銀河を、ひと群れの艦隊が駆け下っていた。
いわば、転がり走る、といった風で、拠点の兵を蹴散らしてはその星にいくばくかの戦艦を残してまた駆ける。
修理を終えた艦がときに戦列に復帰することはあるものの、通算すれば兵力は減り続ける一方といえた。
戦闘段列というより、やけに数の多い伝令、あるいは急ぎ過ぎの入植者とでも見えるその一団の真意を知るには、ひと月ほど前に遡らなければならない。
――軍港がない。
女性の身で智国の兵権を握る隻眼の大将軍、
そもそも智じたいが、錬国の策動によって故地を追われ、
連日の訓練で艦隊と兵の練度を高めているとはいえ、それによる艦船の劣化は座視できぬまでになっていた。
が、港がない。
「
整備の必要性を上申する将軍に、正宗は苦く答える。
国境というが、それは夷と智の境であるだけに、諸将の顔もいや苦い。
錬の謀将、姜子昌が破却した港湾とは、すなわちかれが正宗から奪った智の港湾にほかならない。
「そのことですが」
発言をもとめたのは、勇名をもって鳴る将軍、
鬚の切りそろえようのためか角張った印象の顔を正宗に向け、
「夷と五丈の国境付近に、放棄された港湾がありますゆえ、それを占領してはいかがかと」
はっきりと意見を述べる。
補給地を求める将軍連のなかには、賛意を示すものもみえたが、栗色の癖毛が目立つ女将軍、正宗の副官たる
「わたしたちの目的は智領の奪還、眼前の敵は錬国です。このうえ五丈を敵に回すべきではありません」
戦略からみれば、しごく当然の反論ではあった。
五丈はいまだ偽帝骸羅討伐後の混乱を整復する途上にあるとはいえ、
単独でもおそるべき敵であろうし、いわんや、
「五丈と兵を交えているあいだに、錬が数個軍団でも動かしたらどうなります」
鳶に油揚をさらわれるようなものではないか――というよりは、飛竜の指摘はもうすこし重い。
五丈は国境の港湾はいうまでもなく、仮に国土深く攻めいられたとて南京楼、斉王都と戦略的縦深があるが、夷の地はみもふたもない言い方をすれば攻め取る価値がないから見すごされているような荒蕪地である。
隠れひそむほどの障壁も、拠るべき要害もない。
正宗以下の主力が出はらっているときに軍を動かせば、錬としてはたやすく智王
ただ、戦術として、港がなければどうにもならぬことも事実であった。
補給を重んずる点で、趙普もけして凡将ではない。
かれと飛竜の議論は感情的な対立ではなく、生産的なものではあるが、即座の出口は見あたらない。
「補給は必要ですが、兵をもって港を奪うのでは、いたずらに敵をふやし、かえって修繕すべき艦が積みあがるだけとなりましょう」
「ならば竜我に頭を下げよというのか。使わせていただきたいと」
「――頭を下げてみるか」
と、正宗が血の気のうすい唇のはしにのぼせたのは、偶然のなりゆきであったか、どうか。
否定のつもりで竜我に頭を下げるという方途を口に出した趙普が、むしろ狼狽した。
正宗公が頭を下げるなど、と口中でつぶやくところに、
「もはや正宗でもあるまい」
とかぶせたのには、少々ことばが要る。
正宗とは智国の君主が代々名乗る名であり、いま現在の正宗は智王虎丸なのではある。
この独眼竜は、その理屈でゆけば
ただ、そうはいっても世間、いや智国の将士でさえ、
――正宗様。
とは、いっときは五丈を圧し天下に覇をとなえる勢いであったこの女性のことにほかならぬ。
しかしながら、筋目でいえばたしかに、智王が頭を下げるほどの重みはないであろう。
それでいて、五丈への、あるいは竜我雷こじんへの効きは、智王虎丸がおもむくよりもはるかにつよい。
「だが」
そして、おそるべきことを正宗――と呼びつづけるが――はいった。
「五丈の港などは要らぬ。智の国境にあった港も、返してはもらうが、頼るにはあたらぬ。われらの目指すものは」
はっし、と、意外にもたおやかな指で地図をさす。
「南帝閣」
そのような次第で、智の艦隊は銀河を駆け下る。軍の先頭に掲げられた旗は、
智王正宗
であった。
すなわち総旗艦〈大帝山〉に座すのは智王虎丸。
これまで論ずるほどの武勲はないとはいえ、正当な智王の出陣に、旧智領の人士はあげて沸き立った。
智としてみれば、枝葉のいくさなどは時をついやすに及ばない。
ただ、虎丸というしるしをかのじょが指した
――南帝閣。
に運びおおせれば、国土の色はおのずと塗りかわる。
旧智国の首府であり、現在は錬の占領軍が本拠と定める地。
智の民を奴隷として本国に連行する新支配者への怨嗟の声はつよく、圧政の中枢さえ撃てば、いっときは野に隠れていた士卒の蜂起が連鎖して国土を奪還するであろう。
駆け抜ける艦隊へのささやかな支援が相次ぐことも、その観測が正しいことをあきらかにしていた。
しかし、軍のなかに正宗――紅玉――のすがたはない。
全軍の指揮を執るのは飛竜、先鋒は趙普であった。
むろん、兵卒にまでは独眼竜の不在を知らせてはいない。
補給のために数を減らしながら、智軍六万隻は、故郷を突き進んだ。