でも、任されました!!」
パスを受けたヒフミが、ゴール前に陣取るセリカと正対する
「どんなシュートでも、止めてやるわ! かかってきなさい!」
「いきます! ……『ペロロショット』!!」
ヒフミが芝を抉るほどの踏み込みを見せ、逆エビの体勢で高く跳躍。空中で身体を捻り、全エネルギーを右足に集中させる。その背後には、スタジアムを圧壊させんばかりの巨大なペロロ様の幻影が出現し、怨念にも似た情熱を纏ってゴールへと殺到する
「止める! 止めてみせる! 『いかりの……てっつい』!!」
先ほどのシュートを遥かに凌駕する重圧。だが、セリカの瞳に恐怖はなかった。地獄のような特訓の日々、そして何より、あの「空崎ヒナ」という圧倒的な存在をゴールキーパーとして間近で見てきた経験が、彼女の魂を鋼鉄に変えていた
「ーーーっ!!」
セリカが弾丸のように飛び上がり、迫りくる巨大なペロロ様の脳天に向け、渾身の拳を振り下ろす。爆圧と共に、ボールは地面へと深くめり込まされ、全ての威力を剥ぎ取られてピッチに転がる
「なっ……!? ほ、本気のペロロ様が……止められた……!?」
愕然とするヒフミ。セリカは着地すると同時に、不敵な笑みを浮かべてボールを拾い上げる
「アヤネちゃん! あとは任せたわよ!!」
「はいっ! 繋ぎます!」
セリカが片手で放った鋭いスローを、アヤネが走り込みながら胸トラップで完璧に収める。アビドスのカウンター。眼鏡の奥で勝利の計算式が完成し、彼女は一気にミレニアムの牙城へと駆け出す
「止めたぁーー!! アビドスの守護神・セリカ選手、魂の一撃で『ペロロショット』を粉砕! ここからアビドスの電撃作戦が始まります! 走るアヤネ選手、その先に待つのは――!?」
「行かせない……! 私たちの試験結果は、ここで終わらせたりしない。ヒフミにもう一度繋ぐんだ!」
アヤネの前に、執念の炎を瞳に宿した白洲アズサが立ちはだかる。その構えには一点の隙もなく、あらゆるパスコースを封じるという強い意志が漲っていた。しかし、アヤネは冷汗を流しながらも、冷静に眼鏡のブリッジを押し上げる
「私だって……砂漠の中で、死ぬ思いで特訓してきたんです。皆さんの背中を守るだけじゃなく、勝利を導くために! 『マトリックスアイ』!!」
アヤネが顔の前で片手で円を描くと、彼女の視界にはアズサの重心移動、筋肉の収縮、そして芝の状態までが電子的なグリッドとして浮かび上がった。瞬時に導き出された「正解」のルート。アヤネはアズサのタックルが届く寸前、コンマ数秒のタイミングで身体を入れ替え、まるで未来を知っているかのように鮮やかに抜き去る
「なっ……動きを完全に読まれた……!?」
「シロコ先輩!! 決めてください!!」
アヤネの叫びと共に、勝利へのラストパスが放たれる。そのボールの先には、すでに絶対的なシュートフォームを完成させていた砂狼シロコが待っていた
「アヤネ、ナイスパス。……ん。これが進化した私の、本当の力。『エターナルブリザード V2』!!」
シロコが跳躍し、空中で両足を使ってボールを挟み込むように囲いながら高速回転。極限まで圧縮された氷の魔力が注入され、ピッチの水分が凍てついて白煙を上げる。放たれたシュートは、もはや一つの小惑星が氷に包まれて激突するかのような、絶望的な破壊力を伴っていた。
「な、なによこの威力……空気まで凍ってるじゃない……! でも、止めてみせる! 止めてみせるんだからぁぁ!! 『ゴッドハンド』!!」
コハルは恐怖に震える脚を叱咤し、渾身の叫びと共に黄金の輝きを放つ。しかし、V2へと進化した氷結の弾丸は、その正義の光さえも一瞬で侵食していく
パキィィィィィィン!!
巨大な手のひらがボールを受け止めた瞬間、黄金の輝きは蒼白な氷へと変貌し、耐えきれず粉々に砕け散る。威力を削がれることのないシュートは、コハルを後方へ吹き飛ばし、ゴールネットごとスタジアムの壁に突き刺さった
「ゴォォォォール!! 対策委員会、2点目!! この瞬間、試合終了! 勝者はアビドス対策委員会だぁぁーー!!」
ピッ、ピッ、ピィィィィーーッ!!
得点を告げるアナウンスと同時に、終焉を告げる長い笛の音がスタジアムに響き渡る
「や、やったぁぁーー!! 私たちの勝ち!」
自陣のゴール前から、セリカが片手を高く突き上げ、喉が張り裂けんばかりの声で勝利の凱歌を上げた。アヤネは膝を突き、安堵からくる震えを抑えながら空を見上げる。シロコは静かに着地し、凍りついたままのゴールを見つめて一言、「ん。約束通り、勝った」と呟く
歓喜に沸くスタジアムに、夕闇が静かに降りていく。アビドス対策委員会の劇的な逆転勝利を告げる電光掲示板の明かりが、オレンジ色の空に白く浮かび上がっていた
しかし、その喧騒から遠く離れた特別席の影で、黒服は不気味に指を組み、モニターに映し出されたリプレイ映像を凝視していた。そこには、絶対零度の冷気を纏い、コハルの『ゴッドハンド』を粉砕したシロコの姿があった。
「素晴らしい……実に素晴らしい。V2……進化、ですね。人間の感情という不確定な変数が、これほどまでに『神秘』の発露を加速させるとは。ククク……さあ、次のステージへ進みましょう。絶望とは、希望が最高潮に達した瞬間に与えてこそ、最も美しく、最も効率的に機能するのですから……」
一方、ピッチの上では、激戦を終えた補習授業部の面々が肩を落としていた
「私たちの負け……。悔しい、です……」
ヒフミは、先ほどまで共に戦った相棒であるペロロのバックを担ぎ直し、芝生を見つめて声を震わせた。その横では、アズサが唇を噛み締め、暗い表情で立ち尽くしている
「ごめん……私、何もできなかった。MFとして、みんなの思いを繋げなかった……」
「あ、アズサちゃんも頑張ってましたよぉ! 私が、私の実力が至らなかったばかりに……ぐすっ、うえぇぇん!」
感情が溢れ出し、堪えきれずに泣きじゃくるヒフミ。その姿を見て、アズサもさらに眉を下げて申し訳なさに身を縮める。そんな二人の中央に、シュートの余波でユニフォームがボロボロになったコハルが、仁王立ちで割り込んだ
「ひ、ヒフミ! 泣かないでよ! あんたたちが泣いてたら、私まで……その、とにかく! 泣いててもサッカーには勝てないわよ! 負けたなら、これからもっと、沢山特訓をみんなですればいいだけなんだから!」
「そうですよ。ヒフミさんの頑張りは、観客にも、そして対戦相手の皆さんにも……もちろん私達にも、ちゃんと伝わりました」
ハナコが優しく微笑みながら、ヒフミの背中に手を添える。コハルの不器用な激励と、ハナコの穏やかな言葉に、ヒフミはユニフォームの袖で何度も涙を拭い、顔を上げる
「……うん。ありがとう、みんな! 次は絶対に、もっと強くなって頑張ろうね!」
「いや~、いい試合だったねぇ。これぞ青春、これぞスポーツ! おじさん、みんなの頑張りを見てたら胸がいっぱいになっちゃったよ」
ひょっこりと、いつもの緩い笑顔を浮かべたホシノが4人の会話に混ざる。アビドスのキャプテンとして、敗者を称えに来た彼女の振る舞いは完璧なはずだった。……しかし。
ハナコの瞳が、悪戯っぽく、そして鋭く細められた。彼女は音もなくホシノの隣に並ぶと、その肩を抱き寄せ、後からやってきたセリカたちにも聞こえるような艶っぽい声で囁き始める
「ホシノさん。実は私、気づいていたんですよ? ――あなたが必殺技を使った瞬間、私の『ここ』をじっと見ていたこと♪」
ハナコが自分の豊かな胸元を指差し、ホシノを覗き込む
「もしかしてホシノさん、実は……私のような『大きい方』が好みだったりするんですか?」
「!?!?!?」
ヒフミたちの青春を微笑ましく見守りに来ただけのホシノは、一瞬で茹で上がったタコのように顔を真っ赤にさせる
背後でその会話を完璧に聞き届けていたセリカの周囲に、凄まじい怒りのオーラが渦巻き始めた
「ホー・シー・ノー・せ・ん・ぱ・い……? 試合中……いったいどこを見てたんですか? ええ、聞かせてくださいよ」
「あっ、いや、それは……ち、違うんだよぉ! おじさん、そんな破廉恥な意図は……単に、ハナコちゃんのプレッシャーを感じただけで、その……ご、誤解だよー!?」
「特訓をサボった挙句に、試合中に巨乳に釣られるような先輩には、お仕置きが必要ですね♪」
ノノミがいつもより「深く」微笑み、指をパキパキと鳴らす
「ん。……不潔。帰ったらタイヤ引き100本の刑」
「その後は私の事務所で、溜まっていた書類整理を徹夜でお手伝いしていただきますからね♪」
アヤネの冷徹な眼鏡の光と、後輩たちの逃げ場のない圧に、ホシノは本能的な恐怖を感じて後ずさり、そして、脱兎のごとくその場を走り去る
「ちちちち違うからー! おじさん、そんな不純な動機じゃないからー! たーすーけーてー、先生ー!」
「待ちなさい!! 逃がさないわよ、このエロバカ先輩!」
「うふふ♪ 浮気をするアホ毛さんはどこですかー? 逃げても無駄ですよ〜」
「ひぃぃ!?ノノミちゃんが今までのどの怒り方より怖いよー!?」
夕暮れのピッチを、悲鳴を上げながら逃げるホシノと、凄まじい勢いで追いかけるセリカとノノミ。試合が終わったばかりだというのに、彼女たちの底知れない体力に、先生はただただ苦笑するしかなかった
「……はは、あんなに元気なら、次の試合も大丈夫そうかな」
先生は、愛すべき生徒たちの賑やかな追いかけっこを満足げに見守りながら、コートのポケットに無造作に放り込んだ端末が、静かに一回だけ、短く震えたことに気づかなかった
先生の意識が届かないその暗い画面の中では、一通の通知が音もなくポップアップし、冷たい光を放っていた
【 FF予選・第2回戦 組合せ決定 】
アビドス対策委員会(予選Aブロック) VS ミレニアム連合選抜:セミ・デウス(予選Aブロック)
表示された画面には、玉座に座るかのようなリオと、全てを見透かすように微笑むヒマリの宣材写真。そして、その下に並ぶのはネル、カリン、トキ、エイミ……。さらに、ゴール前に立ちはだかる絶対的な「壁」として、不敵に笑うユウカの顔
科学の粋を集め、勝利という数式を解き明かすために結成された最強のチーム
そんな戦慄すべき招待状が届いているとも知らず、先生は夕焼けに染まるスタジアムで、シロコやアヤネと共に「次はどこでラーメンを食べようか」という平和な相談に花を咲かせていた
背後で蠢く黒服の影と、迫りくるミレニアムの合理的進撃
アビドスの「奇跡」が、真に試される時が近づいていた
アズサちゃんの話し方わかんない…!!