銀河戦国群雄伝ライGQuuuuuuX!   作:白水つかさ

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第四話 英雄になれ

楪羽(ちょうう)、世には(ユズリハ)姫としても知られる。

このとき十四歳というから、まずは竜我などとおなじく乱世が生んだ異能人と言ってよい。

姓のとおり、かつて座王都軌道の要塞を死守して戦死した王華の子であるという。

それゆえに――といっても、このあとのふるまいをかんがえれば、そんな血縁がなくともてだてを見つけたとおもわれるが――、いまだ残るその要塞にいわばよじのぼり、惑星地表にある錬の艦隊に砲をむけた。

 

――手を上げろ。

 

と矢柄に書状を仕込んだ矢文を射込んだというから、守将の目をさますには十分な外連(けれん)であった。

惑星上の錬軍は、一様にあわてふためいた。

 

要塞との撃ちあいはさけよ、とは、艦隊の定石である。

かつて竜我がこの要塞をやぶったときは小艦艇での白兵奇襲であったし、のちの五丈と錬の攻防戦では火薬庫に仕立てた大船を防衛線にぶつけている。

そうした策がなく、どころか地上にすわりこんでいるありさまでは、万の艦隊といえども池をさまよう飛べないあひるとかわりない。

 

「要塞に拠ったとてしょせんは半壊の壁に隠れた小勢、強引に攻めかかればどうということはない」

 

歴戦の将である楊隼は吠えたが、では誰が蜂の巣になることが確実な一番槍を握るかというところでつまずく。

将はともかく、兵が艦をうごかさなければどうにもならない。

それに要塞はいくつもの小惑星にちらばっており、損害を覚悟で押し寄せたところで、えものを捕まえられない可能性も高かった。

被害をつみかさねれば、迫りつつある智軍との決戦がいや不利になるばかりなのである。

 

しかも。

 

錬が方針をさだめられないうちに、楪羽がひとりで地上に降りてきた。

まさか自分たちを翻弄しているのがこの少女であるとは予想もしていない錬軍は、どうあつかってよいものかわからず武器さえむけずに遠巻きにするだけであった。

錬にしてみれば、要塞のやから、すなわち敵なのではあろうが、小むすめをとらえたところでしかたがない。

しかもひとりということは、要塞の砲をあやつる兵たちはすこしも減らずに自分たちに筒先をむけているのであろう――となれば、手の出しようがなかった。

 

このとき楪羽のいでたちは、兜を小脇に抱えて美しい髪をなびかせ、白銀の鎧のうえに百花の袍をまとい、細い腰を戦帯で締めた戦装束。

背すじを伸ばし、一万の将兵をおそれ気もなく見まわすさまは、あたかも忠義な手勢を閲兵する君主のようでさえあった。

 

「賊の首魁は誰か」

 

開口一番のその声も、最初は難じられたとさえ気づかなかったものがほとんどである。

 

「賊の首魁は誰か!」

 

足をひとつ踏み鳴らし、白銀の鎧を揺らして、少女がもういちどいう。

こどもの純粋な駄々を蒸留したような、驚くほどすきとおった声に斬りつけられ、錬国の将――と、おのれを定義している――楊隼は怒るよりもさきにとまどいを強くおぼえた。

 

「娘、ことばが過ぎるぞ。我らは錬国の王師。賊とは心外な」

 

「なるほど、王師」

 

天を仰ぎ、細い頸を晒して、楪羽はからからと笑った。

 

「民を故地から盗むのが王師のすることか。わたしは、そのような者を、どろぼう、と呼ぶとおもっていた」

 

薄暗い森が疾風に揺れるように、将兵がざわめく。

無造作なまでにふわりと、少女が楊隼にあゆみよる。

いや、兵のひとりひとりまでが、己にふみこまれたとおもった。

ただひとりの進軍に、一万の軍勢があとじさる。

 

「どろぼうをもうすこし格好よく呼んで、賊といった。格好がついて満足だろう」

 

楊隼はたまりかねて剣を抜き、少女の眼前につきつけた。

だが楪羽は歩調をゆるめさえせず、かれに近づきつづける。

楊隼は自然とうしろずさるしかなかった。

 

「ひとに刃をつきつけ、縄目をかけて、ぬすみ去るのは楽しかろうな。今日はどれだけ財貨がたまったかと、指をなめなめかぞえるのは痛快であろうな。どろぼうの親玉に民をとどけて頭を撫でられでもすれば、うれしくて涙が出るのであろうな」

 

白魚のような指で刃をつまみ、思いがけず強い力で引く。

楊隼の手から、剣が消えた。

まるでごみのように背後になげすて、楪羽のこぼれおちそうに大きな瞳がかれをじっとみつめる。

 

「そうであろう」

 

責められたのであれば、まだよい。

かのじょの瞳におのれを映され、わたしにはそう視えるとこどものように告げられては、言い返すことばはなかった。

泣き叫ぶ気力さえうしない、じっとかれを見た民の目が、いまさらながらに心によぎる。

 

楊隼という将は、ごくごくまっとうな男として生きてきた。

――そのつもりであった。

智の蜂起を鎮圧したことも、反乱のむくいとして男を(あなうめ)にし女こどもを連行したことも、上に命ぜられたからしたことだった。

しかしあらためて楪羽に見すえられると、おのれの美々しい鎧は野盗の襤褸とかわりないように思えてきてしまった。

 

「おれに、どうしろというのだ」

 

一万の口の代表として、絞り出すように、楊隼はいった。

 

「財貨をぬすむ者はどろぼうだ。民をぬすむ者はもっと悪いどろぼうだ。だが、国をぬすむ者は英雄と呼ばれる」

 

男どもが、ざわりと揺れた。

それはいわば、とうに捨てたはずの夢を泥中からひろいあげさせる、いにしえの魔法であった。

未来がかぎりなくひらけているようにおもえた、少年の日の空が、かのじょの瞳のなかにある。

 

「英雄になれ」

 

ごくりと、楊隼の喉が鳴った。

だが、曲がりなりにも錬の国主を見知る者として、腕は動かない。

 

「無理だ。おれはそのようなうつわではない」

 

「こまったな。あてがはずれた」

 

かたちのよいおとがいに、楪羽がてのひらを当てる。

しかし、かれの真意がわかっているのか、まるで悪戯小僧のように瞳をきらめかせ、続くことばを待っている。

二十年もむかし、はじめておんなを意識したときのような気持ちで、かれは叫んだ。

 

「だが賊でありつづけるのもまっぴらだ。国盗人のなかまになってみたい」

 

「はて、国盗人とはたれのことだ」

「きさまだ」

 

このことばは、どうやら本気で予想していなかったらしい。少女はきょとんとして、それから大笑いした。

 

「国などいらぬ。わたしは楽しければそれでいい。みなが楽しければなおよい」

 

「おれはいま楽しい。おまえたちはどうだ」

 

おどろくべきことに、というしかない。一万の声が、

 

――おう。

 

とそろった。

楊隼はそのおとこどもに、惑星上の民をつないでいる縄をみな切ることと、南帝閣を制圧すること、そして奴隷を積んで錬に向かいつつある近隣の船をできうるかぎり拿捕することを、てぎわよく命ずる。

楪羽に惑星上からとびたつにあたっての符丁をもとめると、意外にもかのじょは考えこんだ。

 

「そういえば、そうだな。考えていなかった」

「きさまはなにを言っているのだ」

 

「わたしが降りるまえに上がってくるやつは、みなどろぼうだから撃つ。だがわたしが降りたあとに上がってくるものは、みな通してやればよいとおもっていた。どろぼうではないにきまっているし、わたしが先頭に立っているのだからわかるだろう」

 

あまりのことばに、こんどは楊隼が大笑いした。

 

「失敗したときのことをかんがえておけとは、いってもむだだろうが。すくなくとも、大将はどっしりかまえておくことが必要なばあいもある」

 

「そういうものか。おぼえておこう」

 

すなおにうなずくと、楪羽は筆と紙をもとめた。

たちどころに用意されたそれに、

 

紫電清霜

 

と、墨痕あざやかに書きつける。

あらかじめきめていない合言葉に意味があるかはさておくとしても、筆跡のわかるものはいるであろうし、かのじょの筆致はいかにもかのじょのものでしかありえなかった。

そして地上で民の解放をはじめていることは、軌道上からもうかがえるであろうから、誤射の心配はない。

 

そこまでを見とどけて、楊隼はどっかりと地べたにあぐらをかいた。

かたわらの楊飛を酒にさそう。

真顔で、楪羽がいった。

 

「飲んでいる場合だろうか」

 

長身の楊飛がこれも地面にすわり、答える。

 

「楊隼将軍は楽しいときにしか飲みません。ここしばらくは一滴も。どうかおつきあいください」

 

「わたしは縄を切りにいくほうが楽しいのだが」

 

まだ釈然としない顔で、かのじょが腕組みをしている。

 

「楽しみを人に譲るのもまた楽しみということよ」

「そういうものか。おぼえておこう」

 

また、かのじょがいって、勢いよく腰をおろす。

餓鬼大将からおそるべき勢いで成長するものだ、と、楊隼はこころよい戦慄をおぼえた。

 

どれだけ盃を重ねても、楪羽は顔色ひとつ変わらない。

兵が報告に来るたびに、おあずけをくらっていた子犬のように立ちあがっては、そのときまで手にしていた盃を渡し、楽しいかときく。

報告者はよろこんで酒を押しいただいたうえで、多くは、なにしろ解放軍に一転したのであるから、

 

――楽しい。

 

とこたえるのだが、なかには民になじられて楽しくない者もいる。

楽しくない者がいると楪羽はおもいきり落ちこみ、まずその兵に詫びたあと、本気で民にあやまりに行こうとする。

そのたびに楊隼や楊飛がしかるべく和解の手配をし、楪羽には民を害したわけでもないそなたが頭を下げてもしかたがあるまいと必死に説く。

 

おのずから、兵の態度もかわってくる。

うそをついてもなぜか見ぬかれるので、民との関係をよくするよりほかに手はない。

かれらの本気は、民にもつたわる。

 

座王都と南帝閣の解放はおどろくべき速度と穏健さですすんだ。

さらに錬に向かう奴隷船には、だれもこのぼろ船にこんな速力が出せるとはおもってもいなかった速さで追いすがり、とらまえて乗組員まで熱量にまきこんでしまう。

要塞に依った智の残党と、惑星上の錬の兵など、もはやどちらがどちらであったとも覚えていないありさまであった。

 

そのようにして、座王都はひとりのむすめの舞台となった。

次はどこだと宇宙に飛びだしてゆきかけたところで、かろうじて飛竜らがまにあった。

 

そういうことである。

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