銀河戦国群雄伝ライGQuuuuuuX!   作:白水つかさ

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第二話 窮鳥入懐

智軍旧領に至る。

 

急報を受けた錬国王、羅候(らこう)は、意外にも平静であった。

独眼竜の不在は、いまだ伝わっていないにもかかわらず、である。

手討ちにされることを恐れてふるえ上がっていた伝令が、安堵の息をもらす。

 

「餌が足りず、女狐が穴から出てきたか」

 

かれの余裕には、ふたつの理由があろう。

ひとつは、二十万隻とも三十万隻とも号する艦隊に加え、一艦よく一軍に匹敵するといわれた超大型戦艦〈帝虎〉級を十二隻そろえていること。

 

そしてもうひとつは、

 

「いちど痛めつけてやったのに、まだ懲りていないようだな」

 

とかれがいうとおり、策をもって智を夷の地に追った実績をもつことであった。

かたわらの軍師姜子昌も、さして残念そうではない。

 

「当方の国境を焼いておけば、すぐに使える港をもとめて五丈に噛みかかると思っておりましたが、いささかあてがはずれましたな」

 

「あてになどしないが、女狐を露払いにして」

「われらは正面から五丈に討ちいる。そのつもりでした」

 

お手並み拝見。といわんばかりに、姜子昌が羅候を見やる。

 

姜子昌のいうのはこうである――討ち入るからには、軍勢をそろえている。

そしてそろえた軍勢は、どこへも差し向けなければ集めたその場所でめしを喰い、喰うだけですめばまだよいほうであり、いずれやり場のない力を主にすら向ける。

ならばどこに向けるのか、ということだ。

 

「つもり?」

 

と、羅候がせせら笑う。

 

「五丈を蹴散らす。変更はなしだ」

 

「智の討伐を優先することも、軍をふたつに分けることもできますが」

 

「ばかをいえ。智の残党など、五丈を斬り従えた帰りに踏みつぶしてやればよい。どうせ旧領から首を出す根性もあるまいし、あのあたりはもう絞りつくしたからな」

 

気迫はけっこうだが、ややこまったものだ、という顔で姜子昌はきく。

容易になびかぬ智領に対し、重税を課したり住民を奴隷としたりして、国力を根こぎにしつつあることは事実であった。

智のものどもが故地に戻ったとて、というよりもむしろ戻ったればこそ、救荒に手一杯となってそれ以上の進軍ができないであろう。

 

智がかりに五丈の辺境に噛みかかっていたならば、衝突するふりをして錬を釣り出し、反転して錬本土を討つ、あるいは五丈と智が連合して戦う、といった奇策がありえなくはなかったろう。

しかし智が旧領にむかったこのさいは、そのような行軍および外交上の複雑さはかえって顧慮しなくてすむ。

ゆえに、

 

――たしかに。

 

羅候のことばは現実をただしくとらえてはいるのだが、これからは山賊めいたその理屈だけではこまる。

 

とはいえ、策略をもって正宗を追ったのは姜子昌である。

戦後処理の苛烈さには羅候の意向が多分にはいっているとはいえ、これからのことはともかく、智についてはそれでよいという腹は、姜子昌でさえもっている。

智のいわば攻勢限界点が旧領どまりであろうという点も、国主の直感と軍師の計算に齟齬はない。

 

「それでは」

「おう。出陣だ。五丈へな」

 

羅候がいい、それで決まりだった。

三十万隻を号する錬の艦隊は、勇躍して五丈との決戦に向かう。

 

 

* * *

 

 

そのころ。

正宗の姿は、五丈の斉王都にあった。

 

むろん、五丈の空気は騒然としている。

正宗といえば、かつて――竜我が国主となる前のことだが――精兵を率いて五丈中枢を一撃したことも、持久戦で五丈の大軍をさんざんに悩ませたこともあるつわもの。

かのじょが現れたと聞いて、跳び上がらないものなどいない。

 

このとき正宗は単身、腹心の飛竜さえ連れていないとあって、

 

――ひと太刀に切り捨てて積年の恨みを晴らす。

 

と唱えるものもあったが、さすがに竜我や軍師連はもちろん、一軍をひきいるほどの将帥はみな取り合わなかった。

それは強敵への敬意も、窮鳥懐に入らばの言もあるが、より根本をいえば、

 

「幾度も煮え湯を飲まされた相手が単身で現れたところを、これ幸いと討つようなことがあれば、なんと器の小さいことよと万民にあざ笑われましょう」

 

ということであった。

軍師である師真の言葉とも、外交や内政に卓抜の才をもつ三楽斎の進言とも伝えられているが、いずれであれ変わりはない。

またかれらがことさらに言葉にせずとも、竜我じしんが本能で悟っているのもあきらかだ。

 

正宗の用件は、かつての壮大な動きをおもえば、かなしいほどにささやかだ。

智国の軍議で出たとおり、

 

「放棄されている国境の港を貸していただきたい」

 

ということだけである。

開彭という名すら、多くの将は地図をしらべなければ思いあたらないありさまだった。

五丈からすればあまりにささやかな要求に、正宗斬るべしのものたちはあらたないきおいを得て、

 

――今のうちに、頭目も補給もない智の軍勢を討つべし。

 

などと騒いだが、竜我は苦い顔で、

 

「馬鹿が」

 

と吐き捨てただけだった。

正宗を斬れないのとおなじ理由で、正宗のいない智の軍勢を討つこともできぬ。

両軍が堂々の陣を整え、いざぶつかるというときになって正宗の不在がわかったというなら格別、はじめから主将が手のうちにあるときに一方的に軍を起こすのでは世人の目には空き巣狙いとかわりない。

 

「さて」

 

竜我は一室にこもり、師真と顔を見あわせる。

そこだけをとれば、錬の羅候と姜子昌と同じ図であるが、あたりの空気はずいぶんとちがう。

 

「どうしたもんかな」

 

伝法な口調は、一兵卒から成り上がったという竜我ならではであった。

もっとも、生まれながらの王族である羅候も、ことばの面では大差はないが、南蛮だからということはなく、こちらは性格であろう。

とまれ軍師の師真も豪商の放蕩息子あがりとあって、遠慮はない。

 

「まず、正宗を害するわけにはいかん。わかっているだろうが」

 

師真の言に、竜我はさほど不満そうにでもなくうなずく。

龍と化して正宗の寝所に忍んだ、という後世の伝承は荒唐無稽としても、戦場でまみえる彼我のあいだに憎しみがないことは事実であった。

手痛い敗戦を喫した正宗のことを、竜我は

 

――我が師である。

 

といったことがあり、正宗もまたおとうとの虎丸に

 

――あのような男になれ。

 

と教えたことがあった。

そこまでの間柄ゆえ、討たないことは自然な考えであった。

世人のきこえという理由も、むろん理解している。

 

「もちろん、正宗のいない間に智の軍勢を滅ぼすこともできん」

「ああ」

「となれば、望みどおり開彭を渡すべきかとなるが」

 

構わぬ、と、むしろ勢いこんで竜我は叫んだ。

それで正宗が息をふきかえし、後日堂々の軍勢を起こして今度こそ勝敗を決することができれば、まさに本懐である――と続けたのは、軍師のほかに聞くものもいない場でのことばであるから、世評をよそにした本音であろう。

 

「それは難しいな」

 

師真はかぶりを振った。

どうしてだ、と声を荒げる竜我に、気圧される様子もなく二本の指をたてる。

 

「正宗は、ここにいることで、五丈が智に兵を向けることを不可能にしている。開彭を渡すと告げても、なんのかんのとあらたな要求を持ちだし、旧領奪還の趨勢が定まるまで武王都にとどまるだろう。

 だいたい、智の軍勢は全力で旧領に向かっていて、正宗の口上とはうらはらにこちらの国境にある開彭になど目もくれていない」

 

「なるほど考えてるな。なら、ここにいるあいだに一杯やるか」

 

あるいはこれが龍になってなどといううわさの根かもしれないが、品のない、だが悪意もない大作りな笑みを竜我は浮かべた。

しかし、沈痛な表情で、師真は

 

「よせ」

 

という。

 

「どうしてだ」

「正宗との再戦がむずかしい、もうひとつのわけだ。おれと林はいささか天文をみる。正宗の星は」

 

いまにも消える。とは、師真は口にしない。

しょせん天文は予兆であり、ひとの動きでいかようにも解釈されるものだ。

だが正宗を迎えた屋敷に部下をやり、かのじょの様子をうかがわせても、顔色がよくないことははっきりと見てとれた。

いや、おそらくは、

 

「正宗も隠す気はなかろう」

 

星であれ、顔色であれ、おなじことだ。正宗にしてみれば、知られてよい。

事実そのものが、五丈の手をさらに縛る。

 

「大酒もなし、密会もなしだ。そんなことのあとに正宗が寝ついてでもみろ、世の連中がなんというか」

「世の中なんぞはどうでもいいが、弱ったあいつなんて見たくねえ。医者はいるか」

「それは、むしろ智に名医がいるというが」

 

「まだるっこしいが、こっちが人をやるわけにもな。しょうがねえ、精のつきそうなもんをかたっぱしから運びこんでやるか」

「いささかまちがっている気はするが、まあ、おまえらしい」

 

竜我の反応に、やむなくといった風ではあるが、師真も苦笑する。

正宗の思うとおりにことが運んでいるとはいえ、くつがえせないなら楽しむほかはない。

かつては智に、いまは錬に一本化されつつあった南天が、あらためて智と錬の二極に割れるという未来図も、北天の五丈にとってはかならずしも悪い絵でもあるまい。

 

と、師真がおもったところで、

 

「竜王陛下、軍師殿」

 

大声をあげて伝令がかけ込んでくる。

 

「なんだ、騒々しい」

「錬が、国境を突破しました。その数三十万隻」

 

さすがに、竜我も師真も一瞬とはいえことばを失った。

 

むろん錬の公称にせよ、五丈の偵察にせよ、誇張と誤差はつきものではあるが、それにしても規模がすさまじい。

五丈が艦艇をかきあつめても、十万を超えるかどうかといったところであろう。

正味のところでまずは二倍、とみるべきか。

 

南天が割れるという絵図も、眼前の軍勢への牽制にはならない。

 

「羅候は、こっちに来やがったか」

 

てのひらに拳を打ちつけて、竜我がほとんど嬉々として叫ぶ。

 

「錬からすれば、智は一度追った相手。旧領をとりもどしに出てきたくらいならば好きにさせておき、五丈と雌雄を決したのちにどうとでもしよう、というところでしょう。

 大胆な決断ではありますが、戦力の集中運用は兵法の理にかなったものです」

 

伝令の前であるから、いささか口調をあらためて師真がこたえた。

錬の軍勢が智にむかうのであれば、両軍の消耗を待つことも、正宗に手をかして錬の背後を衝くことさえもできたであろうが、姜子昌はそうあまくもない。

五丈と錬、正面決戦となる。

 

「ただ、正宗もこうなると読んでいたでしょうな。錬の姜子昌が夷との国境ちかくの港を焼くとは、いわば山火事に対する防火帯をつくったに等しい。山火事、すなわち智が錬におよぶことを防ぎ、われわれに向けようとしたわけです」

 

「が、あいつは乗らなかった。焼け野原をつっきって、本土をとりかえしにいった」

「ええ。しかし、そこで錬と正面決戦をするだけのちからは、まだ、あるいはもはや、智にはありません。ですが」

 

「姜子昌がけったいな防火帯とやらをこしらえてまで、智を五丈に噛みつかせようとした根性の奥をさぐれば、錬もまた五丈に向かうとよめる、ってわけか。

 だから俺たちだけをしばらく押さえておけば、智の土地はがらあきになる」

 

「そういうことです。五丈と錬、それぞれが智――というよりも正宗をどうかんがえているか。そのことを読みきって、われらがわかっていてもこう処せざるをえない状況を、身ひとつで作ったわけです」

 

わかっていても、と口にするのは、いささか負けおしみじみてはいる。

師真じしんもそれをわきまえてはいるが、なかば賞賛じみたことばをつぶやくほかなかった。

伝令にわれわれはすべて見とおしていると知らしめ、麾下の不要な動揺をふせぐためだと、おのれに弁明する。

 

「なら、正宗の望みどおり羅候を倒すまでだ。錬が勝てば帰りにふみつぶされるのに旧領に行ったってことは、五丈が勝つとおもったってことだろ。期待に応えてやろうぜ」

「なるほどご明察です」

 

士気のために、わるい発言ではない。

だがはんぶんは正しいが、仮に五丈が負けたとて錬もふかでを避けられず、智をふみつぶせはするまい――とまでは、師真は口にしなかった。

むろんこれも伝令の目を意識してのことで、竜我も残り「はんぶん」も悟ってはいようが。

 

正宗の策に、いまさらながら背すじが寒くなる。

いっぽう、いささか熱っぽい調子で、名残惜しげに竜我が問う。

 

「で、正宗はどうするんだ」

「さすがに、全軍が出撃したあとの斉王都にとどまるとは言いますまい。ひとりで五丈の地をのっとることはありえないにせよ、無用なうたがいを招くだけです。かのじょの望みは果たされたわけですし」

 

そうか、といった竜我の声は、やや残念そうであった。

しかしさすがに感情をきりわけ、

 

「将軍たちを呼びあつめろ」

 

と告げる。

五丈の艦隊もまた、錬との決戦にむかう。

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